偽りオメガの虚構世界

黄金 

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46 アゲハならいいのか?

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 夜の九時、久しぶりに『another  stairs』に入った。
 シンと静まり返った喫茶店。
 ここは仮想空間なので暫く不在にしていたからといって埃が積もるわけでもない。
 イベントリに入れた食材も腐敗する事なくそのままだ。

 さて、何をしよう?

 仁彩と識月は壊れてしまった仁彩のサブ垢を作り直したら入ってくると言っていた。今日中に出来るのか分からないなと思っている。
 前回のジンも作る時にあーだこーだと悩みながら作っていたのだ。

 喫茶店から草原のある地域に飛んだ。
 誰もいない場所がいい。
 思い入れのある喫茶店は、誰かさんの所為で違う思い出まで染み付いてしまった。
 せっかく皓月さんがくれたものだったのに、余計な事をしてくれたものだ。

 目の前にネズミみたいな大きな獣が現れる。群れで襲ってくるが一匹一匹は弱い。
 暇潰しにコイツらでも狩っていくか。
 雷神の槍を取り出して手のひらの中でぐるりと回す。パリパリと静電気のような雷が走る。包丁も槍もさして違いはない。
 素早さMAXの効果でネズミは次々と消えていく。この世界、倒したからといって死体は消えない。素材も肉も自分で基本解体になる。
 仮想通貨を惜しむなら自分で解体した方がお金になるが、それが嫌なら冒険者協会に持ち込むか、そういった店を個人でやっているユーザーの店に持ち込めば、手数料を払ってやってくれる。
 
 途中までネズミをイベントリに入れていたが、量が多すぎるので諦めた。経験値だけ貰っておこう。



「こんばんは。すごい量ですね。」

 無心で討伐をしていて誰かが現れた事に気付いていなかった。驚いてそちらを見る。

「……なんだ、ハヤミ氏か。」
 
 速水氏のサブ垢だった。
 銀の長髪に青い目のアバターは、物静かなタイプに見えるが、少し前に見た本垢の速水氏はまたタイプが違った。
 真っ直ぐで嘘が嫌いなタイプだった。
 だから、あの時少し不思議だった。
 何故仁彩が従兄弟だというだけで自分達の所に来たのか。何故、直ぐに親である皓月さんの所に行かなかったのか。

「なんかお話有り?」

 直球で尋ねると、ほんのりと笑った。
 
「ええ、人を騙すのは得意ではないので。」

「どこら辺から嘘?」

「凄いですね。社長の言う通りです。貴方は賢い。」

 今日のハヤミ氏はまた雰囲気が違う。
 大人は嘘つきだなぁとアゲハは可笑しくなって笑ってしまった。

「私が課金込みで『another  stairs』で遊んでるのは本当ですが、ギルド銀聖剣にご子息を引き入れた辺りからが社長の指示です。」

 アゲハは槍をトンと立てた。長さが縮んで持ちやすいサイズになる。
 くるりと回して刃を地面に差し、柄の先に手のひらと顎を乗せて聞く体勢になった。

「まず識月君を見張る目的で麻津君がギルドに呼び込みました。」

 それを聞いてアゲハも思い出す。
 そこから競争した。どちらが宝箱を多く集めるか。こちらが勝って、流れからギルドの権利まで貰った。
 全部皓月さんの思惑?

「仁彩君と季節イベをする為に脱退された為、慌てて勝負を挑みましたが、結果オーライですね。最終的に識月君に仕える事も出来て本望です。」

 おお、そこは本気か。
 うーん、ギルドにいた時の様子とは違い今の雰囲気は元の本垢と同じ静かだ。
 皓月さんの命令でなんとか関係を繋いでおく為に一生懸命だったのか?真面目か?

「そんで、従兄弟どのが攫われた時、仁彩のトコに来たのは?」

「すみません、詳しくは…。ただ識月君が攫われた時側にいたのは事実ですが、社長に慌てて報告すると、喫茶店に行って話すように言われたのです。内容は指示通り話しましたが、私は詳しく知りません。」

 仁彩を関わらせたかった?元から従兄弟どのが連れ攫われるのは予定通りだった?
 もし今回の結果が望む通り進んだのだとしたら、仁彩のお父さんを起こすつもりだったとか?
 有り得そう~。
 識月は気付いてるかもな。流石に頭が良いしな。仁彩は分からなそうだなぁ……。黙っとくか。

「分かった。何となく納得した。オレはそんな色々やってないし謝らなくていーぜ。」

 アゲハがニコリと笑うと、ハヤミ氏もこれで安心して仕事が出来ますと言った。

「やってかないの?」

 てっきりそのままログインして何かやっていくもんと思ってたのに、もうログアウトすると言うので尋ねた。

「まだ仕事中なのです。」

「げっ、マジで?」

「はぁ、ギルドの立て直しに時間を割いてたら仕事が溜まりまして……。課長に怒られました…。」

 しょぼんとハヤミ氏の肩が落ちる。
 では、と言って消えていった。
 仕事よりゲームを優先させたのか…。ゲーム中毒者だな。流石、廃課金者。



「ネズミも飽きたなぁ~。ハヤミ氏手伝ってくれると思ったのにアテが外れた。」

「じゃ~俺が一緒にやるよぉ~。」

 ギョッとして振り向くと、今度はミツカゼが立っていた。いつも付けている右目の眼帯が外れている。
 目の覚める様な金眼が、夜の闇の中に輝いていた。

「その眼帯意味あんの?」

 外した眼帯はプラプラと手にぶら下げていた。

「うん、これ右目が千里眼になってて盗み見出来るようになってんの。使わない時は眼帯しとかないと困るからねぇ。」

 間延びした喋り方でいつも通り話している。
 気にして教室で話し掛けていなかった自分が馬鹿みたいだ。

「へぇ、じゃあ外してるって事は?」

「外してるって事はぁ、さっきの会話見てたって事!酷いよっ、皆んなして俺だけ除け者でさぁ~。誰もログインしてないし、識月は学校休むし出て来たと思ったら従兄弟君と仲良しになってるし~。」

 ミツカゼはログインした日は俺の方にいて、偽物ジンと結果的にあまり一緒にいなかった。史人も光風に説明しなかったのだろう。アイツはアルバイトで金稼ぐのに夢中だし、最近は皓月さんのパシリ化している。

「………オレからいう内容じゃねぇもん。識月からは聞いたのか?」

 それは登校してきた識月から聞いたらしく、聞いたよぉと言っている。そーいう事情を説明するくらいの親交はあるらしい。
 じゃあいいかと、そこについては放棄する。

「ま、聞いてんならもういいじゃん。オレは経験値貯めてーからもう少しするわ。」

 手をしっしっと振ると、ミツカゼはジッとオレを見ていた。
 なんだ?

「うーん、やっぱ包丁くんって信じらんない!」

「はぁ!?」

 態々『another  stairs』の中でサブ垢から本垢に切り替えて説明してやったのに疑うか!?
 オレがイラついて怒ると、ガッツリ手を握ってくる。
 その手をマジマジと何でか見つめているのだが、意味が分からない。

「この千里眼さぁ、特注で楓に作ってもらったんだよね~。可愛い子見つけたくて~。やっぱリアルだけじゃなく仮想空間にも幅を広げれば可愛い子を見つけれるんじゃと思ったんだよねぇ。それなのに、最近全然見つからない!」

 徐々に抱きついて来るので離そうともがくが、頭を抱え込んで抱き締められた。

「ね?ちょっとだけ試させてよ!」
 
 なにを?
 と聞くと暇もなく唇が合わさる。

「!?」

 コイツ、オレの本垢みてガッカリしたよな!?
 キスは深いものではなく舌を少し入れて舐める程度で離れた。

「うーーーん、やっぱり気持ちいい……。」

「はぁ!?し、信じらんねぇーー!!!お前、俺の本垢見たじゃん!ガッカリしてたじゃん!」

 俺が真っ赤になって怒鳴っていると、ミツカゼの首に鋭利な曲線を描く刃物が当てられた。

「はあ?どーいう事?鳳蝶見てガッカリ?」

 初めて聞くようなひっくい声の仁彩がミツカゼの背後に立って、漆黒の大鎌の刃をミツカゼの喉に当てていた。チョンと引けばアッサリとミツカゼはやられてしまい、死亡ログアウトだ。

「仁彩!?」

 仁彩が死神装備でログインして来ていた。
 微妙に実年齢より少し上にはしている感じから、結局サブ垢は元の容姿を二十歳くらいにしたところで落ち着いたようだ。
 その隣には識月もサブ垢のツキで寄り添っている。というか番犬だ。

「アゲハはミツカゼ君にバラしたの?僕にも言ってくれたら付き添ったのに。」

 少し恨みがましく見られてしまった。
 
「あ、うーん、いつまでも騙すのもなぁと思ってさ。大した事ないし。」

 仁彩はむーと頬を膨らませている。

「鳳蝶はすっごく綺麗なんだよ?天使だよ?睫毛バシバシだよ?失礼じゃない!?このまま退場させて………!」

 仁彩がだんだん興奮しだす。
 
「ええ~~?怖いんですけどぉ~。」

 流石のミツカゼもタジタジだ。
 
「いーって、大丈夫だから。このまま経験値上げ皆んなでしよーぜ。」

 オレの提案に仁彩は渋々と大鎌を下ろした。
 はあ、何でミツカゼ来たんだか。
 人の気も知らないで、勝手にかまって来て、あからさまにガッカリして、オレが傷付かないとでも思ってるんだろうか。
 それくらい、ミツカゼにとっては小さい存在なんだなと思うと、何とも言えない虚しさが押し寄せた。







 翌日学校の生徒用玄関で光風と鉢合わせる。
 珍しく早く来たんだなと思いながら、目があったんなら挨拶すべきだよなと思い口を開いた。

「おはよー。」

「あーーー、……おはよ?」

 なんだそれ?
 とってもアッサリと挨拶した。無視されなかっただけ良かったのか?っていうくらいどうでも良さそうに挨拶を返された。
 どーいう事だ?
 昨日は無理矢理キスしといて、討伐もした仲だから無視はおかしいと思って挨拶したのに、したオレがおかしいってくらいのあの返し。
 『another  stairs』のアゲハにしか興味ないって事なのか?

「…………………もう、次はしねぇー。」

 長めの緩い茶髪をガリガリと掻きながら、鳳蝶も教室へ向かった。








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