偽りオメガの虚構世界

黄金 

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45 鳳蝶の子供の頃

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 鳳蝶がフェロモン過多になったのは七歳の頃だ。小学校に入学して暫くしてからだった。
 それまでの鳳蝶はよく可愛い、綺麗だと言われていた。
 ふわふわの薄茶色の髪に、同色の大きな瞳とそれを覆う長い睫毛。スラリと背は高めで長い手足を持つスタイルのいい子供だった。
 頭も良く運動神経も優れており、よくアルファですかと親が尋ねられていた。
 親は違いますよと言って、バース性は伏せていた。
 綺麗なオメガの子供は危ないからだ。
 誘拐でもされては困る。それくらい可愛いと親は言ってくれていた。

 小学校での鳳蝶は持ち前の優秀さで、オメガであるにも関わらずアルファ達より優位にいた。
 子供の世界は自然とリーダーが出来上がる。何かに秀でて発言力が有れば上になる。
 アルファの子達よりも手際良く全てを終わらせる鳳蝶に、誰も文句を言う人間はいなかった。
 それが覆ったのは鳳蝶にフェロモンが増え出してから。
 少し怠くて暑い。汗が出て、具合悪い訳では無いけど、何かおかしい。目から涙が出て、身体がふわふわした。
 聡い鳳蝶は、これが母の言っていた症状であると判断した。
 授業中だったが、保健室に行く許可を貰った。子供達は普段卒なくこなす鳳蝶を驚いた顔で見ていた。
 赤い顔で息が上がっていたので、何か感じとったのかもしれない。

 直ぐに両親が迎えに来て、バース対応の病院で診察を受けた。予想通りの診断と大量の薬。
 副作用は人それぞれですとは言われたが、きっと母の幼少期と同じだろうと諦めた。
 同じオメガ。似るだろうとは思っていたが、本当になって仕舞えば仕方ないとしか思えなかった。

 それから鳳蝶は下に見られる様になった。
 成績が落ちる訳でも運動が人よりも劣った訳でも無い。
 ただオメガで外で発情する様な奴なんだという理由だけで無視された。
 鳳蝶のフェロモン過多にピアスは反応しない。発情では無いのだと判断される程度のフェロモンの流出。でも僅かに漂う匂いを、クラスのアルファは嗅ぎ取っていた。

 まだまだ皆んな子供。
 性犯罪など起きようも無い年齢ながら、それでもアルファの子達はオメガに反応していた。
 バース性からくる匂いを嗅ぐ事は滅多に無い。皆んな初めてオメガのフェロモンを嗅いだ子供達ばかりで、その事実に興奮していた。


 手と足を掴まれ身動き出来ない状態で、アルファの子供達に見下ろされる。

「や、めろっ!!」

 一人ならどうって事ない。でも五人もいれば太刀打ちできない。子供とはいえアルファ性。体格もいいし力も強い。

「今は匂わないな。」

「本当にしたのか?」

「したって!ふわっとこう~、いい匂いが!」

 クラスメイトが二人いる。後三人は別のクラスだ。きっとあの日漏れた匂いを他のクラスのアルファに話したのだろう。

「陽臣~、どーしよ?」

 倉田陽臣(くらたひおみ)はリーダー的な存在だ。身体が他の子より大きいし、頭が切れる。クラスは別だが誰でも知っていた。

「うーん…………、あっ!ほら親が項舐めてるの見た事ある。それやろう。」

 想像しただけでもゾワリとした。
 陽臣がしゃがみ込み、鳳蝶の髪の毛を掴んで顔を無理矢理横に向けた。

「……………っ!やめっ!」

 
 ペロリと舐められて鳥肌が立つ。


「…………あ。」

「やばっ、いい匂い…。」

 折角朝から大量に薬を飲んで抑えてるのに、反応する自分に青褪めた。
 だが子供達がオメガフェロモンにボウっとなった隙に、鳳蝶は思いっきり足を動かした。蹴り付けると腕も離れたので、急いで立ち上がり、投げ捨てられていたバックを掴んで走り出す。

「…あっ!」

 いち早く陽臣が気付いて叫んだが、鳳蝶は運動には自信がある。階段を飛ばし飛ばしで駆け降りて、追い付かれる前に逃げた。

 帰り着いた頃は満身創痍で、出迎えた母親が半泣きになっていた。
 父親が学校に連絡して、行き帰りは人を雇って通学する事になった。
 アルファの子達にはお咎めなしだった。実害がないと言われたし、男同士の遊びだと言い切られ、それ以上は強く出れないと言われた。
 父親は学校に怒っていたが、男性オメガの扱いは微妙だ。これが女性オメガなら違うだろうが、男同士という単語を使われると、ベータが多い社会では男性オメガの立場は弱かった。


 鳳蝶は暫くスクリーンで教室の授業と繋いで自宅学習をする事で過ごしたが、フェロモンが落ち着けば登校を促された。
 社会の流れとしてはアルファとオメガに限らず人は外に出るべき、と言う教育理念がある為、活動出来ない程の理由がない限りは登校が義務付けられている。
 仕方なく登校をした。

「あーげはっ、ようやく来たんだな。」

「待ちくびれたー。何で来ないんだよっ。」

 クラスのアルファが話し掛けてきた。
 陽臣が会いたがってたぞと言われ、冗談じゃないと放課後は逃げる様に帰った。

「鳳蝶!何で逃げるんだよっ!」

 逃さないと陽臣に腕を掴まれる。
 毎日毎日やってくるアルファ達にうんざりした。

「うるさいっ!いちいち寄ってくるな!」

 どんなに鳳蝶が嫌がっても纏わりついてくる。アザがつく程腕を掴まれ、ベタベタと触られる。
 あんまりにもコイツらが纏わり付くものだから、誰も鳳蝶に近寄らず、友達も出来なかった。同じオメガの子達ですら近寄らない。

 そんな生活が二年生まで続いた。

「なんか鳳蝶太ってきたな。」

 三年に上がった時、陽臣と同じクラスになった。
 その頃には長期で飲んでいる薬の副作用で太り出してきた頃だった。
 自分でも気にしていた事なのに、真っ直ぐに太ったと告げられる。

「……………。」

「なんか最近は匂いもちっともしないし、オメガじゃなくなったんじゃね?」

「え?そーなの?」

 思い思いに喋る奴らを無視して、鳳蝶は黙々と日誌を書いていた。書き上がったら職員室に向かってそのまま帰ろう。何でコイツらは一緒にいるのか意味が分からない。

「鳳蝶、オメガだよな?」

 陽臣から聞かれて、何言ってるんだと鳳蝶は無言を貫いた。
 バース性が変わる事などあるはずがない。
 変わってくれるならベータに変わって欲しいもんだ。

「なあ、オメガだろ?」

 やたらと陽臣の質問に熱が入る。
 椅子に座った鳳蝶に覆い被さる陽臣からビリっと圧を感じた。

「……っ!?」

「え!陽臣それ威圧!?すげーっ!」

 アルファの威圧は成長や突発的な事柄で出来るようになると聞いた事があった。
 今の流れで何で鳳蝶が威圧されないとならないのか。
 他のアルファの奴らも最初は友達の威圧に興奮していたが、次第に慌て出す。
 鳳蝶の顔色が変わってきたからだ。
 
「陽臣っ!やめろって!おいっ先生呼んでこい!」

 誰かが陽臣を止めようとしている声が聞こえるが、酷く遠くに聞こえた。
 視界に黒いモヤが現れ、視界が悪くなっていく。
 陽臣の顔が降りてきて、ゆっくりと鳳蝶の頭を抱え込むと、また項をベロリと舐められた。
 ゾワゾワとする刺激が鳳蝶の中を駆け抜ける。

「……………っひっ!…………!………!」

 声にならない小さな悲鳴が鳳蝶の喉から出てくるが、何度も何度も舐められて身動き出来ない。

「倉田っ!!やめるんだっ!」

 呼ばれた先生が飛んできて、慌てて陽臣を羽交い締めにして引き離してくれた。
 鳳蝶は威圧から解き放たれ、くらりと意識を失い椅子から落ちてしまう。
 頭から落ちた鳳蝶は救急で運ばれ、それから検査入院する事になった。

 決してあの日鳳蝶は発情していなかった。
 薬もきちんと飲んで、フェロモンも出ていなかった。なのに倉田陽臣はフェロモンに酔ったように興奮し、自分でも抑えられなかったと言っていた。

 これも注意だけで結局終わってしまった。
 鳳蝶が頭にタンコブを作って余計な検査を受けて終了だ。
 ウチの父親が倉田家に子供を近寄らせないように注意してくれと言って、向こうが謝って終わり。

 陽臣がベタベタ触ってくる事はなくなったが、オレは周りから遠巻きにされる存在として定着してしまった。
 


 人から避けられる存在はいじめの対象になる。誰も友達がいないと弱いと見られる。
 鳳蝶はもう小学校に希望も楽しみもない。
 朝来て無事に一日終わればいいのだ。
 だが鳳蝶の毎日は厳しいものだった。

「何で陽臣君を無視するのよ!?」

「謝りなさいよっ!あんたが倉田君に何かしてるんでしょ!?」

 オレは何もしていない。奴が勝手に纏わりついてくるだけだ。
 意外と陽臣はモテるのか、年々女子とオメガ女子から絡まれる事が多くなった。
 突き飛ばされたり、連絡事項が鳳蝶だけ知らなかったり。班活動もペア活動も先生とやって終わらせた。
 
 事件は五年生の時に起きた。
 呼び出された教室で鳳蝶は複数の生徒に囲まれる。
 その頃には鳳蝶はまん丸になっていた。
 薬の副作用、過食、不眠、色んなものが混ざって体調も悪かった。

「オレは別に陽臣の事なんてどうでもいいんだけど?」

 早く帰りたくてぶっきらぼうになる。
 それが逆に癇に障ったらしく、皆んな文句を言い出した。一体何人いるんだ?十人は超えていそうだ。
 こんな太った男のオメガに何を苛つくのか。可笑しくなって、鳳蝶はフッと少し笑った。

「何気取ってんのよ!」

「不細工のくせにっ!」

 デブだ醜いと容姿を貶された。
 今怒鳴りつける彼女達の方がほっそりとして小さい。
 自分の出た腹を見下ろして、鳳蝶の顔が無表情になる。
 こんなデブに何で皆んな構ってくるのか。
 オメガだから?
 オメガじゃなければデブでもいいのか?いや、そもそもベータだったら大量に薬を飲む必要も無かったのに。
 
 服を脱がされ破られ、体操服を広げられ、こんな大人サイズ恥ずかしいと笑われた。
 その体操服もハサミで無惨に切られてしまう。
 髪を掴まれ根元近くでジョキンと切られ、流石に涙が溢れた。
 ここまでされる必要があるんだろうか。

 誰もいなくなった教室で、大きな身体を小さく丸めた。
 親が心配して、学校まで頼み込んで見つけに来るまで、ずっと丸まっていた。





「鳳蝶、ちょっと遠くに転校しようか。」

 父親が提案した。
 鳳蝶は頷いた。

「ベータがいい。」

「………向こうの学校は公立だけど、バース性は黙っててくれるって言ってるの。皆んなで引っ越しましょう。」

「……うん。」

 湯羽家は静かに住む場所を変える事にした。




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