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神様のいいように
117 その身体をちょうだい
しおりを挟むノーザレイの身体に開いた穴に青の翼主が突然飛び込んで行った。
つい先程までクオラジュは地下の結界に神聖力を叩き込んでいた。中に逃げたジィレンを引き出す為だ。ジィレンはクオラジュからツビィロランの身体を奪い取り、空にあった器ごと中に消えた。まさかスペリトトがジィレンを助けるとは誰も思っておらず油断してしまった。
「え、どこ行ったの?」
天空白露ごと壊しかねない青の翼主を止めるべきか、中に逃げたジィレンを引き摺り出す為一緒に攻撃すべきか悩んでいたアオガは、突然消えた青の翼主に困惑した。
クオラジュと一緒にいたのはアオガと予言者サティーカジィ、神聖軍主アゼディム、そしてトステニロスだけだった。
四人がいた場所は予言者当主の屋敷であり、敷地内の祈りの間がある建物付近だったが、その建物はもうとっくの昔に無くなっている。
ジィレンを追って来たクオラジュが、空から一気に蒸発させてしまったのだ。一緒に中にあった水もかなりの量が消えてしまった。
敷地にはぽっかりと穴が空き、底の方に水がユラユラと揺れているのが見える。
更にその下にシュネイシロ神と番のスペリトトの亡骸が結界によって封印されているのだが、アゼディムがいる為話せないサティーカジィは、さてどうしたものかと悩んでいた。
神聖軍主アゼディムは常に聖王陛下と一緒にいる為説明する暇がなかったのだ。必要になれば言えばいいと言う程度でいた為、今になって困ってしまっている。
水の中に更に火球を撃ち込むクオラジュを、なんとか四人で抑えていた。これ以上やられると天空白露が粉々になる。水の中にも透金英の親樹の枝が伸びているのに、中から蒸発させてしまう勢いでクオラジュは暴れていた。
数日経っても怒りが収まらないクオラジュを見て、怯えたラワイリャンが助けを呼びに行くと言ってどこかに消えて行ったのだが、何でもいいから藁にも縋りたい気持ちでいた。
ラワイリャンは程なく戻り、何故だか涙ぐんで会話にならなかった。兎に角説明して頼んできたということだけは分かった。
誰に頼んだのかも分からず、その助っ人が来るかもしれないという淡い期待を抱きつつ、四人で意見を交わし合っていた。
アゼディムとアオガはクオラジュに同時攻撃で昏倒させようと言い、トステニロスは甥っ子が泣いているのにそんなことは可哀想で出来ないと言い、サティーカジィは説得を続けると言った。全く話は進まずにまた数日が過ぎたのだが、ある日クオラジュの動きが止まった。
羽を広げ虚空を見つめたのだ。クオラジュと三人は地面に空いた大きな穴を見下ろし空中に飛んでいた。アオガだけはまだ開羽していないので地面から見上げている。
四人はどーしたのだろうとクオラジュが動くのを待った。
「…………呼んでます。」
ポツンとクオラジュが呟いた。
ずっと泣くので目の周りは腫れているのだが、不思議なことに不細工にならないなとアオガは冷静に見ていた。
「クオラジュ?」
トステニロスがどーしたんだと心配そうに手を伸ばす。
クオラジュは羽を一回羽ばたかせ、クルリと下の方を見た。花守主の屋敷の方角だ。
スイーとそちらに飛んでいくクオラジュを、四人も慌てて追いかける。飛んだ先にはまだノーザレイの身体が浮いている。胸には相変わらず異空間へと繋がる穴があった。
「穴だらけでうんざりするな。」
アゼディムが疲れたようにボヤくのだが、四人は寝ずにクオラジュに付き合っているので、疲れすぎていて誰も返事をしない。
ノーザレイの身体は手付かずだった。封印するにしてもテトゥーミは怪我の治療中だし、聖王陛下は天空白露の結界を維持しつつ、中から崩壊しないよう神聖力を流している。フィーサーラには聖王宮殿の守りについてもらった。
四人でクオラジュの攻撃を止めて宥めていたのだが、こちらまで手が回せなかった。ツビィロランが吸い込まれたことにより天空白露は現実世界に戻り、世界の壁と切り離された為、とりあえず放置してても平気だろうということになった。
一緒に空を追いかけて来た三人と、器用に屋根伝いに走って来たアオガが追いつくと、クオラジュはノーザレイの身体の前に立っていた。氷銀色の瞳はその奥を見つめている。
「……っ呼んでいます!泣いている!」
クオラジュを呼んで泣き叫んでいる!
ーーッダッと走り出した。
「え?…おいっ、クオラジュ!?」
トステニロスの声掛けも気にせずクオラジュは穴に向かって飛んだ。羽は背にペタリとつけ、躊躇うことなく頭から入っていく。身体に対して穴は小さかったが、クオラジュの身体は吸い込まれるように飲み込まれて行った。
四人は慌てたがついて行くべきかどうか悩んだ。
「ちょ、どうするの!?行っちゃったよ!」
「この奥は妖霊の王が言う常世だったかな?」
「世界の壁がある場所だろう?」
「………どうしましょうか。」
四人で困り果てていると、また穴の奥から神聖力が近寄ってきた。
一人はクオラジュだとわかる。だがもう一人分が分からない。大きい。こんな力を持つ存在は知らないと全員思った。
「誰が来るんだ?」
この巨大な神聖力の持ち主に呼ばれたのかと皆思った。
ーーーーードッと気配が外に出て来る。
「クオラジュ!」
トステニロスは咄嗟に飛び出てきたクオラジュを抱き止めた。
そしてアゼディム達はもう一つの存在を感じてブルリと震える。
誰かは分からない。
それは魂だけの存在だった。光り輝き見えないのに、漆黒の影のようでもあり、光を放つ粉を舞い散らせる塊のようにも見えた。
「何あれ?」
アオガは青褪めながらもソレの前に対峙した。その勇気に光り輝く存在はクスリと笑う。
そしてフワリと浮いて予言者当主の屋敷の方へ飛んで行った。
「行かなければ……!」
穴に入ってそう時間は経っていないのに、クオラジュの身体から神聖力が大量に抜けていた。
「何があったんだ!?」
走って行こうとするクオラジュをトステニロスが支えて飛ぶ。自分が抱えて飛んだ方が早い。
「マナブ……いえ、ツビィロランがあの中にいます。」
「え?さっきの光ってたやつか?」
クオラジュはトステニロスを見た。ツビィロランが消えてから漸くトステニロスの方を見たのだ。
「アレはシュネイシロです。」
「シュネイシロぉ?」
サティーカジィとアゼディムに腕を掴んでもらって、一緒に飛んで運んでもらうアオガが素っ頓狂な声を出した。
「向こうの世界にいたシュネイシロがついて来ました。おかげで重たくて………。」
あの巨大な神聖力の塊をクオラジュが一人で運んできたのかと思うと、アゼディムはとんでもないことだと驚く。
「だからそんなに疲労困憊になってるのか。」
連日目を離せば平気で神聖力を穴に放っていたクオラジュが、いきなり疲れていた。
「何をしに行ったの?」
シュネイシロが消えた方向を見ながらアオガは尋ねる。
「……分かりませんが、ジィレンが作った身体を少しだけ使わせてくれと頼んできました。」
自分がどうにかするからと、貴方達がちゃんと暮らせていけるようにするからと言うから頷いた。
「……シュネイシロ神がジィレンをやっつけてくれるということ?」
「どうでしょう?」
そんな雰囲気ではなかったが、任せるしかない。それくらいシュネイシロは大きな存在だった。
クオラジュ達は急いでシュネイシロの後を追った。
ふわふわと浮きながら、魂とは不安定な存在なんだなと采茂は思った。
神聖力を追って地面に空いた穴に入る。下の方には水が溜まった空洞があるようだった。
シュネイシロの自分がこの浮島を作った時にはなかった穴なので、後から掘られた空洞なのだろう。
ドプンと入って奥へと沈んでいく。
昔の自分は怒りに任せてこんな巨大な島を浮かせたのかとちょっと感心してしまう。
この水の中は魚も水草も何もない空間だった。奥に行く程ほの明るい場所が見えて来る。
そこに辿り着くと見知った人物が待っていた。
黒い髪が広がり、青白い顔に銀色の瞳の妖霊の王ジィレンが口元に笑みを浮かべてこちらを見ていた。
采茂はクルクルと回って自分の姿をとる。今の石森采茂の姿だ。身体と魂は繋がる。自分自身の同じ姿である方が存在を保つことが出来る。
「……………来たか。」
ジィレンから口を開いた。久しぶりの会話だった。
「君が来るように仕向けたんだよね?ま、都合が良かったけど。」
采茂の言葉にジィレンはまた笑った。
ジィレンは世界の壁に穴をあけ、シュネイシロがこちらに来れるようにしたかった。スペリトトはシュネイシロは神聖力を持ったまま向こうに転生してしまっていたと言った。だからもうこちらに呼べないのだと。そう泣いた。身体を用意しても無理なのだと。
だったら来れるように穴をあけ、通って来る道を作ればいい。ジィレンが迎えに行ければよかったが、もうジィレンには力がなかった。そして一度無理をして行ったスペリトトにも力は残っていない。
ジィレンの背後には昔の自分達の身体が浮いていた。綺麗に残してある。
「こっちはかなり時間経ったんだよね?よく保存できてたね。」
「スペリトトが精霊魚にやらせたらしい。」
なるほどねぇと采茂は感心した。精霊魚は神聖力だけは保有している種族だ。そしてその性質は穏やかだ。気長に残していたのだろう。預けるにはいい相手だ。
その身体の下に壺が一つ置いてあり、ポコっと蓋が開いた。
少しだけ出来た隙間から丸い半透明なものが顔を覗かせていた。
「……………スペリトト!!」
采茂が叫ぶと蓋を弾き飛ばす勢いで中のものが飛び出してきた。
ポヨンポヨンと飛びながらジィレンを追い越し、采茂に飛んできた。
「よかった!生きてたんだね!」
「それは魂だ。」
「知ってるよ。でも魂が生きていればいいんだ。」
例えスペリトトの魂が満月の夜に昇華されていたとしても探し出すだろうが、今スペリトトの魂として生きているのだから嬉しい。
さて、ここからは急がないと。いつまでも壁の穴があるわけではない。今は石森采茂の身体と魂が引き合って同じ時間軸を流れているが、それがいつまで保つか分からない。
「ね、僕はやりたいことがあって来たんだ。その為には魂だけでは力が足りない。君だってその為に僕の身体を作ろうとしてるんだよね?」
ジィレンの背後には大きな器がある。
満月の夜は終わっている。だがほぼ完成している。後は魂が入るだけだった。
「姿は整えていない。」
ジィレンは石森采茂の容姿を知らない。だから外側だけ完成していない。
「十分だよ。……だからその身体、ちょうだいね?」
采茂は当たり前のようにジィレンに要求した。
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