落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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神様のいいように

118 さあ、ジィレンの願いは?

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 クオラジュ達はシュネイシロ神と番のスペリトトの亡骸が眠る水の中を、上から覗き込んで変化が起きるのを待っていた。
 
「……向こう側に行ってきたのか?」

「はい、少しだけですが。泣いて叫んでいたので引き込みました。そしたらシュネイシロまでついてきたのです。どうやら私が迎えに来るのを想定していたらしく、ツビィロランの魂にくっついていたようです。」

「シュネイシロ神はこっちに来たがってたってことか?」

 クオラジュにも詳しくは分からない。

「直ぐに戻るつもりなのではないでしょうか。」

 シュネイシロは邪魔をしないで欲しいと言った。直ぐに終わらせるからと。
 
「出て来るよ!」

 水を覗き込んでいたアオガが叫んだ。
 水面がユラユラと揺らぎ光り輝きだす。

ゆっくりと黒髪が出てきた。まだ十代の成長途中の身体。髪はこちらの世界では白髪しかしないような短い髪で、開いた瞳も黒かった。背には羽が生え、一見するとジィレンが連れている妖霊達と変わらない。

「シュネイシロです。」

 クオラジュはそう言って後ろに下がる。向こうからついて来た魂の姿そっくりだった。
 開いた羽を数度羽ばたかせ、采茂はゆっくりと世界を見渡した。
 そう大きな声で話すわけでもないのに、その声は大気に響いた。

「ふぅん?大分変わってしまってるね。純粋な精霊魚はいないのか。」
 
 その言葉はサティーカジィを見て言っていた。
 そしてまた遠くを見る。

「仙はいるんだね。良かったよ。ラワイリャンがいるんだから大丈夫だとは思ったけど……。いない世界に置いては行けないからね。巨人も大亀もいないのか。大きな種族から滅んだんだね。」

 世界を見渡す神は憂いた。

「……………そう、予言の通りになったのか。…………ね、ジィレン。」

 采茂は後から一緒に上がってきたジィレンに話しかけた。上を見上げたジィレンの表情からは何も読み取れない。

 采茂は大地に自分の神聖力を這わせて大陸全土を見ていた。流石に他の大陸までは行けないが、この大陸は自分が生まれ落ちた大陸で、この大陸の中なら全てを見渡せた。
 ジィレンが作った肉体は采茂の魂によく馴染んでいた。それもそのはず、采茂は器に入った身体にシュネイシロだった頃の肉体を混ぜてしまった。
 なんの躊躇いもなく、強制的に神聖力で炎を作り出し練り直す。
 采茂がフッと軽く息を吹き掛けると、中には一つの身体が作り上げられていた。
 石森采茂の姿を真似て作られた肉体だ。
 その身体に入り采茂は地上に上がってきた。
 
 身体の隅々まで万能感が行き渡る。

 懐かしい空気だ。向こうの世界にはない、神聖力を含んだ空気。パサパサと羽を動かし空に昇る。
 シュネイシロである采茂は、空に浮かんで天空白露を見下ろした。
 




 ジィレンはシュネイシロの後を飛びながら、その姿を眺めた。
 手に入れる必要があった存在。
 産まれ落ちて直ぐに予言された子供だった。
 妖霊の王の重翼と言われ、神と言われ、種族を滅ぼすと予言されたシュネイシロ。
 そしてジィレンは最後の王と言われた。
 ジィレンは自分の頭上を飛ぶシュネイシロに尋ねた。

「お前は今でも予言の通りなのか?」

 妖霊を裏切るのか。そう聞いた。

「裏切るもなにも。」
 
 シュネイシロは見下ろしている。アレが今の姿らしい。平凡な見た目だ。なのにその中にある力は相変わらずだった。それはそうだ。シュネイシロが全ての力を使えるようにジィレンは材料を集めたのだから。
 シュネイシロは笑う。

「もう一人も妖霊はいないよね。」

 ジィレンも笑った。それは諦めだった。足掻いても足掻いても予言は覆らなかった。
 ジィレンだけではどうすることも出来ないと知っていたから、戻って来るように言ったけど、シュネイシロは戻っては来なかった。最後の最後まで…。最後の一人が死ぬまで。
 何の悪気もなく笑うシュネイシロを見て、ジィレンは漸く諦めがついた。
 もしかしたらシュネイシロなら一人でもいいから妖霊を作れるかと思ったが、シュネイシロにはその意思がない。
 昔からシュネイシロは特別だった。
 自分の思ったことにしか神聖力を使わないし、使えない。その無尽蔵に生み出される神聖力は、シュネイシロの心一つで使い所を変えてしまう。
 シュネイシロは妖霊でありながら、妖霊の為にその巨大な神聖力を使うことはなかった。
 愛とか憎しみとかそう言った感情が一つも同族に生まれない存在だったのだ。
 シュネイシロが愛したのは白髪の人間スペリトトだけであり、スペリトトの為に人間を生かした。
 何故こんな存在が妖霊に生まれたのか分からない。
 精霊魚達の予言は当たっている。
 
「………ジィレン、これでも貴方にだけは申し訳ないと思ってるんだ。少しはね?」

 優しげに笑いながも、ジィレンに対する気持ちはほんの少しだ。

「だから、貴方がどうして僕を呼んだのか聞いてもいい?叶えられることなら叶えてから行くよ。」

 シュネイシロは神の如くジィレンに告げた。
 予言の通りシュネイシロは神なのだ。その圧倒的な力がある限り、シュネイシロは神であり続ける。だがそれは今だけなのだろう。シュネイシロは向こうの世界へ帰るつもりだ。

 さあ、聞くよ?

 大気にシュネイシロの声が響く。

「…………私は、最後の王として死にたい。」

 シュネイシロはにこりと笑った。

「いいよ。」






 重翼とは何者にも代え難い番。番よりも更に深い絆で結ばれる関係になる。魂は繋がり分け合い、混ざり合い膨れ上がる。本来なら側にいるだけでも相乗効果を生み、番になれば更にその関係は強固なものになる。側にいるだけで神聖力が増す為、お互い惹かれ合うのが重翼だった。
 だがシュネイシロは自身の神聖力が多すぎて、重翼の存在を感じ取れなかった。反対にジィレンはシュネイシロの神聖力が多すぎて側に近寄るのが苦痛になる程だった。
 それでもジィレンは妖霊の種族の為に何としてでもシュネイシロを番にしなければならなかった。
 精霊魚達の予言を当ててはならない。
 当たったら妖霊は滅ぶ。
 そうは思っても、シュネイシロは思うように動く妖霊ではなかった。
 白い人間を飼いだし、名を与え字を教え学問を学ばせていた。まるで番のような二人に危機感を持つ。
 人間を捨てろと言っても捨てない。
 しかも最悪なことに本当に番となり逃げてしまった。
 追おうと思えば追える。あれだけ神聖力に溢れたシュネイシロはどこにいてもわかる。なにしろ重翼なのだから。
 番は一生に一度だけ。
 もうシュネイシロは番を得てしまった。いくら重翼でも相手が番えば縁は切れるだろうと思っていた。

 思っていたのに、重翼としての存在価値は消えてくれなかった。
 
 シュネイシロは元々ジィレンのことを重翼として認識していない。しているのはジィレンの方だけだ。しかもそれは愛しいとかそういう感情ではない。
 一番近いのは畏怖だが、何故だが常に惹かれ離れがたくもある。
 その所為でジィレンは他の者と番になることも出来なかった。
 
 精霊魚はシュネイシロを神と言った。そしてシュネイシロの誕生により妖霊は消えていくと。
 シュネイシロを戻らせるか、存在を消すか。
 どちらでもいい。
 そう思ってシュネイシロとは何度も対立した。
 妖霊達はジィレンに従ってくれた。誰だって滅びたくはない。
 そしてシュネイシロは天空白露を作り死んでいった。漸く終わると思った。予言は覆されたのだと思ったのに、ジィレンから重翼の気配が消えなかった。
 どこかで生きている?
 そう思うが大陸のどこを探しても見つからない。
 ジィレンは天空白露に入れない。まさかあの中にいるのかと思い、あらゆる手で探り、シュネイシロとスペリトトの死体は天空白露の地中の中にあるのだと突き止めた。まだ天空白露に結界もなく、聖王という存在もいなかった。
 それから時間は過ぎ、どんどん妖霊の数が減っていった。天空白露が大陸の外周を周りだし、神聖力を浴びた人間達が増え続けた。
 妖霊は決して弱い種族ではない。なのに人間の増え続ける勢いに押されるように数を減らしていった。
 もう今から数百年前には最後の妖霊が死んでしまった。
 ジィレンの周りにいる妖霊は魂のない操り人形だ。生前の身体の時を止めて、ジィレンが意のままに操るだけの死体達。
 喋らないし、笑わない。目は虚に真っ黒で、どこも写してはいなかった。

 妖霊はもういないと笑うシュネイシロへ、ジィレンはもう終わりにしたいと言った。
 ジィレンは重翼であるシュネイシロの存在に引っ張られる。それが異世界と言われる向こう側であろうと、シュネイシロが生きている限りジィレンは存在し続ける。たった一人の最後の王となっても。

 ジィレンは見上げ続けた。
 最後の最後まで相容れない重翼を。





 采茂は両手を広げた。
 さあ、作り替えよう。まずは崩れた天空白露を直そう。そしてまた空に浮き上がらせよう。

 天空白露は地鳴りをあげて修復されていく。割れて崩れた地面は元通りとなり、透金英の親樹にシュネイシロの神聖力がたっぷりと与えられた。
 透金英の根が地に力強く広がる。
 海に落ちた天空白露が水飛沫をあげて空に浮かび出した。
 その奇跡をジィレンはジッとただ見つめていた。


「予言の通りですね……。」

 流石のクオラジュも言葉が詰まる。
 天空白露を空に浮かせる予言の神子は、シュネイシロ神自身じゃないかと思ったが、口にはしなかった。
 それよりもあの中に一緒に入っているはずのマナブを早く返して欲しかった。




 シュネイシロは天空白露を元通り浮遊島にすると、次の作業に移る。
 身体の作り変えだ。

「ねえ、器の中にいたの、使っていいの?」

 采茂が右手のひらを上に向けて何かを持ち上げるようにゆっくり上げると、水の中にあった錬金用の器が浮上してくる。浮いている采茂の直ぐ足元まで浮き上がらせ、采茂は器の中をチラリと見下ろした。
 ジィレンは興味なさそうに頷く。
 
「…………ほんと、人間と精霊魚が嫌いだね。」

 そう言って変わらないなと采茂は笑った。



 ニセルハティはカタカタと震えながら器の中に入っていた。ジィレン様から入れと言われて入ったはいいものの、それから何も言われない。
 自分は何のために妖霊の生血を飲んだのだろう。
 完全な精霊魚になる為じゃなかったのだろうか。天上人仲間を裏切ってまで求めたのに、結局は何も変わらない。
 器の中に次々と放り込まれる材料とやらの中に、ニセルハティも容れられている。外に出るなと言われてこの身体は妖霊の王の命令を忠実に守ってしまう。
 外では何が起きているのか分からなかった。
 炎のようなものが器の中で燃えているが熱くもない。材料だと言われたものから人の形が出来てくる不思議にニセルハティは意味が分からず器の内壁にへばりついていた。
 
 先程まで暗かった外が明るくなる。
 青空と雲を背景に黒髪に黒い瞳の十代とおぼしき男性が、漆黒の羽を広げてニセルハティを見下ろしていた。

「これも精霊魚のなり損い?」

 その言葉にニセルハティは傷付く。好きでこんな中途半端な姿で生まれたのではない!

「自尊心たかそう。」

 小馬鹿にした言い方に怒りが湧き上がるが、ニセルハティは同時に恐怖していた。
 黒髪からは光の粒が溢れている。その存在は神聖力に溢れている。予言の神子なのだと理解した。敵わない。

「でも丁度いいね。この身体の魂の核は透金英に使ってあげたいから。なかなかいい。混ぜ合わせれば問題ないかな。」

 ニセルハティにはその意味が分からなかったが、何となく理解した。
 自分はここから出られない。
 出る時はきっと、それはもうニセルハティではないのだと………。

 深淵のような黒く深い瞳がニセルハティを見下ろしていた。










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