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全てを捧げる精霊魚

80 祈りの間

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 タヴァベルは最近イツズを任せられることが多い。
 イツズは予言者の一族当主サティーカジィにとって何よりも大切な方だ。そう理解しているので任せられることは嬉しく思う。
 
「イツズ様、この後どうされますか?」

 タヴァベルの質問に、イツズは迷うことなく森に行きたいと言った。
 ほぼ毎日森に通うイツズは、何かしら薬材を集めないと気が済まないらしい。
 予言者の一族が所有する森にしか連れて行けないが、そこは我慢しますと本人も了承していた。趣味は変わっているが性格は基本穏やかで素直な方だ。

 森に行くと本日は蛙を捕まえたいという。どういった場所にいる蛙かと聞くと、水辺にいるらしい。
 この近くの湿地帯を提案した。

「えっと、この草が生えてるあたりにいるはずです。今は卵を産む季節なので、その卵が欲しいんです。」

「その卵は確か毒性が強かったと思いますが。」

 よくいる蛙だ。鮮やかな黄緑色で、黄色い大きなギョロ目に横長の黒い瞳孔という特徴がある。成体には毒はないのに、卵のうちは猛毒持ちだ。他の生物から食べられない為だったと記憶している。
 流石に蛙の卵を食べる人間はいないが、触れば皮膚が被れてしまう。

「はい、触ったらダメなので手袋をして下さい。」

 はい、とタヴァベルにも手袋を渡された。他に連れてきた護衛達にもキチンと配っている。

「…………。」

 皆無言になった。

「その毒性を抽出します。抽出は一卵につき少量しか取れません。なのでっ!いーっぱいっ、欲しいです。」

 そう言って大きめの時止まりの袋からザルを取り出した。そしてそのザルも手袋同様配られていく。

「お願いしますっ!」

 ニコニコとイツズは笑っている。

「承知しました。」

 タヴァベルの合図と共に、全員でぬかるみに入り卵探しが始まった。
 卵は指定された草の根元あたりに絡まる様に産み落とされているらしい。
 野太い悲鳴があちこちからあがる。
 
 サティーカジィ様、我々は貴方の重翼が現れたことを大変喜ばしく思っております。
 しかし我々はこの作業にいつかなれる日がくるのでしょうか………。
 必死に悲鳴を堪えながら、タヴァベルは滑った長い透明な何かに入る卵をザルに回収した。
 その近くではイツズが嬉々としてザルに同じ物を入れている。
 ある意味尊敬に値する。







 サティーカジィが祈りの間だと言って連れてきたのは、一面水を張った部屋だった。基本湿気があるのだろうが、空調が効いているのか空気は爽やかで、緑色の苔が壁や飛び出た岩にビッシリと生えていた。金色に光る小さな花が光源となり、部屋の中は意外と明るい。

「当主しか入れない部屋ではなかったのですか?」

「そういうことにしているだけです。」
 
 サティーカジィが言うには、誰にも覗かれないよう警備を厳重にしているだけで、部屋自体は当主の許可があれば入れるらしい。三つの扉を括り入った部屋は床のない水だけの部屋なので、俺とクオラジュ、アオガの三人はサティーカジィの後をついて水の中に足を入れた。

「はぁ、本当はこんなことしたくありませんが…。」

 サティーカジィの姿が徐々に変わっていく。
 肌には白い艶のある鱗が生え、耳の形が魚の鰭のように広がる。
 閉じた瞼を開けば、薄桃色の瞳は大きく丸くなり、丸い瞳孔が目立つ瞳に変わっていた。
 ラワイリャンが見せてくれた精霊魚の姿だった。

「申し訳ありませんが我が一族の為に他言無用の縛りをさせて頂きます。」

 サティーカジィの神聖力が膨れ上がり、足首程度だった水位が上がる。
 アオガが守るように前へ移動し、クオラジュは俺を抱き締めた。

「そう警戒せずとも大丈夫です。」

 申し訳なさそうにサティーカジィは少し笑い、水位が三人の頭の上まで到達すると、一瞬でシャアァ……と軽い音を立てて蒸発してしまった。

「話せばどうなりますか?」

「失語になります。」
 
 サラッとサティーカジィは言い切った。失語って…。俺がビビって青褪めると、クオラジュが剣を抜いた。

「サティーカジィが精霊魚だと他者に話すつもりはありません。解除して下さい。」

 サティーカジィはずっと困った顔をしている。

「創世から続く魂の契約が我々の一族とスペリトトの間に交わされています。その効力が続く限りは、この縛りを受けて頂く必要があります。それが命を取らないための条件ですので。当主である私にもなされているのですよ。」

「話さなきゃ問題ないのか?」

「はい。」

 サティーカジィの頷きに、俺はクオラジュの剣を持つ手を押さえた。

「ならいいよ。喋らねーから。イツズにも一生黙っとくのか?」

 サティーカジィは頷いた。

「魂の契約は危険ですので、出来れば知らないでいて欲しいのです。」

 俺らはいいわけね。お前の気持ちはよーく分かった。

「他にも知る者はいるのでしょうか?」

 クオラジュが尋ねた。

「一族の者で同じ様に精霊魚の特徴が出る者だけは同じ様な状況で知っていますよ。現在は前当主含めて私を入れて五名です。聖王陛下もご存知ではありませんのでご注意を。ですがこれも何かの巡り合わせかもしれませんね。少し伝えておきたいことと、頼みたいことがあります。」

 普通に話し出すサティーカジィに、クオラジュとアオガは抜いた剣を鞘に戻した。この二人攻撃的なんだよな。

「伝えたいことって?」

 俺の質問にサティーカジィは答えた。

「夜姫の会会長ニセルハティについてです。」

 あのプラチナブロンドの美女かと思い出す。
 サティーカジィ曰く、ニセルハティも同じ精霊魚の特徴を持って生まれた者らしい。
 精霊魚は千里眼の能力を持つ。遠くの場所を見通し、未来を予見する。精霊魚の特徴が強い者ほど、その能力は高く神聖力も多い。今現在最もその力が強いのがサティーカジィであり、当主の条件は精霊魚の能力の高い者と決まっているらしい。なので前当主の能力を超えたサティーカジィが生まれた瞬間に、当主の座は交代が決定したという。
 ニセルハティは耳の形が鰭となって生まれた。予言者の一族は赤子を取り上げる特殊な役割を持つ者が決まっている。要は助産師だ。精霊魚が生まれると直ぐに助産師によって当主に伝えられ、その子は当主の家に引き取られる。理由としては神聖力が高く予言の力に目覚める可能性が高いので、特殊な教育が必要だと言って親から引き取る形になるらしい。助産師は精霊魚の特徴を持って生まれた者が担っているが、人数が少ないので忙しい。
 産まれた赤ちゃんを取り上げる本当の目的は、俺達が先程勝手にさせられた他言無用の縛りを行い、神聖力を抑える訓練を受けさせて普通の人型を取れるようにする為であり、そうしないと古のスペリトトの魂の契約で苦しみ死んでしまうんだとか。
 ニセルハティとサティーカジィは年が近く、一緒に当主の屋敷で暮らしていた時期もあったらしい。

「昔は兄妹のように仲も良かったのですが、いつの間にかホミィセナを祭り上げるあの様な会を立ち上げていたのです。」

「ニセルハティとホミィセナは仲良かったのか?」

「本心は分かりませんが、ホミィセナを崇拝する信者を集めたのは彼女です。仲が良いというより持ち上げていた感じはありました。」

 これにはクオラジュが答えた。
 ホミィセナが十八歳という異例の早さで天上人となったことにより、それまで少数派だった女性天上人達はホミィセナを敬い出した。
 ニセルハティはホミィセナに『夜姫の会』の立ち上げの許可をとり、ホミィセナは快く応じたという。
 クオラジュはそれを黙認した。何故ならホミィセナが調子に乗っていた方が扱いやすかったからだ。

「この前ニセルハティが透金英の花を咲かせましたよね?」

 礼拝堂でニセルハティは透金英の枝に黒い花を咲かせた。

「ニセルハティも予言の神子ってことか?」

 そもそももう予言の神子の信憑性は薄い気がする。

「違いますよ。ラワイリャン様から話を聞かれたのですよね?透金英の親樹の横にある石碑は我が一族の祖先である精霊魚が建てた物です。当時の精霊魚の長が予言したものを後世に伝える為に書き記した物なので、予言の神子の存在自体は本物である可能性が高いのですよ。なので予言の神子の髪は夜色です。」

「へぇー、じゃあスペリトトは予言者じゃねーじゃん。なんでスペリトトを予言者にしてるんだ?」

「それは我々精霊魚が身を隠すためです。精霊魚の予言だと言ってしまうとまた狙われるので、スペリトトを予言者にして内容を残すことにしたようですよ。スペリトトはいつか必ずシュネイシロを呼び戻すと言ったそうです。そして精霊魚の長は未来を見ました。夜色の髪を持つ者が天空白露を救うのだという内容です。だからあのように残したと伝え聞いています。」

 ああーうん。もういっぱいいっぱいだ。
 俺はチラリとクオラジュを見た。クオラジュはニコッと笑う。

「それでニセルハティが黒の透金英の花を咲かせたこととの関係は何でしょうか。」

 クオラジュが冷静に話を戻してくれた。

「ニセルハティは妖霊と繋がっています。」

 そう言ってサティーカジィは部屋の奥の方へ進んだ。身体が徐々に下がっていくことから、ここの床が斜めに傾斜しているのだとわかる。

「すみませんが話すより見せた方が早いと思いますので。」

 俺達は顔を見合わせサティーカジィの後についていくことにした。
 アオガがボソリと呟く。

「私がついでのように魂の契約とやらをされたのは何故…?」

 そうだよな。アオガは神仙国に来てなかったし、精霊魚だとかも知らなかったのにな。

「………。」

 サティーカジィが黙っている。
 
「みてろよ……。」

 アオガの声が超ひっくい。

「ほら、俺の護衛だからどうせ巻き込まれるし。」

「……そーだねぇ。」

 何で俺がフォローしなきゃなんだ。



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