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全てを捧げる精霊魚

79 ちょっと待って!

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 俺達は急いでサティーカジィの屋敷に向かった。
 俺が目を覚ますとヤイネにキスをして喜んでいるアオガと目があったが、それは後で追求することにして、俺はアオガを連れて走った。
 ラワイリャンは起きれば幼児姿なので連れて行くには抱っこするしかないので、ヤイネと二人で聖王宮殿に残ってもらった。

「クオラジューーーーー!!」
 
 サティーカジィの元婚約者であるアオガのことを覚えていた門番が、俺とアオガを通してくれた。前も思ったがこの屋敷の門番は緩すぎじゃなかろうか。
 出迎えた使用人が玄関の扉を開けて、イツズの仕事部屋にいると教えてくれたので、俺達は案内を無視して走って乱入した。

 目の前には備え付けのソファで揉みくちゃになる三人がいた。
 下敷きになっているのは勿論サティーカジィだ。そしてその胸の上にハサミを持ったイツズがいて、乗り上げる体勢でクオラジュがサティーカジィの長い金髪を無造作に鷲掴みにして、剣を持って今まさに切ろうとしているところだった。
 俺の乱入でサティーカジィの上にいた二人がピタリと止まる。

「どうして聖王宮殿から出るのでしょうか?」

 非難がましいクオラジュの側にツカツカと歩み寄り、俺はその整った顔を両手でガシッと掴んだ。

「ちょっと今すぐ止めようか?」

「………はい。」

 俺の助けに半泣きのサティーカジィがホッと力を抜いたのが見えた。






「別に心臓を取るつもりではなかったのですよ?」

 クオラジュは俺に言い訳をした。ちょっと髪の毛が貰えたらなぁと思ったらしい。
 ちなみにイツズはサティーカジィの髪の毛は薬材にも使えるんですよと教えられ、じゃあ僕も欲しいと手伝ったそうだ。
 哀れサティーカジィ。

「でもどうしてサティーカジィ様の髪の毛?」

 理由も聞かずに実行に移したイツズを、アオガは大いに気に入っている。
 イツズは薬材集めが趣味だ。もしサティーカジィが精霊魚だというのが本当で、サティーカジィの身体が全身薬材になるのだと知ったらどう出るのか予測不可能だった。
 チラリとクオラジュを見ると、クオラジュはフルフルと首を振る。話してはいないらしい。
 サティーカジィを見ると手を胸の前で組み、言わないでくれと目で懇願している。

「イツズ、ちょっとクオラジュと話があるからここで待ってて。」

「えぇ!?僕は行っちゃダメなの!?」

「そう。勝手をしたクオラジュに注意しに行くんだ。」

 本当はサティーカジィが本当に精霊魚なのかを聞いて、どうしたらいいのかを確認しに行くのだが、本当のことは今のところ言えないし、イツズだけ除け者になっているのだと思わせてはいけない。
 これはダメな子にめっ!と言いに行くのだということにした。クオラジュは青の翼主という偉い立場なので、恥ずかしい場面は見せられないということにした。

「え?そ、そうなんだ。分かった。待っとくね?」
 
 クオラジュ様を子供のように叱りつけるのだろうかとイツズは首を傾げる。
 また来てねとイツズはお願いしてくるので、勿論と笑顔で答えた。
 サティーカジィの屋敷なので部屋を借りてくると適当なことを言ってサティーカジィも連れ出す。
 サティーカジィの最側近らしいタヴァベルがイツズのお守りをお願いされていた。この人真面目そうでいかにも有能な部下という感じがする人だ。
 サティーカジィの案内で俺達は屋敷の外にあるという祈りの間へと向かった。






 
「ラワイリャン様、こちらのお菓子も食べませんか?」

 ヤイネは薄い上品な皿に小さなケーキを乗せた。その皿をラワイリャンは遠慮なく受け取りホクホクと食べだす。

「我は辛いのが好きだが甘ーいのも好きなのだ。」

「そうなんですね。いっぱい持ってきてしまったので食べて下さい。」

 ツビィロランとアオガは急いで昼食を食べて走って行ってしまった。アオガの「行ってきます。」の頬への接吻が今でも感触が残り、ちょっと思い出して恥ずかしくなる。

「あの目の良い奴が好きなのだ?」

 それに素早く反応したラワイリャンは、ヤイネににまにまと尋ねた。

「う…、そうですね。そうなのですが、どうなのでしょう。」

「何がだの?」

 アオガの愛情表現は直接的だ。何故ヤイネにツビィロラン様の従者という仕事を斡旋してくれたのかと尋ねたら、好きだからと言われてしまった。
 それからというもの、ことあるごとに頬や口に接吻をされ、ヤイネは慣れないことに毎度心臓が止まる思いをしている。

「好きと言われて、私もそうなのですが、アオガ様はまだ天上人になる前の方です。」

「あ~、良いのではないか?番になりたいのならさっさとなれば良い。そうすればもうお互い逃げられんのぅ。羨ましい限りじゃ。」

 ラワイリャンはスプーンに乗せたフルーツをパクりと食べた。
 番になるのに年齢はあまり関係がない。お互いが一生をかけて一緒にいたいと思えればそれでいい。天上人でなくても普通の人でも番にはなるので、天上人になる前とか後とか関係ないとラワイリャンは思う。重要なのは性行為が出来るかどうかだ。番とは子孫を残す為に身体が成熟したと判断すれば出来るのではないかと思っている。動物の本能に近い。ヤイネもアオガも十分にそれは満たしている。むしろアオガはやる気満々に見える。
 ヤイネはそうですねと赤い顔をしていた。

「番になっても別れがくることもある。それがお互い人間同士ならすぐに後を追って死んで逝けるが、我は仙の女王であったゆえ不可能であった。ヤイネも後悔せぬようにな。」

「…………。」

 ラワイリャンの見た目に反する老成した目に、ヤイネは返す言葉が思いつかなかった。

「ラワイリャン様は後悔されたのですか?」

 ヤイネの質問に、ラワイリャンは考える。
 後悔とかそういう話ではなかった。
 ラワイリャンは自分が出来る最大限のことをやった。自分の魂とも言える種を半分も透金英に与えた。それにより透金英は遥かに強くなった。だがそれでも透金英は逝ってしまった。
 動かないラワイリャンにはどうすることも出来なかった。
 透金英の種を通して全てをラワイリャンは見た。
 崩れていく透金英を抱き止めることも出来ない。
 樹の幹から伸びる枝の上で、ラワイリャンは足を踏み出そうとした。パキパキと茶色の枝がひび割れ、出そうとした片足は足としての形すらない。
 伸ばす手は届かない。
 空を切り透金英の残像が揺れ動いて消えていった。
 最後まで笑う彼に、サヨナラと直接言うことも出来ない。
 涙は出なかった。
 透金英の身体から熱が失せ、笑う彼の身体が崩れ去り、神仙国に雨が降った。
 シトシトと降る雨の向こうでは、空に巨大な島が浮き、その中心に透金英は消えてしまった。
 甦れと歌を歌う。
 それでももう種の片割れは戦いで消耗し、透金英は花として生まれ変わることが出来なかった。
 歪に成長した大樹は浮いた島に根を張り、住むことを許可された精霊魚達が、人に住む場所を与えた。


「後悔も何も、我には分からぬ。」

 過ぎた時間は戻らない。
 これは遥か昔々の過去の記憶。
 あまりにも遠過ぎて、諦めが強い。

「ただ、透金英は最後に我の幸せを願ってくれた。だから今度は我が幸せを願ってあげておるだけよの。」

 ヤイネはそう語るラワイリャンを見つめ、フッと小さく微笑んだ。ヤイネはラワイリャンのことも、ツビィロラン達が何をやっているのかもよくは知らない。
 だけどこの目の前の幼児がただの幼児ではないことだけは理解できる。

「ラワイリャン様は大人なのですね。私も見習わなくては。」

「ふむ、そうなのじゃ~。そっちの菓子もよこせ。」

 またムグムグと食べ出したラワイリャンへ、ヤイネは笑いながら次の皿を用意した。







 ウキウキと手を繋ぐクオラジュに、ツビィロランは何故喜ぶのだとゲンナリした。

「さぁ、どう叱責してくれるのでしょう。」

 クオラジュは楽しみですと頬を染める。
 その様子にサティーカジィも三歩程離れて歩いている。アオガはその三人の後を黙ってついてきていた。
 
「お前な…、適当な言い訳だって理解してるだろ!?」

「そんな……、その様子だとラワイリャンから何か聞いて来たのですよね?説明なしに私がサティーカジィのもとへ来たから止めに来たのでしょう。」

 ここは怒るところですよね?とクオラジュは自分の胸に片手を当てて、その氷銀色の瞳でツビィロランを見つめる。
 怒られたいのだろうか?どこまでが本気か分からない。
 サティーカジィは当てにならないので、アオガに救いを求めた。その視線に気付いたアオガは、すすすとツビィロランに近寄り耳打ちする。

「ここは何か物をねだるべきじゃない?」

「もの?なにを?」

「値のはるものとかは?それとも一日青の翼主を拘束するとか。」

「拘束………。」
 
 如何いかがわしい様子を思い浮かべる。

「意外とスケベ?」

「ちがぁぁう!!」

 二人の仲のいい会話にクオラジュが割り込んだ。

「拘束してくれるのなら嬉しいですね。何日でもお付き合いします。」

 アオガは、ほら本人もそう言ってるね~とケラケラ笑いながらまた後ろに下がってしまった。
 ツビィロランはポカっとクオラジュの額に軽くグーでパンチした。

「何かするなら俺にも教えろ!」

 仕方がないので少し怒った風に注意する。何故態と怒る必要があるのか。
 クオラジュはポカと叩かれた額に手を当て嬉しそうに笑った。

「ふふふ。」

「変な奴がいる。」


 仲のいい二人を眺めながら、アオガは直ぐ側にいるサティーカジィをギロリと見た。
 
「見習えばどうかな?」
 
 サティーカジィがウッと苦しげに呻く。ウロウロと薄桃色の瞳が彷徨い、アオガに申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

「そうですね……。ところでアオガはどうですか?聖王宮殿ではうまくやれていますか?」

 サティーカジィはヘタレだが優しい。優しいからこそヘタレなのかもしれないが、これではイツズとの仲は進展しないだろうにと心配になってくる。

「やれてるよ。私のことよりそっちの方が心配なんだけど?」

 アオガの直球に再度サティーカジィはううっと呻いた。
 前でイチャついていたツビィロランが、なかなか進んで来ないサティーカジィを呼び、呼ばれたサティーカジィはヨロヨロと進んで行った。
 アオガはフンッと溜息を吐いて、三人の後について行った。








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