79 / 124
全てを捧げる精霊魚
79 ちょっと待って!
しおりを挟む俺達は急いでサティーカジィの屋敷に向かった。
俺が目を覚ますとヤイネにキスをして喜んでいるアオガと目があったが、それは後で追求することにして、俺はアオガを連れて走った。
ラワイリャンは起きれば幼児姿なので連れて行くには抱っこするしかないので、ヤイネと二人で聖王宮殿に残ってもらった。
「クオラジューーーーー!!」
サティーカジィの元婚約者であるアオガのことを覚えていた門番が、俺とアオガを通してくれた。前も思ったがこの屋敷の門番は緩すぎじゃなかろうか。
出迎えた使用人が玄関の扉を開けて、イツズの仕事部屋にいると教えてくれたので、俺達は案内を無視して走って乱入した。
目の前には備え付けのソファで揉みくちゃになる三人がいた。
下敷きになっているのは勿論サティーカジィだ。そしてその胸の上にハサミを持ったイツズがいて、乗り上げる体勢でクオラジュがサティーカジィの長い金髪を無造作に鷲掴みにして、剣を持って今まさに切ろうとしているところだった。
俺の乱入でサティーカジィの上にいた二人がピタリと止まる。
「どうして聖王宮殿から出るのでしょうか?」
非難がましいクオラジュの側にツカツカと歩み寄り、俺はその整った顔を両手でガシッと掴んだ。
「ちょっと今すぐ止めようか?」
「………はい。」
俺の助けに半泣きのサティーカジィがホッと力を抜いたのが見えた。
「別に心臓を取るつもりではなかったのですよ?」
クオラジュは俺に言い訳をした。ちょっと髪の毛が貰えたらなぁと思ったらしい。
ちなみにイツズはサティーカジィの髪の毛は薬材にも使えるんですよと教えられ、じゃあ僕も欲しいと手伝ったそうだ。
哀れサティーカジィ。
「でもどうしてサティーカジィ様の髪の毛?」
理由も聞かずに実行に移したイツズを、アオガは大いに気に入っている。
イツズは薬材集めが趣味だ。もしサティーカジィが精霊魚だというのが本当で、サティーカジィの身体が全身薬材になるのだと知ったらどう出るのか予測不可能だった。
チラリとクオラジュを見ると、クオラジュはフルフルと首を振る。話してはいないらしい。
サティーカジィを見ると手を胸の前で組み、言わないでくれと目で懇願している。
「イツズ、ちょっとクオラジュと話があるからここで待ってて。」
「えぇ!?僕は行っちゃダメなの!?」
「そう。勝手をしたクオラジュに注意しに行くんだ。」
本当はサティーカジィが本当に精霊魚なのかを聞いて、どうしたらいいのかを確認しに行くのだが、本当のことは今のところ言えないし、イツズだけ除け者になっているのだと思わせてはいけない。
これはダメな子にめっ!と言いに行くのだということにした。クオラジュは青の翼主という偉い立場なので、恥ずかしい場面は見せられないということにした。
「え?そ、そうなんだ。分かった。待っとくね?」
クオラジュ様を子供のように叱りつけるのだろうかとイツズは首を傾げる。
また来てねとイツズはお願いしてくるので、勿論と笑顔で答えた。
サティーカジィの屋敷なので部屋を借りてくると適当なことを言ってサティーカジィも連れ出す。
サティーカジィの最側近らしいタヴァベルがイツズのお守りをお願いされていた。この人真面目そうでいかにも有能な部下という感じがする人だ。
サティーカジィの案内で俺達は屋敷の外にあるという祈りの間へと向かった。
「ラワイリャン様、こちらのお菓子も食べませんか?」
ヤイネは薄い上品な皿に小さなケーキを乗せた。その皿をラワイリャンは遠慮なく受け取りホクホクと食べだす。
「我は辛いのが好きだが甘ーいのも好きなのだ。」
「そうなんですね。いっぱい持ってきてしまったので食べて下さい。」
ツビィロランとアオガは急いで昼食を食べて走って行ってしまった。アオガの「行ってきます。」の頬への接吻が今でも感触が残り、ちょっと思い出して恥ずかしくなる。
「あの目の良い奴が好きなのだ?」
それに素早く反応したラワイリャンは、ヤイネににまにまと尋ねた。
「う…、そうですね。そうなのですが、どうなのでしょう。」
「何がだの?」
アオガの愛情表現は直接的だ。何故ヤイネにツビィロラン様の従者という仕事を斡旋してくれたのかと尋ねたら、好きだからと言われてしまった。
それからというもの、ことあるごとに頬や口に接吻をされ、ヤイネは慣れないことに毎度心臓が止まる思いをしている。
「好きと言われて、私もそうなのですが、アオガ様はまだ天上人になる前の方です。」
「あ~、良いのではないか?番になりたいのならさっさとなれば良い。そうすればもうお互い逃げられんのぅ。羨ましい限りじゃ。」
ラワイリャンはスプーンに乗せたフルーツをパクりと食べた。
番になるのに年齢はあまり関係がない。お互いが一生をかけて一緒にいたいと思えればそれでいい。天上人でなくても普通の人でも番にはなるので、天上人になる前とか後とか関係ないとラワイリャンは思う。重要なのは性行為が出来るかどうかだ。番とは子孫を残す為に身体が成熟したと判断すれば出来るのではないかと思っている。動物の本能に近い。ヤイネもアオガも十分にそれは満たしている。むしろアオガはやる気満々に見える。
ヤイネはそうですねと赤い顔をしていた。
「番になっても別れがくることもある。それがお互い人間同士ならすぐに後を追って死んで逝けるが、我は仙の女王であったゆえ不可能であった。ヤイネも後悔せぬようにな。」
「…………。」
ラワイリャンの見た目に反する老成した目に、ヤイネは返す言葉が思いつかなかった。
「ラワイリャン様は後悔されたのですか?」
ヤイネの質問に、ラワイリャンは考える。
後悔とかそういう話ではなかった。
ラワイリャンは自分が出来る最大限のことをやった。自分の魂とも言える種を半分も透金英に与えた。それにより透金英は遥かに強くなった。だがそれでも透金英は逝ってしまった。
動かないラワイリャンにはどうすることも出来なかった。
透金英の種を通して全てをラワイリャンは見た。
崩れていく透金英を抱き止めることも出来ない。
樹の幹から伸びる枝の上で、ラワイリャンは足を踏み出そうとした。パキパキと茶色の枝がひび割れ、出そうとした片足は足としての形すらない。
伸ばす手は届かない。
空を切り透金英の残像が揺れ動いて消えていった。
最後まで笑う彼に、サヨナラと直接言うことも出来ない。
涙は出なかった。
透金英の身体から熱が失せ、笑う彼の身体が崩れ去り、神仙国に雨が降った。
シトシトと降る雨の向こうでは、空に巨大な島が浮き、その中心に透金英は消えてしまった。
甦れと歌を歌う。
それでももう種の片割れは戦いで消耗し、透金英は花として生まれ変わることが出来なかった。
歪に成長した大樹は浮いた島に根を張り、住むことを許可された精霊魚達が、人に住む場所を与えた。
「後悔も何も、我には分からぬ。」
過ぎた時間は戻らない。
これは遥か昔々の過去の記憶。
あまりにも遠過ぎて、諦めが強い。
「ただ、透金英は最後に我の幸せを願ってくれた。だから今度は我が幸せを願ってあげておるだけよの。」
ヤイネはそう語るラワイリャンを見つめ、フッと小さく微笑んだ。ヤイネはラワイリャンのことも、ツビィロラン達が何をやっているのかもよくは知らない。
だけどこの目の前の幼児がただの幼児ではないことだけは理解できる。
「ラワイリャン様は大人なのですね。私も見習わなくては。」
「ふむ、そうなのじゃ~。そっちの菓子もよこせ。」
またムグムグと食べ出したラワイリャンへ、ヤイネは笑いながら次の皿を用意した。
ウキウキと手を繋ぐクオラジュに、ツビィロランは何故喜ぶのだとゲンナリした。
「さぁ、どう叱責してくれるのでしょう。」
クオラジュは楽しみですと頬を染める。
その様子にサティーカジィも三歩程離れて歩いている。アオガはその三人の後を黙ってついてきていた。
「お前な…、適当な言い訳だって理解してるだろ!?」
「そんな……、その様子だとラワイリャンから何か聞いて来たのですよね?説明なしに私がサティーカジィのもとへ来たから止めに来たのでしょう。」
ここは怒るところですよね?とクオラジュは自分の胸に片手を当てて、その氷銀色の瞳でツビィロランを見つめる。
怒られたいのだろうか?どこまでが本気か分からない。
サティーカジィは当てにならないので、アオガに救いを求めた。その視線に気付いたアオガは、すすすとツビィロランに近寄り耳打ちする。
「ここは何か物をねだるべきじゃない?」
「もの?なにを?」
「値のはるものとかは?それとも一日青の翼主を拘束するとか。」
「拘束………。」
如何わしい様子を思い浮かべる。
「意外とスケベ?」
「ちがぁぁう!!」
二人の仲のいい会話にクオラジュが割り込んだ。
「拘束してくれるのなら嬉しいですね。何日でもお付き合いします。」
アオガは、ほら本人もそう言ってるね~とケラケラ笑いながらまた後ろに下がってしまった。
ツビィロランはポカっとクオラジュの額に軽くグーでパンチした。
「何かするなら俺にも教えろ!」
仕方がないので少し怒った風に注意する。何故態と怒る必要があるのか。
クオラジュはポカと叩かれた額に手を当て嬉しそうに笑った。
「ふふふ。」
「変な奴がいる。」
仲のいい二人を眺めながら、アオガは直ぐ側にいるサティーカジィをギロリと見た。
「見習えばどうかな?」
サティーカジィがウッと苦しげに呻く。ウロウロと薄桃色の瞳が彷徨い、アオガに申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。
「そうですね……。ところでアオガはどうですか?聖王宮殿ではうまくやれていますか?」
サティーカジィはヘタレだが優しい。優しいからこそヘタレなのかもしれないが、これではイツズとの仲は進展しないだろうにと心配になってくる。
「やれてるよ。私のことよりそっちの方が心配なんだけど?」
アオガの直球に再度サティーカジィはううっと呻いた。
前でイチャついていたツビィロランが、なかなか進んで来ないサティーカジィを呼び、呼ばれたサティーカジィはヨロヨロと進んで行った。
アオガはフンッと溜息を吐いて、三人の後について行った。
770
お気に入りに追加
2,160
あなたにおすすめの小説
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
王子様は王妃の出産後すぐ離縁するつもりです~貴方が欲しいのは私の魔力を受け継ぐ世継ぎだけですよね?~
五月ふう
恋愛
ここはロマリア国の大神殿。ロマリア歴417年。雪が降りしきる冬の夜。
「最初から……子供を奪って……離縁するつもりだったのでしょう?」
ロマリア国王子エドワーズの妃、セラ・スチュワートは無表情で言った。セラは両手両足を拘束され、王子エドワーズの前に跪いている。
「……子供をどこに隠した?!」
質問には答えず、エドワーズはセラを怒鳴りつけた。背が高く黒い髪を持つ美しい王子エドワードの顔が、醜く歪んでいる。
「教えてあげない。」
その目には何の感情も浮かんでいない。セラは魔導士達が作る魔法陣の中央に座っていた。魔法陣は少しずつセラから魔力を奪っていく。
(もう……限界ね)
セラは生まれたときから誰よりも強い魔力を持っていた。その強い魔力は彼女から大切なものを奪い、不幸をもたらすものだった。魔力が人並み外れて強くなければ、セラはエドワーズの妃に望まれることも、大切な人と引き離されることもなかったはずだ。
「ちくしょう!もういいっ!セラの魔力を奪え!」
「良いのかしら?魔力がすべて失われたら、私は死んでしまうわよ?貴方の探し物は、きっと見つからないままになるでしょう。」
「魔力を失い、死にたくなかったら、子供の居場所を教えろ!」
「嫌よ。貴方には……絶対見つけられない場所に……隠しておいたから……。」
セラの体は白く光っている。魔力は彼女の生命力を維持するものだ。魔力がなくなれば、セラは空っぽの動かない人形になってしまう。
「もういいっ!母親がいなくなれば、赤子はすぐに見つかるっ。さあ、この死にぞこないから全ての魔力を奪え!」
広い神殿にエドワーズのわめき声が響いた。耳を澄ませば、ゴゴオオオという、吹雪の音が聞こえてくる。
(ねえ、もう一度だけ……貴方に会いたかったわ。)
セラは目を閉じて、大切な元婚約者の顔を思い浮かべる。彼はセラが残したものを見つけて、幸せになってくれるだろうか。
「セラの魔力をすべて奪うまで、あと少しです!」
魔法陣は目を開けていられないほどのまばゆい光を放っている。セラに残された魔力が根こそぎ奪われていく。もはや抵抗は無意味だった。
(ああ……ついに終わるのね……。)
ついにセラは力を失い、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「ねえ、***…………。ずっと貴方を……愛していたわ……。」
彼の傍にいる間、一度も伝えたことのなかった想いをセラは最後にそっと呟いた。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる