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全てを捧げる精霊魚
81 妖霊の影
しおりを挟むサティーカジィは腰が浸かる辺りで足を止めた。
部屋の奥には聖王宮殿の至る所で見る、シュネイシロ神とその番スペリトトが寄り添う石像が置いてあった。
サティーカジィの背から金色の眩い羽が広がる。
キラキラと美しい羽は水の中に先が浸かり、水中でも輝いていた。
後ろ姿のサティーカジィの耳が、魚の鰭のように変わり、見えている肌が真珠色の小さな鱗がびっしりと生えた肌に変わる。
水に浸かったサティーカジィを中心に、水面に細波が広がった。金の羽の光を受けて、金色の波が小さな泡を立てて広がっていく。
「神聖力を抑えることで人の姿になっているということでしょうか。」
クオラジュの声掛けに、サティーカジィは振り返った。その瞳は魚の瞳のように丸く大きい。
だがフッとその目が細まりまるでアニメのキャラのようだなと思えてしまう。
「皆さんはこの姿を見ても異様に感じないのですね。」
そのことが嬉しいのか、サティーカジィは笑っていた。
「その姿が蜥蜴なのだと言われても、私は気にしませんよ。」
「まさか同族の私に子供ができたらサティーカジィ様みたいな魚の子が生まれる可能性あるの?」
「精霊魚な、せいれいぎょ。」
クオラジュとアオガの意見にサティーカジィは苦笑した。
「アオガが人型で生まれた時は、前当主様は少しガッカリされましたよ。神聖力が大きかったので、精霊魚の特徴が出てもおかしくありませんでしたから。」
アオガが嫌な顔をしていた。
「少し潜りますので水面を見ていて下さいね。」
サティーカジィはトプンと水の中に沈んだ。ぷくぷくと小さな気泡が時折上がってくるが、暫く待ってもサティーカジィは浮かんでこない。
水の中に潜ってみた方がいいのだろうかと思っていた時、水面が淡く光りだした。
ユラユラと揺れて景色が現れ出す。
「サティーカジィの水鏡ですね。」
クオラジュがこれはサティーカジィが予言の力を使う時と同じだと言った。水に遠見や予知を写すのだという。
ぷはぁとサティーカジィが上がってきた。
「ふぅ……、どうでしょうか?うつりましたか?」
「自分でやってて分かんないの?」
「いえ、水の中は数多の景色が流れていますので、必要なモノを拾って水面に持ってきたのです。私一人なら水の中で見れるのですよ。」
慌ててサティーカジィがそう言いながら上がってくる。俺達は膝が沈むくらいの所で止まっていたので、サティーカジィもそこまで戻ってきた。
「自分がいた一族だけど、予言の力見るの初めてだよ。」
アオガも興味津々だ。
「あの、アオガには申し訳ないのですが、これを見たから知っていた方がいいかと思い魂の契約をしたのですよ。」
サティーカジィは間違ったんじゃ無いのだとアオガに申開きをしている。アオガの仕返ししそうな雰囲気に気圧されているのがよく分かる。
どうやらサティーカジィの予知か何かの所為でアオガは巻き込まれたらしい。
ユラユラと揺れる水面は暫くすると静かに凪いで、どこかの屋敷を写していた。
「ん?あれ?ここって…。」
「はい、アオガが幼少期を過ごした国、ネリティフ国です。」
アオガは十三歳まで大陸で育っていると言っていた。どうやら水面に写った国で育ったらしい。
屋敷は煉瓦造りの大きめの屋敷だ。蔦の張った煉瓦の壁に、緑が広がる庭園の落ち着いた雰囲気のある屋敷だった。
画面が動き窓から室内に入り込むと、二人の男性が座っていた。丸テーブルに椅子が三脚。二つには若い男性がそれぞれ座り、一つは空席だった。何かを話しているのだろうが、声は聞こえない。
「会話が聞こえませんね。」
クオラジュの言葉にサティーカジィは黙って頷いた。
「これ、ファチ司地?」
アオガが驚いている。
「誰?」
「子供の頃の私を預かった人なんだけど。」
子供の頃のアオガを育てた人?
アオガもツビィロランのように地上のどこかで育てられたのだろうが、どうやらこの人が世話人だったらしい。
アオガがファチ司地と言った人物はこちら側を向いていた。薄いストレートの金髪を長く伸ばし結ばずに垂らしている。瞳の色も色素は薄いがサティーカジィの瞳に似た桃色をしていた。
「ネリティフ国のファチ司地はニセルハティの世話人でもありますね。」
「よく覚えていますね!」
クオラジュの言葉にサティーカジィが驚いた。
「現在生きている天上人と、過去の人物でも何かしら成した人は頭に入れています。」
なんかおかしなことを言っている。アオガと二人でバケモノ?とひそひそ声で言っていると、クオラジュからにっこり笑われてしまった。何その笑顔、怖い。
「覚えておくと何かと便利なのですよ。」
「そーなんだ。」
よく分からないから頷くしかない。
「それでファチ司地が話している人物はどなたでしょう?」
クオラジュが話を戻した。
「はい、見ていて下さい。これはもう過ぎ去った過去のものです。この後に…。」
ファチ司地と対面で話していた人物が、少し後ろを振り返った。顔は見えず頬と鼻が少しだけ見えた状態だ。そして映像はプツンと切れて消えてしまう。一瞬水の色が真っ黒に変わり、サアァーと元に戻っていった。
「あ、消えた?」
俺からすると態々見せるには特に重要そうにも感じない。
「私はこの祈りの間に入る時は元の姿で遠見や予知を行います。そしてこれは遠見でしたが、見ている最中に向こう側から遮断されたのです。」
クオラジュはサティーカジィの話を聞きながら、氷銀色の瞳を細めた。
「それはつまり、貴方の全力を出した遠見よりも向こうの男の神聖力の方が上だということですね?」
サティーカジィはそうです、と言って頷いた。
「それは問題だね。」
アオガも深刻な顔をしている。
「何が問題なんだ?」
分からん。
「サティーカジィは予言者の一族の中でも最も神聖力のある人間です。今日聞いた内容を踏まえて考えると、精霊魚化した状態でならほぼ全ての人間の行動を追えるのではと思っています。ですがその状態でも追えない者がいるのです。」
「ああ、強い奴がいて見れないってことか。じゃあ今のサティーカジィなら他に誰が見れないんだ?聖王陛下は?」
クオラジュの説明にある程度納得した俺は、サティーカジィに他に見れない人間がいるのか興味本位で尋ねた。
サティーカジィの視線がクオラジュを見る。
成程ですね。
「ツビィロランもですが、貴方の場合少し違うのですよね。神聖力が安定していないのか、物凄く力に溢れて見れない時もあれば、簡単に見れてしまう時もあります。おそらく自分の身体ではないからというのがあるのかもしれませんね。それと聖王陛下ならこの状態になれば見れてしまうのです。」
「そんなに凄いんならもうちょっとさぁ。」
アオガがすかさずサティーカジィに物申している。
じゃあクオラジュってば聖王陛下越えちゃってるのか?クオラジュが偉そうなのもちょっと納得してしまった。
「………ならばニセルハティが妖霊と繋がっているということは…。」
「はい、この男が妖霊です。妖霊の神聖力とは黒の神聖力になります。ファチ司地とニセルハティはこの男と繋がっていると思います。」
「何で分かるんだ?」
「ニセルハティが黒の透金英の花を咲かせたからです。黒は妖霊にしか出せない色になります。ニセルハティがこの男と会っているところを見たわけではありませんが、この男が私の遠見を遮断した時の神聖力の色が黒かったので、この男は妖霊であろうと思いました。そしてニセルハティと繋がりがあるのではと思いついたのです。それにファチ司地はニセルハティの世話人でもありますので。」
「では私達にその確認をお願いしたいということですね?」
クオラジュの確認にサティーカジィは頷いた。怪しまれないようにファチ司地に近付くには、幼少期世話になったアオガが向かうのが近付きやすい、と考えたらしい。
「はい、危険ではありますが……。誰か手練れの者をつけた方がいいでしょう。出来れば直ぐ逃げられるような。」
「ではトステニロスでしょうか。ネリティフ国ならば地理にも明るいですし。」
「私が行くのは決定なんだ?」
アオガが文句を言っている。
「すみません。ファチ司地は他の司地とはあまり交流がなく、予言者の一族の出ではありますが、天空白露とも連絡はあまり取らないのです。会える人間が限られておりますので…。その代わり先程行った魂の契約で私と繋がってますので、何かあったら直ぐに水がある場所へ移動して下さい。助けに入ることが出来ると思います。」
その為に魂の契約をしたらしい。最初は妖霊とファチ司地が会っている映像を見て聖王陛下に相談しようとしたらしいが、内容を伝えようとして禁句に触れたらしい。多少失語の症状が出たので口を閉じた。
「普通に会ってるって言えなかったのか?」
「……先程予言者の一族には五人の精霊魚がいると言いましたよね?そのうちの一人がファチ司地です。彼は新たな精霊魚が生まれると地上で十三歳まで育てる為に司地の任に就いていました。アオガの時は精霊魚はおらず一番アオガの神聖力が高かったから預けられたのです。」
「ああ、だから私には無関心だったのか。」
アオガが納得したと言った。
「無関心?」
「そ、無関心。一応私がやりたいことはやらせてくれるけど、基本は無関心。あれこれ言われないから楽ではあったけど。私より天空白露にいるツビィロランやホミィセナのことばっかり話してたんだよね。」
サティーカジィは知らなかったようだ。
「そうなのですね。知らずにすみません。」
自分の責任のようにサティーカジィの顔色は沈んでしまった。アオガはサティーカジィの所為ではないと言う。
「私は気にしてないからいいよ。衣食住は雇われた人達がやってくれてたんだから。それよりもうちの一族がファチ司地と仲良かった方が気になるかな?」
アオガの一族は色々な不正を行っていたので、天空白露を追放された。今は大陸のどこかで散り散りに生きていると聞いていた。
「もしかしてファチ司地の所にいるかも?」
俺が思いつきで言うと、アオガはあり得ると言った。
「アオガの一族も一応予言者の一族ではありますからね。ですが匿ったとしてもファチ司地には得はないように思えますが。」
クオラジュは疑心を抱いている。
「じゃあそこも踏まえて見に行ってみるよ。私の親もいるかもしれないし。あんまり関わりなかったから親って気もしないんだけど。迷惑かけてたら困るし。」
アオガはドライだ。
だけど自分の一族のことだからと引き受けた。
そう言ってネリティフ国へ向かったアオガとトステニロスから、到着したと連絡が入ったのだが、その後消息を絶ってしまった。
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