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全てを捧げる精霊魚
73 混乱する礼拝堂
しおりを挟む礼拝堂の演台で話をする聖王陛下の斜め後ろで、クオラジュと並んで立っている。
演台に手をつき話す聖王陛下は、普段ののほほんとした雰囲気ではなく、凛とした麗しい姿で集まった信徒達の視線を集めていた。
天空白露が落ちたことにより、前予言の神子ホミィセナが犠牲となった追悼を述べ、新たなる予言の神子の誕生を神に感謝したいる。その話に啜り泣く声も多少上がるが、新たな神子の誕生に笑顔になる人も多かった。
聖王陛下は話術に長けているのだなと感心する。
その流れで俺のことを紹介され、俺は両手を組んで軽く頭を下げた。
この後俺は礼拝堂正面に置かれたシュネイシロ神の石像へ祈りを捧げなければならない。
聖王陛下の次に翼主三人も挨拶をしていた。
クオラジュが演台に立った時、これ幸いとフィーサーラが俺の隣に立った。
「常に青の翼主が張り付いていて隙がありませんね。」
俺はチラッとフィーサーラを見た。
「話しかけんな。」
「冷たいですね。私とも一緒に過ごせませんか?」
「お前なかなかタフな心臓してるな。」
俺は呆れてしまった。人を襲っといてまだその気があるのか。
「このように前神子の慈愛により天空白露は救われました。その意思は現神子に受け継がれ、この天空白露を救う為、日夜努力されているのです。」
クオラジュはそう言うが俺は何もしていない。クオラジュがこちらを振り向き手を差し出したので、俺はフィーサーラから離れるべくクオラジュの手を取った。
えーと、祈ればいいんだよな?
手を胸の前で組み、俺は神聖力を身体の中に溜め込んだ。
本当は神聖力を使うのに手を組む必要はないのだが、ここではそれをやってくれと言われている。
俺の視界の隅に動く人影が映った。
「?」
女性だ。女だ。普通の信徒達が着る服よりも刺繍や飾りが多いので、天上人だと思う。女性の天上人に会うのは初めてかもしれない。聖王宮殿の中にいるとは聞いていたが、会ったことはなかった。
「ニセルハティ、祈りの邪魔です。」
クオラジュが静止の声を掛けた。
プラチナブロンドの美しい女性は、俺達の方へ近付いてきた。
「私はその者を予言の神子とは認めません。」
ニセルハティは女性らしい高音の声で礼拝堂に響くように言った。
他の女性天上人達がニセルハティに従うように一緒に立ち上がり俺達に対峙する。
「何故そう思われるのでしょう?」
クオラジュは落ち着いて返しているが、俺は内心ドキドキだ。俺を神子と認めない人達がいることは理解していたけど、こんな堂々と大勢の前で言われるとは思っていなかった。
俺の手を握っていたクオラジュの手がギュッと握り締めてくる。クオラジュの指にハマった指輪が手に当たり、少し落ち着いた。
「ホミィセナ様こそ真の予言の神子なのです。ツビィロランは元罪人。羽も生えぬ天上人にもなれぬ者を、どうして予言の神子と言えるのです?」
礼拝堂の中はシンと静まり返っていた。
きっとこの中には他にも俺を予言の神子と認めない人達はいるだろう。
「本日の祈りでそれを証明致しましょう。」
「必要ありませんわ!」
クオラジュの言葉をすかさずニセルハティの声が遮った。
本当は今から透金英の枝を裏から持って来てもらい、俺がその枝に花を咲かせる予定だった。透金英の親樹の枝には俺しか花を咲かせることは出来ない。
一応これは透金英の親樹なのだと宣言してから咲かせる予定だったのだが、信じてもらえないとしても漆黒に金の粒を落とす花を咲かせられるのは俺だけだ。だから咲かせればいいだろうということになっていた。
「夜色の花なら私も咲かせることが出来ます。」
どよっと人々がどよめいた。
ニセルハティの後ろから一人の女性がトレーに乗せた一本の枝を、恭しく掲げて渡した。それをニセルハティは受け取る。
ニセルハティがその枝に神聖力を流した。
葉も何もない枝に、小さな蕾がポツポツと芽吹く。徐々に大きくなり、蕾は縦長に伸びて黒い花弁を咲かせた。
「黒だ!」
誰かが叫んだ。新たなる予言の神子だと騒ぐ人間が増えていく。
ニセルハティはプラチナブロンドの髪だ。それなのに黒い花を咲かせていた。
クオラジュはそれを見て怪訝な顔を作り思案気にしている。
どうすればいい?ここで俺も透金英の花を咲かせればいいのかどうか分からなかった。
ニセルハティが座っていた辺りから声が上がる。
「新たなる神子の誕生だ!」
「ニセルハティ様こそ予言の神子だ!」
その声に同調し出す人達が増え出した。収拾がつかない騒ぎへと発展し、聖王陛下が前に出て止めに入る。
クオラジュは俺を引き寄せ腰を抱いて庇う姿勢になった。アオガは前へ出て誰も近付けないよう剣で牽制する。
「今日は中止かな?」
俺の一言に、クオラジュが溜息を吐いた。
「仕方ありませんね…。」
集まった人の数は多いし、シュネイシロ神を称える人々を剣で切るわけにもいかない。神聖軍が出て来て騒ぐ人々と、ニセルハティ達を外に誘導し始めた。
その様子を見ながら立ち去っていくニセルハティの姿を眺める。
「本物かな?」
「まさか。」
クオラジュは忌々し気にニセルハティを見ていた。
「あの人は、なに?偉い人?」
「違います。女性天上人の集まりで夜姫の会というものがあり、その会長をしている者です。個人的に設立された会なので特に権限などはありません。ただ女性信徒の信奉者が多く、ホミィセナを祭り上げていた一団でもあります。当時はホミィセナを生殺しにするのに役立っていたので放置していましたが……。邪魔ですね。何か後ろ盾を手に入れている可能性があります。排除しましょうか。」
最後の方は独白まがいで声が低い。本当に排除しそうだ。
「後ろ盾って?」
「以前はホミィセナからおこぼれを与えられるだけの集団でしたが、今見た限り羽振りが良さそうです。それにこんなところで問題を起こせるほどの力はありませんでした。おかしいですね…。」
尋ねるとすぐに詳しく教えてくれた。前に比べると打てば響くように返ってくる。
「………………よしよし。」
手を伸ばして頭を撫でると、それまで険しい顔をしていたクオラジュがキョトンとした。
そして首を傾げる。
「何故?」
「いや、なんとなく?」
「ちょっとっ!そこ、イチャつかない!」
チラリと振り返ってアオガから叱責されてしまった。
俺の初勤務ならぬ顔見せを兼ねた祈祷は失敗に終わった。
騒然となる礼拝堂の中、フィーサーラは演台の前で話しているツビィロランを見ていた。
何とか近付きたいのだが、青の翼主がずっと側についている為近付くことが出来ない。父親である地守護長から早く予言の神子と番えと言われているが、そう簡単な話ではないと言っても聞く耳を持たなかった。
そのソノビオ地守護長は、自分が天空白露の治安を守る立場にありながら、神聖軍主アゼディムに早くどうにかしろと噛みついている。本来なら神聖軍主は聖王陛下を守る立場にあり、聖王陛下自身とその近辺を守れば良いのであって、聖王宮殿内部含めて天空白露の地で何か事があれば、それは地守護の仕事だ。
我が親ながらみっともないと溜息が出る。
「これは帰れなさそうだね。」
ポツリと隣で声がした。下を見るとすぐ隣にヌイフェンがいた。十四歳ながら花守主として抜擢されただけあって、この騒動の中落ち着いたものだ。
花守主当主は当主交代が異常に早い。本来なら当主ともなれば必ず天上人が就き、その寿命の長さから長く当主の座に就いている。花守主が本当は色無の白髪で、透金英の花を食べて神聖力をあげ無理矢理天上人になっているのだと知ったのはつい最近だ。その事実は六主と花守主の一族しか知らされていないらしい。
鈍色のふわふわとした髪に後ろだけ長くして、ちょっと吊り目なまだ幼さの残る顔を不機嫌そうに歪めているヌイフェンに、フィーサーラは話しかけてみた。
「裏口からなら出れますよ。」
藤色の瞳がフィーサーラを見上げた。
「そうなのか?」
前花守主もそうだが、何故花守主の当主は口が悪いのか。どっちもぶっきらぼうな話し方をする。
「私がやれることもなさそうですし、案内しましょうか?」
鈍色のふわふわ頭が思案気に揺れ、コクリと頷いた。案内ついでにこの場から逃げようと、フィーサーラはヌイフェンを手招きして扉の方へ向かう。
そんなフィーサーラ達の後ろでは、ツビィロランがクオラジュの頭を撫でているのが見えて、フィーサーラの中に苦々しい気持ちが広がった。
小さめの扉を潜り裏廊下に出て歩く後ろを、ヌイフェンは少し離れてついて来ていた。出口までは案内するつもりで、その軽い足音を確認しながら歩いていると、少し高めの声が話しかけてきた。
「フィーサーラは神子が好きなのか?」
敬称も遠慮もないヌイフェンに呆れながらも、フィーサーラは律儀に答える。
「そう思っておりますが?ところで様ぐらいつけてはいかがです?」
「めんどくさい。そちらも呼び捨てでどうぞ。」
これだから子供はと思いながらもフィーサーラは出口までの我慢だと歩く。
「では…、ヌイフェンはまだ幼いので許されますが、そのような個人的に食い込んだ話は遠慮していただきたいものですね。」
そろそろ太陽も上がり出す早朝であっても、まだ薄暗い裏廊下の先に、外の光が眩しく映る出口が見え出した。早く切り上げようと足を早める。さっさと出る為とはいえ、面倒な子供を引き受けてしまった。
「………だったらもう少し表情を隠したら?さっきの女といい、天上人は感情剥き出しで生きやすそうだね。俺から見たら予言の神子の方が理解できそう。」
その言いぐさにカチンとくる。
「もう少し年長者に対する敬い方を学んだ方がいいですね。」
出口に到着したフィーサーラは、ヌイフェンを外に出るように促す為振り返った。
ヌイフェンはフィーサーラを追い越し、先に外に出る。数段下の階段を降りて土の地面をサクサクと進んだ。
まだ表側の喧騒が小さく聞こえるが、二人の周りには誰もおらず静かだ。
建物の影に入っている為か、ひんやりとした空気を肌に感じた。
ヌイフェンは立ち止まり振り返った。
「花守主の当主はそう長く生きられない。リョギエンもだからマドナス国王が無理矢理辞めさせて連れてったんだよ。でも後を継げる色無も少ない。俺も何年当主やれるか分からない。」
突然の話にフィーサーラは押し黙った。何故それを教える?
花守主の一族についてはあまりフィーサーラも知らない。興味がなかったからだが、そういえばあまり人がいない気がする。
「寿命は短いし、神聖力もみんな揃って少ないから短命揃い。そんなだから結婚相手もいないし血縁同士で何とか子供作ってやってるけど、まぁ子供減るよな。そんなわけで俺も無理矢理当主やらされてんの。勉強するひまなんてないわけ。」
わかる?とヌイフェンは小馬鹿にしたように笑った。お前みたいに恵まれた奴にうるさく言われたくないのだと顔が語っている。
花守主は色無でないと透金英の世話ができない為、他の一族のように神聖力を求めて天上人同士の結婚に拘らない。むしろ避けているだろう。
「俺も神子の事情は知らないけど、青の翼主は孤独でも強くて光り輝くあの人を離すつもりはないんだよ。俺もツビィロランは見てて好きかな。でもアンタは多分無理だよ。幸せそうだもん。」
「だから諦めろと?」
ヌイフェンはひょいと肩をすくめた。
「そこまでは言わないけど。」
ほぼ諦めろと言っているようなものだ。
「じゃ、頑張ってね。」
ヒラヒラと手を振ってヌイフェンは行ってしまった。
「………お礼ぐらい言うべきでは?」
苦し紛れの一言は、既に姿が見えなくなったヌイフェンには届かなかった。
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