落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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全てを捧げる精霊魚

72 夜姫の会

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 予言の神子としてのお勤めをしようということになった。
 薄っすらと空が明るくなり出した頃、毎朝祈りの時間がある。聖王宮殿では敷地に立派な礼拝堂があり、皆そこに集まってシュネイシロ神に祈りを捧げる。
 俺は礼拝堂の正面の裏側にある控室に来ていた。
 今までは聖王陛下に誘われてもお断りしていたのだが、クオラジュからもっとツビィロランとして予言の神子と認識されるようにしましょうと言われ、重い腰を上げた。

 コンコンと扉がノックされ、返事を返すとクオラジュが入ってきた。

「ああ、よくお似合いです。」

 俺の格好を見て、クオラジュが嬉しそうに笑う。

「そぉか?ちょっと俺的には恥ずかしいんだけど…。」

 なんと言うか、こう可愛らしいのだ。身体にフィットした真っ白な神子服に、薄衣のヒラヒラとしたマントみたいなものを着ている。裾や胸元にはレースが施され、小さな宝石が小花代わりに付いていた。
 最近伸ばしだした黒髪は顎まで伸びて、前髪は横に斜めに流し横髪は残して残りは後ろに編み込んで纏めている。髪にもキラキラと先っぽに宝石がついたピンを挿されて、髪を纏めた後頭部にはヒラヒラレースのリボン…………。俺男なのに。
 姿見で見ると小柄なツビィロランに似合っていた。確かに可愛い。二十五歳で可愛いとかどーなのよ。

「今日は各国の王侯貴族も参拝に来ています。緊張するでしょうが私がずっと隣におりますので安心して下さいね。」

「おー……。」

 礼拝は毎朝行われるが、今日は月に一度の大礼拝の日だった。普段は聖王宮殿内でしか行われない礼拝だが、今日は朝から聖王宮殿の門を開き、外から参拝者を呼んで大々的に行う日だった。
 礼拝は強制ではないし、聖王陛下ですら毎日行くわけではないが、なるだけ参加するようにしようということになった。
 俺は聖王宮殿の奥まった一角でしか生活していないし、色んなところに行こうという気も起きずにダラダラと一つどころで生活していた為、あまり姿を知られていない。十五歳以前のツビィロランの印象が未だに残っているらしい。
 ヒソヒソと囁かれるのが嫌で姿を出していなかったのだが、今度からは頑張って出る必要がある。

 礼拝が始まる前の鐘の音が鳴り出した。
 クオラジュに手を取られて控室から礼拝堂の正面に姿を出す。護衛のアオガは既に礼拝堂側の扉横にスタンバイしていた。そこから俺の後ろに数歩下がってついてくる。
 今日は俺が参加するということで、聖王陛下含め六主三護全員が参加していた。参拝者も一目見ようと多く参加している。
 そんなにこの姿を見たいのだろうか。
 横扉から礼拝堂の正面に現れた俺に、全員の視線が集中した。

 視線痛い。






 アオガは現れたツビィロランの後ろを三歩下がって付き従った。腰にはヤイネから借りている白い剣を腰に差している。剣は常に持ち歩いていた。
 ツビィロランの中には別人が入っているのだと聞いた時には驚いたが、アオガにとってはあまりそこは気にするところではなかった。
 結局今のツビィロランが今の予言の神子なのだ。本人だろうと別人だろうと関係ないと思っている。
 流石に緊張するのか、顔は硬いが背筋はピンと伸ばし歩く姿は落ち着いている。青の翼主に手を引かれエスコートされて歩く姿は堂々としていた。
 礼拝場の中には所狭しと人々が押し寄せていた。
 一目予言の神子を見てみたいという人々で溢れかえっている。
 ツビィロランの中に入った人物がどんな奴なのかは知らないが、気の毒だなと思った。アオガならばツビィロランになるなんてごめんだ。

 ふと入って直ぐの正面から見て左側前列に、一種独特な一団が見えた。
 ゲッとアオガは内心顔を顰める。
 夜姫よるひめの会だ。ツビィロランはこの集団のことを知らないだろうなと思う。
 夜姫の会は女性天上人が入っている集団だ。入会条件に女性であることと天上人であることが条件要項に入っている。
 会長はニセルハティという女性天上人だ。集団の中央前列に囲われるように座っている。プラチナブロンドの髪に黄色い瞳の美しい女性だ。髪色から分かるように予言者の一族の出なのだが、夜姫の会の会長という立場の方が強い。
 夜姫の会はホミィセナ信奉者の集まりだ。
 大陸全土の人口も天上人の人口も男性八割女性二割の割合は変わらない。天上人はそうそうなれるものでもないので、必然的に女性天上人は少なく、なかなか立場が上がることがなかった。そんな女性天上人達の救いとなったのがホミィセナだ。
 と言ってもホミィセナが立ち上げたわけではなく、ホミィセナを担ぎ上げて夜姫の会が出来たとも言える。
 夜姫の会は男性でしかも羽を生やすことの出来ないツビィロランを忌まわしく思っている。天空白露での悪い噂も率先して夜姫の会が流している。
 今ツビィロランの手を引いている青の翼主がそのことを知らないとは思えないが、どうするつもりだろうかとアオガは心配になった。
 あの青の翼主クオラジュがこれを放置するとも思えないのだが…。
 
 ま、アオガはツビィロランに直接的に害が有れば排除するだけだ。
 仕事、仕事~と真面目な顔でまた前を歩くツビィロランに付き従った。




 フウ、と息を吐いて大きな正面入口に辿り着いた。既に人が大勢入り、自分が入りこむ隙間もないほどだ。

「ああ、出遅れました…。」

 折角同乗させてくれたトステニロス様に申し訳なく感じる。
 竜の住まう山に寄ったトステニロス様は、態々ヤイネの町に寄ってくれた。
 
「これアオガからの贈り物。」

 神仙国に行ったアオガ様が買ってくれた贈り物を、早い方がいいだろうからと直接持ってきてくれたのだ。なんでも出発した後にテトゥーミの鳥が追いかけて来て渡すよう言われたのだとか。
 テトゥーミという名前を聞いて、それは緑の翼主様の名前ではと思ったのだが怖くて聞けず、素直にお礼だけ言って受け取った。
 せめて一晩泊まって歓待でもと申し出たが、直ぐに天空白露に戻らなければならないと言って断られた。
 
「あ、確か以前ツビィロランに礼拝に出ないのは何でかと噛みついたことがあるんだよね?」

 何故それを!?と驚きつつ、自分のやらかしを知られていることに青褪める。

「ああ、責めてるんじゃないんだ。今度ツビィロランを神子として参加させると言ってたから行かないのかと思ってね。月一の大礼拝の日だよ。」

「い、行きたいです!」

 是非行きたい!そう食いついたヤイネを快く飛行船に乗せてくれたのだ。物凄く早くて腰が抜けたけど。マドナス国産の新型飛行船は驚くほど速かったが、身体にかかる負担が凄かった。これでも動力部の神聖力で保護されていると言われて、自分でも保護をかけてなんとか耐えた。
 トステニロス様はイリダナルに改良の余地ありと教えなきゃなと笑いながらケロッとしていた。

「あ、ヤイネ司地?」

 入口でどうやって入ろうかと悩んでいると、近くから声が掛かった。

「はい?あ、お久しぶりです。」

 そちらを向くと同僚の司地が何人か人混みの中に見える。あまり会いたくなかったなと思いながらも、ヤイネは礼儀正しく挨拶をした。
 だが相手からの挨拶の返しはない。いつものことだ。

「態々出て来たのですか?」

 何人かで同じように笑いながらヤイネを見ていた。この人達は苦手だった。こうやって話しかけてはくれるのだが、どこか嘲笑われているように話してくる。

「天空白露に戻るという方が飛行船に乗せて下さいましたので。」

 へぇーと関心なさそうに返される。聞かれたから答えるのにいつもこんな感じだ。話すつもりがあるのかないのかさっぱり分からない。

「そこ、見えないんじゃないですか?」

 腕を引かれて何でか礼拝堂の中を見せてくれた。意味が分からず困惑したが、とりあえず見れるうちに見ておこうと中を覗き見る。
 今日は一番大きな礼拝堂を使用されているので、正面奥の壇上は遠かった。
 ヤイネは襟元に留めたブローチを無意識に触る。アオガがくれた金色に光るブローチだった。つるりとした表面に綺麗な植物の彫物が施されている。アオガの神聖力が込められていて仄かに金色に光り美しいブローチだった。
 その贈り主は今、予言の神子の後ろを歩いていた。
 ツビィロラン様の装いは可憐で美しい。長い薄衣がサラサラと流れ、青の翼主クオラジュ様に促されて正面真ん中に向かって歩いていた。
 周りから美しい番のようだと囁く声がする。あの演劇は嘘だったから取り止めになったのじゃないかと言っているが、何のことだろう?

「神子の後ろを歩いてるのは予言者当主の許嫁だった奴じゃないのかな?」

「本当だ。でもあんな方でしたか?もっと華奢な印象がありましたのに。」

 そんな声を聞きながらヤイネはアオガを見ていた。スラリとした身体にピッタリとした神聖軍と似たような制服を着ていた。ツビィロラン様の専属護衛として、少し型の違う服を着るとは手紙に書いてあったのだが、以前よりも逞しく感じる体躯によく似合っていた。

「ちょ、ちょっと素敵ですね。あれで天上人になる前でしょう?将来が有望ですね。」

 ヤイネの言葉を代わりに言ってくれているようで、心の中でウンウンと頷く。
 アオガ様は段々素晴らしくなっていくのだ。輝く金の髪は眩く、結ばれた長い髪は動きに合わせて揺れ輝いていた。
 きっとあの髪と同じ、輝く羽が生えるのだろう。
 その姿を思い浮かべて嬉しくもあり、悲しくもある。ヤイネとは遠く感じたからだ。天上人になる前から堂々と予言の神子の後ろにつくアオガは眩しいほどに輝いて見える。
 無意識にブローチを撫でていたことに気付いて慌てて手を外した。
 予言の神子の後に聖王陛下と神聖軍主が入って来た。
 誰かが始まる、と言った。
 予言の神子ツビィロランが初めて参加する礼拝が始まろうとしていた。

 












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