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全てを捧げる精霊魚

74 ラワイリャンの身体

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 ヤイネは困っていた。
 流れる人にもみくちゃにされ、漸く外に出れば先程一緒に礼拝堂の中を見た同僚達に捕まった。
 何故ヤイネに絡んでくるのか理解できない。

「あの、そろそろ行きたいのですが。」

「白司護の寄宿舎はもうとりましたか?」

「いえ、今からですが。」

 勢いでここまで来てしまった為、今度はとんぼ帰りしなくてはならない。一晩泊まって、それからどうやって帰るか考えないと。まず大陸に渡る船便を予約しなくてはならないだろうか。
 アオガ様に贈り物のお礼を言いたいのだが、捕まえられるだろうか。
 それでは、と言って離れようとしたら腕を掴まれた。

「一緒に行きましょう。私達もそちらに戻るので。」

 え、やだな。と内心思いつつ、断るのも申し訳なく感じて、仕方なく頷こうとした。
 頷こうとした顎を誰かの手が止めた。

「ヤイネは今から私と話があるから。」

 その声にドキッと心臓が跳ねる。まさかここに来るとは思っていなかった。

「え、え?アオガ様?」

 顎を掴まれたまま振り返ると、ヤイネの後ろにアオガが立っていた。
 一緒にいた司地の何人かは、先程まで予言の神子を護衛していたアオガがいる為、頬を染め喜色を浮かべてアオガを見ていた。
 そういえば彼等はアオガ様のことを素敵だと言っていたことを思い出した。
 
「アオガ様はツビィロラン様の護衛を離れて大丈夫なのですか?」

 何故ここにいるのだろうと思い尋ねる。

「んー?ヤイネの頭が見えたから走ってきた。」

 走って来た!走って来たんだ……、と何故か心がジーンとする。ヤイネが感動していると、アオガは周りの司地達に顔を向けた。

「そういうことだから。」

「あ、あの、アオガ様はヤイネ司地とお知り合いで?」

 アオガの赤い瞳がスウと細まる。口角を少し上げて笑う姿は、以前のアオガよりも男らしくなっている。

「………そう。」

 アオガはヤイネが着けていたブローチを触りながら頷いた。金色に揺らめくブローチは美しく、アオガが隣に立つとその色がそっくりなのがわかる。

「ヤイネとは仲良しなんだ。」

 ゆっくりと言い含めるようにアオガは言った。
 ヤイネはまたまた、アオガ様から仲良しと言ってもらえたっ、と感動しているが、周りの司地達はちゃんとその意味を理解した。
 ヤイネを引き止めようとしていた一人の司地が、悔しそうにアオガを睨んだが、アオガは嘲笑うようにこれ見よがしにヤイネの肩を抱く。

「ね?」

 アオガがヤイネに同意を求めると、ヤイネもこくこくと少し頬を染めて頷いた。
 その仲良い様子に司地達は何でヤイネが?と悔しそうにしているが、感動しているヤイネは気付いていない。
 
「ヤイネ、ツビィロランが話をしようって言って待ってるから。」

 これは本当のことなのでアオガは堂々とツビィロランの名前を態と出した。司地達を追い払う為だ。

「え!?そうなのですか?じゃ、じゃあ行きましょう!お待たせしては失礼です。あの、それではこれで。お誘いくださったのに申し訳ありません。」

 ヤイネは頭を下げアオガに行きましょうと促した。アオガはこっちだよと肩を抱いたまま連れ出す。
 チラリと振り返ればまださっきの男がコチラを睨みつけていた。
 アオガはフンッと鼻を鳴らす。

 神聖軍が騒ぎ出した人々を外に誘導する中、アオガは緑色の髪を見つけてアッと声を上げた。それを聞いたツビィロランも「あっ、抹茶頭だ!」と叫んだのだ。
 まっちゃ頭?と首を傾げると、ツビィロランは絡まれてるから急いで連れて来い!とアオガを急かした。実際はヤイネはヤイネのことをいやらしい目で見ていた司地に連れて行かれそうになっていたわけだが、アオガはすかさず止めに入った。
 
「ヤイネはいつまでいるの?」

「あ、そこまで長くはいられないと思います。思いついて来てしまったので…。」

 自分の短慮さに恥ずかしそうにヤイネは笑った。

「どうやって来たの?時間かかったでしょ?」

「いえ、トステニロス様に乗せてもらったので。アオガ様がくれたブローチのお礼を言いたくなって、飛び乗ってしまいました。」

 トステニロスはツビィロランの祈りを見たいだろうと誘ってくれたのだが、実はひっそりとアオガに会えるだろうかという期待があった。

「!」

 照れて笑うヤイネに、アオガは赤い瞳を見開いて凝視する。

「あ、あの?アオガ様?」

 困惑してヤイネはオロオロとしだした。
 アオガが目を見開いて固まったからだ。

「何日いてもらおうかな…。」

「え?」

 なるだけヤイネに天空白露に留まってもらわなきゃ。とアオガは呟く。司地の仕事は代役たてられないかな?それとももういっそのこと任務地変更とか出来ないかな?
 ヤイネの肩を抱いたまま、今後のことについて考え出す。
 ズルズルと引きずられるように連れて行かれるヤイネは、何やら思考に耽るアオガにオロオロとついていくだけだった。






 持って来たよ。
 そう言ってトステニロスに案内され、ツビィロラン達はクオラジュの屋敷に来ていた。
 竜の住まう山まで往復させられたトステニロスだが、特に疲れた様子もなく大きな釜のような器の周辺に材料を置いていく。
 置いているのは万能薬の材料だった。
 これでラワイリャンの仮の身体を作るらしい。

「薬草類はありますが、やはり入手困難なものがありませんね。」

「トネフィト達も残っていたものを使ったから、これだけしかないと言っていた。薬草類は一緒に集めてくれたんだがね。」

 集めるのに時間がかかり、結局戻ってくるのに一月かかってしまったという。それでもツビィロラン達が行った時より遥かに早い。イリダナルに借りた小型飛行船の性能はかなり上がっているが、乗り心地はイマイチだったと言っていた。

「構いません。身体の元となるものはコーリィンエから貰った仙のなり損いがありますから、ある分だけでも作れそうです。」

 その仙のなり損いの花は今、クオラジュの屋敷の一部屋に置かれている。クオラジュの屋敷にはクオラジュ自身が施した結界が張られていた。クオラジュの許可なく入れば瞬殺で焼け死ぬらしい。

 何気にクオラジュの屋敷に入ったのは初めてだったが、そう大きくない屋敷には家具があまりなく、ガランとした感じがする。
 服も装飾品もそうだが、クオラジュは物への拘りがほぼない。綺麗に清掃は行き届いているので綺麗好きではありそうだけど、掃除はどうしてるのかと聞いたら、屋敷全体に清浄になるよう術を施してあるらしい。クオラジュの神聖力が少しあれば可能なので、ほぼ負担なしで永続的ですよとオススメされた。微調整が出来ない俺にそれを使うことは不可能だかな。

「作るのは満月の夜か?」

「はい。その予定です。」

「神聖力足りる?俺、透金英の花咲かせてくる?」

「いえ、ここにいっぱいありますから。」

 クオラジュはポケットから袋を取り出した。見覚えのある小さめの袋。

「は?あっ!それ、俺のじゃん!」

 すっかり忘れてた!クオラジュに盗まれてた時止まりの袋!中にいっーぱい透金英の花が入ってるやつ!

「トステニロスに貸していましたが、漸く帰って来ました。」

 クオラジュが頬擦りしている。

「ちょっ、それ返せよ!」

「嫌です。」

 え!?

「私にください。」

 クオラジュは眉を垂らして俺に懇願した。俺の手を取りキュッと握りしめる。ちょっと悲しそうな顔はやめてほしい。

「くださいませんか?」

 俺の開いた口はパクパクと動く。盗んだくせに堂々とくださいとか言い出した!
 ドンドン近付いてくるのやめろ!腰っ!腰抱くなぁ!!
 ね?と首を傾げてクオラジュは頼み込んでくるのだが、俺はちょっと落ち着かない。顔が赤くなってきた。なにしろクオラジュはスキンシップが多いし、最近は就寝前にオデコやら頬やらにお休みのチューをするようになっている。
 そうくっつかれると思い出してしまうからやめて欲しい。

「あ、あぅ、あうあう。」

「それは良いですよという返事でしょうか?」

 いや、違う!違うが混乱した俺は頷くしか無かった。

「ありがとうございます。」

 嬉しそうなクオラジュは結局ヘロヘロになっている俺を抱っこしてしまった。
 ………離して。降ろして。

「いやー仲良いねぇ。」

 トステニロスがほのぼのと言っているが、助けて欲しい。







 そして次の満月の夜、俺達はラワイリャンの身体を作った。
 満月の光がないとダメなので、クオラジュの屋敷の庭で魂を燃やす。
 その魂どこから持って来たのかと聞いたら、スペリトトの像の中に少し入ってたから回収したと言われた。いつの間にそんなことやったんだろう。

「本当はツビィロランの身体の作り替えの時に、足りなければこれを足そうと思っていたのですが…。貴方の中にラワイリャンが居続けるなど許せませんので、苦渋の決断です。」

 そうか…。

「なんかゴメンな?」

 謝るとクオラジュはニコーと笑った。

「仲が良くて安心だよ。」

 一人保護者がおじさんくさく頷いている。
 本番で失敗したくないからと、作業はクオラジュがやることになった。
 竜の骨と鱗で作った器に、神仙国から持ち帰った花の蕾を入れて、満月の光で魂を燃やす月冥魂で煮詰めていく。魔狼の核と生命樹の葉、妖霊の生血はないので、精霊魚の花肉を少々と揃えた薬草を使っていく。定期的に透金英の花を入れて、クオラジュは何やら考えながら、自分の神聖力も加えて作業をしていた。

「なー、なんであの蕾の中の身体に入れないんだ?生てるんだろ?」

 クオラジュが作業中なので、隣で一緒に見ていたトステニロスに尋ねる。

「身体と精神にそれぞれ神聖力があるのは知っているよね?」

 トステニロスは優しいお兄さんといった感じで、話し方も優しい。俺が頷くのを確認して、また話し出した。

「身体と精神の神聖力は同等が望ましいんだよ。あの仮死状態の仙の身体ではラワイリャンの精神は受け付けない。本来精神に合わせて身体が熟し生まれるから、あの身体もラワイリャン用に作り変える必要があるんだ。君の身体は神聖力が多いから、俺でもクオラジュでも入ることは出来ない。それこそ神聖力がバカ多い精神か君のようにない人間しか入れない。わかるかな?」

「じゃあ、今あの器の中ではラワイリャンに合わせて身体を作り替えてるってこと?」

「そう、正解。」

 クオラジュは黒い透金英の花を入れながら神聖力を練り上げている。大きな器の下では揺らめく炎が音もなく燃え、地面には光の影が伸びていた。シュルシュルと動く影は線となり文字となって地面に広がっていく。
 トネフィトが自分の目を作る時にはなかった現象だ。

「あの地面の模様は何?」

「より強固に術を発動させる為だね。身体の細部に至るまで造りを指定しているのかな。………これは愛を感じるね。」
 
 真剣な声で言うトステニロスに、ツビィロランは驚く。

「え?ラワイリャン?」

 そんなに仲良いはずないと思うけどと戸惑った。仲良いならラワイリャンが蕾になった時茎を切ったりしないのではないかなと思うのだ。

「違う、違う。ラワイリャンが絶対に身体から離れないよう縛りつける為の身体を造ってるんだよ。」

「へ、へぇー。」

 二人がクオラジュの作業を眺めながら話している間も、地面の模様は伸び続け、渦を巻いて月冥魂の炎と共に消えた。
 
「人が真剣に作業しているのに楽しそうですね。」

 終わったのかクオラジュが薄っすらと笑って振り向いた。
 人が頑張っている時にゆっくりしすぎたようだとツビィロランは反省したが、トステニロスはニコニコと笑っている。

「お疲れ。後ろで騒いでゴメンな。出来たのか?」

「はい、こちらに。」

 ツビィロランが謝ると、クオラジュはすぐさま笑顔になり近くに来るよう手を出した。無意識にツビィロランはその手を取ってしまう。
 ポスっとクオラジュに抱きしめられ、身体の中で何かが動く感覚がした。

「え!?」

「大丈夫です。造った新しい身体にラワイリャンの魂が引き寄せられただけです。絶対に離れないよう造りましたよ。」

「そ、そか。凄いな。」

 イケメンがちょっとドヤっとしてる顔が可愛く見えてしまった。最近この現象が起こってツビィロランは度々困っている。
 気を取り直して器の方を見た。
 器の縁に小さい手がポスンと乗る。

「ん?子供?」

 んしょ、という掛け声と共に出て来た姿に、ツビィロランは驚いた。









 
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