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空に浮かぶ国

2 これぞ所謂異世界転移

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 ハッと意識が戻り、俺はゴホッと咳き込んだ。ゴホゴホと喉が痛むくらいに咳が出て、身体に力が入らず震えるが、なんとか上半身を起こしてみる。
 目が霞みクラクラと目眩が起きるが、慌ててここが何処なのかを確認した。
 石造の狭い部屋で少し湿っぽく土臭い。窓はなく木の扉が見え、松明の炎によって室内が薄暗く照らされていた。
 ガシャン、という音にそちらを見る。
 少年が一人驚いた顔で立っていた。白髪に真っ赤な瞳の、これまたどこか見覚えのある顔をしていて、フード付きの身体をスッポリと覆う灰色のマント姿にアッと閃く。
 コイツお助けキャラだ。主人公ホミィセナの前に現れて、攻略に役立つ道具や薬、情報を売っていた。名前は確かイツズと言ったはずだ。見た目から十歳程度に見える。

「………えっ!?さ、さっきまで、し、死んでたのに!?」

 え?死んでたのか?まさかツビィロランはあのまま死んだのか?言われてみれば俺の意識で身体が動いている。
 ここで騒がれて誰かを呼びに行かれては困る!
 寝かされていた台の上から降り、走り寄ってイツズの口を塞いだ。

「しー……。」
 
 赤い瞳を見開いてイツズはコクコクと頷いた。
 お助けキャラの時も思ったが、子供にしては賢く思慮深い。混乱しても直ぐに気持ちを切り替えることが出来るようだ。死ぬ前のツビィロランの興奮ぶりを思うと、ツビィロランが酷く幼く感じた。

「い、生き返ったのですか?」

 イツズは小さな声で尋ねてきた。

「………そうかな?俺、傷がいっぱいあったはずだけど背中どうなってる?」

 あれだけ痛かった背中が、今はまったく痛くない。

「えと…、傷は一応痛そうだったので薬で塞ぎました。」

「へ?死体の傷を治療したのか?」

 お人好しか?それともここでは死んだ奴の身体は綺麗にしなきゃなのか?

「いえ、その………、可哀想だなと思って。傷薬塗って布を貼って包帯巻いてるだけです。傷薬に痛み止めも混ざっているので、今は痛みも少ないと思います。透金英とうきんえいの花を粉末にしたものも混ぜてあるので、傷はかなり塞がっていると思います。」

「ふーん。」

 単なるお人好しだった。お助けキャラするくらいだから、こんなもんなんだろうか。
 しかも高価な透金英の花を使ってくれたらしい。

「でも生き返ったとなると、どうしましょうか。」

 イツズは困った顔で考え込んだ。

「生き返ったらやっぱマズいよな…。ここどこなんだ?」

「ここは花守主の屋敷です。敷地内の透金英の森なんですが、ツビィロラン様の遺体を埋めておくようにと言われて、綺麗にしてあげてから埋めようと思って寝かせていたんですけど……。」

 なんで透金英の森にツビィロランの死体を?多少なりとも身体に残った神聖力を吸わせるきか?
 イツズに確認すると、罪人は花守主の牢獄で死んでしまうので、そのまま透金英の森に埋めてしまう。なのでツビィロランの遺体も墓は作らず埋めるようにしたのではと教えてくれた。

「じゃあ埋めたことにしてくんない?俺逃げるから。」

「え!?どこにですか!?」

 イツズは赤い目をまん丸にして驚いていた。

「地上に降りるしかないな。」

 天空白露にはいられない。いくら広いとはいえ空に浮かぶ島では逃げるとなった時に限度がある。地上の方がはるかに広いのだ。降りるしかないだろう。

「あてはあるのですか?」

「それが残念ながらないんだよな~。定期便にコッソリ乗るとか無理かな?」

 天空白露には地上に降りる為に、定期的の船が出ている。それに不法乗車出来ないかと思ったが、イツズは首を振った。

「無理ですね。かなり警備が厳しいです。………よければ僕が使ってる船で降ろしましょうか?」

 今度は俺が驚く番だった。

「え!いいのか!?お前が怒られないか!?」

「大丈夫です。穴を掘ってるので適当にゴミ入れて埋めてきます。」

 ちょっと待ってて下さいと言ってイツズは出ていってしまった。俺は外の様子が分からないので待つしかない。俺、本当は二十四歳なのにあんな幼い子供を頼るしかないとは情けなく感じる。

 暫くするとイツズは色んな道具を持って帰ってきた。

「さぁ、早く準備して出ましょう!僕も今日逃げる予定だったんです!」

「え?」

 イツズは満面の笑顔で着替えを渡してきた。






 今現在、天空白露は予言の神子ホミィセナの誕生にお祭り騒ぎらしい。聖王宮殿では宴が催され、花守主の屋敷は人手が薄かった。
 イツズのことは知っていたが知らないふりをして名前を確認し、二人で荷物を持ってコソコソとイツズが用意した船へと乗り込んでいた。
 俺は元々の自分の名前ではなく、ツビィロランで通すことにした。元の名前は津々木学つづきまなぶと言うが、この身体はツビィロランなのだから、そっちの方がいいのかと思ったからだし、イツズがツビィロランのことを知っているのに、違う名前を名乗るのは変に疑われるかと思ったからだ。


 イツズが天空白露から逃げるのには、ちゃんとした理由があった。
 予言の神子ホミィセナに対して、イツズはそのつもりはなかっただろうけど、お助けキャラとして様々なアイテムや情報を売っていた。
 イツズは花守主が管理する透金英の森を世話している奴隷なのだが、ホミィセナに売る薬の中に透金英の花の粉末を混ぜたりして売っていた。渡す情報も攻略対象者達の個人的な情報が多く、それらはイツズが忍び込んだり張込んだりして得た情報だったらしく、攻略対象者達は其々地位が高い為、命懸けの情報だった。
 それにホミィセナに売ったのはたまたまだったけど、イツズはお金が欲しかったから売っていたと説明してくれた。
 お金を貯めて地上に行きたい。
 その夢を叶える為に今まで頑張っていたらしい。
 そして逃げるならサッサと逃げたいと言った。透金英の花を勝手に使ったのも、奴隷が高貴な身分の人達の個人的情報を掴んでいるのも、知られたら命がない。なのでお金が貯まったら直ぐに逃げるつもりだったし、それはホミィセナが開羽し、天空白露あげて祝う今日しかないと思っていた。
 この世界には神聖力という不思議な力がある。それを宿している人間の髪色は様々で、色が濃くなる程強くなる。濃い髪色である程神聖力が多く、いずれ開羽し天上人となるが、それは希少な存在だった。殆どの人間は色の薄い髪色で、力も弱い。そんな者達は空に浮かぶ天空白露を見上げながら地上で生きている。そして全く神聖力を持たない人間もいて、そんな彼らの髪色は真っ白だ。侮蔑を込めて色無いろなしと呼ばれているが、色無の子は百人に一人という程度で生まれるらしく、親が色無だから生まれるわけでもないし、神聖力に溢れた両親からでも生まれてくる。
 イツズはそんな色無なのだ。花守主の屋敷から逃げたいと言うのも、まだ地上の方が色無でも普通に生きていくことができる可能性があるからだろう。
 こんな子供のうちから一人で死体処理させられるのだから、普段の扱いもあまりいいとは思えなかった。
 そう思って聞いてみたら、イツズとしてはそれよりも薬を売って各地を回り、自分で薬材集めをしたいという願望が大きいと教えてくれた。
 どんだけ薬を作るのが好きなんだろう。


 イツズが用意した船は本当に小舟の形をしていた。キコーキコーと木製オールを漕ぐと、何もない空中をユラユラと進み出す。

「や、や、や、やばっ……!怖っ!」
 
「あ、高いところ苦手ですか?」

 怖くて目が開けられない!このちょっと斜めに降下していく感じがヤバい!
 天空白露は雲の中に漂う島だ。その島は巨大でどうやって浮いているのかと不思議になるくらい大きい。俺達が乗った小舟が浮島から離れようとしても気にならないくらいなのだが、山よりも高い位置から船は出航するので眼下に広がる景色は物凄く小さい。
 カタカタと足が震え、船のへりにしがみついてなんとか耐える。怖すぎて目が開けられない。
 イツズは地上に用事があって降りる時はいつもこの小舟を使っているらしく慣れたもので、船の船尾に立って漕いでいる。

「……………っ、っ、っ、おおお落ちないよな!?」

「あははは、落ちません~。」

 なんでこんな小舟が浮いているのかといえば、透金英の花を船尾に付いた穴に放り込むと、神聖力を吸って浮くのだという。どんな仕組みだ。
 出てくる時コッソリ透金英の花と枝を盗んできた。あまり沢山取るとバレるので少ない量しか持ってこれなかったけど、俺が必要なのは枝の方なので問題ない。自分の腕の長さ分の枝を一本失敬してきた。

 ツビィロランの背中には傷が残っている。傷口は塞がっているけど治ったわけではない。治ったとしても傷痕が残るとイツズは教えてくれた。そしてこの傷痕のせいでもう背中から羽が生えることは出来ないらしい。
 それは正直どうでもいい。俺は元々翼のない世界で生きてきたんだ。無くても構わないのだが、問題は身体の中に溜まる神聖力だった。
 神聖力は身体のどの部分からでも外に出し使うことが出来るのだが、神聖力が多い者は背中にある、放出する為の器官が重要になってくる。
 神聖力を放置するとどんどん溜まり続けて身体は動かなくなりだし苦しむことになる。この知識はツビィロランの記憶から得たものだ。
 背中を切られた罪人は身体の中に溜まる神聖力を吸い出す為に花守主の牢に入れられる。透金英の樹が罪人の神聖力を吸ってくれると言うのなら、透金英の枝を常に肌身離さず持っておけばいいと言うことだ。
 ツビィロランの神聖力は予言の神子と言われる程に多い。枝はツビィロランの神聖力を吸い続けて枯れることなく花を咲かせるだろう。
 俺は時止まりの袋をイツズから一つ貰い、透金英の枝を入れていた。これだけは無くすわけにはいかない。たとえどんなに高くとも、身体が震えようともぎゅと抱きしめた。この高さから落とせば終わりだ。
 もう天空白露には戻れないのだから、透金英の枝を確保できるのは今この時だけだ。

 上空にはまだまだ大きな島の地底が見えている。硬い岩と木や草が混ざり、雲が巻き付いていた。
 なるべく下は見ないようにしゃがみ込み、空に浮かぶ浮島に別れを告げた。
 元のツビィロランはおそらくもういない。
 死んだ身体に俺が残ってしまったのだ。
 これぞ所謂、異世界転移!妹よ、お前の望む通りになったぞ?
 転生ではないけどな!










 

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