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空に浮かぶ国

3 あっという間に月日は流れて

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 この世界にはお伽話のような神話がある。

『その昔、荒れた大地で泣き叫ぶ人々を憐れんで、シュネイシロ神が天空に浮かぶ島を与えた。その島は神の息吹により緑を生やし生き物を生み出し、人々に安住の地を与えた。
 いつしか神の息吹に触れ続けた人々には、身の内に神聖力を生み出すようになり、背中に羽が生え、飛べるようになった。
 それが天空白露てんくうはくろの始まりであり、天上人が誕生した理由である。

 シュネイシロ神には予言者のつがいスペリトトがいた。いつかこの島は神聖力を使い切り落ちていくでしょう。しかし夜空の星をまたたかせる髪を持つ神子が現れ、神子がまたこの島に神の息吹を与え、島は空へと持ち上がり、貴方達は神の慈悲を受け取るでしょう。
 
 夜の羽を持つ神子は、神の島に新たなる王を迎え、また安住の地を生み出すでしょう。

 
 天空白露の天上人達は予言の言葉を石碑に残し、いつか天空白露の神聖力が尽きる事をおそれながらも、予言の神子を待ち続けた。』




 この世界では誰もが知っているお話しだ。
 手をかざすと空の彼方に親指の爪ほどの浮島が浮かんでいる。
 
「落ちてきてるなぁ。」

 ツビィロランは手を空に翳して大きさを測る。ここに来た当初はこうやって手のひらを上げた時、天空白露は小指の爪くらいだった。倍近く大きく見えるということは、それだけ下降してきているということだろう。

 主人公ホミィセナが予言の神子になったはずだ。ツビィロランの前で黒い羽を生やしたし、聖王陛下のつがいになったと噂で聞いた。
 この世界では番とは婚姻相手だ。それも変更の効かない一生に一度だけの伴侶になる。本来はツビィロランがなるはずだったものは、全て主人公に取られてしまった。絶望したツビィロランは狂ったように叫び殺されてしまった。
 可哀想だなと思う。
 あの悲鳴は今でも思い出せるほど耳に残っているくらいだ。
 ツビィロランがこんなに苦しい思いをしたのに、予言は外れているじゃないか。勝手にツビィロランを予言の神子と言って育てたのは天空白露の奴らだろうに、違うからと言って偽物扱いしていた。

「そりゃー落ちろって叫ぶよなぁ。」

 手を翳して見上げたままポツリと呟く。

「そんな物騒なこと誰かに聞かれたら捕まっちゃうよ。」

 隣でバンバンと木の棒を振っていたイツズが手を止めることなく注意してきた。

 俺達はあれから二人で地上に降りて、天空白露の進行方向とは逆に逃げた。
 イツズの年齢を確認すると十二歳だと教えてくれたが、見た目は十歳程度だった。ツビィロランは十五歳で、どちらもまだまだ見た目が子供だった為、逃げた当初は大変だった。
 持ち出した透金英の花を路銀に変え、俺の神聖力を透金英の枝に吸わせて花を咲かせそれも売って、なんとか移動しながら過ごしていたのだが、高価な透金英の花は目立ってしまった。
 何かと泥棒や盗賊に狙われるし、戦闘能力のない二人で命からがら逃げ回る日々だった。
 そのうち俺は前世の営業で培った営業スキルを活かして、安全に売れるルートを考えるようになった。
 まず正規のルートは警備が厳しく、どこで手に入れた花なのかと問い詰められる。かといって裏路地なんかは俺達では危ない。
 ということで、貴族相手の闇市場に出品した。足元見られて最初は安く買い叩かれたが、どうせツビィロランの神聖力で育つ花なのだから元手はタダ。二十歳過ぎるまでコソコソと売っていた。
 イツズは残った透金英の花を使って薬を作ることにした。イツズは花守主の一族が持つ技術を屋敷の書庫に忍び込んで読み漁り身につけていた。
 透金英の花はそのまま食べることもできるし、料理や薬に混ぜて食べたりする。食べれば神聖力を増すことができるし、薬にすれば効能が増すので、高価な材料になるのも頷ける。
 イツズが作った薬も俺は朝市で売るようにした。薬の方は透金英の花を混ぜていることは内緒で売っている。透金英の花を使っていると知られれば、また盗賊に狙われて危険な目にあうかもしれないので、安くなっても普通の薬として売った方が安全だ。
 暫く売り続けると効果の高い薬師の薬と評判が出るので、売れ残ることはほどんどなかった。

 俺達は二人で役割分担を決めて助け合いながら生きてきた。もう早くも十年だ。俺は二十五歳になったし、イツズは二十二歳になった。
 俺は元々真っ黒の髪に琥珀色の瞳をしているのだが、毎夜透金英の枝に神聖力を吸わせているおかげか髪色は薄い水色になっている。どうやら髪の色は神聖力の多さで濃さが変わるらしい。
 琥珀の瞳は地上では珍しく、念の為に前髪を伸ばして隠すようにした。歳をとったことにより顔の雰囲気は変わったが、たまに天空白露の役人がいたりするので常に前髪で隠していた。
 地上に降りて直ぐに長い髪をバッサリと切った時、イツズは物凄く驚いていた。神聖力がある人間は髪を伸ばして自分の神聖力の有無を誇示する傾向があるらしく、色無の白髪でもないのに首が出るほど短くする人間はこの世界にはいないらしい。
 短い方が楽だし旅をするならこの方がいいと、俺は長髪にはなんの未練もないので、ずっと短いままだ。
 なので今の俺は短い髪に前髪を伸ばしているという変なやつだ。まぁ、しょうがない。
 
 隣で地面に敷いた敷物の上に乾燥させた薬草を並べて棒で叩いているイツズは、今淡い金髪になっている。
 毎日イツズには俺が咲かせた透金英の花を食べさせていた。神聖力はあった方がいい。神聖力のない白髪は寿命が短かく、五十年程度しか生きられない。神聖力が有れば二十五歳程度から成長が緩やかになり百二十年くらいは生きるので、運命共同体のイツズには長生きしてもらわなければならない。
 一日一つ食べるとどうやら身体の中に神聖力を溜めておけるようなので、毎朝もぎたて透金英の花を食べさせていた。

「こんな森の中に誰もこねーよ。」

 俺達は透金英の枝を持っている。そこから咲く花も花びらが開いたら枝から取って、時止まりの袋に収納するようにしていた。時止まりの袋は入れた物の時間を止めたまま収納しておける便利グッズだ。食べ物や劣化しそうな物なんかは全部その中に入れている。
 イツズは箱型の収納箱を持っていて、そっちには薬の材料なんかを大量に入れている。
 旅する間に手に入れた珍しい薬材も結構揃えているので、イツズはこの箱をかなり大切にしていた。収集癖があるのかと思えるくらい、あちこちで薬材を集めているのだ。

「いくら森の中でも誰も来ないわけじゃないからね?」
 
 イツズはしっかり者なので口煩い。歳は下なのにいつも注意されるのは俺の方だ。でも仕方ないのかもしれない。料理やら掃除やら、家の中のことはイツズが殆どしてくれるのだ。

「分かった分かった。」

 俺の生返事もいつものことだ。
 この世界に来ていきなり身体の持ち主が死んで、どうなることかと思ったけど、最初に出会った人間がお助けキャラのイツズだったのは僥倖ぎょうこうだ!

「それにしても最近よく天空白露見かけるよね。」

 イツズも手を止めて空を見上げた。
 この大陸の上を飛ぶ天空白露は、一年かけて大陸一周する感じだ。なので一つ所に住む住人からすると、一年に一回天空白露が空を通ることになる。
 人の住む街や村、主要都市も王なんかが住む城も、殆どが天空白露が通る道に沿って建てられている。
 それは天空白露からの恩恵を得る為だと言われている。天空白露は神聖力に溢れているので、天空白露が通ると植物や生き物が活発になる。天空白露にしかない透金英の樹から採れる花を手に入れる為にも、天空白露に近い場所にいなければならないし、天上人達のもつ神聖力を使った助けが欲しい時は、やはり天空白露の近くにいた方がいい。
 だから人々は天空白露の通り道に発展してきた。

 俺達はなるべく天空白露からは逃げたいので、天空白露から離れた位置を移動しながら暮らしているのに、なんでか最近天空白露に追いつかれる。
 ここに移動してきて、薬師なのでと森に少し入った小屋を借りて住んでいるのだが、二ヶ月経った今、何故か天空白露が上空にいた。

「俺達反対側に歩いてきたよな?」

「そうだね……。まさか追いかけてきてないよね?」

 もうこれで三度目なのだ。天空白露が逆回転して上空に来るのが。
 逃げてきてから十年経つ。まさか生きていることが今更バレたとか?でもなぁ、予言の神子に切りつけた罪人にはなってるけど、たった一人の罪人の為に天空白露を使ってまで追いかけてくるなんてちょっとあり得ない。
 
「…………はぁ、また移動しとくか。用心するに越したことはないしな。」

「うん、そうだね。じゃあ今日作った分はどうする?」

「明日の朝市で売ってくるよ。今日中に荷物纏めて移動する用意をしてしまおう。」

 折角この地にも馴染んできたのに勿体無い。一年くらい前までは半年ごとに移動していたのに、移住サイクルが縮まり面倒だよ。
 干していた薬草を手早く包み、俺達は寝泊まりしている小屋に戻って片付けに取り掛かった。







 夜になり俺はベットに座って時止まりの袋を取り出した。紐を解いて中から腕の長さ程度の枝を取り出す。袋は手のひらサイズの小さい袋ながら、神聖力さえあれば馬車1台分の荷物を入れることができる優れ物だ。俺はこの中に透金英の枝と咲いて摘んだ透金英の花を入れている。時間経過も止まるので枯れることもないし、透金英の枝と花は神聖力を失わない限り枯れることはない。

 透金英の枝には葉っぱがない。見た目は単なる枯れ木だけど、こうやって触れると身体の中から何かが吸い取られる感覚がする。
 ツビィロランの身体は今二十五歳だ。主人公であるホミィセナは十八歳で開羽し天上人になったが、本来なら二十五歳くらいが平均的だ。
 本当なら今頃ツビィロランも髪と同じ黒い羽が生えていたかもしれないのだ。
 切られた背中は皮膚が突っ張り少し痛みがある。もう十年経ったのに、冷たい刃が身体に走る感覚は気持ち悪く残っていた。

 枝のポコポコとした部分に蕾が現れ出した。青黒い蕾は徐々に膨らみ、黒みを帯びて大きくなっていく。

「いつ見ても綺麗だね。」
 
 一緒に寝る準備をしていたイツズが覗き込んでいた。

「触っちゃダメだぞ。」

 イツズは俺があげている透金英の花によって身体の中に神聖力を入れている状態なので、透金英の枝に触れると折角入れた神聖力が吸い取られてしまう。

「触らないよ。」

 イツズは笑いながら覗き込んでいた頭を離した。
 透金英の花は花びらが多い。一枚一枚広がりだし、キラキラとした光の粉を散らせた。黒い花びらに金の光が舞う美しい花を咲かせる。
 夕方頃にはツビィロランの身体には神聖力が溜まりだし、髪色も薄い水色から紺色に近くなる。放っておけば深夜には真っ黒になるので、毎日寝る前に透金英の枝に神聖力を吸わせるようにしていた。

「今日は六個だな。」

 咲いた花をプチプチと摘みながら時止まりの袋へ入れていく。

「流石ツビィロランだね。一人で一気に六個も咲かせるんだから。」

 以前花守主の屋敷で透金英の森を管理していたイツズによると、一人で一気に花を咲かせるのは規格外らしい。どんなに頑張っても一晩で一個だそうだ。

「これがポイポーイっと簡単に売れればなぁ。そしたら大金持ちなのに、無駄に袋に溜まる一方。」

「仕方ないよ。花をそのまま売れば悪い人に目をつけられるよ。地上の貴族なんかに捕まって奴隷にされて一生死ぬまで透金英の花を咲かせることを強要されたら早死にしちゃうから。僕が頑張って薬に混ぜていくからさ。」

「なんかうまい消費方法を考えたいなぁ。」

 なるべく透金英の花だと分からないように売り捌きたい!
 イツズの薬もなかなか好評でいい金になってるけど、やっぱ金は多ければ多い方がいいしなぁ~。

「ほら、イツズも消費するの手伝えよ。」

 透金英の花を一つポンと放り投げた。クルクルと回転してイツズの手のひらに着地する。
 イツズは金粉を散らす黒い花をジッと見つめていた。

「………絶対ツビィの羽は綺麗な夜の羽になったはずなのに………。」

 十五歳で地上に来た時は、透金英の花を咲かせても黒いだけの花で、数も一つだった。年を追うごとに数は増し、黒い花から金の光の粉が舞うようになってきたのだ。
 イツズが言うように、確かに俺の神聖力を吸った透金英の花は漆黒の花びらに金粉が舞っているので、予言者スペリトトが告げた夜の星を瞬かせる羽とはこのことかもしれないと思ってしまう。

「仮にそうだとしても、もう俺の背中に羽は生えねえもん。予言の神子もホミィセナになったんだ。俺にはもう関係ない。」

 早く食べろと促すと、イツズは納得いかないといった顔で、花びらを一枚ずつ剥がして食べ出した。味は無いらしいが、貴重なものなどで味わって食べたいらしく、いつもこうやって惜しみながら食べている。
 それを横目で見ながら俺は布団を被った。そして考える。俺は予言の神子にはなんの未練もない。


 死んでしまったツビィロランは、落ちてしまえと叫んだ。

 津々木学としての俺には恨みも何も無いが、この身体をくれたツビィロランの願いはやっぱ、叶えてやるべきだろうよ。










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