落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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空に浮かぶ国

1 妹よ、それはないだろう

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 こんな島、落ちてしまえ!



 そう頭の中に怨嗟えんさの声がこだまする。
 目を開けると見知ったシーンにここは何処だっただろうと疑問が湧いた。
 そう………、そう、ここは妹がいつも遊んでいた乙女ゲームの世界だ。
 目の前にはズラリと美しい姿の人達が並んでいる。
 天井は高く細長い窓が両壁をズラリと埋め尽くしている為か非常に明るい。要所にはステンドグラスや絵画が飾られ、アーチ型の天井が教会を連想させた。
 視界の真ん中には黒髪黒目の高校生くらいの美少女が立ち、その周りにやたらと見た目の良い青年達が付き従うように囲んでいた。一様に全員髪が長いのだが、美少女以外は髪の色が奇抜だ。青やら紫やら金色やらと、目の覚めるような色合いをしている。顔立ちも眉目秀麗で、それぞれが美しく、瞳の色も独特だった。
 着ている服は西洋の神官服というイメージ。長い足元まである裾に様々な色合いの刺繍や組紐を使った飾り。帽子のような物は被らず、髪型は下ろしているのが基本で長髪ばかりなのは意味があったはずだ。

 この立ち並び方は妹が一番悶えていた並びだ。

 中央の少女を支えるように立つ青年はロアートシュエ聖王陛下だ。光の加減で鮮やかな黄色から緑へと輝く金緑石色きんりょくせきいろの髪と瞳をもつ、一番の推しなのだと何度も見させられたから名前までバッチリ覚えてしまった。背中には髪と同じ色の羽が生えている。これはこのゲームの中で神聖力というものを多く持つ者がもつ特徴だ。背中の羽は髪と同じ色であり、大きさが大きい程神聖力に優れている。
 黒髪美少女は主人公ホミィセナだろう。ホミィセナにも聖王陛下ほどではなくとも立派な黒い羽が生えていた。
 この世界は男が八割、女が二割と女性主人公に優しい設定だった。だからこの場に女性は主人公ホミィセナしかいない。六人の攻略対象者達以外の文官や兵士達も皆男性のようだった。

 それにしても、なんで俺はこんな所にいるんだ?
 これは夢?
 いや、そんなはずはない。俺は死んだんだ。交通事故で呆気なく死んでしまった。俺は幽霊になったんだ。見下ろした自分の死体に呆然として、あれよあれよとお通夜と葬式が始まった。
 泣いている両親とまだ大学生の妹が、弔問ちょうもん客に挨拶をしていた。
 俺は大学を卒業してから営業二年目の社会人だった。そこそこ良い会社に入って、仕事も楽しくて彼女もいて、一人暮らしで悠々自適に過ごしていた。
 時々実家に顔を出しては兄ちゃんっ子の妹が話しかけてきて、最近ハマっているという携帯ゲームを見させられていた。ついついお小遣いまで渡して俺も妹とは仲が良かったと思う。

 泣いて棺に縋り付く妹は、俺に手紙を書いてくれていた。俺はそんな妹の頭を触れなくても撫でて、その手紙に意識をやった。
 封筒に入っていても不思議なことにその内容を読むことが出来た。

まなぶお兄ちゃんへ。
 
 突然のお別れが寂しいです。
 お兄ちゃんはカッコいいし、優しいし、自慢のお兄ちゃんでした。
 もう会えないのだと思うと涙が止まりません。
 お兄ちゃんもきっと悲しんでると思います。
 
 でも、安心してね。きっと生まれ変わりってあると思うんだ。
 流行りの異世界転生ってあるんだと、あたしは信じてる。
 お兄ちゃんにはあたしが大好きな世界に生まれ変わって、楽しく過ごしてほしいです。
 だからあたしが書いた自信作も一緒に入れておきます。
 お兄ちゃんに素敵な異世界転生が訪れますように。』

 ……………そうか、この景色は妹の所為なのか。
 あの時封筒には一枚の絵が入っていた。妹が以前見せてくれた自信作だ。なんでも大好きなゲームのエンディング場面らしくて、主人公と攻略対象者六人が並んだ絵を描いて俺に見せてくれたことがあった。
 あの絵を俺の棺に入れたということだ。
 そして俺はフワフワと幽霊になり、きっと天国か地獄に行くのだろうと思いながら漂っていたら、何かに吸い寄せられるように光の中に入って、気付いたらここにいた。
 でも俺は異世界転生はしていない。だって転生というからには、オギャーと赤ん坊から始まるもんだろう?
 俺は妹が棺に入れたあの絵と、同じ場面を今見ているのだ。
 
 …………ていうか、あの絵を元に考えると、この景色を眺めてるのは誰になる?主人公ではない。勿論、攻略対象者でもない。だって目の前にいるし。
 じゃあ誰よ?
 って決まってるじゃないか。悪役だよ。いたよな?確か。まだ少年って感じの悪役が。主人公ホミィセナのライバルが!あの悪役の少年の視点じゃないのか?そんなものを俺の棺に入れたから、俺はこんな場面を見てるのか?
 でもおかしいよな………。俺はただ見ているだけだ。どうやら悪役の身体に入っているようだけど、身体を動かせるわけでもないし、瞬きすら自由にならない。
 どうしろって言うんだ?これ。


「……ゔ……はぁ、…僕を、殺すの?」

 俺が入っている身体の持ち主が、辛そうに呻きながら喋っている。背中がズキズキと痛い。身体の自由は効かないのに、身体の痛みと心の悲鳴は感じる。
 悪役の名前は確かツビィロランと言ったはずだ。長い黒髪と琥珀色の珍しい瞳をしている少年で、確かホミィセナより年下だった。

「ツビィロラン、可哀想ですが貴方は罪人です。」

 聖王陛下ロアートシュエが厳かに言い放った。
 ツビィロランの心が深く沈む。
 ツビィロランは聖王陛下ロアートシュエの許嫁だった。そしてとても愛していた。物心つく頃からお前は予言の神子なのだと教えられ、ツビィロランもそう信じていた。聖王陛下を敬愛していた。

「…………ぅ………、ふ…、ふふ、罪人?」

 ツビィロランの心の悲鳴が痛い。何もしていないのに、どうして信じてくれないのかと叫んでいる。
 
 僕も陛下が好きなのに、僕の愛情は届かない!
 どんなに声に出しても、頑張っても、いつもあの女の方ばかり!
 いつの間に僕は罪人になったの!?

 ツビィロランの心の中は、敵視と憎悪が渦巻いていた。何が起きたかも分からず混乱し、大好きだった人から嫌われていくことに悲しんでいた。

 ゲームの内容では悪役ツビィロランは十五歳の少年で、生まれた時から予言の神子として育てられた所為で我儘に育ったとなっていた。ゆくゆくは聖王陛下の伴侶、ここではつがいと呼ばれるものになってここ天空白露てんくうはくろを浮上させる奇跡の存在となる。………はずだった。
 主人公ホミィセナが現れたことにより、ツビィロランは徐々に偽物扱いされていく。周りにいた人間が一人二人と離れていき、最後は一人となり、主人公ホミィセナを襲い捕まってしまう。

「貴方はホミィセナの背中を傷付けようとした。ホミィセナは予言の神子なのに、その開羽を妨げることがどれ程重罪なのか理解出来ないはずはない。」

 そう話すのはホミィセナの肩を抱く聖王陛下の反対側に立つ花守主はなもりしゅリョギエンだ。鈍色にびいろの髪に藤色の瞳の青年で、彼もまた背中に鈍色の羽を持っていた。

 攻略対象者は皆何かしらの役割を持つ役職を担っていた。まず頂点に聖王陛下ロアートシュエがいる。その下に翼主よくしゅクオラジュがいて、神聖軍主しんせいぐんしゅアゼディム、予言者サティーカジィ、花守主リョギエン、地上マドナス国の王子イリダナルの六人が攻略対象者だったはずだ。
 ゲームの説明によると、舞台は空に浮かぶ浮島、天空白露てんくうはくろへ十八歳になった主人公ホミィセナが、天上人を目指して天空白露にやってくるところから始まる。
 天上人とは羽の生えた人達のことだ。神聖力の多い人間は体内に溜め込む神聖力が多いと身体に害をなす為、自然と二十五歳前後あたりで背中に羽が生え、体内の神聖力を外へ発散することが出来るようになる。そうなると力の制御が容易くなり、より大きな神聖力を振るうことが出来るようになる。それは攻撃であったり、守りであったり、治癒であったりする。要は魔法だ。
 ホミィセナの幼少期は銀色の髪をしていたらしいが、徐々に黒髪になり神聖力が増してきた為、空に浮かぶ天空白露で天上人になる為にやってきた。天空白露には神聖力が多いと、こうやって神聖力を高めて開羽し、天上人になろうとする者が地上からやってくる。
 ホミィセナもその一人だったのだが、問題はその髪色にあった。
 黒髪は予言の神子の髪色だった。
 もう一人現れた神子候補に、天空白露の人々はざわついた。どちらか一人が本物で、どちらか一人が偽物だ。そう誰かが言い出した。
 そして先に開羽したのがホミィセナだった。
 ツビィロランは自分こそが予言の神子であり本物だと言い続けていたのに、ホミィセナの背中から黒い羽が生え羽ばたくのを見て悲鳴を上げた。
 
 俺は今ツビィロランの中にいるから知っている。ゲームではツビィロランはホミィセナの黒い羽を見て、ナイフを持って背中に切り付けようとしたとなっていたけど、実際には手に何も持っていなかった。ただ見たくない現実に混乱して、ホミィセナの背中を勢いよく押しただけだった。なのに倒れたホミィセナの脇にカランとナイフが落ちた。
 そこから兵士に捕まりこの広間に連れて来られたのだ。両手は片方ずつ兵士が押さえている為動けない。
 お前は予言の神子を襲ったのだと罪人扱いされた。あっという間だった。弁解の余地もなかった。
 天空白露で罪人になると、神聖力を持つ人間は必ず背中を切りつけられる。二度と開羽し天上人となれないようにだ。
 神聖力を持つ者にとって背中に羽が生えることは憧れだ。強い力と長い寿命を得られ、天空白露に住まう権利が得られる。
 背中を傷付けられると羽を生やすことが出来なくなる。だからこそ罪人にはこの罰が与えられていた。

 ツビィロランの背中は今ズキズキと痛い。
 ゲームの終わりに悪役ツビィロランは罪人として、皆んなの前で背中を切りつけられて終わった。そのまま主人公のエンディングに入るので、その後は分からない。
 ツビィロランの記憶からすると、罪人となった者は花守主に引き渡され、天空白露にある 透金英とうきんえいの樹の餌にされる。透金英の樹とは天空白露にだけ生えている樹で、神聖力を養分として育つ樹だ。天空白露には神聖力が大気や土にも多く含まれており、その力で空に浮いている島なのだが、透金英の樹も天空白露の神聖力を養分にして育ち、暗闇では淡く金色に光る木蓮のような花を咲かせる。透金英の花を食すと神聖力が高まりあらゆる治療に効くとされているので誰もが欲しがる為、代々花守主の一族が守っている。攻略対象者である花守主リョギエンが現在の当主だった。

 ツビィロランはもう羽を生やすことが出来ないことに絶望していた。しかも花守主の管理する牢に入れられれば二度と外に出ることは叶わない。死ぬまで体内の神聖力を透金英の樹に吸われ続けることになる。

 そんな末路は嫌だ!!

 ツビィロランはブルブルと怒りに震えていた。今ツビィロランの中にいる俺も一緒にその牢屋に入れられ、苦しむツビィロランを慰めることも出来ずに共にいなきゃいけなくなるんだろうか?
 
「殺せばいい!お前達なんかのために、僕の神聖力をやるなんて嫌だ!」

 唸るようなツビィロランの叫びも、攻略対象者達には届かないようだ。
 聖王陛下ロアートシュエからは見たくないものから目を逸らすように顔をそむけられ、花守主リョギエンからは嫌悪を感じる。神聖軍主アゼディムからは強い敵意が溢れ、ツビィロランは痛む背中を我慢して後ずさろうとしたが、両腕を掴まれているので退がれなかった。
 翼主クオラジュと予言者サティーカジィはあまり興味がないのか冷めた目で事態を見守っている。
 地上マドナス国の王子イリダナルはどこか愉快そうに笑っていた。
 
 なるほどなと思う。これは主人公ホミィセナが聖王陛下ロアートシュエを攻略した話なんだ。最後は必ず主人公と攻略対象者が全員並ぶらしいが、その並びは好感度で変わると言っていた。最終的に主人公を抱きしめている人間が攻略した相手になるらしい。
 なので聖王陛下が主人公ホミィセナの相手になるんだろう。次に好感度の高い人間が反対隣に立つと言っていた。後は外側に行くほど好感度が低い。
 この場合、聖王陛下ロアートシュエがメイン攻略対象で、次が花守主リョギエン、イリダナル王子、予言者サティーカジィ、翼主クオラジュの順になるんだろう。
 神聖軍主アゼディムは列から離れ、拘束するツビィロランの前に来ている。最初は列にいた気がしたけど、俺の意識がツビィロランに入った時にはこちらに歩いてこようとしていたので、元々どの位置にいたのか分からない。でも主人公ホミィセナの為にツビィロランを断罪しようとしているんだから、低いとは思えなかった。

「こんな島…!こんな、こんなっっ!天空白露なんてっ!落ちてしまえばいいっっっ!!!」

 ツビィロランが興奮して絶叫すると、別の兵士がツビィロランの背中からブスリと剣を刺した。
 ツビィロランの口から血がゴホッと吐き出される。

「………っ!ゴホッ……!」

 ツビィロランはグタリと力を無くした。大量の血溜まりがツビィロランの下にできてくる。
 俺にもその痛みが届いてくる。かなり痛い。叫んで転がり回りたいくらい痛い。身体の持ち主であるツビィロランはもっと痛いんじゃないだろうか。

 コッコッと足音が近付いてきた。

「アゼディム殿、この天空白露では例え罪人であろうとも死罪は存在しません。なぜこれ以上の罰を?殺すつもりですか?」

 静かな凛とした声が聞こえた。ツビィロランの頭はダラリと落ちている為、声の主が誰なのか分からない。歩いてきた方向から攻略対象者の内の一人かなと思うが、流石にゲームの声までは覚えていないので分からなかった。
 その人がどうやらこれ以上刺されるのを止めてくれたらしい。
 でももう遅い。
 ツビィロランの視界には赤黒い点滅が始まり、暗闇が広がりつつあった。
 俺も交通事故で死んだ。即死ではなく、こうやって血が流れ、徐々に意識が遠ざかっていったのだ。
 
 ああ、もう一度、死が訪れる。

 妹は異世界転生しろとか手紙で書いてたけど、異世界にやってきたら悪役に入ってて、しかも直ぐに死んでしまうらしい。
 もう一回異世界転生出来るんだろうか……。
 出来れば元の世界に帰してほしいんだけどな。

 ツビィロランの琥珀の瞳が鈍く光を失くし、俺の意識も一緒に閉じてしまった。








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