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2章 俺のイジワルな皇子様
70 魔銃と弾丸
しおりを挟む戦闘は冬の最中になるだろうと予想され、ユキト達は先に魔導車でスワイデル皇国に帰る事になった。
ロルビィ達リューダミロ魔法兵は、スワイデル皇国の最北にある砦に転移魔法で飛んでいくらしい。
リューダミロの兵はいつも少人数なので、大概の移動方法は転移魔法を使用する。
ロルビィはリューダミロ王都を出発する際、挨拶に来てくれた。
白い柔らかそうなコートをすっぽりと着込み、ズボンと厚手のブーツを履いている。
もう少しで本格的な冬が来る季節、薄墨の様な早朝は冷え込んでいた。
離宮の前に停まった魔導車の数は二百台あまり。翡翠の瞳は驚きでも無く、何故か懐かしそうに見ていた。
「気を付けて下さいね。」
「ロルビィこそ戦闘に参加するなら気を付けて。」
ロルビィは伺うような目で見つめてくる。
翡翠の瞳は相変わらず綺麗で可愛い。
亜麻色の髪も真っ直ぐで、艶を作って動くたびに光が流れている。
同じ色の眉毛も睫毛も、特に手を加えているわけでも無いのに綺麗に揃い、瞬きをする表情も、白く細い首も、思わず食い入るように見てしまう。
「あの、首にペンダントを下げてますか?」
唐突にロルビィは聞いてきた。
大事な物でお守りがわりにいつも首に下げているが、誰かに話した事はない。
風呂や魔力譲渡中は外しておくので、知っている人間はほぼいないのだが。
だがこれはロルビィの魔力が宿る魔導具だ。何故ロルビィの魔力を感じるのか未だに分かっていない。
「これの事?」
シャラ…、とペンダントを服の中から引き摺り出すと、ロルビィはゆっくりと頷いた。
どこか悲しそうな顔をしているのは何故だろうか。
「この弾丸はどうしたんですか?」
弾丸?が何のことか分からなかった。だがロルビィはやはりこれが何か知っているのか。
「これは私が四歳の時、朝起きたら側にあったんだ。他にも同じ様な色違いの物が沢山と、大きな魔導具らしき塊があるんだが、流石に持ち歩けないので皇宮の自室に保管している。………ロルビィはこれが何か知ってるのか?」
ロルビィは知っている、と懐かしそうに頷いた。
「これは魔銃の弾丸です。大きな塊が魔銃で、この弾丸に魔力を溜めて魔銃に装填して打ち出す仕組みです。武器なんですけど………、そうですよね、今は違うから……無いのか。」
でも何でユキト殿下と一緒に?一緒に戻ったのかな?と不思議そうにブツブツと呟いているが、何を言っているのか分からない。
「あ、ユキト殿下、手を貸して下さい。」
ロルビィは手を握ってきた。そして弾丸とやらを取って、一緒に両手の中に包み込む。
私の手をロルビィが上から包み込み、魔力を流してくれと言ってきた。
よく分からないが魔力を手のひらに集めると、ロルビィの魔力が上から重なり弾丸の中に込められていく。
暫くその状態が続き、両手を開くと先程より色の濃くなった弾丸がコロリと出てきた。
緑と紫が濃くなっている事から、幼少期から身に付けていたコレは色と共に魔力も薄まっていたのだと理解した。
「四歳の頃からなら魔力も抜けてしまったんでしょうね。コレで大丈夫です!」
驚く私を気にも止めず、ロルビィはニコニコ笑っていた。
ロルビィが神の領域と言われる存在という事を改めて思わされる。
スワイデルに帰ったら四歳の時からしまいっぱなしになっている魔導具を出してみようと思った。
ただのお守りでは無く、何か意味のある物なのかもしれない。
気を取り直して折角ロルビィに会えたので気になっていた事を確認することにした。
「ねぇ、ロルビィ。この前の事、怒ってる?」
ロルビィはハッと目を見開いた。
フルフルと首を振って直ぐに否定したので安堵する。
頬が赤らんだので思い出しでもしたのだろうか。
「じゃあ、嫌だった?」
ずっと気になっていた事を聞いた。
魔力譲渡を言い出したのはロルビィの方からでも、詳しく知らずに言い出したのかもしれない。あれから準備に追われて聞けずにいた。
でも、この表情なら………。
「嫌じゃ無いです……。ただ、びっくりして。」
そこでロルビィは言葉を切った。
目を彷徨わせて恥ずかしそうにしていたのに、潤んだ翡翠色の瞳で見上げてくる。
そんな目で見られたら、このまま一緒にスワイデル皇国へ攫って行ってしまいたくなる。
「………その、本当に股が裂ける、の?かな?」
恐る恐る言われた言葉に、ユキトはそっとロルビィの口を手で塞いだ。
このまま押し倒してやろうかという欲望が膨らみ、急いで心を落ち着かせる。
こんな所でこんな顔で言うものじゃ無いと叱りつけたいところだが、歓喜の方が優っていた。
ロルビィにお別れの挨拶をする様に抱きしめて、耳元に囁いた。
「裂けない様にじっくり慣らすに決まってるじゃないか。私がするから自分でしちゃダメだよ?」
ロルビィの耳が真っ赤に染まった。
いい?と念を押すと、コクコクと頷いている。
名残惜しいがもう出発しなければならない。
私の背でロルビィの顔は隠しているが、背後には部隊が整列して待っている。
「決して無理はしないで欲しい。」
グッと抱きしめたロルビィの腰を、自分の下半身を強調する様に押さえつける。
「え?……あ、はい。」
真っ赤な顔で返事をするので、自分が肩に巻いていたストールを顔が隠れる様にロルビィに巻き付け、後ろ髪引かれる様にロルビィと離れて魔導車に乗り込んだ。
銀のふわふわの髪が柔らかい朝の光を浴びて眩いばかりに綺麗だった。
宝石の様に光る紫の瞳は何度見ても綺麗。
今朝のユキト殿下は物凄く色っぽくて、物凄く綺麗で物凄く優しかった!
ほあーと心ここに在らずで感嘆するロルビィの後ろで、パルははぁと溜息を吐く。
小さな主人の貞操もここまでか、と。
とりあえず今回の戦争が終わってからだろうが、態々パルに聞こえるように言って去って行った皇太子殿下。
慣らすのは自分が自らの手でやるから手を出すな。
そう言われたんだろうと思う。
はい、手は出しません。
本当はロルビィ様が時間を掛けてやっといた方が身体にいいのではと思うが、命が惜しいので手は出さないと決めた。
ホワホワ~と赤い顔でロルビィはまだ魔導車が去った方角を見ている。
あの皇太子殿下は股間を擦り付けてたと思うんだが、綺麗な顔してロルビィに対しては下品なくらいに欲情している。
なるべく成人まではと思い時間を引き延ばしてみたが、ここ迄だなとパル思った。
よく頑張った。
魔導車での帰路は馬車よりも格段に速い。
二週間程度でスワイデル皇都に到着すると、リューダミロにもついた旨を通信魔道具で報告しておいた。
今後の作戦でもこの通信魔導具を使っていけば連携もしやすいだろう。
ロルビィには風魔法言霊で、着いたよ、とだけ送った。
ロルビィからも、お疲れ様です、と送り返されて来る。
通信魔導具はまだ普及が足りない。
ロクテーヌリオン公爵邸にも一つあるが、他人にもやり取りしていると知られるのは何と無く嫌だった。誰にも聞かれたく無い。
言霊なら声のみだが一対一だ。
皇宮の自室に戻り、しまいっぱなしになっていた箱を開ける。時間停止が掛かっているので、四歳の時に入れた状態の筈である。
幼い頃に拙い魔法で保護しただけだったが、まだ効果は続いている様だった。保護を解除し、蓋を開ける。
ギィという軋む音を鳴らして開けられた箱の中には、幼い頃の記憶のまま、重たそうな魔導具とペンダントにぶら下がった物と同じ物が入った袋が出てきた。
「幼い頃に見た時は重たいと感じたのだがな。」
片手でヒョイと持ち上げる。
今の自分なら軽々と扱える様だ。
さて、コレが魔銃、小さいのが弾丸か。
スワイデル皇都にあまり滞在する時間がないので、そのまま手に持ってゼクセスト・オーデルド博士の下を訪れる。
ノックもそこそこに扉を開けると、転送魔法で日々送りつけた図面と、それらの開発品に埋れるオーデルド博士がいた。茶髪はボサボサで灰色の目は疲れている。
「進捗状況は?」
入って直ぐに問い掛けると、灰色の目が眠たそうに上がる。
「久しぶりに会って早々それですか。」
眠ってないのか声が低く嗄れている。
図面通りに出来上がっているかチェックしていくと、オーデルド博士はその作業をじっと見つめてポツリと呟いた。
「何か良い事がありましたか?機嫌良さそうですね。」
何故わかるのか。
「まあね。それよりこれを見てくれ。」
無視して持って来た魔銃を博士の前へ置く。
「どうせロルビィ君ですよね。仲が進展した……、恋人に、…はなってなくて、良いところまで行ったと言う感じでしょうかね。」
「…………人の顔色窺いながら当てていかないで欲しいね。」
長い付き合いの為、はいはいと軽く返事をしながらオーデルド博士は魔銃を手に取った。
「ふむ、何かの発射装置?威力が出そうですね。あ、これを入れるんですね?火の魔石を使って燃焼と爆発?でもこれユキト殿下の魔法式が入ってませんか?私が手を入れた節もある………!私はこんな物作った記憶有りませんよ!?」
概ね同じ考察にユキトは魔銃を手に取った。紫色に染まった弾丸を装填していく。
「そう、コレは私達が作ったと思う。だが、私にも作った覚えがない。そしてコレは私が四歳の時に、朝目覚めたら傍にあった。」
「四歳?今から約十四年前という事は、私は教員をしつつ独自に研究していた頃ですね。ですが、その頃の私がこれを作れるとは思えません。ましてや四歳の殿下にも……。」
ユキトも頷きながら魔銃を見つめた。
魔工石と鉄を混ぜつつ、魔法式を組み込んだ内部構造は一朝一夕に出来上がった代物では無い。何度も試行錯誤された形跡もある。
たが、作ったのは自分達なのだ。
「ロルビィはこれを知っていた。」
悲しげな瞳が魔銃を見つめた時、ロルビィはこれを作った人間を知っているのだと思った。
それは誰だ?
私では無い私か?
思考の中にチカリと何かが明滅する。
ーーーー撃って!ーーーー
白い羽毛と、オレンジの羽が降ってくる。
胸に下げたペンダントの弾丸が熱を持ち、熱く存在を主張していた。
鎖を引っ張り取り出せば、声は更に大きくなる。
ーーーー撃てっ!ーーー
ブワリと視界を埋め尽くす白とオレンジの羽に、ユキトは目を眇めた。
「…………何を?」
思わず呟くと、オーデルド博士が慌てた顔で魔銃を押さえ付けていた。
「ユキト殿下!?ご自分を攻撃するつもりですか!?」
急激に戻った現実に、ユキトは一瞬状況が読めなかった。
銃口らしき穴が自分の方を向いていた。
キュキュウーーという細い音に、魔導具に魔力を流したのだと気付いた。
「………私が起動させた?」
正気に戻った私にオーデルド博士は安堵の息をついた。魔銃を取り上げて装填した弾丸を抜き取ると、机の上に置いた。
「急に魔力を流すので驚きました。ロルビィ君から詳しく聞かなかったんですか?」
ユキトはふい、と視線をずらす。
「他に気になる事があって………。」
「へぇ……、何が気になったのかはお聞きしませんが、次にお会いした時は是非確認して下さいね。」
ユキトは分かったと言って魔銃と弾丸を集めた。
「先程はどうしたんですか?」
「………頭の中に撃てと言葉が響いた。鳥の羽が渦巻いて、何故か撃たなければならないと思ったね。」
「呪いですか?」
オーデルド博士が顔を顰めて魔銃を見る。
………呪い、では無い気がする。そんな魔力は感じなかった。ただ、撃てという声に従わなければ、後悔しそうになったのだ。
早く撃たないといけない、そんな気がしただけだ。
「これは持って行く。」
「え?戦争にですか?大丈夫でしょうか………。」
「大丈夫だろう。ロルビィもこれは武器だと行っていた。使ってみようと思う。」
心配そうなオーデルド博士を残して、ユキトは研究室を後にした。
皇宮の中は慌ただしく兵士が物資の輸送を行っていた。
訓練所を通り過ぎ、兵舎の方に向かうとスワイデル皇国の第二皇子である弟のハルトが指揮を取っていた。
今回ハルトも一緒に出る事になった。
ユキトが前方に出るが、ハルトも後方支援を引き受けている。
「ハルト!」
呼び止めるとハルトが振り返り、パッと顔を輝かせた。
三年ぶりの帰国で久しぶりに会ったが、魔導通信で頻繁にやり取りをしていたので、気安く呼び止める。
並んで立つとハルトも身長が伸びて既に同じ背丈になっていた。これから鍛えて成人男性として厚みのある身体つきになるのだろうと思わせられた。
ユキトと同じ銀髪は父譲りで癖のない真っ直ぐな銀髪だが、少し長めのユキトの短髪よりも短く切ってしまっていた。
青い瞳は尊敬する兄を見つけて嬉しそうに細められている。
「兄上!後から伺おうと思ってました。物資の搬入はほぼ終わりますよ。出発はいつでも行けそうです。」
「そうか、早いな。流石だ。」
ハルトは誰よりもユキトに懐いている。
二人は仲の良い兄弟で、ハルトは将来皇帝になるユキトを補佐出来る人間になりたいと常に言っていた。
ハルトの側に見知らぬ青年が控えていて、新しい部下かと思いチラリと見ると、ハルトはあぁ、と彼を紹介した。
「ショウマ・トドエルデです。地方から出てきた男ですが、なかなか有能で護衛兼補佐にどうかと思いまして。」
男は茶髪にオレンジの瞳の淡白な顔をしていた。少し優男に見えがちだが、戦闘能力は高いとハルトは評価していた。二十二歳で二年ほど前に単身出てきたところを、たまたまハルトの目に止まり評価されたらしい。
今も搬入を手伝っていたが、指示が的確であっという間に終わったのだとハルトは誉めていた。
ハルトが誰かを高評価するのは珍しい。
ショウマは特に役職もついていないので、補佐にするなら何かしら付けるように指示しておいた。
ショウマは特に媚びるでも恐れるでもなく、静かに頭を下げている。皇族の会話に口出しするわけでもなく控える姿に、何かしらの教育を受けていそうだと感じる。
「信用できる人材か?」
念の為に確認すると、ハルトはその時はその時です、と笑っていた。
ハルトは魔力はあまりないが、身体強化を使った戦闘能力は高い。
気をつける様にとショウマに聞こえない小声で注意しておいた。
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