翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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2章 俺のイジワルな皇子様

71 水龍ソギラの夢

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 一つの大きな本星に、五つの衛星が取り囲む龍の星。それがソギラ達が産まれた世界だった。
 ソギラは水色の髪に青い瞳で産まれた。ソギラの産まれた村は水龍が多く産まれる水の土地で、大半が水龍の特徴である水色の髪で産まれてきた。
 本星からも一番遠い衛星だったが、特に貧しいわけでもなく、子供の数も多かった。
 そんな中、幼馴染と言える程仲良かったのはマルメだった。
 マルメは水色の髪に氷の様な水色の瞳だった。明るく元気で人の中心にいる様な子で、いつも集団の隅っこにいる様な自分を気に掛けてくれる子供だった。
 勉強が出来たり龍気が多かったりすると、本星に有る学校に通うのが習わしだった。
 
 そこで出会ったのが黒龍ワグラ、緑龍フィガナ、天龍リューダミロ、光龍フィーゼノーラ、そして水龍マルメと私だった。
 
 元々引っ込み思案な私はマルメについて行っただけで、それ程皆んなと仲が良かった訳ではない。
 マルメが仲良かったのだ。
 と言ってもマルメは誰とでも仲が良かった。何処のグループに属してもマルメは中心に立ってしまう。
 そうすると独りぼっちになる私を気にしてマルメはリューダミロのグループに入る様になった。
 リューダミロとフィガナは才能が突出していたが、何故か黒龍であるワグラを中心にグループを作っており、マルメと私が入ったとしても私達は二人でいられたのだ。
 ただ唯一例外の場面があった。
 白竜ハゼルナルナーデがワグラに話しかける時だ。ハゼルナルナーデの取り巻きが色めき立ち、黒龍であるワグラに攻撃し出すと、流石にリューダミロとフィガナは共闘を組んでワグラを護りに掛からなければならず、そんな時だけマルメも手伝っていた。
 頭でっかちの私は戦闘が苦手で、その間は離れて傍観していた。
 近寄れないのだ。
 
 ボンヤリといつもの様に隅っこにいると、いつからか話しかけてくる龍がいた。
 紅龍ノジルナーレだ。紅玉の瞳、赤銅色の髪、背が高く好青年といった感じの男性体をした龍だった。白龍ハゼルナルナーデの異母兄弟で仲が良いのだが、ハゼルナルナーデの周りで起こる争い事には基本自分と一緒で傍観者になっている。
 何となく同じ傍観者同士その時だけは話す様になった。
 
『ソギラはなるべく本星から離れたほうがいい。』

 ある日ノジルナーレがそう言った。
 龍王の崩御が近い事、いずれ継承争いの大戦が起こる事、龍王の子供であるハゼルナルナーデもノジルナーレも担ぎ上げられるという事。

『そんな事教えて良いの?』

 普段人には敬語でしか話さないのだが、この頃にはノジルナーレの親しみ易さにすっかり対等に話す様になっていた。
 彼は例え王族でもハゼルナルナーデとは違い自分にいつも優しかった。

『内緒だ。』

 彼は笑ってそう言ったので、マルメにも言えなかった。
 そうこうしている内に数年後には本当に龍王が亡くなり、世界は戦乱の世になった。
 激しすぎる戦火に、その頃は番となったマルメと本星から故郷の星へ帰る事にしていた。
 卒業してからもマルメはワグラ達と交流があったので、最後に集まって食事をする事にした。
 
 そんな時、世界は消えた。
 私達は今の世界に落とされた。
 次々と消えて行く仲間達。
 星の糧になる者。人生を呪う者。死を望む者。ただ傍観者になる者。
 落とされた大地で私達は身を寄せ合っていたが、マルメが村の皆んなを家族を探したいと言うので一緒に旅に出た。
 どんなに歩いても、何処にもいない。
 海が出来、空色の大気が生まれ、緑が生え、生命が宿り、進化を遂げ、時間が廻り続けても誰も見つからなかった。
 マルメは賑やかなのが大好きだった。
 誰か一人でも良いから見つかって欲しいと願っていた。
 私が隣にいるのに、番がいるのに、マルメは孤独に狂っていった。

 あんなに快活だったマルメは無表情になり、虚に世を呪う龍と化していた。
 たまにワグラ達の下を訪れても、マルメの狂気は減らなかった。
 そのうち天龍リューダミロがいなくなった。
 それを見てマルメはますますおかしくなっていったので、迷惑を掛けてはいけないと黒龍ワグラと緑龍フィガナの棲家から少し離れて暮らす様になった。

 私がいるのに、私の前でマルメは狂った。
 冷気を吐き、地を凍りつかせ、吹雪を巻き起こし、命を懸けて大陸の東側を凍りつかせた。
 私は一生懸命押さえ込もうとしたけど、駄目だった。
 命の尽きた水龍マルメは龍の姿のまま氷の湖に凍り付かせた。
 私はあまり龍気が強くないので、死んだ龍を凍りつかせるので精一杯だったのだ。
 私は番に取り残された。
 崩れ落ちて泣いたけど、もう戻らないのだ。
 マルメの笑顔はとうの昔に無くなっていたから、思い出すのは龍の世界で生きていた時のこと。
 一体どれくらいの時間をそこで過ごしていたのか分からない。
 私の身体は水さえあれば生きながられる。
 マルメの凍らせた大地の上で、私はずっと誰に会うことも無く佇んでいた。
 吹雪の中、冷たい大地が私の足を凍らせても、痛みがあろうと構わなかった。
 悲しくても死なない私が憎かった。
 マルメの様に狂わない自分が憎かった。
 番が死んだのに、死ぬ勇気もない自分が心底憎かった。
 漸くフラリと足を反転したのはいつぶりか……。
 パキパキと音を立てて足が地面から離れた。
 ギシギシと音を立てて骨が動いた。
 自分は生きているのだ、と改めて感じた。
 
 黒龍ワグラの住む場所に行くと、そこは山脈になっていた。
 ワグラはフィガナの結界の中でポツンと建つ屋敷に一人で住んでいた。
 その時初めてフィガナが西側の大地とワグラを庇って星の糧になってしまったのだと知った。
 自分も一人だけと、ワグラも一人になってしまっていた。
 ワグラは弱い。他龍から龍気をもらえば大丈夫だが、身体を維持するためには食料を自力で調達していたのだろう。
 マルメの暴走はワグラも一緒に孤独にさせていた。
 私は久しぶりに声を出した。

『………ガ、ァ…………ア……!』

  声は出なくなっていた。喉はくっついたように息を吐かず、声帯は震えない。
 言葉が出てこない。
 一体どのくらいをあそこで佇んでいたのか。

『無理をするな。暫く私とここにいよう。私はたまに人の住む街に買い物に行くから会話は出来る。一緒に療養すれば治るから。』

 黒龍ワグラとはリューダミロが死んだ時、リューダミロ王国の属性問題で話しはしていたが、お互い個人的な事は話す仲ではなかった。
 ワグラは私が千年以上あそこにいた事、今のリューダミロ王国の事などを話してくれた。
 話せない私に言葉を思い出させる様に黒龍ワグラも苦手な会話を一生懸命してくれた。

 おそらく私もマルメの狂気に取り憑かれていたのだろうが、黒龍ワグラの穏やかな生活に少しずつ元の私になっていった。
 残ったのは幸せな過去の思い出と悲しい現実だけだった。

 この大陸に居させてくれとお願いした。
 この土地をずっと守っていたのは黒龍ワグラだ。彼はこの大地では神と言われる程になっていた。
 好きなだけいたら良いと言われたから、お詫びに何かしたいとお願いした。
 そんな事はしなくて良いと言われたけど、人の世では子を孕む側の女性が減っていると言われたので、男性でも産めるようにすると約束して旅に出た。
 リューダミロの残した国に行き、隣の皇国に行き、砂漠の土地を回って部族を訪れ、光龍フィーゼノーラの愛した国にも行った。
 少しおかしな人間がいたが、先に進みたかったので子宮生成魔法をかけて北へ向かった。
 北の地は雪が多く水龍である自分には住みやすかった。
 おおよその集落を周り切り、山に入って洞穴を作り湖水を作ってその中に潜った。
 もう寝よう。
 マルメが死んでから寝ていなかった。
 
 おやすみ、マルメ。
 大好きだったんだ。
 君がいたから私は孤独にならずに生きてこれたけど、君は私一人の存在だけではダメだったんだろうね。
 一緒にずっといたかったのに、支えてやれなくてごめんなさい。
 
 冷たい水が肺に回り胃を満たし、手足が眠りに落ちて行く。
 暗い湖水はヒンヤリと優しく私を包み込んだ。
 私はゆっくりと夢の中へ落ちていった。






 

「うふふ、かわいそうな龍ね。番に見放されたのね。」

 女性の手が水面をなぞると、水の龍気が吸い取られていった。

「…………はぁ、美味しいっ!ようやく見つけたわ!こんな薄暗い洞窟に寝てるなんて!」

 聖女オッルは狂気のような歓喜を目に浮かべ、白いドレスが濡れるのも構わず水の中へ入った。
 
 龍の気が巡る水は、聖女オッルの身体に力を漲らせていく。
 足りなかった魔力が増幅され、闇が広がり聖の魔力を引き上げていった。
 魔力と共に入り込む龍の記憶を盗み見て、水龍ソギラに魅了魔法を掛けていく。
 寝ていて反発は一切ないが、龍なだけあって身体は丈夫で龍気も多い。
 操るには時間が掛かるだろう。
 それでもこの龍は取り込むに値する。

 龍気を含んだ水を操って水龍ソギラを水底から引き上げた。
 水色の胸元まである長い髪に、伏せられた睫毛は繊細で、小さな桃色の口がある顔面は女性のように儚い。
 身体を見れば男性なので、聖女オッルこと魔女サグミラは舌舐めずりした。

 さあ、早くあたしのモノになりなさい。
 いっぱい、いっぱい気持ちいい事して遊びましょう?
 
 サグミラは桃色の唇に口付けをした。
 冷たい唇は氷のようだが、纏う龍気は甘美だった。

「くっ、ふふふふふ、あははははっ!」

 この龍はあたしのモノ。
 大切に大切に遊ばなくちゃ!

 ソギラは水から出され、ヴィアシィ国の王宮へと運ばれていった。









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