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1章 俺のヘタレな皇子様
41 裏切り者
しおりを挟む皇宮の真ん中にある一番大きな塔には、三階をぶち抜いた吹き抜けの大広間がある。
中央正面には天使の羽の様に両側に伸びる階段が伸び、真ん中には龍と剣を模した王家の紋章が飾られている。
大小様々な絵画が飾られ、紋章の下には現皇族の肖像画が飾られていた。
スグル皇帝とありし日のサクラ皇后。肩に手を置かれて幼いユキト皇太子殿下とハルト第二皇子殿下がほんのりと笑顔を浮かべた幸せそうな家族の絵。
その肖像画の真ん中にスグル皇帝は磔にされていた。
血を流し、目は硬く瞑られている。
刺し貫いた剣を抜こうとしたのか、暴れた形跡があったが、スグル皇帝を突き抜け絵画と壁に突き刺さった剣は奥深くへと沈んでおり、刺された一人の人間では抜けなかったのだろうと思われた。
自分の身長よりも高く磔にされたら父親を見て、ユキトは震えて膝を付いた。
「…………ああ……っ!」
なんて事だ!
血が大量に流れ、スグル皇帝の青白い顔には生気はない。とっくの昔に事切れていた。
何故!?
誰が!?
一緒について来たゼクセスト・オーデルド博士がユキトを揺らす。
「殿下!殿下!しっかりしてください!」
ユキトは前回の戦争で少しは慣れて血に倒れる事は無くなったが、それでもやはり見れば怖い。
「ユキト殿下!貴方の父親ですよ!しっかりと対処を!貴方は皇太子、次の皇帝は貴方でしょう!!!」
博士の怒鳴り声にユキトは何とか立ち上がる。ハルトも今はカーンドルテへ向けて軍を率いている。
皇族は自分一人だ。
「検分を……、兵を集めよ!検分が終わるまで誰も触れるな。私はもう一度管理室で過去の映像を確認する。」
警備兵を置き誰も近付けないようにして、医者や魔力に優れた者に調べさせる。
今皇宮は兵士が少ない。警備に人員を取られるが、荒らされるわけにはいかなかった。
管理室を荒らした人間と同じだと考えられる。スグル皇帝を殺めるために人の少ない夜を狙って、当直者を殺し魔法式を壊した。魔法式で皇宮の警備も行っている為、それを知る人間がやったのだろう。
管理室に戻り魔石に手を翳す。
魔法式が周りだし大広間の映像を出した。
「壊されてるか………。」
映像はザラザラと線が入り、ほぼ黒く何が写っているのか見えない状態にされていた。
ほんの少しだけ人影が動くが、それが誰なのか分からない。
「軍服じゃありませんか?」
服の色は分からないが、剣を持つ袖が軍服に見える。
「軍服………皇宮の大広間は誰でも入れるわけじゃない。中枢に位置し私達に近付ける人間………?」
考えを纏める為に疑問を口に出して思考する。人の上に立つ者が思考を口に出してはいけないと、よく父から注意された。
「ショウマ将軍は何処にいる?」
いつもは朝から護衛についている。今日は見ない。
いや、そんな、馬鹿なと思いながらも、投影魔法で姿を探した。
「此処は…………。」
先程いた大広間の上だった。
塔の一番上、三角屋根の下に位置する戴冠式用の神殿を模した部屋だ。
天窓には色あざかやなステンドグラスがはめられ、今日の様に天候の良い日は太陽の光が差し込み美しく室内を照らし出す。
その中央にショウマ将軍は立っていた。
まるで誰かを待ち侘びるかの様に佇む姿は、普段のショウマ将軍とはどこか違って見える。
私が走り出すと後ろでオーデルド博士が兵を集める様護衛兵士達に叫んでいた。
息が乱れる。
皇帝の死。
気心知れた人間への疑い。
落ち着かない心情が、息を上手く吐かせてくれない。
ショウマ将軍がいた部屋に着き両開きの扉を開く。
此処は重要な部屋なので普段はしっかりと閉められ警備兵が外に立つのに、今は誰もいなかった。
燦々と降り注ぐ光の中にショウマ将軍は立っていた。
こちらを振り返る姿は、いつもの将軍らしい平民上がりの真面目な青年では無い。いつもの軍服に腰に刀を指す姿は同じなのに、その姿は恭しく慇懃さを醸し出していた。
「お前は誰だ?」
尋ねたユキトへショウマ将軍は薄っすらと笑った。オレンジ色の眼が細められ、弓形の眉が可笑しそうに歪められる。
「私は私で御座います。」
話し方まで違うとは、最早ショウマ将軍に誰かが成りすましているのかと疑う。
笑顔でショウマ将軍は袖を捲った。
腕には銀細工の腕輪が肘の下にはめられ、トパーズの魔石が輝いていた。
将軍がトパーズに指を這わせると、魔石はコロリと落ちた。魔力を失い将軍にかけられた魔法が解かれていく。
顔は変わらない。目の色も。だが茶髪が美しく透き通る様なピンクブロンドに変わっていった。
腹に手を添えてもう一度ユキトへ恭しく礼を取る。
「私の名前はララディエルと申します。」
「本物のショウマ将軍はどうした?」
ララディエルは目を細めて笑う。
「私がショウマですよ?ずっと一緒にいたではありませんか。まあ、本物の、という言い方をするならば、本物のショウマ・トドエルデはたまたま死んでおりしたので名前を拝借致しました。」
顔は確かにショウマ将軍だった。だが、こんなに雰囲気が違えば俄かには信じがたい。
髪の色も変わり別人だった。
ララディエルはクスリと笑う。
何がそんなに楽しいのか。
「もう直ぐ来ますよ。」
何が?とも尋ねる間もなく空気が歪む。
いつか見た転送魔法の光がララディエルの身体を包み、光が収束すると数十人の人影が現れた。
「………な!?」
ララディエルが消え、代わりに立ったのは魔女サグミラだった。
白いドレスに身を包み、聖女らしく清楚な出立ちだった。プラチナブロンドの髪は背中に流し、銀糸の様な細い鎖と宝石が髪を飾る。ローブの背中は大きく開けられ、背中には花模様のアザが沢山咲いていた。カーンドルテの聖女の証だった。
「何故お前が!?ショウマ………、いや、ララディエルは何処に行った!?」
魔女サグミラは可愛らしく小首を傾げた。
「知らないわぁ、たぁれ?それ。今転送魔法に干渉した人間かしら?」
「!?」
ララディエルを魔女は知らない。
魔女と入れ替わる様に転送魔法に干渉して何処かに行ってしまったらしい。
元々は謁見の間に転送される筈だったが、誰かが干渉しユキトの前まで導いてくれた。
「もしかしたらカーンドルテに行ったのかしら?勝手に人を使うなんて、後でお仕置きしなきゃ!」
キャッキャと笑うが、サグミラは知らない。入れ替わりを手助けをした人間がカーンドルテの王イゼリアーテ・カーンドルテの側に待機しており、現れたララディエルがイゼリアーテ王の首を刎ねた事を。
「お疲れ様で御座いました。」
「漸く本国に帰れそうですよ。」
甲冑姿の護衛騎士が首を垂れる。
ララディエルは溜息をつきながら、スワイデル産ではない、丸い形の通信魔導具を取り出した。
「カーンドルテ、スワイデル、リューダミロはほぼ崩壊しました。」
ララディエルの任務は新たなる大陸の混乱と制圧。カーンドルテ国の向こう側、海の上に浮かぶ船団へ報告した。
魔女サグミラは魅了した人間が一人一人どうなっているかなどは感知出来ない。
離れてしまえば帰るまでイゼリアーテが死んでいる事はわからないのだ。
だからスワイデルへ単身乗り込んでも余裕があった。
いつもそうやって人間を狩っているから、サグミラにとってこれは普通のこと。
「ユキトちゃん一緒にカーンドルテへ帰りましょう?」
うっとりとユキトの顔を眺めながら、魔女サグミラは微笑む。
瞳が黒く変わり、輝くプラチナブロンドが流れる様に艶やかな黒へと変化した。
ーーーさあ、あたしに服従をーーー
ユキトは心に響く声を跳ね除ける。
「あらぁ、やっぱりダメなのねぇ。どうしましょう?」
サグミラは目を見て魅了する。
ユキトの魔力量では跳ね除けられるので、どうしたものかと思案した。出来れば持って帰りたい。
「………後ろの魔法師達はリューダミロの兵士じゃないのか?」
ユキトの声は震えていた。
サグミラを見たら思い出す。母の死を、死の山を、赤い血を。
視界が赤くチラつき眩暈が起きそうなのを、必死に堪えた。
「うふふ、そうよ?リューダミロの王子様が貸してくれたの。転移魔法を使えるのよ。帰りもこれで楽ね。」
ニコニコと笑いながら魔女サグミラは話し続ける。
「リューダミロを滅亡させたいんですって!今頃向こうは大変じゃないかしら?」
「……………。」
「翡翠の魔法師君はリューダミロを助けに走ったのかしらぁ~。」
「…………っ。」
「やっぱり生まれ故郷だしぃ、家族もいるのよね?」
ユキトの視線が落ちるのをサグミラは見逃さなかった。
サグミラは以前ユキトを助けに来た翡翠の魔法師を見た時に気付いた。あの魔法師の青年が現れた瞬間、ユキトは安堵したのだ。
ユキトの中で翡翠の魔法師の存在は大きい。
サグミラとロワイデルデは同時に動いて、ロルビィが来たら、来た方が相手をすると約束していた。
翡翠の魔法師は此処にいない。
向こうに行ったのだとサグミラは思った。
「可哀想、ユキトちゃん。助けに来てくれないのね。」
ユキトの心を揺さぶる。
魔力で服従出来ないのなら、心を潰せばいい。
弱った心は魔力を縮こませる。
ロワイデルデからロルビィについて多少話しを聞いていた。ユキトと出会ったのはごく最近。
「リューダミロからここまで遠いもの。きっともう会えないわぁ!」
楽しそうな魔女サグミラの言葉が突き刺さる。
来ると言った。
約束した。
でもわかっている。ロルビィは家族が大切だ。私は後から追加された人間だ。きっと先に家族の安否を確かめる。
わかってる。
わかってる………。
「ユキト殿下!!!」
ハッと気付くとオーデルド博士が目の前にいた。
どうしたんだ!?
頭がボーとする。
「ダメです!精神感応系の魔法ですか?あの少女の話を聞いてはいけません!」
言葉で心に入り込まれたのか?
「す、すまない……。」
盾を持つ兵士を引き連れてやって来たらしく、ぐるりと魔女サグミラから隠す様に兵士が取り囲んでいた。
オーデルド博士が置き忘れてきた魔銃と弾丸の入った袋を持ってきた。前回の戦闘で改良点を上げ、作り直しを依頼していたので、小さな声で完了していると言って渡して来た。
「ふふふふふ、せっかく助けが来たけど、ユキトちゃんもこれに弱いわよね?」
サグミラの後ろにいた魔法師達が動き出した。
手には魔力を調整するための杖を持っていた。本来魔法師は魔導具の杖を持っている。杖の先に魔石をはめ、力をコントロールする手助けをする魔導具だ。
ロルビィ達はそれなしで魔法行使していたが、あれは魔力が潤沢にあるから出来る事だった。
サグミラは聖女の顔で悪魔の様に笑う。
空中に黒い点を浮かせ、パキパキと音を立てながら黒い棘が増殖していった。
「サクラちゃんも身近な人が死ぬと悲しい顔して止めてって言ってたわ。ね?こうしたらどうかしら?」
棘は広がり盾ごと兵士達を貫き屈強な身体を持ち上げていく。
魔法師達の放つ攻撃が次々と兵士達に当たり、命を刈り取っていった。
「あんまり魔力無しを連れて来てもらっても困るわぁ~。食べれないしただ殺すだけだもの。」
魔女サグミラは黒い瞳を楽しげに細めている。
「……っ!!や、やめ…………っ。」
震える身体では大声で叫ぶことも出来ない。
「大人しくしないともっと殺しちゃうわよ?」
兵士の死体が刺さった黒い棘がグルリと回り、部屋の隅へ放り投げられた。
魔女サグミラが足を進める。白いドレスがフワリと舞い、明るい光が燦々と降り注ぎ、彼女の身体は間違いなく聖女なのだと思わせた。
黒い瞳がユキトを捉える。
「ユキト殿下!見てはいけません!」
聖女に背を向け、ユキトを庇っていたオーデルド博士に黒い棘が生えた。
カハッと血を吐き博士が目を見開く。
それでも博士はユキトに言い続けた。
身体で魔銃を隠してくれていた。
「………殿下っ、銃を…………。」
オーデルド博士の身体を黒い棘で持ち上げ、サグミラはユキトの頬を両手で挟んだ。
「この中ではこの人が一番仲良しかしら?死なせたくなかったら、どうしたらいいか分かるわよね?」
サグミラが顔を近付けてくる。
魔力を渡せと言うのだろう。
「………舌を出して?」
上気した顔で目を潤ませながら舌舐めずりしてくる。
……………気持ち悪い。
なんて気持ち悪い。
母上を殺したあの時と身体も顔も違うが、艶かしい嫌らしさは全く変わらない。
舌を出すと己の舌を絡めて吸い付いて来た。魔力を流すと目を細めて嚥下していく。
手に握る魔銃へ魔力を解放した。
キュウンと静かに魔力が流れる。
唇が離れ、流れる涎まで魔女は美味しそうに舐めた。
「はあぁぁ美味しい!なんて豊富で濃厚なのかしら!!!」
サグミラは魔力を吸収する事に夢中で気付いていない。
魔銃にはオーデルド博士が既に八発の弾丸を詰めてくれていた。
魔力を渡す時、魔女サグミラの魔力も少し流れて来た。ドロドロと不快で土臭い。血の様な鉄臭さも感じる味に不快さが増す。
吐き気を堪えて素早く魔銃を持ち上げた。
至近距離!
ドオォンーーー!!!
魔女の顔面目掛けて弾丸を放った。
二度目のロルビィの弾丸を魔女は見事に顔面に受け、顔はひしゃげ黒い髪が飛んだ。
立て続けに全ての弾丸を撃ち込んでいく。
二度と立ち上がるなと祈って。
「………………っっっ!!!…………ぐっ!………ぐおぅああぁぁぁ!?!?!」
魔女サグミラが激痛に暴れた。
黒い棘が無秩序に暴れ出し、四方八方に飛び散った。
リューダミロの魔法師も、オーデルド博士も、ユキトさえも棘に貫かれ血を流していく。
ーーーロルビィーーー
会いたい。
約束…………。
知ってる。自分は家族の次だ。知ってる、知ってるけど、来て欲しかった。
何て我儘だろう。
ロルビィはこんな事になってると知らないのに、来てくれない事に腹を立てる自分がいる。
会いたい。
会いたい……………。
天井のステンドグラスが割れ、色とりどりのガラスが降り注ぐ。
キラキラ太陽の光が反射する中、緑色の煌めきをユキトは見つめ、落ちて来たガラスを一つ握った。
応援ありがとうございます!
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