翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

40 混乱と死

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 王宮の上空に着くと、廃茶色の崩壊した宮殿が目に飛び込む。昼間だというのにそこは暗く澱み、最後に見た空の城が夢では無かったかと錯覚させた。
 均等に積まれた石も、綺麗に並べられたタイルも全てビビ割れ剥がれ落ち、ガラスは砕け飛び散っていた。
 干からびた人間が至る所にミイラのように倒れている。

 黒龍が一つの建物の前に降り立った。
 扇状の幅広い階段に一人の青年が佇み、俺達が来るのを静かに見ていた。

「パル?」
 
 ピンクブラウンの髪に灰色の瞳の青年、パルがいつもの快活さはなりを潜め、貼り付けたような笑顔で待っていた。

「ロルビィ様、黒龍に乗って現れるとは、やはり神の領域なのですね。」

 話し方も少し違う。貴族のようだと感じた。

「誰かが僕を罰してくれるのを待つつもりでしたが、己の始末くらいやらねばなりませんよね。僕は、貴方の大事な人達に手をかけたのですから。更に迷惑をかけるわけには参りません。」

「手をかけた?」

 パルはニコリと微笑んだ。パルは階段の真ん中に立っていた。脇に移動し手で中を上るよう促してくる。
 パルの様子がおかしいが、今は暴走し討伐されたであろう王太子の様子を確認すべきと判断した。レンレンで中を確認するが、信じられない光景が見える。

「パル、少し中を確認するからそこにいて欲しい。」

 俺の要求にパルは微笑んだまま頷いた。
 パルが手にかけた人間が彼等ならば、自分はパルにどうしたらいいのか…………。

「ロルビィ!」

 馬の蹄の音と共にトビレウス兄の呼ぶ声がした。一緒にテレセスタも来ていた。
 中で倒れ既に魔力反応のない人物の顔が思い浮かびます、ロルビィの顔が歪んだ。

「トビレウス兄達は無事だったんですね。」

「公爵邸は少し離れているから、崩壊が届かなかったんだ。止まったようだから急いで来たんだが………。ロルビィも今来たのか?」

 階段の下にいる巨大な黒龍に驚きながらも、兄達は走り寄ってきた。
 このままテレセスタを中に連れて行くのは気が引けたが、既にもう一つ気配が薄れつつある人がいる。

「急いで中に行きましょう。」

 走ろうとした背中に、パルが思い出したように呼び止めた。

「スワイデルにも裏切り者がいます。急いだ方がいいでしょう。」

 裏切り者?よく分からないが、心に留めて置く為に頷いた。
 俺達は舞踏会場となった広間への扉へと走った。



 階段を走り上がって行く三人を見送り、パルは静かに空を見上げた。
 何でこんな事になったのか。
 自分が祖国を追放された身で、何故未だにその束縛に抗うことが出来ないのか。
 無視も抵抗も逃亡も、やろうと思えばやれるだろうに、幼少期から叩き込まれた思想はなかなか消えるものでは無い。

 パルは空に向かって手を広げる。

 封印された時、使いたくて堪らなかった魔法。
 封印が解かれた時、今更欲しく無いと思ってしまった魔法。
 お前は素晴らしい光の子だ。
 そう言われ続けて育った。そう言われる程に、パルことパルディネラの魔力容量は豊富だった。
 この大陸に流れ着き、彷徨い歩く自分を助けてくれたのがシゼだった。
 何処から来たのかも分からない様な自分に、居場所をくれたのがロクテーヌリオン公爵だった。
 二人の信頼を裏切り、二人の命を狩る手助けをしてしまったのだ。

「ああ………、とっとと死んでおけばよかった…………。」
 
 空に幾十もの矢が出現する。黒い矢は紫の光を放ちパルへ降り注いだ。
 ごめんなさい。
 パルは目を閉じ受け止める。
 
 黒龍ワグラとピィは静かに見守っていた。










 泣いている声で意識が戻る。

「ヒグッ……うっうっ………なんでぇ~~しぜぇ~~~………!」

 コロンと口から出たのは半分程溶けた火属性の魔工飴だった。
 リディが最後に口に放り込んだのだ。
 涙を溜めた目で、笑いながら。
 直ぐ取り出せるところに闇魔法師用の飴を持っておくように言ったのに、胸ポケットには火魔法師用の魔工飴を入れていた。
 パルが放った風の矢は強力だった。
 狙われたのはリディだった。咄嗟にシゼと私で間に入ったが、数十本の矢全ては防げず、シゼは横腹を私は肩を吹き飛ばされた。
 パルからそんなに魔力を感じた事は無かったし、完全に仲間だと認識していたので、不意を突かれて負傷してしまった。
 パルは直ぐに離れて行ったが、ロワイデルデ殿下を止めるべく、動く必要があった。
 リディは不測の事態のための要員で、本当に戦闘に参加させるつもりはなかった。
 最近は体調が良いとはいえ、身体が弱い事に変わりは無い。
 招待状に王命で書かれていた為連れてきたが、後方へ避難させるつもりだった。
 シゼの判断は正しい。
 誰の命を優先させるべきが瞬時に判断した。
 リディは覚悟して闇魔法を使ったのだ。
 一気に数十人分の魔力を取り込めば、どうなるか分かっていたはずだ。
 ここにいたのは魔力を持つ貴族ばかりだったのだ。一人一人は私より魔力が少ないとはいえ、集まればかなりの量になる。
 リディは私に魔工飴を含ませて、魔力を吸収した。胸を抑え、容量過多となり爆発しそうになる魔力を押し込んだ。弱い身体は耐えきれず私の上に倒れ込んだ。
 心臓が止まり、ひくりと喉を鳴らして、瞳から光が消えていった。
 シゼは黒い荊に貫かれ血を流し倒れた。

「アーリシュリン、意識が戻ったか?」

 薄目を開けるが白く霞がかかった様に何も見えない。
 声から私の上半身を抱え、声は掛けたのはカーレサルデ殿下だと理解した。
 少し離れたところでテレセスタの泣いている声がする。黒い荊はシゼの心臓から腹の辺り一面を貫いていた。シゼの魔力は感じられず、彼が死んでしまったのを悟った。

「アーリシュリン、死を受け入れてはいけない………。」

 側にトビレウス兄の気配とロルビィの気配もした。
 ロルビィの願いは家族の幸せと言っていたが、私が逝ってしまうとどうなるのか。
 だが、私はきっとリディのいない世界は耐えられない。
 生きながらえても、きっと直ぐに衰弱して死んでしまうだろう。
 だからこのままでいい。
 カーレサルデ殿下が治癒してくれているだろうが、流れた血が多い。一緒に魔力も大量に出てしまった。
 
「アーリシュリン兄上、魔工飴はまだ半分あります。舐めて下さい。」

 ロルビィが口に入れようとするが、私は口を閉じて拒否した。
 魔力譲渡は双方が受け取り合うと意識しないと成立しない。
 私は全てを拒否した。

「兄上…………。」

 悲しそうなロルビィには申し訳ないが、私はこのまま逝きたい。
 リディの下へ、早く行きたい。
 
「ご、め……ん。わた………いく……、……リディ、まっ」

 ………てて。直ぐに行くから。

 貴方は私に一目惚れしたと言うけれど、私だって貴方に一目惚れしたんだ。
 耳から流れ落ちる黒髪に、痩せて大きな目がほんの少し私を見て輝いた時に。
 ……目が離せなかったんだ。


 






 薄く開いた瞳がガラス玉の様に透明になるのをトビレウスは見つめていた。
 死を覚悟した命は金色の粒子を纏う。
 アーリシュリンの纏った金の粒は、サラサラと一際大きく立ち上り、空に消えてなくなってしまった。

「ロルビィ、スワイデルへ行くんだ。」

 トビレウスもロルビィも泣いていた。
 涙は頬をつたい、顔は悲しみに歪んでいる。それでも先に進まなければならない。
 パルが気になることを言っていた。裏切り者が誰の事を言っているのか分からないが、リューダミロと同じ様にスワイデルでも何かあってるのかもしれないと感じた。

「ですが!」

 リューダミロは崩壊している。辺りには干からびて誰が誰だか分からない死体が大量にあった。
 王や王妃の服かと思われる物もある。
 ロクテーヌリオン公爵やアーリシュリン兄、シゼをちゃんと弔いたい。

「こっちは私がいるから、行きなさい。」

 トビレウス兄の力強い声に、ロルビィは唇を噛んだ。
 ユキト殿下の安全を確認したら直ぐに戻ってこよう。

「すみません。」

 ロルビィは優しく頷くトビレウス兄に見送られ、黒龍にもう一度乗せてもらう様頼むべく出口へと走っていった。

 トビレウスは未だアーリシュリンを抱えていたカーレサルデ殿下の腕を優しく掴んだ。
 腕がピクリと小さく震える。
 カーレサルデ殿下の顔は無表情だった。
 トビレウスは近くに転がる金色の頭を見つける。
 以前王宮の中で見てくれと言われた人物の頭だった。
 今生きている人はカーレサルデ殿下だけだ。誰が首を刎ねたのか一目瞭然だった。
 これからこの人の行く先は地獄のように苦しいだろう。
 本人もそれを理解しているからか涙も流さない。
 何て孤独で強い人なのか。
 纏う色は銀の光。
 以前の様な青の悲しみでも、紫の不安でもなく、先を見つめた強い覚悟の光。
 覚悟とは何と強く輝くものなのだろうか。
 そして何て悲しいものだろうか。

 トビレウスはアーリシュリンの身体を受け取り、そっと横に横たわらせた。
 手のひらに緑の色を浮かべる。
 緑は癒し。
 ほんの少しでも、この人の心が安らぐ様に、緑の色を纏って抱きしめた。
 泣かないこの人の心が壊れない様に。
 寄り添う力で癒す様に。








 ロルビィは急いで階段を降りようとして、その光景に愕然とした。
 血は階段を流れ長く赤い筋を作っている。
 パルの身体は傷だらけだった。
 急いで駆け降りたが、息は既に無い。

「………パル?何で?」

「自ら命を絶った。」

 黒龍ワグラは階段の下で待っていてくれた。
 パルは俺の大事な人達に手を掛けたと言った。だから自殺したのか?
 多くの人の死に、ロルビィは混乱し叫び出しそうだった。

「どうする?ロルビィ。時空の神はきっと見ている。」

 ワグラの問い掛けに、ロルビィは顔を顰めた。

「俺に何をさせたいのかな?」

 ワグラは首を傾げた。黒龍はこの世界では神だろうが、元は他の世界の住人で神でも何でも無い。時空の神こそ本物の神になるのだろう。俺と同じで時空の神が何を考えているのか分からないと言っていた。
 ただユキト殿下が関係している。
 ユキト殿下が死んで何度も時間を巻き戻したと言うなら、ユキト殿下を死なせない様にする事が時空の神の望みなんじゃ無いだろうか?
 最初にハッキリとそう説明してくれればいいのに、何故ぼかした様にこの世界へ送られたのだろう。
 
「ユキト殿下のとこへ行きたい。」

 時空の神の思い通りに動くのも嫌だったが、俺はユキト殿下を守ると約束した。
 あの人に生きてて欲しい。
 ユキト殿下に幸せになって欲しい。
 だから行く。

「分かった。乗せて行こう。」

 黒龍が大きな翼を広げて立ち上がった。
 俺達は不安が押し寄せる中、スワイデルへと飛び立つ。
 眼下に広がる空の城は、地に落ちた廃墟の様に灰色に崩れ落ちていた。生命という輝きを全て失った世界。
 何故、どうして、こんな事になったのか……。
 自分がリューダミロ王国から離れなければ良かったのか………。それとも離れたところを狙われたのか…………。
 黒龍ワグラに会いに行くと言わなければ良かったのだろうか。
 度重なる混乱と疑問に、ロルビィの心は凍りつく様に答えが出せなかった。














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