翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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1章 俺のヘタレな皇子様

42 過去へ戻す

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 黒滝ワグラにかかれば、スワイデル皇宮に着くなどあっという間だったが、ロルビィは全てが遅かったのだと思い知らされた。
 皇宮の一番高い塔。
 張り巡らされた魔法防御は解かれ、露わになった塔の最上階は破壊されていた。
 明るい陽の下でガラスの破片が輝く中、血溜まりと共に大好きな人が力なく倒れていた。
 どうか、嘘だと言って。
 倒れているのは違う人だと言って。
 だけど、あんな綺麗に波打ち光を反射する銀髪はそうそういない。
 ワグラが上空を旋回し着地点を探していたが、ロルビィは居ても立っても居られず飛び降りた。
 レンレンの蔦で重力を緩和し、ストンと降り立つ。
 
「………ぐぅ!!があぁぁぁ!!」

 いつか見た魔女が唸り叫んで苦しんでいた。身体からレンレンの分身ともいえる蔦が侵食し攻撃している様だ。
 それを無視してふらふらと近付き、ロルビィはユキト殿下の脇に力無く座り込んだ。

「……………あ、………ぁ………ぁ、なんで………?」

 身体中に穴が空いた様に丸い傷がついていた。血が大量に流れ、既に息をしていないのは見ただけで分かる。
 ただ理解したくなかった。
 遅かった。
 約束したのに。
 守るって、約束してたのに。
 何度も誓ったのに、一つも守れない!
 神の領域と言われても、凄いと言われても、何も出来ない!!
 銀のふわふわの髪はべっとりと血塗れで、悲しそうな顔をしている気がする。
 話しながら優しく目を細めてくれていた紫の瞳は、何処か遠くを見ていた。
 手には割れたステンドグラスの欠片を握り締めて。

 …………………緑色の。


「……ぅうっ!!わあああああぁ!!?」


 なんで緑かって、俺の色だからだろう!?
 待ってたんだ!
 約束をしたから!
 俺が来るのを待っていた!!!
 ロルビィの魔力が溢れ、レンレンがブワリと増殖する。石を砕き地に這い、全てを緑に染め上げていった。
 皇宮の一番高く頑丈な塔へ、レンレンが巻き付き硬い石を突き破り、塔は今にも崩れ落ちそうな勢いで瓦礫を落とす。
 地響きを立てる中、ロルビィは叫んだ。
 まだ生きている人がいる?
 そんなの関係ない。
 今から戻す…………。
 全てを巻き戻す。
 黒龍ワグラは既に三度過去に戻っていると言っていた。これでユキト殿下の死は四度目と言う事だろう。
 時空の神はこうなると予想してたのか?
 知ってたのか!?
 だから一度だけ逃げていいと言ったのか!?
 俺も死んでしまいたい!!
 でも、チャンスがあるのなら、縋り付く。
 過去に戻りやり直す。
 リューダミロ王国で沢山人が死んだ。アーリシュリン兄が死んだ。公爵もシゼも死んでいた。
 ロルビィの心はギシギシと軋んで壊れそうだった。

「ああ!!痛い!痛い!何よコレぇ!?!?」

「…はぁ、ぐすっ……うるさい……………。」

 痛みで狂い叫ぶサグミラを、ロルビィは容赦なくレンレンで貫いた。

「………ぐぶっっ!!!」

 貫かれたサグミラは壁に張り付けられる。
 大量の蔦がサグミラを覆い、弾丸から発生した魔植と共に外から中から肉を裂いていった。
 レンレンの蔦は無数の棘を生やし、ロルビィの怒りに任せて増殖していく。
 鋭く尖った葉は肉を裂き、無数に生えた棘が骨をゴリゴリと削っていった。
 サグミラは聖女としての聖魔法師の治癒も使えるが、完全にロルビィの魔力に負けていた。

「そうだ、裏切り者がここにいるらしいんだけど、お前の仲間か?」

 パルが言っていた裏切り者もどうにかしないと。

「……知らない!知らない!!転移魔法でカーンドルテに行った奴がいるわ!そいつよ!そいつが悪者よ!」

 だからこの蔦を外して!
 叫ぶサグミラが煩いので口に魔植を突っ込んだ。
 
「魔女よ………、今はお前は殺さない。殺しても過去に戻ればお前はいるだろうから……。次に会ったときは殺す。その裏切り者も、………殺す。」
 
 その魂に刻んで覚えておけ………。
 ぼろぼろと涙を流しながら、まるで自分に言い聞かせる様にロルビィは言葉にした。
 貫かれた魔女はロルビィの輝く翡翠の瞳に射抜かれて動きを止めた。鮮やかに色を変えながらも、その瞳は深く絶望しその元凶となるサグミラを絡め取った。
 痛みも忘れてカタカタと身体が震え出す。
 今までサグミラの思い通りにならなかった人間はいなかった。皆んな魅了して操り食し殺してきた。
 こんな圧倒的な力で捩じ伏せてくる存在などいなかった。
 怖い、殺される。
 サグミラには次に殺すという意味は分からなかったが、次に会えば殺されるのだという事だけが理解出来た。

 ロルビィは震えて大人しくなった魔女に興味をなくしたかの様に、涙を溢しながら俯いた。
 過去に戻ってもまだ自分は産まれたばかりだろう。動ける様になったら捜さなければ……。
 
 ロルビィは優しくユキト殿下を抱き上げた。死んで力を無くした身体は重く、頭しか上げれない。
 それでも抱きしめて大切に抱え込んだ。
 口から頬から額から、血が流れ乾いている。
 ロルビィの涙が落ちて血に滲んだ。
 額と額をくっつけて過去に戻ると力を行使する。
 今日、沢山の人が死んだ。
 アーリシュリン兄も、公爵も、シゼも、リューダミロの人達も。
 でも何よりも今が辛い。
 命に序列をつけるなんて酷い話だけど、貴方が死ぬのが一番辛い。
 次こそは、約束を守るから。
 誰よりも、何よりも、貴方の側に。
 大好きだと言えなかった。
 自信がなくとも伝えとけば良かった。
 貴方が一番だよ。

 ロルビィの周りが輝き出す。
 白い光が辺りを覆い、景色が現実と異界を繋げていく。
 レンレンが草原の様に緑の絨毯を作り、少し離れた位置に大時計が出現した。
 今にも動こうとしていた針がピタリと止まり、軋む音を立てて回っていた歯車の回転が止まった。
 目の前にはかつて見た時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテが立っていた。あの日から一歩も動かずに立つ姿を、ロルビィは睨みつける。

「ねぇ、知ってたの?どの世界に行きたいとか、一度くらいなら過去も未来も行けるとか言ってたけど、本当はこうなるって知ってたの?」

『強制は出来ない。違う選択をするならば違う世界に行っていた。』

 ロルビィの目から涙が落ちる。

『そしてまた、この選択もお前が選んだ未来。』

 そうだな、神は強制していない。
 選ばせた。そして俺はお前が望む通りの事を選んだのだろう。
 
「あんたは俺に何を望んでるんだ?」

 時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテの表情は変わらない。
 銀の眼は伏せられ、虹色に輝く髪の後ろには、大時計と魂の大河が流れていた。
 空の大河は大きな流れを作り、いく筋もの光の波を作っている。時にはその波は外れては戻り、戻っては散ってを繰り返していた。
 黒龍ワグラが言った通り、大河は今溢れている様に感じた。

『簡単に言えば世界の作製。この世界はユキト・スワイデルの人生の流れによって大きく変わる。その想像力と実行力で魔導が発達し世界の流れが変わる。分岐は多く太く長い選択肢があるのに、ユキト・スワイデルは何故かいつも死を選択する。』

 ロルビィは眉を顰めた。

「別に自分で死んでるわけじゃないだろ?」

 今回だって魔女に殺されたのだ。後は間に合わなかった自分に。

『それを選んだのもまた自分自身。いくつもの分岐の結晶だ。ユキト・スワイデルの選択次第でこの世界は大きな生命溢れる世界となり、大河にせめぎ合う魂の拠り所となる。』

「俺に過去に戻ってユキト殿下を死なせるなって事?そして世界を作れって事?作れるまで何度も繰り返すのか?」

『それも可能性の一つ。お前が今から過去に戻すのも未来に針を進めるのも実際は負荷が大きい。今まで流れた全世界の魂を急流へ流すか、過去へ逆流させるかという必要に駆られる。その結果下手をしたら全く違う選択肢に流れ、更に魂の大河が混流する事になるやもしれん。もうこれで最後にする予定だ。』

 今も空に流れる魂は違う世界に流れ新しい命として誕生したり、死んだ肉体を離れ大河に戻ったりしている。
 今から俺が時間を巻き戻せば、それら魂も全て巻き戻される。
 全く知らない関係のない魂ばかりなのに、それら全てが巻き込まれるのだ。
 ユキト殿下も今四度目の死を迎えきっと大河に戻っているが、死んだ内容は全部違う。
 他の魂も過去に戻されるたびに少しずつ違う人生を歩んだ可能性があるのだろう。
 いつかそれが大きな過ちとなり、世界が滅ぶ可能性を生み出すとも限らない。
 時空の神が言いたいのは、そういう事だと理解した。
 
「なんで最初から頼まなかったの?」

『…………小鳥とお前を選んだ理由は私の眷属から聞いたはずだ。縁があれば出会う可能性は高い。死に別れる運命が辛くないとは言わない。だが、必要な選択になってくる。ユキト・スワイデルの死を知り、次は死なない人生を選ばせて欲しい。お前はあの魂が選んだ魂。』

 ユキト殿下が俺の魂を選んでる?
 俺が不思議そうな顔をすると、今から分かると言われた。
 白く淡く光は増し、時計台と魂の大河が光に飲まれ薄まっていく。

『過去に戻りやり直すか?』

 時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは尋ねた。

「……行くよ、過去に。」

 そして次こそはユキト殿下を助けるという約束を守る。
 ロルビィは目を瞑り、そっと口づけた。
 止まった時は巻き戻る。
 針は左に回り、魂の大河は逆流する。
 ロルビィの意識は薄れ、身体が軽くなるのを感じた。









 白の光が増し景色が白に染まり出す中、人型に戻った黒龍ワグラと肩に止まる小鳥は、静かにユキトを抱きしめるロルビィと時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテの会話を聞いていた。
 ロルビィは過去に戻る選択をした。
 硬く睫毛を落とし、愛しい人と額をくっつけて動かなくなった。
 睫毛は涙で濡れ、次にその翡翠の瞳が開くのは過去に戻った時だろう。
 
 小鳥の体毛が空気をはらむ。
 
「小鳥も行くのか?」
 
「ピッ。」

 小鳥も決意した。
 小鳥の好きな主人の為に、神から貰った力を使う。

「役目が終われば私の元へ戻って来い。」

 黒龍ワグラは小鳥の小さな嘴にキスを送り、言霊を乗せる。魂を繋ぎ、大河に流されぬ様、縁を繋いだ。

「ピッ!」

 力強く小鳥は鳴いて、ロルビィの下へ飛んだ。
 ロルビィはピクリとも動かない。
 瞼は硬く閉ざされ夢を見ているかの様だ。
 ユキト殿下を抱き締めたロルビィの周りには、レンレンがピンクの花を咲かせサワサワと揺らいでいた。
 
 レンレンと小鳥は主人の為に決意する。
 レンレンはロルビィの身代わりになると。
 レンレンに目も口も無いが、その意思は小鳥に伝わった。
 じゃあ……、と小鳥は考える。何をすれば主人が次の生で幸せになれるかと。
 ロルビィが抱きしめたユキトの手元には、魔銃とまだ使われていない弾丸が散らばっていた。
 心を決めた。
 小鳥は主人の大事な人の弾丸に入った。
 小鳥の身体はポトリと倒れ、近寄った黒龍ワグラが大事に抱えた。
 小鳥の魔力が二人に羽となって降り注ぐ。
 草原となったレンレンの花が散って、桃色の花弁がロルビィを守る様に渦を巻いた。
 祈りを込めて、フワリフワリと羽と花弁が舞い降りる中、黒龍ワグラは静かにロルビィとユキトを見下ろした。

 祈らずにはいられない。
 どうか次の生が幸せであります様にと……。














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