16 / 28
第一章 清純派聖女、脱出する
#16 聖女、夢を見る。
しおりを挟む
カレンがいつも通り立派な礼拝堂の脇の螺旋階段をランプ片手に下りていく。
一段、一段と降りていくのにつれて空気がどんどんシンと冷たく重たくなって、地下の国立図書館に辿り着く。
ほとんどの国民に忘れられただろうその図書館は、いつでも彼女を静かに迎え入れた。明るければその素晴らしい天井の絵画や木製の棚の装飾が見えるのだけれど、備え付けの魔法灯は久しく本来の仕事をしていなくて埃かぶっている。
今日はどこの間に閉じこもろうかと考えながら宮殿の地下一体に広がる迷路のような図書館を我が物顔でカレンは進んでいくが、ふと、今は何時だと足を止める。
あまり奥まで行くと侍女たちがカレンを見つけられずイッシュが出動する羽目になって、そうするとこの広い広い図書館で鬼ごっこが始まったりなんかして。でも探される理由が食事ができたからならばはやく戻らなくてはいけない。
侍女たちの隠しきれない悲しそうな顔を見るのはカレンも嫌だった。
そうだ、食事。誰かと一緒に食事をしたり、食事をながら話をしたりするのはいつぶりだっただろうか。
カレンは何の気なしに左手前の間に足を向けランプを掲げると、そこには一冊の本に指をかける人影があった。こちらに気付いてゆっくりとこちらを振り向く。
(なんでセムが?)
あちらも不思議そうにこちらを見ている。
首を限界まで傾げても足りなくて、カレンが体ごと傾くと手からランプが滑り落ちた。
硝子の飛び散る音と同時に大理石の床に火が燃え広がって二人を分かつ。
「セム!!」
焦ったカレンが踏み出した一歩が床を突き抜ける。床が崩れ落ちていくので一緒に体勢を崩し、伸ばした手が宙を彷徨う。
セムはその間ぴくりとも表情を変えなかった。
***
「はっっっ!!」
カレンはベッドの上、起き上がって周りを急いで見渡す。
知らない部屋、いや、今日セムと入った宿のベッドの上だと気づいて荒い息のまま胸を撫でおろした。
もう一度ベッドに倒れて、目線だけで確認した時計はあれから長い針が一周しないくらいだ。カレンはセムの気配はどこにもなくて安心したような、不安になるような気分になる。
でもやっぱり、セムの話は耳が痛くてカレンは聞いていられなかった。額に当てた腕越しにセムの上着もないのを確認してどこかへ出かけたんだと気づく。机の上には女将さんから渡された紙袋が二つ並んでいて、そういえば宿主にもと言われていたことを思い出した。
セムがいないのに手を出すのは気が引ける。でも宿主の分は少しでも早く持って行った方が良いだろうと思って、カレンは勢いを付けて反動で起き上がった。
「すみませーん」
遠慮がちに一階に降りて受付の中に声をかけると昼間と変わらない気だるげな返事と一緒に男が出てくた。
しかし味の感想と礼を言いながら紙袋を渡せば宿主はそれを嬉しそうに受け取って、昼間の様子からは想像もつかないような歯切れの良い笑い方をした。
「王都の人間の口にも合ったか、そりゃあさぞあの女将さん喜んだだろ」
「あ、いや、」
カレンは誤魔化すのが下手くそだ。王都の人間、と言い当てられて肩を上げた。
あまりに言い淀むので宿主がどうしたと聞くとと、カレンは正直に観光客のふりをしたことを白状する。カレンたちが訳アリだと察した宿主はすぐに柔らかな顔になって「じゃあ黙っといてやるかな」と冗談めかして言った。
「あ、あの、」
「なんで分かったかってか?」
宿主がニヤリと眉を上げてカレンの言葉を先回りする。
「まあこの祭り騒ぎに興味がない観光客はいないだろうけどな、一番はお嬢さんたちの歩き方だな」
腕を組んで得意げに続けるのをカレンは眉をひそめて聞いていた。そんなに簡単にバレてしまっていたら、国外まで逃げおおせるのは難しいだろう。
そんなカレンの様子には気付かず宿主は上機嫌にそこそこの力でカウンターの中にある機械をバンバンと叩いた。
「なにせ、なけなしの金でこの魔動システムを入れちまったもんでな! 暇で暇で仕方ないんだ。 暇つぶしと言えば客やら通行人をぼーっと見てることくらいのもんでよ。 さっきお嬢さんの連れてたあんちゃんが出てったけど、ありゃ相当腕の立つボディガードだろ。 歩き方が怖いったらありゃしなかったぜ」
お嬢さん何しでかしたんだ? と宿主が器用に眉を動かしながら聞く。が、大抵一つのことで頭がいっぱいになってしまうカレンの耳にはもう何も入っていかなかった。
カレンがぱあっと顔を明るくして受付に身を乗り出す。
「あいつ、怒ってたのか?」
「ん? お、おう」
「そうか、そうだよな! ありがとう少し出てくる」
「おい、もう暗いから――」
カレンの頭からはバレるだとかバレないだとか、そんなことはきれいさっぱりすっぽ抜けていた。
ただただセムもなんやかんや言いながら怒ってたんじゃないかと、そのためにわざわざ出かけてるじゃないかと分かって飛び跳ねたい気分になる。
宿主の忠告は風の如く走り出したカレンには届かなかった。
一段、一段と降りていくのにつれて空気がどんどんシンと冷たく重たくなって、地下の国立図書館に辿り着く。
ほとんどの国民に忘れられただろうその図書館は、いつでも彼女を静かに迎え入れた。明るければその素晴らしい天井の絵画や木製の棚の装飾が見えるのだけれど、備え付けの魔法灯は久しく本来の仕事をしていなくて埃かぶっている。
今日はどこの間に閉じこもろうかと考えながら宮殿の地下一体に広がる迷路のような図書館を我が物顔でカレンは進んでいくが、ふと、今は何時だと足を止める。
あまり奥まで行くと侍女たちがカレンを見つけられずイッシュが出動する羽目になって、そうするとこの広い広い図書館で鬼ごっこが始まったりなんかして。でも探される理由が食事ができたからならばはやく戻らなくてはいけない。
侍女たちの隠しきれない悲しそうな顔を見るのはカレンも嫌だった。
そうだ、食事。誰かと一緒に食事をしたり、食事をながら話をしたりするのはいつぶりだっただろうか。
カレンは何の気なしに左手前の間に足を向けランプを掲げると、そこには一冊の本に指をかける人影があった。こちらに気付いてゆっくりとこちらを振り向く。
(なんでセムが?)
あちらも不思議そうにこちらを見ている。
首を限界まで傾げても足りなくて、カレンが体ごと傾くと手からランプが滑り落ちた。
硝子の飛び散る音と同時に大理石の床に火が燃え広がって二人を分かつ。
「セム!!」
焦ったカレンが踏み出した一歩が床を突き抜ける。床が崩れ落ちていくので一緒に体勢を崩し、伸ばした手が宙を彷徨う。
セムはその間ぴくりとも表情を変えなかった。
***
「はっっっ!!」
カレンはベッドの上、起き上がって周りを急いで見渡す。
知らない部屋、いや、今日セムと入った宿のベッドの上だと気づいて荒い息のまま胸を撫でおろした。
もう一度ベッドに倒れて、目線だけで確認した時計はあれから長い針が一周しないくらいだ。カレンはセムの気配はどこにもなくて安心したような、不安になるような気分になる。
でもやっぱり、セムの話は耳が痛くてカレンは聞いていられなかった。額に当てた腕越しにセムの上着もないのを確認してどこかへ出かけたんだと気づく。机の上には女将さんから渡された紙袋が二つ並んでいて、そういえば宿主にもと言われていたことを思い出した。
セムがいないのに手を出すのは気が引ける。でも宿主の分は少しでも早く持って行った方が良いだろうと思って、カレンは勢いを付けて反動で起き上がった。
「すみませーん」
遠慮がちに一階に降りて受付の中に声をかけると昼間と変わらない気だるげな返事と一緒に男が出てくた。
しかし味の感想と礼を言いながら紙袋を渡せば宿主はそれを嬉しそうに受け取って、昼間の様子からは想像もつかないような歯切れの良い笑い方をした。
「王都の人間の口にも合ったか、そりゃあさぞあの女将さん喜んだだろ」
「あ、いや、」
カレンは誤魔化すのが下手くそだ。王都の人間、と言い当てられて肩を上げた。
あまりに言い淀むので宿主がどうしたと聞くとと、カレンは正直に観光客のふりをしたことを白状する。カレンたちが訳アリだと察した宿主はすぐに柔らかな顔になって「じゃあ黙っといてやるかな」と冗談めかして言った。
「あ、あの、」
「なんで分かったかってか?」
宿主がニヤリと眉を上げてカレンの言葉を先回りする。
「まあこの祭り騒ぎに興味がない観光客はいないだろうけどな、一番はお嬢さんたちの歩き方だな」
腕を組んで得意げに続けるのをカレンは眉をひそめて聞いていた。そんなに簡単にバレてしまっていたら、国外まで逃げおおせるのは難しいだろう。
そんなカレンの様子には気付かず宿主は上機嫌にそこそこの力でカウンターの中にある機械をバンバンと叩いた。
「なにせ、なけなしの金でこの魔動システムを入れちまったもんでな! 暇で暇で仕方ないんだ。 暇つぶしと言えば客やら通行人をぼーっと見てることくらいのもんでよ。 さっきお嬢さんの連れてたあんちゃんが出てったけど、ありゃ相当腕の立つボディガードだろ。 歩き方が怖いったらありゃしなかったぜ」
お嬢さん何しでかしたんだ? と宿主が器用に眉を動かしながら聞く。が、大抵一つのことで頭がいっぱいになってしまうカレンの耳にはもう何も入っていかなかった。
カレンがぱあっと顔を明るくして受付に身を乗り出す。
「あいつ、怒ってたのか?」
「ん? お、おう」
「そうか、そうだよな! ありがとう少し出てくる」
「おい、もう暗いから――」
カレンの頭からはバレるだとかバレないだとか、そんなことはきれいさっぱりすっぽ抜けていた。
ただただセムもなんやかんや言いながら怒ってたんじゃないかと、そのためにわざわざ出かけてるじゃないかと分かって飛び跳ねたい気分になる。
宿主の忠告は風の如く走り出したカレンには届かなかった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる