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第一章 清純派聖女、脱出する
#16 聖女、夢を見る。
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カレンがいつも通り立派な礼拝堂の脇の螺旋階段をランプ片手に下りていく。
一段、一段と降りていくのにつれて空気がどんどんシンと冷たく重たくなって、地下の国立図書館に辿り着く。
ほとんどの国民に忘れられただろうその図書館は、いつでも彼女を静かに迎え入れた。明るければその素晴らしい天井の絵画や木製の棚の装飾が見えるのだけれど、備え付けの魔法灯は久しく本来の仕事をしていなくて埃かぶっている。
今日はどこの間に閉じこもろうかと考えながら宮殿の地下一体に広がる迷路のような図書館を我が物顔でカレンは進んでいくが、ふと、今は何時だと足を止める。
あまり奥まで行くと侍女たちがカレンを見つけられずイッシュが出動する羽目になって、そうするとこの広い広い図書館で鬼ごっこが始まったりなんかして。でも探される理由が食事ができたからならばはやく戻らなくてはいけない。
侍女たちの隠しきれない悲しそうな顔を見るのはカレンも嫌だった。
そうだ、食事。誰かと一緒に食事をしたり、食事をながら話をしたりするのはいつぶりだっただろうか。
カレンは何の気なしに左手前の間に足を向けランプを掲げると、そこには一冊の本に指をかける人影があった。こちらに気付いてゆっくりとこちらを振り向く。
(なんでセムが?)
あちらも不思議そうにこちらを見ている。
首を限界まで傾げても足りなくて、カレンが体ごと傾くと手からランプが滑り落ちた。
硝子の飛び散る音と同時に大理石の床に火が燃え広がって二人を分かつ。
「セム!!」
焦ったカレンが踏み出した一歩が床を突き抜ける。床が崩れ落ちていくので一緒に体勢を崩し、伸ばした手が宙を彷徨う。
セムはその間ぴくりとも表情を変えなかった。
***
「はっっっ!!」
カレンはベッドの上、起き上がって周りを急いで見渡す。
知らない部屋、いや、今日セムと入った宿のベッドの上だと気づいて荒い息のまま胸を撫でおろした。
もう一度ベッドに倒れて、目線だけで確認した時計はあれから長い針が一周しないくらいだ。カレンはセムの気配はどこにもなくて安心したような、不安になるような気分になる。
でもやっぱり、セムの話は耳が痛くてカレンは聞いていられなかった。額に当てた腕越しにセムの上着もないのを確認してどこかへ出かけたんだと気づく。机の上には女将さんから渡された紙袋が二つ並んでいて、そういえば宿主にもと言われていたことを思い出した。
セムがいないのに手を出すのは気が引ける。でも宿主の分は少しでも早く持って行った方が良いだろうと思って、カレンは勢いを付けて反動で起き上がった。
「すみませーん」
遠慮がちに一階に降りて受付の中に声をかけると昼間と変わらない気だるげな返事と一緒に男が出てくた。
しかし味の感想と礼を言いながら紙袋を渡せば宿主はそれを嬉しそうに受け取って、昼間の様子からは想像もつかないような歯切れの良い笑い方をした。
「王都の人間の口にも合ったか、そりゃあさぞあの女将さん喜んだだろ」
「あ、いや、」
カレンは誤魔化すのが下手くそだ。王都の人間、と言い当てられて肩を上げた。
あまりに言い淀むので宿主がどうしたと聞くとと、カレンは正直に観光客のふりをしたことを白状する。カレンたちが訳アリだと察した宿主はすぐに柔らかな顔になって「じゃあ黙っといてやるかな」と冗談めかして言った。
「あ、あの、」
「なんで分かったかってか?」
宿主がニヤリと眉を上げてカレンの言葉を先回りする。
「まあこの祭り騒ぎに興味がない観光客はいないだろうけどな、一番はお嬢さんたちの歩き方だな」
腕を組んで得意げに続けるのをカレンは眉をひそめて聞いていた。そんなに簡単にバレてしまっていたら、国外まで逃げおおせるのは難しいだろう。
そんなカレンの様子には気付かず宿主は上機嫌にそこそこの力でカウンターの中にある機械をバンバンと叩いた。
「なにせ、なけなしの金でこの魔動システムを入れちまったもんでな! 暇で暇で仕方ないんだ。 暇つぶしと言えば客やら通行人をぼーっと見てることくらいのもんでよ。 さっきお嬢さんの連れてたあんちゃんが出てったけど、ありゃ相当腕の立つボディガードだろ。 歩き方が怖いったらありゃしなかったぜ」
お嬢さん何しでかしたんだ? と宿主が器用に眉を動かしながら聞く。が、大抵一つのことで頭がいっぱいになってしまうカレンの耳にはもう何も入っていかなかった。
カレンがぱあっと顔を明るくして受付に身を乗り出す。
「あいつ、怒ってたのか?」
「ん? お、おう」
「そうか、そうだよな! ありがとう少し出てくる」
「おい、もう暗いから――」
カレンの頭からはバレるだとかバレないだとか、そんなことはきれいさっぱりすっぽ抜けていた。
ただただセムもなんやかんや言いながら怒ってたんじゃないかと、そのためにわざわざ出かけてるじゃないかと分かって飛び跳ねたい気分になる。
宿主の忠告は風の如く走り出したカレンには届かなかった。
一段、一段と降りていくのにつれて空気がどんどんシンと冷たく重たくなって、地下の国立図書館に辿り着く。
ほとんどの国民に忘れられただろうその図書館は、いつでも彼女を静かに迎え入れた。明るければその素晴らしい天井の絵画や木製の棚の装飾が見えるのだけれど、備え付けの魔法灯は久しく本来の仕事をしていなくて埃かぶっている。
今日はどこの間に閉じこもろうかと考えながら宮殿の地下一体に広がる迷路のような図書館を我が物顔でカレンは進んでいくが、ふと、今は何時だと足を止める。
あまり奥まで行くと侍女たちがカレンを見つけられずイッシュが出動する羽目になって、そうするとこの広い広い図書館で鬼ごっこが始まったりなんかして。でも探される理由が食事ができたからならばはやく戻らなくてはいけない。
侍女たちの隠しきれない悲しそうな顔を見るのはカレンも嫌だった。
そうだ、食事。誰かと一緒に食事をしたり、食事をながら話をしたりするのはいつぶりだっただろうか。
カレンは何の気なしに左手前の間に足を向けランプを掲げると、そこには一冊の本に指をかける人影があった。こちらに気付いてゆっくりとこちらを振り向く。
(なんでセムが?)
あちらも不思議そうにこちらを見ている。
首を限界まで傾げても足りなくて、カレンが体ごと傾くと手からランプが滑り落ちた。
硝子の飛び散る音と同時に大理石の床に火が燃え広がって二人を分かつ。
「セム!!」
焦ったカレンが踏み出した一歩が床を突き抜ける。床が崩れ落ちていくので一緒に体勢を崩し、伸ばした手が宙を彷徨う。
セムはその間ぴくりとも表情を変えなかった。
***
「はっっっ!!」
カレンはベッドの上、起き上がって周りを急いで見渡す。
知らない部屋、いや、今日セムと入った宿のベッドの上だと気づいて荒い息のまま胸を撫でおろした。
もう一度ベッドに倒れて、目線だけで確認した時計はあれから長い針が一周しないくらいだ。カレンはセムの気配はどこにもなくて安心したような、不安になるような気分になる。
でもやっぱり、セムの話は耳が痛くてカレンは聞いていられなかった。額に当てた腕越しにセムの上着もないのを確認してどこかへ出かけたんだと気づく。机の上には女将さんから渡された紙袋が二つ並んでいて、そういえば宿主にもと言われていたことを思い出した。
セムがいないのに手を出すのは気が引ける。でも宿主の分は少しでも早く持って行った方が良いだろうと思って、カレンは勢いを付けて反動で起き上がった。
「すみませーん」
遠慮がちに一階に降りて受付の中に声をかけると昼間と変わらない気だるげな返事と一緒に男が出てくた。
しかし味の感想と礼を言いながら紙袋を渡せば宿主はそれを嬉しそうに受け取って、昼間の様子からは想像もつかないような歯切れの良い笑い方をした。
「王都の人間の口にも合ったか、そりゃあさぞあの女将さん喜んだだろ」
「あ、いや、」
カレンは誤魔化すのが下手くそだ。王都の人間、と言い当てられて肩を上げた。
あまりに言い淀むので宿主がどうしたと聞くとと、カレンは正直に観光客のふりをしたことを白状する。カレンたちが訳アリだと察した宿主はすぐに柔らかな顔になって「じゃあ黙っといてやるかな」と冗談めかして言った。
「あ、あの、」
「なんで分かったかってか?」
宿主がニヤリと眉を上げてカレンの言葉を先回りする。
「まあこの祭り騒ぎに興味がない観光客はいないだろうけどな、一番はお嬢さんたちの歩き方だな」
腕を組んで得意げに続けるのをカレンは眉をひそめて聞いていた。そんなに簡単にバレてしまっていたら、国外まで逃げおおせるのは難しいだろう。
そんなカレンの様子には気付かず宿主は上機嫌にそこそこの力でカウンターの中にある機械をバンバンと叩いた。
「なにせ、なけなしの金でこの魔動システムを入れちまったもんでな! 暇で暇で仕方ないんだ。 暇つぶしと言えば客やら通行人をぼーっと見てることくらいのもんでよ。 さっきお嬢さんの連れてたあんちゃんが出てったけど、ありゃ相当腕の立つボディガードだろ。 歩き方が怖いったらありゃしなかったぜ」
お嬢さん何しでかしたんだ? と宿主が器用に眉を動かしながら聞く。が、大抵一つのことで頭がいっぱいになってしまうカレンの耳にはもう何も入っていかなかった。
カレンがぱあっと顔を明るくして受付に身を乗り出す。
「あいつ、怒ってたのか?」
「ん? お、おう」
「そうか、そうだよな! ありがとう少し出てくる」
「おい、もう暗いから――」
カレンの頭からはバレるだとかバレないだとか、そんなことはきれいさっぱりすっぽ抜けていた。
ただただセムもなんやかんや言いながら怒ってたんじゃないかと、そのためにわざわざ出かけてるじゃないかと分かって飛び跳ねたい気分になる。
宿主の忠告は風の如く走り出したカレンには届かなかった。
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