清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#17 聖女、出くわす。①

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 カレンはとりあえず件の診療所の辺りまで戻ってきた。

 さすがに一時間も経っているので、手前の路地からひょっこり覗いてみてもそこにセムの姿はない。それどころか診療所の明かりは既に落とされていて今日はもう閉院したようだった。

 困った、とカレンは壁に背中を預けて腕を組む。街灯は灯っていても町は薄暗いし、メインストリートの方に出れば明るいだろうが飲み食いする客でごった返していてそれはそれで人探しに向かない。

 やむくもに探してもらちが明かないのだけは分かるのだが、出会って日の浅いカレンにはセムがこういうときどこに向かうかさっぱり分からなかった。

 どうしようかと悩んでいると、気温の下がり始めた町では物音が良くその耳に入って来て、診療所の方からドアノブが回る音を確かにカレンは聞いた。

「なんだ? うおっと」

 もう一度覗いてみようと身を乗り出すと自分の目の高さより低い人影がぶつかって来て少しよろめく。相手の方は完全に尻もちをついた。

「っばっか!」
「ごごごめなさ」

 焦りの滲み出る幼い声。

 カレンとぶつかった相手の抱える袋から何かの小瓶が二つほど転がり落ちて、それをカレンは拾おうとする。
 相手もまた同時に手を伸ばしていたけれど、指が小瓶に触れる前にその手はまた違う手に乱暴に掴まれ引っ張られていった。

「お、あ、すまん……」

 カレンの謝る言葉は届くことなく、十歳にもなっていなさそうな子供三人分の後ろ姿が人混みの方とは逆方向に走って行く。

「なんだ? ほんとに」

 気を取り直して拾い上げた小瓶には丁寧にラベルが張ってあって、中いっぱいに白い錠剤が入っている。カレンはそれを手の中で転がしながらんーと唸ったあと、頭の中のデータベースをざっとさらって鎮痛剤、と呟いた。

 次の瞬間カレンの眉が上がる。
 その鎮痛剤はそのきつい効き目から子供に処方されることはない。カレンは一瞬診療所の方を見て迷ったけれど、地面に落ちた小瓶を全て拾ってから走り出した。


      ***


 人のいない道を縫って縫って、両手いっぱいに盗んだ薬品類を抱えた少年たちはようやく町を出て森に紛れ込んだ。ここまでくればもう彼らの領分で、町の住人でも夜道で迷わないのは難しいほど奥まで入ってから彼らは崩れるように足を止めた。

 少年三人組のうちの一人、町でカレンとぶつかった少年は安堵からか罪悪感からかほろほろと泣き出してしまい、その頭にずっと先頭を走っていた少年が握りこぶしを振り下ろした。

「おっまえなぁぁぁぁ!!」
「やめろよアレフ!」

 三人目の少年が止めに入って、もう一発分拳を上げていたアレフはぐっと堪える。それからずるずると地べたまで臥せっていった。

「ほんと、お前なぁ……」

 力の抜けたアレフにわんわん泣きながら謝り続けているのがカフ、二人を見比べながら自分だけは冷静であろうとしているのがテットという名の少年である。

 カフがある程度泣き止むまで二人は町の人工的な明かりの全くない、解放された森の中で寝っ転がって空を見上げた。強い光を放つ星が一つ二つ、もう輝いていた。

 しばらくして、よっ、なんて勢いを付けてこの三人のリーダーらしいアレフが上半身を起こして言う。

「じゃあ俺、あのくそババアにさっさと渡しに行ってくるわ。 ぜってぇ今頃遅いって騒いでるぜ」

 心底嫌そうな顔でアレフが袋の中をより分けていく。それをテットもいつぞやに観光客からくすねたライトを出して手伝うので、カフも何かできないかと手を伸ばしたがアレフが怒鳴る声に委縮してすぐ止めた。

「アレフ、これは?」
「あ? あー」

 アレフは懐から取り出した紙とテットが差し出した小瓶を見比べて、最後には紙をぐしゃぐしゃに丸め投げ捨てた。

「分かんねぇ!! 分かんねえやつは半分ババアにくれてやればいいだろ」

 文字の読めない彼らには小瓶のラベルは何かしらの記号の羅列でしかなく、似た文字は判別がつかない。しばらくそうやってごそごそと仕分け、半分やけくそに袋の口を縛ってからアレフは立ち上がった。

「お前らこっから帰れるよな」
「うん」
「じゃあそっちは頼んだぞ。 最後まで気を抜くなよ」

 指をさして二人に念を押したアレフが袋を持って二人から離れていく。その後ろ姿は兄貴分らしくかっこいいのに、ライトに目が慣れてしまったせいで夜目が効かず十メートルもいかないうちに木の根っこに引っかかって危うく袋を落としかけた。

 ブン、と風を切る勢いでアレフが振り返るから残されたテットたちは二人とも同じ勢いで顔を背けるしかない。見られていなかったと安心してまた進みだすアレフの姿が暗闇の中に消えてから、テットは吹き出した。

「あーいうとこ、アレフの良いとこだよね」
「テットぉ」
「ん、なに?」

 まだ鼻をすすり上げている途中のカフが目をその汚い服で擦ろうとするのでテットがやんわりと手で止める。

「ご、ごめ、僕のせいで」
「っはは、焦ったねー。 あれはミアさんも悪いよ。 約束の時間の半分もあのやぶ医者の足止めしてくれないんだもん」

 テットがぱさっと地面に一度寝そべって大きく伸びをする。その胸は達成感が満ちていた。

 ミアとこの少年たちはグルだったのだ。夜には防犯システムが作動してしまうので女性が蹴られ殴られして囮になっているうちに彼らが裏からこっそり侵入し、備品をごっそりいただく予定だった。

 ところがカフがもたついている間にさっさと医者は戻ってきてしまい、彼らは咄嗟に床下収納の底を外して入り込んだ。パンパンになった袋三つと三人がそこでずっと息を潜めているにはあまりにそこは狭かったが、今日が祭りで早々に医者が飲みに行ってしまったのが幸いだった。

 あの医者は薬品の点検なんてめったにしないし、セキュリティはケチって薬品棚と金庫にしかなく脱出は容易だったけれどやはりここまで逃げておおせるまでは生きた心地はしなかった。

「よしっ」

 アレフと同じようにテットも勢いを付けて立ち上がる。

「早く帰ってメムに薬をやろう」

 カフが何度もうなずいてテットの手を取った。大きい方の袋を片手で抱えながらテットはカフの手を引いて、迷わず真っ直ぐに彼らの家へと帰っていった。
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