香りに落ちてく

からどり

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 日曜日。ユズルは柔軟剤みたいな良い匂いを漂わせて俺の家に来た。

「ユウヘイ」

玄関に上がると、不安で探るような目を俺に向けるユズル。俺は髪がグシャグシャになるくらい撫でてやった。

「ったく、行動力はある癖に会話力はないな。普通はな、こんにちはと挨拶するんだよ」

「こんにちは」

「おう。こんにちは。上がれよ。まずは茶でも飲もうぜ」

「うん」

二人で床に座ってペットボトルのお茶を飲む。

「ユズル、マーキングを消したら、昼飯は焼き肉行くぞ。食べ放題だ」

俺はストレートに伝えた。回りくどいのは苦手だから、ズバッと言う。

「……ユウヘイ、俺、初めて人を好きになったんだ。気持ちに気づいたのは、お父さんが塾の迎えをしてくれるようになって、二ヶ月も会えなくなって辛かった時からだ」

「あの時な。あの時は、俺も本音を言えば寂しかった。」

「お父さんがさ、家族の時間を作るようにするって土日も家にいて、ユウヘイの家に行けなくなってた。兄貴が部屋の中にいると電話してうるさくしたら怒るし、電話もできなかった」

「俺も電話しようか迷った。でもユズルが家族や友だちと仲良くしてるんだろうなって思って、俺が邪魔しちゃ悪いと連絡しなかった」

「俺が学校から脱走した日を覚えてるか?」

「おう。覚えてるぞ。あの時な。お前、学校で魅了魔法を習って、それを俺に使っただろ」

ユズルは開き直ったのか、ニヤリと笑うだけだった。

「はー、まあいい。それより、あの後、学校とか本当に大丈夫だったのか?」

あの日、親父に迎えに来てもらうって言ったから、玄関で見送った。
翌日に熱を出して、ユズルがちゃんと帰れたか、学校にはちゃんと相談したかと聞く電話もできなかった。

「迎えに来てくれた父さんに相談したんだ。魔法を使うと臭うって、皆に嫌がられるって。そしたら学校の指導がおかしいってお父さんが怒って、市内の別の学校に転校することになった。今、手続き中だけど、あれから学校に行ってない」

中途半端な時期に転校するのは心配だが、ユズルの両親がしっかり守ろうと行動してることだから、なにも出来ない俺は信じるしかない。

「ん、じゃあ、なんで俺と会った日、駅にいたんだ。お前がナンパされてた日だよ」

「あの日は、魔法の専門家の人の所で検査してもらった帰りだ」

思い返せば、あの日のユズルは私服だった気がする。

「検査の結果を昨日もらったんだ。俺の魔力は魅了型で、魔力を使わずに溜め込むと魅了フェロモンに変換される。魅了フェロモンも溜め込みすぎると魔力管から勝手に出てくる」

「そのフェロモンが、あー、お前が気にしてたあの独特の香りか。俺は好きだからな。あの香り」

できるだけユズルを傷つけないような言い方を探る。

「魅了フェロモンは人に好かれる匂いで、一斉に人から嫌われる匂いじゃないらしい。臭いって言われたのは、塾や学校ばかりで遊びに行けない欲求不満やストレスが溜まったせいで、魅了フェロモンに影響が出たんじゃないかと先生が言っていた」

「なるほどな」

魔法は精神面の影響が強いって聞くし。魔法が使えない俺も、体調とか食べ物で自分の息が臭いって感じる日があるし。

「うん。俺の魔力量が高すぎるせいだから、これからは適度に魔法を使ったり、上手にストレス発散しましょうって先生に言われた」

ユズルは俺の事をじっと見た。大きな体の割には媚びてくる目だ。

「だけど、俺、あの嫌われる匂いが本当の魅了フェロモンだと思ってる。だってユウヘイさんが好きだって言ってくれる匂いだし、落ち着いて考えたら、俺の匂いが嫌いだって言った奴等、俺も嫌いだった」

やっぱり重いぞユズル。
俺は額を押さえた。

「あのな、ユズル。匂いが出るのは仕方ない。匂いとマーキングは別だ。匂いの話で有耶無耶にしようとしても駄目だ」

不満な顔したって駄目だ。ここできっちり言っておかないとな。

「いいか。魅了魔法は危険なのは学校で習ったな?お前は単に好きな証でつけたんだろうが、マーキングされた翌日、俺は体の抵抗が起きて寝込んじまったんだぞ。電話でも言ったが、模様があることに気づかないで出勤して、同僚にタトゥーしたのかって言われるまで気づかなかったんだ。取引先で言われたら仕事にならなかったぞ」

「ごめんなさい」

俺が体調を崩したと言った途端にシュンと萎れ、大きな体を小さく丸めた。

「ユズルが大人になって、そうだな、ユズルの成人する歳の誕生日だ。その時に俺の事が好きなら恋人になる。それまでにお前が好きな人を作ったり、恋人ができても口は出さない」

「ユウヘイは、ユウヘイも恋人作ったりするんだろ」

「作らない。俺はこう見えて一途なんだよ。数年くらい待てる」

「お店のお姉さんに会いに行くんじゃ……」

頭の中、お店のお兄さんだが、ロイ君を中心にした雄っパブメンバーが手招きしてきて、頭を振って追い払った。

「行かない」

「本当に?」

「本当だ」

「じゃあユウヘイ以外は俺も作らない」

「お前は青春しとけ。おっさんの俺と付き合ってから、モテてる内に可愛い女の子と付き合っておけばよかったって思うから」

モテた時代がないから分からないが、キラキラの青春は今も憧れる。

「思わない。ユウヘイと青春する。恋人と一緒に過ごすのだって青春だろ」

「せめて友だち達と遊ぶとか旅行とかしろよ」

「ユウヘイこそ俺の事ちゃんと見てくれ。友だちとか彼女の話しなんかしてない。それを欲しいと思うかは俺が決める。今、俺が欲しいのはユウヘイの隣だ」

「だから、大人になるまで隣をあけとくから」

「大人になってからと今と何が違うんだよ。今の俺を見てくれ。ちゃんと俺だって恋愛のこと分かってる。付き合ってる間にユウヘイが、俺より好きな相手が出来たら俺も身を引く。俺にもっと好きな人が出来たらユウヘイと別れる。手を繋いでデートして、UFOキャッチャーでカッコいいとこも見せたい。自転車をこいでキャンプに出かけたり、クリスマスで初めてのキスしたい。年齢関係なく、恋人が出来たらすることは一緒だろ。女の子との恋愛と何が違うんだ。なんで女の子ばっかり押し付けるんだ。ユウヘイが男と付き合いたくないならハッキリ言ってくれ」

 ガツンと頭を殴られた気分だ。恋人になったら体を重ねることしか知らない俺に、ユズルが恋人を教えてくれた。
 知ってたはずなのに、大人の経験しかないから0か10でしか考えてなかった。
 14歳ユズルに合わせさせるんじゃなくて、27歳ユズル恋人の成長に合わせて1からゆっくり付き合えばいいだけだった。

「はあー」

長い、長い溜息が出た。
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