香りに落ちてく

からどり

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 長い長いため息が出た。誰かのためにこんなに悩んで答えを出したのは初めてだ。

「大人になるのを待つって撤回するぞ」

「なんで」

俺が言葉足らずだから、ユズルの顔が青くなり動かなくなった。

「俺は男が好きだよ。大好きだ。しかも臭いフェチで、ユズルの臭いが今まで付き合った相手と比べても最高に好きだ。だから一緒に青春させてくれ。俺はユズルと恋人になる」

「|《うそなんじゃ》」

「お前に嘘ついてどうする」

小声で呟かれた声に返事を返す。それでもごにょごにょ動く口にキスしてやろうかと思ったが、クリスマスデートまで我慢してやる。

「ユズル」

俺が腕を広げるとユズルは亀みたいな動きで抱きついてきた。

「絶対、マーキング消さない」

「それは消してくれ」

「頬じゃなくて手の甲につければ良いか?」

「そこも目立つだろ」

「じゃあ、肩」

「なんで肩なんだ?」

マーキングの定番キスマークは、胸とか首筋。魔法のマーキングだってそこになるんじゃないのか。

「マンガで、チームの名前を肩に彫ってるキャラがいたから」

漫画か。ユズルも漫画を読むんだな。

「肩かー。ちゃんと半袖で隠れる部分にしてくれよ」

「うん」

ユズルが俺の頬に手を添えた。熱い感触の中に冷たいものが流れた。

「ちゃんと消したか」

「うん、鏡見てくるか?」

「ユズルが消したって言うなら信じる」

今は離れたくない。信じて、確認なんてあと回しだ。

「肩にマーキングする」

なぜか離れることなく抱きつき、腕を背中に回してきた。

「肩だろ?肩にキスするんじゃないのか」

「これで大丈夫」

釈然としないが、マーキングを消すのは手でしたし任せてみるか。

背中や肩に熱い感触が走る。ユズルの柔軟剤みたいな良い匂いに、俺が好きな匂いが混じって深みが出ていた。

体がだるくなるが、熱を出した時ほどじゃない。

「ユウヘイ、大丈夫?」

「ん、ああ。大丈夫だ。ユズルは大丈夫か」

「うん。大丈夫」

「そうか。腹減ったか?」

「大丈夫」

そう言うユズルの腹が鳴った。今日もユズルの腹は正直だ。


「もう少し我慢できるか。体が魔法への抵抗ってやつでだるい。少し休めば戻ると思う」

「無理なら俺がコンビニで弁当買ってくるけど」

「あー、大丈夫だ。俺も焼き肉を食べたい」

「分かった。待ってる」

「悪いな」

15分くらい休んでから俺とユズルは焼肉屋に歩いて行った。

 14歳で大人並にでかいユズルは、大食いの大人並の食欲でたっぷり肉と米を食べていた。27歳の俺は肉も米も程々に食べた。
 ユズルが真剣な顔で肉と米を食べたあと、デザートのソフトクリームを自分で巻けるから、楽しそうに器にうず高く盛っていた。

「おいしい。ほんとにソフトクリームだ」

年相応に笑う顔を見て、連れてきて良かったなと思う。
 帰りは手を繋いで駅まで見送る。キスもせず、本当に中学生の恋だ。それでも心が暖かくて、幸せな気分だった。

帰ってから焼肉臭を落としがてらシャワーを浴びる。服を脱ぐ時に顔を確認したら、しっかり頬の薔薇は消えていた。

「おいおい、あいつっ、あー、……やられた……」

両肩に咲く綺麗な薔薇は数えきれず、肩のどこまでつけられているのかと背中を鏡に写せば、ヤクザかよってくらい一面に薔薇が咲いていた。ピンクはもちろん、赤もある。アクセントに緑の葉っぱや蔓まで伸びてやがった。
これ、マーキングしすぎだろ。

 今度、薔薇の香りがする石鹸でも買ってみるか。次のデートで俺が薔薇の香りをさせていたら、あいつはどんな顔をするんだろう。
そんな楽しみが増え、これからもユズルに驚かされたり、喜びを分かり血会えるだろうなと思うと、鏡に写った俺の顔は微笑んでいた。



《おわり》
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