香りに落ちてく

からどり

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弱っているユズルを抱きしめたら、流れでいけるんじゃないかと欲望が頭の中に渦巻いた。
腋は臭いが薄くなったが、下はきっと腋より濃い臭いがしてるはずだ。

だが

だけどな

弱みに漬け込んで襲うのは紳士じゃない。


「コーヒーはさっき飲んだし、お茶にしとくか。入れてくるから服を着てろよ」

「う゛ん」

俺は立ち上がってペットボトルのお茶を唯一あるマグカップに注いでレンジで温めた。

熱くなったお茶をユズルに出してやる。


「ほら、これ飲んで少し休め。ストレスは体に良くないぞ」


「う゛ん」


涙目でうなずき、熱いお茶を啜るユズル。かわいいな。ガチム涙ギャップ萌えだ。
体を重ねたらどんな顔するんだ。真っ赤になるのか?真顔か?トロ顔になったり、猛獣の顔に豹変するのか?
ムラムラするのを悟られないよう、ペットボトル茶のラベルを見てるふりして、煩悩と欲が去るのを待つ。

 茶を飲み終わり、問題の解決とはいかないが、着地点を見つけたからそのまま帰ると思いきや、ユズルは昼も俺の家に居座った。

俺は料理なんてできない。だが、ユズルは座っている。帰るタイミングだろ。
帰りたくないのか?
なら、

「飯、行くか」

「においを消すグッズに使ったから、お金をもってない」

まあ、初対面の男の家に大金を持ってくる方が変だけどな。誘ったのは俺だし、今日は仕方ないな。

「……奢ってやるから。帰りの交通費はあるか?」

「電車の定期があるから」

「なら帰りは大丈夫だな」

「うん」

帰りは車で送ってやるよ。って言ってやりたいが、車を持ってない俺の免許証は身分証明書でしかない。

「次は割り勘できるよう、母さんに小遣い上げてくれって頼んでみる」

 なんか子供っぽいなと思いつつ、実家暮らしで小遣いを貰ってたらこんなもんか?と深く考えないことにした。


ユズルを近所の安くてうまい中華料理屋に連れて行った。

「いらっしゃい」

愛想が普通くらいの店主が新聞を読みながら挨拶してくれた。

ユズルは靴底がベタつく床に困惑していたが、黙って俺の向かいの席に座った。

「なに食う?俺は半チャー・ラーメンセット」

メニューを広げるユズルに俺は声をかけた。

「……チャーハン」

「ん、チャーハン大盛りか」

「普通で」

「その体格でか?ミニラーメンもあるぞ。ラーメンって気分じゃないなら餃子にするか?」

「あんまりお腹が空いていない」

ユズルの腹は正直でぐ~っと盛大に鳴いた。

「んあ?おごりだからって気にすんな。すぐ出る枝豆でも食おうぜ。おっちゃん、半チャー・ラーメンセットと枝豆。あと餃子とチャーハン大盛り。」

実はユズルは少食でしたって話だったら、餃子と枝豆は持って帰ればいい。この店は食べ残しを持ち帰りできるから、無駄にはならない。

「はいよ」

速攻で冷蔵庫から冷えた枝豆が出てきた。

ユズルと二人で塩味のついた枝豆を食べる。

「美味しい」

「そりゃ走ったあとの枝豆は美味いだろ。ビールいるか?」

「酒は飲めない」

「そっか。ま、昼間だしな。俺も夜まで我慢してるし、ちょうどいいな」

酒は弱くないが、飲んだ後に用事をしなきゃいけないのが嫌で、翌日が休みでも昼間は飲まない。

「はい。先にチャーハンのスープ」

「スープは頼んでないんだが」

「ここはチャーハン単品だとスープ付きなんだ。スープも美味ぞ」

ネギしか入ってない琥珀色のスープだが、ラーメンのダシにもなっている。鶏ガラや野菜の旨味が凝縮されたスープだ。

「熱いから気をつけてな」

中華屋のスープなのに、お上品にレンゲでふーふーして口に運ぶユズル。

少し遅れてチャーハン大盛りと俺の半チャーハンも運ばれる。

ユズルはチャーハンもお上品にレンゲで食べていた。俺みたいに皿を持ち上げて、箸でかき込んだりしてない。


餃子は半分ずつ分け、俺はラーメンもぺろりと食べた。

 飯代を払って店を出たらユズルが頭を下げてきた。

「ごちそうさまでした。ありがとうございます」


「おう。また連れてきてやるよ」


ぶっきらぼうかと思いきや礼儀正しいな。食べる時も丁寧だったし、飯とお礼の挨拶は親がしっかりして教えてたんだろうな。


 この日は飯を食ったら別れた。
電話番号は知ってるし、また飯を奢ってやるとは言った。
でもお互いに生活があるし、問題は解決したし、もう会わないだろ。
一期一会の縁って奴だな。あの匂いは惜しいが、時間をかけてノンケを落とすほど元気でもない。失恋したばかりの俺は、寂しさを感じながら一人で家に帰った。
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