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しおりを挟む当日。
ユズルが来る前に一通り片付けてお茶の準備をした。
テーブルとイスなんて立派なものはないから、ちゃぶ台の前に座布団を置いた。
待ち合わせ場所でビニール袋に荷物を入れたユズルを拾い、家に入れて適当に座らせた。
「お茶とコーヒーどっちがいい。お茶はペットボトル。コーヒは缶のやつ。微糖な」
男の一人暮らし。やかんもないから、準備といってもコンビニで買いに行っただけのやつ。
「コーヒーがいい」
お互いに緊張しているせいか会話はなく、缶コーヒーをひたすら飲んでいるだけだった。
マスクを外したユズルの顔をぼけっと眺める。
なのに、あいつは自分から話そうとしない。
「えー、体臭を消す方法の実験したいんだよな。なにか持ってきてるのか」
「店で売ってた消臭剤をいろいろ……」
「お、おう。そうか。ちなみに服は脱げるか?」
ユズルが目で俺を警戒している。俺が臭いで付き合えるみたいなこと言ったから、獣みたいに襲ってくると思っているらしい。
「臭い消しの制汗剤とかかけるんだろ。肌に直接かけるんだから、服越しにしても意味ないだろ」
「あ、ああ」
ユズルが服を脱いでいく。見た目はガチムチなイケメンだ。体臭がヤバイはずなんだが、今、向かい合っているこの距離からは匂わない。
「風呂入ってきた?」
俺の質問に頷くユズル。
臭いを気にしてるのは分かるが、実験するから朝シャンするなって言っておいたのに。臭いが気になって仕方ないのは分かるんだが、これじゃ効果が出てるか分からないぞ。
「あー、それで臭わないのか。風呂は有効で良かったな。ちょっと走ってこいよ。汗かいて臭いさせないと消臭効果があるのか分からんぞ」
ユズルは頷き、服を着なおして立ち上がった。俺はユズルを玄関まで見送った。
とりあえず、ユズルが持ってきたビニール袋を覗く。制汗剤スプレーやデオドラントシート、香りつき化粧水まで入ってた。
本当に気にしてるんだな。と思いながら、しばらく一人でテレビなんかを見て過ごす。
家のチャイムがなった。玄関に出ると汗だくのユズルが立っていた。
「おー、おかえり」
「ん」
家の中にユズルを入れた。彼は服の中に手を突っ込み、ハンカチで体を拭いた。俺をチラチラ見て警戒するのは仕方ないが、俺だって社会人だし、節度ってものを持ってる。
「じゃあ、始めるか」
ユズルが上の服を脱いだ。白のタンクトップ姿になる。最初に脱いだときが体格に意識が向いて気づかなかった。
うーん、タンクトップが生活感のあるくたびれ具合だ。
「じゃあ、ユズル。何もしてない状態の臭いを嗅がせてくれ」
俺が臭いフェチとは直接教えていないが、あいつが俺に嗅いで欲しいと言ったので遠慮はしない。
俺の前に立った顔を赤くするユズルの腋に顔を寄せた。
「どうだ?」
正直に言えば、直接触れていないのに走って上がった体温の熱気とユズルの汗の酸っぱさと男子特有の体臭が混ざり、興奮した。
「確かに臭うな」
俺の呟きにショックを受けている様子だ。
「でも、スポーツした後ならこれくらいの臭いするだろ」
鼻の良い奴なら嫌だろうが、部活終わりにこのレベルの臭いを漂わせている奴は何人もいた。夏なんか、自分の臭いで「くさっ!」ってなることもある。指摘されるほどではないと思う。
「でも」
「そう言われても臭いが気になるよな。とりあえず匂いのない消臭剤で試そうぜ」
ユズルはうなずき、スプレー前にタオルで汗を拭き取った。それから自分で買ってきたスプレーを腋に振りかける。
「じゃあ、嗅ぐぞ」
ユズルが頷いた。俺はユズルの腋に顔を近付けた。
「……」
無臭かといえば首を傾げる。ユズルの見た目のイメージより薄い脇毛から漂うスパイスのような匂い。ほのかに甘い気がする。
他の奴から苦手に思われたのは、汗や皮脂とは違うこの甘い匂いが混じってるからか?
いろんな匂いの混ざり過ぎ、特に男の体臭は砂糖みたいな甘い匂いと混じれば、余計に嫌な匂いと思われることもある。
その人の体臭との相性もあるが、ミントやレモンなど爽やか系が無難だな。
「んー、多分、内側からくる臭いっぽい」
「そ、それって治るのか?」
専門家じゃないただの臭いフェチだ。治るなんて言い切れない。
「手術とかあるらしいが、それは医者に聞いてみないと分からないな」
「魔法を使うときが一番臭いって言われた。相談するのは医者でいいのか?」
「……お前、魔法使えるのか」
その大前提を教えておいてくれ。俺じゃ、魔法関係はどうしよーもないぞ。
魔法が使える人間は、血管とは別に魔力管と言われる管が体の中を巡っている。
魔力管の不思議なところは生まれつき持っている奴もいれば、いきなり出現することもある。そして突然消えてなくなることも。生命の神秘の一つで、なぜ魔力管が体内に発生したり、消失したりするのかが現代でも熱心に研究されている。
「ああ。俺の家は魔法の家系で、一族のほとんどが魔法を使える」
魔力管がある男女の間に出来た子ほど魔力を継いで生まれるというのは、科学なんてない時代から続く長年のデーターで証明されている。
「あー、ってことは生まれつき使えるのか?早くから魔法が使えると分かったら、学校で魔法の勉強するんだよな。子どもの頃はどうだったんだ?臭ったりしなかったのか?」
「最近、臭うようになった。先生には、運動能力が人それぞれ違うように、魔力の個性だと言われた。だから、体臭も魔力が流れている証拠だって」
「あー」
そんな個性、いらねーのにな。と頭の中で呟く。
ニュースで見たが、魔力管を切り取る手術は海外にあるらしい。
他にも、魔力管が欲しいから移植してくれって、ネットの呟きで見たことある。
その返事は「無理無理。魔力管の病気で摘出手術した成功例は数例だけ。しかも海外の超一流医師達集めてだし、移植なんてまだ先」と書かれてた。
こいつに、海外に行って超大金出せばできるぜって言っても、今すぐどうにかしたいのに失望しか生まなさそうだ。本気でなんとかしたいなら、自分で調べて辿り着くだろ。
「とりあえずだ。俺は専門家じゃないから、魔力とか魔法のことは置いといてだ。俺が感じたのは普通に運動後の臭いだ。だから清潔にしておけば大丈夫だろ。単純に走って帰ってきただけで、消臭スプレーの効果があったし」
胸の前で手を握って話を聞くユズル。目を潤ませてるから事後のようで、匂いのせいもありムラッとくる。
だが俺は紳士。恋人とも同意なしではしないと決めてる。
「おほんっ。詳しくはないが、魔法からの臭いは……魔法を使う時は仕方ない。俺はお前の臭い好きだから、女の子もお前の臭いが好きって子が現れるだろうし、悲観ばっかすんな」
「……う゛ん」
ユズルが頷いた途端に甘い匂いが強くなった気がする。
本当に切羽詰まっていたんだろう。俺はそんなに役に立たないが、涙目で頷くこいつになにかしてやりたいと思った。
同時に、弱ってるこいつを抱きしめてたら流れでいけんじゃねーかと邪念が湧いた。
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