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9 不器用は不器用なりに
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もっとも、大学付属小学校では、園の子供達が居るのは当然のことだし、しかもその半分以上が学業やスポーツ、もしくは芸術などに秀でた能力を示している。
「施設の子だから」いじめられるということはまず無かった。
逆に、「あそこで育ったから」優秀なんだ、と価値観を塗り替えている様にも、授業参観に行った真理子には感じられた。
しかしそんな中にも例外というものは居る。
それがクニであり、カナやユキだった。
この三人はあの学校でなかったら、自分や京子が受けたくらいのことは、日常茶飯事となっているだろう。
それだけに、真理子はこの三人が格別気に掛かった。
それがえこひいきだと言われたら、――仕方が無い。
今になってみれば判るのだ。
確かに自分は、目標を決めて、それに突進して…道を切り開くことができた。
だが中には、目標が見えない者が居る。
目標があって努力しても、どうしても身につけられない者も居る。
向けられた期待にどうしても馴染めない者も居る。
あの工場の寮で、彼女はそんな人をたくさん見てきた。
「あんたはね、クニ。もう少し要領良くやればいいのに、って時々思うんだけど」
「要領?」
「ん? そーね、さっきのセイラム、じゃないけど」
「皆だって、ホントはやってるんだぜ、知らないのかよ」
「まーね。トシもリョウもやってることくらい知ってるよ。ただあいつらの場合、嫌んなるくらい、証拠が出ない隠し方と、クセにならない程度、ってのを知ってるんだよね。つまり、あたしに口出しさせないアタマがあるって訳」
「へー」
「けどあんたには、それはできないでしょ」
「……」
「別にけなしちゃいないよ。逆」
「何でだよ」
彼はくわっ、と口を大きく開けた。
「や、あたしが昔、あいつ等みたいなガキだったからかなあ」
あの頃の自分は、端から見て子供らしくない奴だっただろう。
真理子はここの仕事を始めてから気付いた。
それだけに、この子供子供した三人には、そのままで居てほしい、と思ってしまうのだ。
周囲の目のために生きるのではなく、不器用は不器用なりに、自分の好きな様に。
「じゃあ何、マリコ先生も、昔はあいつらみたいな口振りでさあ、ガッコの先生達とニコニコ話してたわけ?」
「必要だったらね」
「オレさあ、あいつらの笑いって嫌なんだ」
「嫌?」
「何か、やだ。ええと、何か、前、ほら、ニュースん時」
「あんたよくニュースなんて見てたね」
「うるさいよ! 何かどっかの国の、子供達がアコーディオン弾いてたんだけど…… 何っかもう、ものすっごい笑顔なんだよね」
「楽しそうで、いいじゃないの」
「じゃなくて!」
どん、とクニは両手を握りしめ、テーブルの上に置いた。
「何か、すごく、怖かったんだ」
「怖かった?」
「だって、顔が笑ってるんだけど…… 全然、笑ってる様に、オレには見えなかったんだ」
ああ、と彼女はそのニュースがどの国のことを示しているのか、気付いた。
「まああれはつくり笑いだからね」
「あいつらの笑いって、あれに似てる。オレ、ああいうの、やだ」
「そうだね、あたしも嫌だよ」
真理子は眉を軽く寄せた。
「だけど、止めろとも言えないよ」
「何で」
「あいつらはあいつらなりに必死なの。あんたとは違う方法だけどね」
「あいつらなりに?」
彼は大きな目を一杯に広げた。
「だって、あいつら、何だって良くできるじゃんか! どうして」
「だから、そうしないといけない、って思ってるんじゃないか? あたしは昔そう思ってたけど」
「マリコ先生が?」
うん、と彼女はうなづいた。
「でも、ね、やっぱり、子供の時に、子供の時間を過ごしておきたかった、って思うよ。時々ね。―――ってあんたに言うと、またつけ上がるか」
ははは、と彼女は笑った。
ううん、とクニは首を横に振った。
「マリコ先生はそんなこと、ないよ」
「ふうん?」
彼女は軽く目を細め、自分のコーヒーに口をつけた。もうずいぶん冷めていた。
「な、おい、先生が、オレ達のせいで、嫁のもらい手が無いんだったら、オレが、大きくなったら、もらうから!」
ぶっ、と彼女はコーヒーを吹き出しかけた。
「なななにをいきなり」
「駄目かなあ」
「ババアって言ったのは誰よ」
「ふん、オレ付属中行ったにーちゃんに聞いたんだからな。年上のオンナを夢中にさせるのが、いい男なんだってさ」
「あんたねえ」
ほら食いなさい、と彼女は残りのバームクーヘンの乗った皿を、彼の方に突き出した。
きっと本気で言っているのだろう。だがいつか薄れて行く。そういうものだ。
だがいくら子供でも、男からそう言われて悪い気持ちではない。彼氏いない歴27年の彼女としては―――
*
翌春、五人の子供達は、園を出て行った。
真理子は新しく担当になった子供達の世話に、春先から毎日忙しく働いていた。新五年生は六人。少女が多かった。
「施設の子だから」いじめられるということはまず無かった。
逆に、「あそこで育ったから」優秀なんだ、と価値観を塗り替えている様にも、授業参観に行った真理子には感じられた。
しかしそんな中にも例外というものは居る。
それがクニであり、カナやユキだった。
この三人はあの学校でなかったら、自分や京子が受けたくらいのことは、日常茶飯事となっているだろう。
それだけに、真理子はこの三人が格別気に掛かった。
それがえこひいきだと言われたら、――仕方が無い。
今になってみれば判るのだ。
確かに自分は、目標を決めて、それに突進して…道を切り開くことができた。
だが中には、目標が見えない者が居る。
目標があって努力しても、どうしても身につけられない者も居る。
向けられた期待にどうしても馴染めない者も居る。
あの工場の寮で、彼女はそんな人をたくさん見てきた。
「あんたはね、クニ。もう少し要領良くやればいいのに、って時々思うんだけど」
「要領?」
「ん? そーね、さっきのセイラム、じゃないけど」
「皆だって、ホントはやってるんだぜ、知らないのかよ」
「まーね。トシもリョウもやってることくらい知ってるよ。ただあいつらの場合、嫌んなるくらい、証拠が出ない隠し方と、クセにならない程度、ってのを知ってるんだよね。つまり、あたしに口出しさせないアタマがあるって訳」
「へー」
「けどあんたには、それはできないでしょ」
「……」
「別にけなしちゃいないよ。逆」
「何でだよ」
彼はくわっ、と口を大きく開けた。
「や、あたしが昔、あいつ等みたいなガキだったからかなあ」
あの頃の自分は、端から見て子供らしくない奴だっただろう。
真理子はここの仕事を始めてから気付いた。
それだけに、この子供子供した三人には、そのままで居てほしい、と思ってしまうのだ。
周囲の目のために生きるのではなく、不器用は不器用なりに、自分の好きな様に。
「じゃあ何、マリコ先生も、昔はあいつらみたいな口振りでさあ、ガッコの先生達とニコニコ話してたわけ?」
「必要だったらね」
「オレさあ、あいつらの笑いって嫌なんだ」
「嫌?」
「何か、やだ。ええと、何か、前、ほら、ニュースん時」
「あんたよくニュースなんて見てたね」
「うるさいよ! 何かどっかの国の、子供達がアコーディオン弾いてたんだけど…… 何っかもう、ものすっごい笑顔なんだよね」
「楽しそうで、いいじゃないの」
「じゃなくて!」
どん、とクニは両手を握りしめ、テーブルの上に置いた。
「何か、すごく、怖かったんだ」
「怖かった?」
「だって、顔が笑ってるんだけど…… 全然、笑ってる様に、オレには見えなかったんだ」
ああ、と彼女はそのニュースがどの国のことを示しているのか、気付いた。
「まああれはつくり笑いだからね」
「あいつらの笑いって、あれに似てる。オレ、ああいうの、やだ」
「そうだね、あたしも嫌だよ」
真理子は眉を軽く寄せた。
「だけど、止めろとも言えないよ」
「何で」
「あいつらはあいつらなりに必死なの。あんたとは違う方法だけどね」
「あいつらなりに?」
彼は大きな目を一杯に広げた。
「だって、あいつら、何だって良くできるじゃんか! どうして」
「だから、そうしないといけない、って思ってるんじゃないか? あたしは昔そう思ってたけど」
「マリコ先生が?」
うん、と彼女はうなづいた。
「でも、ね、やっぱり、子供の時に、子供の時間を過ごしておきたかった、って思うよ。時々ね。―――ってあんたに言うと、またつけ上がるか」
ははは、と彼女は笑った。
ううん、とクニは首を横に振った。
「マリコ先生はそんなこと、ないよ」
「ふうん?」
彼女は軽く目を細め、自分のコーヒーに口をつけた。もうずいぶん冷めていた。
「な、おい、先生が、オレ達のせいで、嫁のもらい手が無いんだったら、オレが、大きくなったら、もらうから!」
ぶっ、と彼女はコーヒーを吹き出しかけた。
「なななにをいきなり」
「駄目かなあ」
「ババアって言ったのは誰よ」
「ふん、オレ付属中行ったにーちゃんに聞いたんだからな。年上のオンナを夢中にさせるのが、いい男なんだってさ」
「あんたねえ」
ほら食いなさい、と彼女は残りのバームクーヘンの乗った皿を、彼の方に突き出した。
きっと本気で言っているのだろう。だがいつか薄れて行く。そういうものだ。
だがいくら子供でも、男からそう言われて悪い気持ちではない。彼氏いない歴27年の彼女としては―――
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