〈完結〉ごめんなさい、自分の居た場所のしていたことが判らなかった。

江戸川ばた散歩

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10 大人に近づく子供達と

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 そんなある日のことだった。

「先生…」

 昼を少し過ぎた頃だった。振り返ると、泣きじゃくるカナと、それにぴったり寄り添うユキが居た。

「どうしたの? カナ…… こんな時間に」

 カナは言おうとするが、喉が引きつって言えない。代わりにユキが答えた。

「先生、これ、保健の先生から」

 大きな黒い瞳をやや不機嫌そうに開き、ユキは封筒を突き出した。
 手紙には、カナに初潮が来たことが書かれていた。ああなるほど、と真理子はうなづいた。
 こういうことはよくあった。
 自分の頃と比べても、この頃の子供達の初潮は早い。
 三年生で始まる子も結構居る。
 とは言え、やはり個人差はある。
 それでも身体に丸みを帯び初めていたカナと比べてユキは未だ、少年の様な体つきだ。
 中学に入れば徐々に変化していくのだろう。
 けどね。
 少しだけ真理子は淋しい気持ちもする。
 高学年を担当する、ということは年々こうやって、馴染んだばかりの子供達と別れていかないといけない、ということだ。
 そう言えば。
 ふと彼女は思う。
 クニはちゃんとやっているだろうか。
 もうじきゴールデンウイークだ。
 顔を出すかもしれない。
 いや、その前に、一度こちらから中学の寮に様子を見に行くのもいいだろう…

「先生、カナちゃんだるいって」

 そんな真理子の考えを切り裂く様に、ユキは言葉を放った。

「あ、ああ、そうね、じゃあ食事は持ってってあげるから、今日は好きなだけ寝てなさい」

 こくん、とカナはお下げ髪を揺らせてうなづいた。ユキはそのままカナを部屋に連れて行こうとする。

「ユキ!」

 少女は振り返った。

「カナを連れてきてくれたのはいいけど、あんた、授業は?」
「つまんない」

 ぼそ、とユキは答えた。

「つまんない、ってあんた」
「だって」

 それきりユキは黙った。
 黒い大きな瞳が、瞬きもせずにじっと真理子を見据えた。

「宿題は、ちゃんとやるから」

 そう言って、ぷい、とユキは背を向けた。
 これ以上今は言っても無駄だ。
 真理子は思った。
 ユキは必要以上の口もきかないし、けた外れに強情だ。
 そこが好きでもあったが、新年度が始まって以来、その傾向は強まっていた。

「判った、じゃあ静かにしてるんだよ」



「え?」
「だから先生、クニはここには居ないんだってば」

 トシこと松村俊和は玄関先で、面倒臭そうに言った。
 すると「あ、先生じゃないですか」とリョウこと橋詰良一が寄って来た。

「どうしたんですか? お久しぶり」
「マリコ先生、クニに会いに来たんだ、ってさ」
「え?」

 リョウの表情が変わった。
 彼は昨年の五人の中でも最も優秀な子だった。
 小学校でも成績は学年トップクラスだったという。

「なあ、……ってことかなあ」
「かもな……」

 二人は顔を見合わせた。

「何よ二人とも。あたしには言えないこと?」
「……と言うか」

 おや、と真理子は思った。
 正直、それまで彼らのそんな表情を彼女は見たことがなかったのだ。
 彼ら二人と、女子二人。
 真理子はこの四人が焦ったり戸惑ったりした顔を見たことが無かった。
 だから「先生」としては「楽」だったし、その一方でクニが指摘する様な微妙な気持ちになったりもした。
 ――しかし。

「ええと、先生、サワとミナには会いました?」

 切り出したのは、リョウの方だった。

「え? まだだけど」
「じゃあ、今から皆で、ちょっと、外出ませんか?」
「外?」
「別におごってくれなんて言いませんから」
「相変わらず失礼だね!」

 だが二人とも、そこで笑いはしなかった。

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