9 / 16
8 園では珍しい悪ガキの「クニ」
しおりを挟む
「こらカナ! あんたはまた遅くなって!」
「アタシしたよ! 電話したよ! マリコ先生が聞いてないんだろ!」
「聞いたわよ。だけどその時間を考えたの!」
あ、とカナと呼ばれた少女は口を塞いだ。
「連絡して遅くなるのはいいの。だけどできるだけ早くそれをしないと、皆の食事が遅れるの。忘れていた?」
「……はい」
「明日朝、皆に謝るのよ」
「はーい」
少ししょげたカナが解放されると、ユキと呼ばれている少女がとことこ、と近づいて、どうだった、と肩を抱く。
その様子を見ながら、真理子はふう、と息をついた。
*
彼女の担当は主に小学校高学年の子供達だった。
体力のこともあるが、話題が大人に近づいた彼らの場合、「現代の話題」についていける若いひとの方がいいのだ、と言われて配置されていた。
「五年生」の歳の子八人と、「六年生」の子五人。
計十三人を、彼女とあと二人の「先生」が担当している。
そして目下の問題は。
「さて今日は、もう一人、か」
消灯時間は既に過ぎていた。
暗い廊下の窓がそっと開く。そして人影。飛び降りる音。
「ちょっと待った」
ぱっ、と少年の顔にライトが当てられる。
「……ちっ」
小柄な少年が、大きな目を細めつつも、真理子の方を真っ直ぐにらみ付けていた。
「これで何度目だと思ってるの! クニ!」
真理子は腕組みをしてクニと呼ばれた少年に、音量を落として詰問する。
「しかも」
くい、と彼女はクニのジャージの胸ぐらを掴みあげる。
な、何だよ、と彼は焦る。
「キャビンだね」
「セイラムだよ――っと」
ばーか、と真理子はぽそっとつぶやき、彼を廊下に下ろした。
「まあいいわ。ちょっとおいで」
彼女はクニを手招きし、自室へと連れていった。
「お説教なんかやだぜ」
「説教と聞くかどうかは、あんた次第だけどね」
真理子はコーヒーを入れて、テーブルにつかせた少年の前に置いた。
彼女の私室は広かった。
いや、職員だけでなく、この施設全体が広く、設備も充実していた。
普段彼女は子供達と入るので使わないが、この部屋には個人用のバスまでも備えられていた。
「苦い」
「だったら砂糖やミルクが要る、って言うの。言わなくちゃ、判らないでしょ」
「じゃあ、両方」
「両方下さい、でしょ」
「両方下さい。これでいいんだろ」
「OK」
にっ、と笑って真理子は両方を彼に差し出した。
ようやく飲める程度になったらしく、ふう、と彼は息をつく。
「大人ぶってもブラックが飲めないんだよね」
「マリコ先生うるさいよ。もうババアだからって」
「あ、言ったなー。まあ確かに、あんたに比べればババアだけど、それでも世間じゃあまだ小娘だよ」
「小娘、がそんな言葉つかいしていていいのかよ。嫁のもらい手が無いぜ」
真理子は肩をすくめた。
一体何処でそんな言い方覚えて来たのやら。
「あんた等の世話してたらこうなったの」
「オレ達の?」
「そ。悪ガキにお上品な言葉が通じるならそれもいいけどね」
そう言いながら、彼女はぽっかり空いたクニの口にたまご色のバームクーヘンのひとかけらを押し込んだ。
「あーんまりあたしに縁が無い様だったら、あんた達、責任取りなさいよ」
「……くそ」
そう言いながら、もぐもぐと彼はバームクーヘンを噛みしめた。
あきらかなえこひいきだ、と思いつつ、彼女はこの通称クニ、本名は高岡邦明という少年が結構気に入っていた。
何が、と言う訳ではない。
ただ、異質だったから。
この施設の子供達は、たいがい頭も良く、彼女達「先生」を悩ませる様なことはしない。
それこそ、このクニ、先程の「カナ」こと田町香奈、その仲良しの「ユキ」こと長崎有希恵の三人くらいなものだった。
ことにクニと同じ現在の六年生は、呆れる程優秀だった。
学校でもいじめられることなど何処の話、という程、彼らは一目も二目も置かれていた。
「アタシしたよ! 電話したよ! マリコ先生が聞いてないんだろ!」
「聞いたわよ。だけどその時間を考えたの!」
あ、とカナと呼ばれた少女は口を塞いだ。
「連絡して遅くなるのはいいの。だけどできるだけ早くそれをしないと、皆の食事が遅れるの。忘れていた?」
「……はい」
「明日朝、皆に謝るのよ」
「はーい」
少ししょげたカナが解放されると、ユキと呼ばれている少女がとことこ、と近づいて、どうだった、と肩を抱く。
その様子を見ながら、真理子はふう、と息をついた。
*
彼女の担当は主に小学校高学年の子供達だった。
体力のこともあるが、話題が大人に近づいた彼らの場合、「現代の話題」についていける若いひとの方がいいのだ、と言われて配置されていた。
「五年生」の歳の子八人と、「六年生」の子五人。
計十三人を、彼女とあと二人の「先生」が担当している。
そして目下の問題は。
「さて今日は、もう一人、か」
消灯時間は既に過ぎていた。
暗い廊下の窓がそっと開く。そして人影。飛び降りる音。
「ちょっと待った」
ぱっ、と少年の顔にライトが当てられる。
「……ちっ」
小柄な少年が、大きな目を細めつつも、真理子の方を真っ直ぐにらみ付けていた。
「これで何度目だと思ってるの! クニ!」
真理子は腕組みをしてクニと呼ばれた少年に、音量を落として詰問する。
「しかも」
くい、と彼女はクニのジャージの胸ぐらを掴みあげる。
な、何だよ、と彼は焦る。
「キャビンだね」
「セイラムだよ――っと」
ばーか、と真理子はぽそっとつぶやき、彼を廊下に下ろした。
「まあいいわ。ちょっとおいで」
彼女はクニを手招きし、自室へと連れていった。
「お説教なんかやだぜ」
「説教と聞くかどうかは、あんた次第だけどね」
真理子はコーヒーを入れて、テーブルにつかせた少年の前に置いた。
彼女の私室は広かった。
いや、職員だけでなく、この施設全体が広く、設備も充実していた。
普段彼女は子供達と入るので使わないが、この部屋には個人用のバスまでも備えられていた。
「苦い」
「だったら砂糖やミルクが要る、って言うの。言わなくちゃ、判らないでしょ」
「じゃあ、両方」
「両方下さい、でしょ」
「両方下さい。これでいいんだろ」
「OK」
にっ、と笑って真理子は両方を彼に差し出した。
ようやく飲める程度になったらしく、ふう、と彼は息をつく。
「大人ぶってもブラックが飲めないんだよね」
「マリコ先生うるさいよ。もうババアだからって」
「あ、言ったなー。まあ確かに、あんたに比べればババアだけど、それでも世間じゃあまだ小娘だよ」
「小娘、がそんな言葉つかいしていていいのかよ。嫁のもらい手が無いぜ」
真理子は肩をすくめた。
一体何処でそんな言い方覚えて来たのやら。
「あんた等の世話してたらこうなったの」
「オレ達の?」
「そ。悪ガキにお上品な言葉が通じるならそれもいいけどね」
そう言いながら、彼女はぽっかり空いたクニの口にたまご色のバームクーヘンのひとかけらを押し込んだ。
「あーんまりあたしに縁が無い様だったら、あんた達、責任取りなさいよ」
「……くそ」
そう言いながら、もぐもぐと彼はバームクーヘンを噛みしめた。
あきらかなえこひいきだ、と思いつつ、彼女はこの通称クニ、本名は高岡邦明という少年が結構気に入っていた。
何が、と言う訳ではない。
ただ、異質だったから。
この施設の子供達は、たいがい頭も良く、彼女達「先生」を悩ませる様なことはしない。
それこそ、このクニ、先程の「カナ」こと田町香奈、その仲良しの「ユキ」こと長崎有希恵の三人くらいなものだった。
ことにクニと同じ現在の六年生は、呆れる程優秀だった。
学校でもいじめられることなど何処の話、という程、彼らは一目も二目も置かれていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
真実の愛ならこれくらいできますわよね?
かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの
でもそれは裏切られてしまったわ・・・
夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。
ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる