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3 やっと得た自分の時間
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卒業後、彼女は某家電メーカーの工場に就職し、付属の寮に住み込むことになった。
仕事は地味で単調だったが、給料は確実だし、社員食堂も充実していた。
何より彼女が嬉しかったのは、寮が個室だったことだ。
四畳半、風呂・トイレ・洗面所・台所も共同ではあったが、それまで全くなかった「自分の時間」をそこでは持つことができた。
「自分の時間」。
人の目が全く無い場所。
今までは、それが必要な時にはいちいち探さなくてはならなかった。
たとえば放課後の学校の屋上に続く踊り場。
たとえば帰り道のコンビニのかげ。
トイレの個室。
ベッドの中。
だけどもう、探す必要は無かった。
図書館で借りた本を読む時に、騒ぎ立てる仲間達の声に悩まされずに済む。
ラジオの英会話を恥ずかしがらずに発音できる。
彼女は仕事と食事が終わると、座卓にかじりついて勉強をしていた。
高卒の認定試験に受かりたかった。
大学に行って勉強したかったのだ。
そして首尾良く入学できた暁には、会社は辞めるつもりだった。
「年頃」というのに、色気一つ見せず、時間があれば本と勉強に明け暮れ、給料の大半を貯金する真理子を、寮に住む他の女達は、「真面目だねえ」と半ば感心、半ば呆れて見ていた。
「あたしなんかさぁ、高校出た時に、もうこんなもん、見たくないっ! って教科書とかむ、ゴミの日に出しちゃったもんね」
そぉだよねえ、と何処かの一室や食堂、もしくは「娯楽室」と呼ばれる、二十畳ばかりの何の変哲もない、TVとビデオデッキ程度がぽん、と置いてある部屋で行われる「お茶会」で真理子は何度も言われた。
そしてそのたび、彼女は笑顔でこう答えるのだ。
「もったいなーい。だったらあたしにくれれば良かったのにぃ」
「それもそうだね」とか「あんたそりゃせこいよ」という声が、笑い声に混じって真理子の耳に入った。
この寮の気のいい住人達は、上は五十代から下は十代まで居た。
だがその明るさとは裏腹に、彼女達は皆、何処かしら苦労してきていた。
例えば真理子の隣りの部屋の宮本は四十五歳だが、三年前に離婚し、ここに一人、入ったのだという。
「やっぱり安く住めりゃそれにこしたこたないよ」
娘も息子も独立してるから安心だし、と彼女は大きく口を開けて笑った。
そのまた隣りの中井は三十代前半だが、前に勤めていた会社が倒産し、社長が逃げて、最後の二ヶ月は給料がもらえなかったらしい。
「やっぱり安全な大企業よっ」
末端だろうが何だろうが、安心できるにこしたことはない。
なるほど、と真理子は思った。
また、三つ年上の野辺山加子は、真理子同様に施設出の中卒だった。
ほっそりとして静かな彼女は、食堂などでもその存在に気付かれないことが多い。
食器を片付ける時に、「あれ、カコちゃん居たのかい」と周囲から言われる始末だった。
マイペースという意味では、真理子といい勝負だった。
だが彼女は、真理子と違い、勉強とは無縁だった。
*
五時ですサイレンが鳴りましたさあ終わりです。
真理子にとってはそこからが楽しみだった。
自転車を持ち出してさあ図書館。
そうでない時でもやることは幾らでもあった。
内容はともかく、他の者にとっても「楽しみ」であるのは同じようで、誰かの部屋に集まったり、「娯楽室」でTVを見たり、もっと元気な者は、夜遊びに行く場合もあった。
しかし加子はいつも食事と風呂をさっさと済ませてしまい、誰かが「お茶会」に誘ったりでもしない限り、まず部屋の外に出ようとはしなかった。
既に寝ている、ということも多々あった。
そしてまた「大企業の末端」では、週休二日が確実だった。
週末となると、皆外に遊びに出た。
晴れていれば晴れているなりに。
雨ならば誰か、男性社員から車を出してもらって。
仕事は地味で単調だったが、給料は確実だし、社員食堂も充実していた。
何より彼女が嬉しかったのは、寮が個室だったことだ。
四畳半、風呂・トイレ・洗面所・台所も共同ではあったが、それまで全くなかった「自分の時間」をそこでは持つことができた。
「自分の時間」。
人の目が全く無い場所。
今までは、それが必要な時にはいちいち探さなくてはならなかった。
たとえば放課後の学校の屋上に続く踊り場。
たとえば帰り道のコンビニのかげ。
トイレの個室。
ベッドの中。
だけどもう、探す必要は無かった。
図書館で借りた本を読む時に、騒ぎ立てる仲間達の声に悩まされずに済む。
ラジオの英会話を恥ずかしがらずに発音できる。
彼女は仕事と食事が終わると、座卓にかじりついて勉強をしていた。
高卒の認定試験に受かりたかった。
大学に行って勉強したかったのだ。
そして首尾良く入学できた暁には、会社は辞めるつもりだった。
「年頃」というのに、色気一つ見せず、時間があれば本と勉強に明け暮れ、給料の大半を貯金する真理子を、寮に住む他の女達は、「真面目だねえ」と半ば感心、半ば呆れて見ていた。
「あたしなんかさぁ、高校出た時に、もうこんなもん、見たくないっ! って教科書とかむ、ゴミの日に出しちゃったもんね」
そぉだよねえ、と何処かの一室や食堂、もしくは「娯楽室」と呼ばれる、二十畳ばかりの何の変哲もない、TVとビデオデッキ程度がぽん、と置いてある部屋で行われる「お茶会」で真理子は何度も言われた。
そしてそのたび、彼女は笑顔でこう答えるのだ。
「もったいなーい。だったらあたしにくれれば良かったのにぃ」
「それもそうだね」とか「あんたそりゃせこいよ」という声が、笑い声に混じって真理子の耳に入った。
この寮の気のいい住人達は、上は五十代から下は十代まで居た。
だがその明るさとは裏腹に、彼女達は皆、何処かしら苦労してきていた。
例えば真理子の隣りの部屋の宮本は四十五歳だが、三年前に離婚し、ここに一人、入ったのだという。
「やっぱり安く住めりゃそれにこしたこたないよ」
娘も息子も独立してるから安心だし、と彼女は大きく口を開けて笑った。
そのまた隣りの中井は三十代前半だが、前に勤めていた会社が倒産し、社長が逃げて、最後の二ヶ月は給料がもらえなかったらしい。
「やっぱり安全な大企業よっ」
末端だろうが何だろうが、安心できるにこしたことはない。
なるほど、と真理子は思った。
また、三つ年上の野辺山加子は、真理子同様に施設出の中卒だった。
ほっそりとして静かな彼女は、食堂などでもその存在に気付かれないことが多い。
食器を片付ける時に、「あれ、カコちゃん居たのかい」と周囲から言われる始末だった。
マイペースという意味では、真理子といい勝負だった。
だが彼女は、真理子と違い、勉強とは無縁だった。
*
五時ですサイレンが鳴りましたさあ終わりです。
真理子にとってはそこからが楽しみだった。
自転車を持ち出してさあ図書館。
そうでない時でもやることは幾らでもあった。
内容はともかく、他の者にとっても「楽しみ」であるのは同じようで、誰かの部屋に集まったり、「娯楽室」でTVを見たり、もっと元気な者は、夜遊びに行く場合もあった。
しかし加子はいつも食事と風呂をさっさと済ませてしまい、誰かが「お茶会」に誘ったりでもしない限り、まず部屋の外に出ようとはしなかった。
既に寝ている、ということも多々あった。
そしてまた「大企業の末端」では、週休二日が確実だった。
週末となると、皆外に遊びに出た。
晴れていれば晴れているなりに。
雨ならば誰か、男性社員から車を出してもらって。
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