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4 雨の日の五目並べ
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真理子はレインコートと傘の重装備で図書館に出かけたのだが、結局は濡れ鼠で帰ってきた。
んもう、と言いながら玄関でぱたぱたと水滴を払っていると、「娯楽室」のTVの前に加子が居るのが見えた。
通りかかったら声がした。
「あらマリちゃん…… ずぶぬれね。だいじょうぶ?」
「こーんなに降るとは思ってなかったわよ! 風向きも変わったし強いから傘もさせなかったし! カコさん珍しいね、TV?」
――ではなかった。ゲームだった。しかも。
「五目並べ?」
「知ってる?」
「一応……」
施設にはアナログな対戦型ボードゲームはそれなりにあった。
特に囲碁・将棋といった伝統的なものは、先生や、やって来る大人達のためのものでもあった。
五目並べはルールも分かり易く、彼女もよく遊んでいたものだった。
だが加子ときたら。
「あらら」
GAMEOVERの文字が出る。
「だめねえ…… ぜんぜん勝てないわ……」
ふう、と消えそうなため息をつく。
「ああそういえばわたしが起きたら、皆さん居なかったけど」
既に時計は午後二時十五分を指していた。
「昼前に映画にでかけたわよ。ほら、ちょっと前にできた、ゲーセンやファミレスが横についた奴。奈崎さんがワゴン出してくれて」
「ふぅん」
「加子さんは、何処か行かないの?」
「雨の日は、部屋の中にいるほうが好きよ」
ふふ、と彼女は笑った。
「ほらこうゆう、みんな居ない雨の日って、音がよく聞こえるでしょう? 雨の音」
雨の音?
真理子は耳を澄ませる。
そういえば、結構ざあああああ、という音は大きい。
「こうゆうときって、何だか、この世に一人きり、って感じで好きなの」
「この世に?」
「そ」
そしてまたふふ、と笑った。
変なひとだ、と真理子は思った。
「そりゃあたしだって、時々は一人になりたいと思うけど」
「マリちゃんは勉強熱心だもんね」
「いちおう」
そして加子は再び五目並べをはじめた。しかし弱すぎる。どうしてそこに打つんだ! 真理子は思わず口出ししそうになった。だが。
「どうしてそんな、めんどうなことするの?」
不意に加子は訊ねた。
「面倒?」
「勉強って…めんどうだし」
「あたしは―――大学に行きたいの、もっと―――」
「もっと?」
のんびりとした口調で加子は問い返す。身体と目は画面と向き合ったままで。
「もっと―――」
真理子は困った。
どうして困るのか判らないままに、困った。上手く言葉にならなかった。
もっと勉強したい。試験に受かって、何とか進学して、資金は―― 奨学金は―― 授業料免除とか―― とにかく手をつくして―― そして……
「そうすれば、もっと、いろいろできるかもしれないし」
「って?」
やはりのんびりとした声で、返された。
「だって、ここで一生働く気は無いし」
「そうね、マリちゃんにはものたりないかも」
こん。
「でも、楽よ」
真理子はぐっ、と詰まった。
「一度雇ったひとをそう簡単には辞めさせないし…… あ、でも、わたしはわたしをもらってくれるってひとがいたら、うん、誰でもいいなあ。そのひとのとこで、のんびり奥さんしているのが一番いいなあ」
そしてそうやって、昼間から一人でゲームでもやって負け続けても平気で、ただだらだらと時間を潰す?
そんなのまっぴらだ、と真理子は思った。
「あたしはそういうのは」
「別にマリちゃんはいいじゃない……」
こん。画面に白番で「4」が作られる。
駄目じゃんもう負け、と真理子は思う。
「マリちゃんは偉いと思うもの。ほんと」
「…でも」
「でもわたしは別に偉くなろうとは思わないし」
ああ、と小さく声が漏れた。
再びGAMEOVERの文字が現れた。
「だめねえ、ぜんぜん勝てない」
ふふふ、と笑いながら、加子は再びリセットする。
「同じような毎日をのんびり続けていくのが、いちばんいいわ」
そしてまたこん、と音が雨音の中に混じる。
真理子は黙って首を横に振り、自分の部屋に戻った。
んもう、と言いながら玄関でぱたぱたと水滴を払っていると、「娯楽室」のTVの前に加子が居るのが見えた。
通りかかったら声がした。
「あらマリちゃん…… ずぶぬれね。だいじょうぶ?」
「こーんなに降るとは思ってなかったわよ! 風向きも変わったし強いから傘もさせなかったし! カコさん珍しいね、TV?」
――ではなかった。ゲームだった。しかも。
「五目並べ?」
「知ってる?」
「一応……」
施設にはアナログな対戦型ボードゲームはそれなりにあった。
特に囲碁・将棋といった伝統的なものは、先生や、やって来る大人達のためのものでもあった。
五目並べはルールも分かり易く、彼女もよく遊んでいたものだった。
だが加子ときたら。
「あらら」
GAMEOVERの文字が出る。
「だめねえ…… ぜんぜん勝てないわ……」
ふう、と消えそうなため息をつく。
「ああそういえばわたしが起きたら、皆さん居なかったけど」
既に時計は午後二時十五分を指していた。
「昼前に映画にでかけたわよ。ほら、ちょっと前にできた、ゲーセンやファミレスが横についた奴。奈崎さんがワゴン出してくれて」
「ふぅん」
「加子さんは、何処か行かないの?」
「雨の日は、部屋の中にいるほうが好きよ」
ふふ、と彼女は笑った。
「ほらこうゆう、みんな居ない雨の日って、音がよく聞こえるでしょう? 雨の音」
雨の音?
真理子は耳を澄ませる。
そういえば、結構ざあああああ、という音は大きい。
「こうゆうときって、何だか、この世に一人きり、って感じで好きなの」
「この世に?」
「そ」
そしてまたふふ、と笑った。
変なひとだ、と真理子は思った。
「そりゃあたしだって、時々は一人になりたいと思うけど」
「マリちゃんは勉強熱心だもんね」
「いちおう」
そして加子は再び五目並べをはじめた。しかし弱すぎる。どうしてそこに打つんだ! 真理子は思わず口出ししそうになった。だが。
「どうしてそんな、めんどうなことするの?」
不意に加子は訊ねた。
「面倒?」
「勉強って…めんどうだし」
「あたしは―――大学に行きたいの、もっと―――」
「もっと?」
のんびりとした口調で加子は問い返す。身体と目は画面と向き合ったままで。
「もっと―――」
真理子は困った。
どうして困るのか判らないままに、困った。上手く言葉にならなかった。
もっと勉強したい。試験に受かって、何とか進学して、資金は―― 奨学金は―― 授業料免除とか―― とにかく手をつくして―― そして……
「そうすれば、もっと、いろいろできるかもしれないし」
「って?」
やはりのんびりとした声で、返された。
「だって、ここで一生働く気は無いし」
「そうね、マリちゃんにはものたりないかも」
こん。
「でも、楽よ」
真理子はぐっ、と詰まった。
「一度雇ったひとをそう簡単には辞めさせないし…… あ、でも、わたしはわたしをもらってくれるってひとがいたら、うん、誰でもいいなあ。そのひとのとこで、のんびり奥さんしているのが一番いいなあ」
そしてそうやって、昼間から一人でゲームでもやって負け続けても平気で、ただだらだらと時間を潰す?
そんなのまっぴらだ、と真理子は思った。
「あたしはそういうのは」
「別にマリちゃんはいいじゃない……」
こん。画面に白番で「4」が作られる。
駄目じゃんもう負け、と真理子は思う。
「マリちゃんは偉いと思うもの。ほんと」
「…でも」
「でもわたしは別に偉くなろうとは思わないし」
ああ、と小さく声が漏れた。
再びGAMEOVERの文字が現れた。
「だめねえ、ぜんぜん勝てない」
ふふふ、と笑いながら、加子は再びリセットする。
「同じような毎日をのんびり続けていくのが、いちばんいいわ」
そしてまたこん、と音が雨音の中に混じる。
真理子は黙って首を横に振り、自分の部屋に戻った。
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