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第十二章
悪役男爵(?)さんの結末
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最終戦闘形態といっても、まあ、そこまで大げさなものではない。
有り体に言えば、高濃度の白いモクモクを手首に巻いた――それだけのものだ。
この魔力がバチバチなるのも、初めてその現象が出た時には『格好いい!』って喜んだけど、ママからは呆れた顔で『それ、魔力を制御し切れてない証よ』と言われてしまった。
それでも、現状のわたしの中で、もっとも力を発揮できる状態で――地竜君を殴り倒し、大きいお兄ちゃんからも、『絶対、それは食らいたくない』と言われたりもしている。
……まあ、大きいお兄ちゃんはリップサービスかもしれないけど。
魔力を制御し、バチバチを何とか減らす。
そして、腰を落とすと歯を食いしばる。
本気を出すのは、久し振りだ。
こういう時、やっぱり、わたしもフェンリルの娘なんだなぁ~と思う。
力を全身に行き渡らせると鼓動が強くなり、ドロリとした高揚が脳を浸食してくる。
戦いたい。
わたし、凄く戦いたい。
いや、本気の本気は流石に拙いか。
相手は所詮、白大ネズミ君だ。
やりすぎると、お肉がミンチになるから注意が必要だ。
いや、多少はしょうがないかな?
こんなにいるんだし、大目に見て貰おう。
剥き出しの歯茎から、うなり声が漏れ出る。
魔力によって削れた地面に靴先を食い込ませる。
白大ネズミ君の軍団が近づいてくる。
五百、四百、三百メートル……。
チューチュー! 鳴きながら向かってくる。
白大ネズミ君はバカだから、先頭の後をひたすら付いていく。
厳密には、先頭以外は自分より一つ前に付いていくって感じだ。
だから、前から順に倒していけば、理屈で言えば、最後まで倒しきることが出来る。
二百メートル、百メートル……。
わたしは右手を後ろに引き、それを待つ。
さあ来なさい!
一匹残らず、処理してあげるから!
さらに力を込めると、右手の拳が再度、バチバチと鳴り始める。
さあぁぁぁ、来い!
先頭の白大ネズミ君をギロリと睨んだ。
五十メートル――ん?
突然、先頭の白大ネズミ君がビクっと震える。
と、彼らの進路がカクっとズレた。
「……え!?」
わたしから見て右側に、白大ネズミ君達は駆けていく。
突っ込んでくるとばかり思っていたわたしは、完全に不意を付かれる。
ちょ!
わたしを避けて、大麦狙い!?
彼らのこんな動き、初めてなんだけど!?
慌てて、両手に付けたグローブを解除し、赤鷲の団の皆を右手から出した白いモクモクで囲む。
大麦はもう、しょうがない!
皆を守らないと!
なんて思ったんだけど、何故か赤鷲の団プラス大麦から離れるように進んで行く。
はぁ?
どういうこと?
あ!?
白大ネズミ君の進むその先には、ハリソン衛兵長さん達がいる。
わたしは、右手の白いモクモクを解除しつつ、赤鷲の皆の側まで駆ける。
そして、慌てている様子のハリソン衛兵長さんの方に、投げるように左手を振って白いモクモクを延ばす。
先頭の進行方向さえ変える事さえ出来れば、まだ助けられる可能性がある!
ピィー!
澄んだ音が響きわたる。
え?
何?
あ、例の笛か。
そんな事を思い出した次の瞬間、列になっていた白大ネズミ君達がそれを崩し、ハリソン衛兵長さん達に群がった!
え!?
あ、あれじゃあ……。
ピィー!
ピピピィー!
ピピィー!
「見ちゃ駄目ぇぇぇ!」
わたしの目を覆ったアナさんの手、その向こう側で上がった甲高い悲鳴”は”――思いの外、すぐに消えた。
――
「俺たちは悪くない。
俺たち全員は、だ」
赤鷲の団団長のライアンさんの家、そのテーブルに全員が座った後、ライアンさんは言った。
「そうだ、全く悪くない!」
「その通りよ!
サリーちゃん、わたし達は全然悪くないわ!」
マークさんやアナさんも一生懸命、追随する。
だけど、わたしは「……うん」と言うのがやっとだった。
あの後、門近辺は大騒ぎになっていた。
まずは、ハリソン衛兵長さん達、誰も”残らなかった”。
白大ネズミ君が去ったその場所には、ベコベコに凹み、千切れた全身鎧の残骸が、赤く染まった雪の上に転がっているだけだった。
次にハリソン衛兵長さん達の多分帝都まで乗っていこうと思っただろう馬車も食料を含めて消滅した。
唯一の救いは、あの女の人たちや御者の人も含めた人間は、町の中に逃げ込み、助かったって事だろう。
そこまで終えた白大ネズミ君達は、わたし達には見向きもしないで走り去っていった。
その後、近くにいたって事で衛兵の副長さんに事情聴取をされた。
この副長さんは普通の人で、話を聞き終えると礼と、公には出来ないと言いつつも、ハリソン衛兵長さんの所行を謝罪してくれた。
まあ、だから何だというのも無いんだけど、板挟みになってたっぽいので、わたし達はそれを受け入れた。
しばらくすると、巨熊の団の皆がやってきた。
もっとも、もうここまで来てどうのこうのも無いので、全員で大麦を町の中に入れた。
孤児院をはじめとする、食料が厳しい場所からそれらを配った。
初め、微妙な顔をされる時もあったけど、おおむね喜んで貰えたし、パンが作れると説明をしたら、すべての人たちが前向きに受け取ってくれた。
完全に解決したとは言えないけど、一息は付ける――そんな所だ。
「はぁ~」
わたしはため息を付きながら、テーブルにおでこを付けた。
その背中をアナさんがさすってくれる。
もし、こんなWeb小説の登場人物がいたら、ひょっとしたら、前世のわたしも、そのうじうじする姿にうんざりしていたかもしれない。
ざまぁ~出来たんだから、良いじゃんって、思ったかもしれない。
だけど、やっぱり気が重い。
ハリソン衛兵長さん達が死んだのって、わたしの責任じゃないかとか……。
そうじゃなくても、待ちかまえず、こちらから仕掛けていたら、皆助かったんじゃないかとか……。
思っちゃう。
もちろん、ハリソン衛兵長さん達が生きていたら、罪のない人たちをもっと沢山傷つけたかもしれないし、ひょっとすると、殺したりとかもしたかもしれない。
現在、飢えに苦しんでいる人達だって、その多くがハリソン衛兵長さんが原因だから、因果応報と当然いえる。
「あのさぁ、サリー」と赤鷲の団団長のライアンさんが声をかけてくる。
「あの衛兵長が持っていた笛だが、あれ、地獄ネズミを追い払うんじゃなく、集めるための物じゃないか?」
「……うん、そうかも」
白大ネズミ君達、あの笛の音に向かって集まっていた。
普段ではあり得ない行動だ。
わたしは顔を上げて訊ねてみる。
「真の領主のみ使えるとか言っていたけど……。
ハリソン衛兵長さん、騙されたのかな?」
すると、ライアンさんは真剣な顔で首を振る。
「さあ、どうだろうな?
ひょっとすると、いざという時に領主が命がけで地獄ネズミを引きつけ、領民を守るための道具かもしれないぞ」
ああ、そういうことか。
そう考えると、”真の領主”、意味深な言葉だね。
わたしが頷いていると、ライアンさんは苦笑する。
「ただ、それを渡した人が、ひょっとすると衛兵長に勘違いをさせた――そういう可能性もあるが」
「……それもありそう」
嫌な話だ。
わたしが立ち上がると、赤鷲の皆の視線が集まる。
「もう帰る」と言うと皆、ぎこちない笑みで頷いた。
帰ろう。
家に帰って、皆と楽しくお喋りして、ケルちゃんをモフモフして、シルク婦人さんのご飯を美味しく頂き、お風呂に入って……。
イメルダちゃんやシャーロットちゃんと寝よう。
うん、それがいい。
そうしよう。
有り体に言えば、高濃度の白いモクモクを手首に巻いた――それだけのものだ。
この魔力がバチバチなるのも、初めてその現象が出た時には『格好いい!』って喜んだけど、ママからは呆れた顔で『それ、魔力を制御し切れてない証よ』と言われてしまった。
それでも、現状のわたしの中で、もっとも力を発揮できる状態で――地竜君を殴り倒し、大きいお兄ちゃんからも、『絶対、それは食らいたくない』と言われたりもしている。
……まあ、大きいお兄ちゃんはリップサービスかもしれないけど。
魔力を制御し、バチバチを何とか減らす。
そして、腰を落とすと歯を食いしばる。
本気を出すのは、久し振りだ。
こういう時、やっぱり、わたしもフェンリルの娘なんだなぁ~と思う。
力を全身に行き渡らせると鼓動が強くなり、ドロリとした高揚が脳を浸食してくる。
戦いたい。
わたし、凄く戦いたい。
いや、本気の本気は流石に拙いか。
相手は所詮、白大ネズミ君だ。
やりすぎると、お肉がミンチになるから注意が必要だ。
いや、多少はしょうがないかな?
こんなにいるんだし、大目に見て貰おう。
剥き出しの歯茎から、うなり声が漏れ出る。
魔力によって削れた地面に靴先を食い込ませる。
白大ネズミ君の軍団が近づいてくる。
五百、四百、三百メートル……。
チューチュー! 鳴きながら向かってくる。
白大ネズミ君はバカだから、先頭の後をひたすら付いていく。
厳密には、先頭以外は自分より一つ前に付いていくって感じだ。
だから、前から順に倒していけば、理屈で言えば、最後まで倒しきることが出来る。
二百メートル、百メートル……。
わたしは右手を後ろに引き、それを待つ。
さあ来なさい!
一匹残らず、処理してあげるから!
さらに力を込めると、右手の拳が再度、バチバチと鳴り始める。
さあぁぁぁ、来い!
先頭の白大ネズミ君をギロリと睨んだ。
五十メートル――ん?
突然、先頭の白大ネズミ君がビクっと震える。
と、彼らの進路がカクっとズレた。
「……え!?」
わたしから見て右側に、白大ネズミ君達は駆けていく。
突っ込んでくるとばかり思っていたわたしは、完全に不意を付かれる。
ちょ!
わたしを避けて、大麦狙い!?
彼らのこんな動き、初めてなんだけど!?
慌てて、両手に付けたグローブを解除し、赤鷲の団の皆を右手から出した白いモクモクで囲む。
大麦はもう、しょうがない!
皆を守らないと!
なんて思ったんだけど、何故か赤鷲の団プラス大麦から離れるように進んで行く。
はぁ?
どういうこと?
あ!?
白大ネズミ君の進むその先には、ハリソン衛兵長さん達がいる。
わたしは、右手の白いモクモクを解除しつつ、赤鷲の皆の側まで駆ける。
そして、慌てている様子のハリソン衛兵長さんの方に、投げるように左手を振って白いモクモクを延ばす。
先頭の進行方向さえ変える事さえ出来れば、まだ助けられる可能性がある!
ピィー!
澄んだ音が響きわたる。
え?
何?
あ、例の笛か。
そんな事を思い出した次の瞬間、列になっていた白大ネズミ君達がそれを崩し、ハリソン衛兵長さん達に群がった!
え!?
あ、あれじゃあ……。
ピィー!
ピピピィー!
ピピィー!
「見ちゃ駄目ぇぇぇ!」
わたしの目を覆ったアナさんの手、その向こう側で上がった甲高い悲鳴”は”――思いの外、すぐに消えた。
――
「俺たちは悪くない。
俺たち全員は、だ」
赤鷲の団団長のライアンさんの家、そのテーブルに全員が座った後、ライアンさんは言った。
「そうだ、全く悪くない!」
「その通りよ!
サリーちゃん、わたし達は全然悪くないわ!」
マークさんやアナさんも一生懸命、追随する。
だけど、わたしは「……うん」と言うのがやっとだった。
あの後、門近辺は大騒ぎになっていた。
まずは、ハリソン衛兵長さん達、誰も”残らなかった”。
白大ネズミ君が去ったその場所には、ベコベコに凹み、千切れた全身鎧の残骸が、赤く染まった雪の上に転がっているだけだった。
次にハリソン衛兵長さん達の多分帝都まで乗っていこうと思っただろう馬車も食料を含めて消滅した。
唯一の救いは、あの女の人たちや御者の人も含めた人間は、町の中に逃げ込み、助かったって事だろう。
そこまで終えた白大ネズミ君達は、わたし達には見向きもしないで走り去っていった。
その後、近くにいたって事で衛兵の副長さんに事情聴取をされた。
この副長さんは普通の人で、話を聞き終えると礼と、公には出来ないと言いつつも、ハリソン衛兵長さんの所行を謝罪してくれた。
まあ、だから何だというのも無いんだけど、板挟みになってたっぽいので、わたし達はそれを受け入れた。
しばらくすると、巨熊の団の皆がやってきた。
もっとも、もうここまで来てどうのこうのも無いので、全員で大麦を町の中に入れた。
孤児院をはじめとする、食料が厳しい場所からそれらを配った。
初め、微妙な顔をされる時もあったけど、おおむね喜んで貰えたし、パンが作れると説明をしたら、すべての人たちが前向きに受け取ってくれた。
完全に解決したとは言えないけど、一息は付ける――そんな所だ。
「はぁ~」
わたしはため息を付きながら、テーブルにおでこを付けた。
その背中をアナさんがさすってくれる。
もし、こんなWeb小説の登場人物がいたら、ひょっとしたら、前世のわたしも、そのうじうじする姿にうんざりしていたかもしれない。
ざまぁ~出来たんだから、良いじゃんって、思ったかもしれない。
だけど、やっぱり気が重い。
ハリソン衛兵長さん達が死んだのって、わたしの責任じゃないかとか……。
そうじゃなくても、待ちかまえず、こちらから仕掛けていたら、皆助かったんじゃないかとか……。
思っちゃう。
もちろん、ハリソン衛兵長さん達が生きていたら、罪のない人たちをもっと沢山傷つけたかもしれないし、ひょっとすると、殺したりとかもしたかもしれない。
現在、飢えに苦しんでいる人達だって、その多くがハリソン衛兵長さんが原因だから、因果応報と当然いえる。
「あのさぁ、サリー」と赤鷲の団団長のライアンさんが声をかけてくる。
「あの衛兵長が持っていた笛だが、あれ、地獄ネズミを追い払うんじゃなく、集めるための物じゃないか?」
「……うん、そうかも」
白大ネズミ君達、あの笛の音に向かって集まっていた。
普段ではあり得ない行動だ。
わたしは顔を上げて訊ねてみる。
「真の領主のみ使えるとか言っていたけど……。
ハリソン衛兵長さん、騙されたのかな?」
すると、ライアンさんは真剣な顔で首を振る。
「さあ、どうだろうな?
ひょっとすると、いざという時に領主が命がけで地獄ネズミを引きつけ、領民を守るための道具かもしれないぞ」
ああ、そういうことか。
そう考えると、”真の領主”、意味深な言葉だね。
わたしが頷いていると、ライアンさんは苦笑する。
「ただ、それを渡した人が、ひょっとすると衛兵長に勘違いをさせた――そういう可能性もあるが」
「……それもありそう」
嫌な話だ。
わたしが立ち上がると、赤鷲の皆の視線が集まる。
「もう帰る」と言うと皆、ぎこちない笑みで頷いた。
帰ろう。
家に帰って、皆と楽しくお喋りして、ケルちゃんをモフモフして、シルク婦人さんのご飯を美味しく頂き、お風呂に入って……。
イメルダちゃんやシャーロットちゃんと寝よう。
うん、それがいい。
そうしよう。
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