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50.ベリンダの帰りぎわ
しおりを挟む用意させた馬車で、ベリンダたち四名(三名の騎士を含む)を国境検問所まで送り届けたという報をリラジェンマが聞いたのは、四阿での会談があった日の夜。
ウィルフレードとの晩餐中に妙に上機嫌なバスコ・バラデスから報告を受けた。
「あの子、こちらで用意させたドレスやお飾りを何点か持ち帰ったのではなくて?」
頭の痛いことだと思いながらリラジェンマが問うと、バラデスが薄く笑いながら報告を続けた。
「えぇ。妃殿下のお察しのとおりです。ですが……今回、王妃殿下お抱え商会の全面協力のもと、かの姫の為に身の回りのお衣装、装飾品などを多数取り揃えたのでございますが……、その商会に持ち込まれる下請け業者のサンプル品をわざと数点潜り込ませていたのですがね。なんと申しましょうか、いえ、ご本人がお選びになったのですから、わたくし共にはどうにも出来なかったのですがね――」
なんとも嬉しそうに語られるそれは、ベリンダが聞けば屈辱が二倍増しになる事実であったろう。
ピンからキリまで取り揃えられた中から、ベリンダ本人に選ばせたそれは、ものの見事に安価で粗悪な商品ばかりを選択したらしいのだ。
“本当にそちらのネックレスをお選びに?”と恐る恐る侍女(伯爵家の令嬢で、それなりにモノを見る目がある)が尋ねると、“だって凄くキラキラと光ってるわ! こんな輝き見たことないもん”と掴んで離さなかったらしい。
本物とイミテーションの違いも判らないのかとその侍女は唖然としたのだとか。
ドレスにしろ装飾品にしろ、一事が万事その調子(その分、とんでもなく時間をかけての選択)だったようで、迎賓館担当の侍女たちから今頃は宮殿で働くすべての従業員たちに広がっているだろうとバスコ・バラデスは人の悪い笑みを浮かべて言う。
「ですのでイミテーションの、それもサンプル品で、物によっては粗悪品を数点持ち逃げされたところで、こちらとしてはたいした損害ではないかと。妃殿下がお心を痛めることなどなにもございません」
(そういえば……昼間の四阿で見たあの子のお飾りも不自然な光り方をしていたわ)
なるほどと納得するベリンダのマヌケな所業は、グランデヌエベ王国・王太子妃としてはただ嘲笑って終わりにするか、そのマヌケさ具合を引き合いに出して今後の国交に生かすか。どちらにしても対岸の火事として捨て置ける。
けれど。
(宝石を売って外貨を稼いでいるウナグロッサの者がイミテーションを見分けられないなんて、恥だわ。恥以前だわ。そんな調子でこの先やっていけるの?)
ウナグロッサ王国の第一王女として育ったリラジェンマにとってはそこで終わってはいけない問題だ。
やはりアレにあの国を任せる訳にはいかない。
どうしてもそう考えてしまう。
内政干渉になるが、こちら側から手を回すべきか。
それとも……。
「リラ。食事が済んだのなら第一神殿へ行こう」
至極まじめな顔をしたウィルフレードがリラジェンマにエスコートの手を差しだした。
(そういえば、足が治ったら第一神殿へ行って祭祀を試してみるって言っていたわね)
ウィルフレードは聡い。
もしかしたらリラジェンマが物思いに沈みかけた思考を正確に読み取ったかもしれない。
ウィルフレードに手を引かれながら、リラジェンマはぼんやりと考えていた。
いつまでウィルフレードのこの手を取っていられるだろう、と。
◇
グランデヌエベ王国・第一神殿。
ウィルフレードに初めて連れてきて貰ってから既に二か月が経過している。
ここの芝生はあの日と同じ、いつものとおり青々とうつくしい。芝生の周りをぐるりと囲む石柱の上部がぼぅっと光り、辺りが完全に暗闇に閉ざされるのを防いでいる。
今日、あの日と違うのは訪れた時間。
夜空には満天の星。いくつもの小さな煌めきがリラジェンマを見下ろしている。
「さて。祭祀のことだけど。神殿で精霊たちに祈りを捧げる……わけだけど、一番の目的はなんだと思う? なんのためにこんなことしてると思う?」
芝生に足を踏み入れほぼ中央――あの鉄柱の側――まで来たとき、ウィルフレードはリラジェンマにそう尋ねた。
ここに来るまでの道々ずっと沈黙を守っていたウィルフレードの突然の問いに、リラジェンマは面食らう。
「え? それは……雨が続いたとき、とか……」
王は祭祀を行う。
そういうものだと、それが当たり前だと思っていた。
長雨が続いたとき。
日照りが続いたとき。
リラジェンマの母は祭祀を行うと言って、大神殿へ赴いていた。
「うん。天候不順が続いたときも祭祀を行うね。精霊や佑霊に祈りを捧げ、慈雨豊穣のため彼らの助力を祈願する。でも主目的はそれじゃない。祭祀の一番の目的はね、悪霊を祓うためにある」
「あくりょう、を、はらう」
「そう」
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