異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
51 / 66

51.ウィルフレードと第一神殿で

しおりを挟む
 
 悪霊。
 死んだ人間はすべて精霊になるこの世界で、恨みを持ちつつ死んだ者や誰にも弔われず寂しく死んだ者がなるといわれている。現世に生きている人間を恨み、不運をもたらす存在。

「僕が佑霊から聞いた話だけどね。悪霊って、存在そのものは一般的な普通の精霊より小さく弱い。
 だけど周囲に多大な悪影響を与える存在なんだって。
 普通の精霊でも悪霊と触れあうことによって影響を受け悪霊に変化してしまう。そうやってどんどん増えて、人の世に災いとなり関わってこようとする。
 人を呪い、破滅に導く存在。それが悪霊なんだと」

「どんどん、ふえる?」

「そう。だから定期的に祓わなければならない。僕はそう聞いた」

「祭祀で祓えるの?」

「少なくとも、グランデヌエベではそうだ。父上は定期的に国内の神殿巡りをして祈りを捧げている。たぶん、ウナグロッサでもそうだったと思う。ただ……、正しい祭祀は王族が捧げる祈りでないと意味がないそうだから、前女王が亡くなってからろくな祭祀を行っていないウナグロッサは……悪霊が蔓延はびこっている状態だ」

「はびこって、いる」

「そう。リラを迎えに行ったとき驚いた。王太女を守る親衛隊? だったかな、彼らの中の何人かが悪霊に懐かれ始めていた」

「なつかれ、はじめる?」

「そう。本来、騎士団や近衛隊の人間は佑霊……あぁ、ウナグロッサでは『始祖霊』というのだったかな。始祖霊に懐かれ易いはずなんだ。生前の自分がその任についていたから、後輩を応援したり守ったりするはずで……だというのに、始祖霊は見当たらず悪霊が微妙な数だけど、いて……」

 そういえば、初めて会ったときのウィルフレードはウナグロッサの王太女親衛隊を見ながら言った。
『微妙……混じってんなぁ』と。
 リラジェンマはそれを聞き、親衛隊の質が“微妙”なのか、と推測したのだが、“微妙”な数の悪霊が存在し始めたことを差していたのだ。

「あの時は、まだ悪さする程の数ではなかったけど……今現在はどうなっているのか、にもわからない」

 ウナグロッサは前女王が亡くなってから八年もの間、まともな祭祀を行っていない。ということは……。

「ウナグロッサが悪天候に見舞われている理由は、悪霊が蔓延しているせいなのね」

 確認するようにリラジェンマが口にすれば、ウィルフレードは頷いた。

「推測ではあるが、たぶんそうだ。それと正しい後継者である君の不在」

「わたくし?」

「そう。君がいたからこそ、ぎりぎり均衡を保っていたのだと思う。始祖霊たちは国を、というより君を守るために存在していたように、には感じた。その君がいなくなったから、始祖霊は働かなくなった」

 ウィルフレードは推測だというが、恐らくその推測は正確に状況を捉えている。
 八年間、正しい祭祀を行わなかったせいで増えた悪霊。
 守る対象を失い機能しなくなった始祖霊。
 人の世に介入したがる悪霊たちにより、長雨がつづく。

 ――それが現在のウナグロッサ。

「……ウィル。わたくし……わたくしはウナグロッサに戻りたい。戻って大神殿でちゃんと祭祀を執り行いたいの。正統な王として」

(とうとう言ってしまった)

 自分の本当の望み。自分を育んだウナグロッサと、かの国の民のために正式な祭祀を執り行いたいという。

(だから、わたくしの方から“好き”って言えなかったのだわ)

 ウィルフレードが示す愛情表現が嬉しかったのは確か。でも同じ言葉を返せなかったのはなぜだろうと密かに疑問に思っていた。
 いつも飄々として捉えどころのない彼が信じきれないのかも? と思ったが、そうではなかったのだ。
 リラジェンマが彼女の義務を、『女王になるはずだった自分』を放棄できなかったのだ。
 だから、ウィルフレードに応えることが出来なかった。

 いずれ、今日のような決心をする日がくると予感していたから。

「なんのために?」

「え?」

 意外なほど無表情のまま、ウィルフレードは問う。それはグランデヌエベ王国王太子としての問いであった。

「なんのために戻ると? リラ。君は既にこの国グランデヌエベの人間だ。今日の昼間も君の愚妹相手に言っていたじゃないか。終始相手の名前は呼ばず他国の人間として扱い、“何やら世迷言をほざき、に入国したようだが”と言った。完全にグランデヌエベ国民としての発言だったな、あれは。はとても嬉しく誇らしかった」

 そうだっただろうか。
 あのときのリラジェンマは、ただ夢中だった。早くあの愚妹を退去させたかっただけで、そこまで深く考えて行動したわけではない。
 あのときは、ウィルフレードが辛そうだったから。
 ただ、夢中で。
 ウィルフレードの、ために。

「それに、ちょっと武力をちらつかせて脅せば世継ぎ姫をホイホイ差し出すような国だぞ? そんな国に戻りたいのか?」

 重ねて問われ、ウナグロッサ上層部の人間の顔を思い出す。

(確かに、上層部の者たちは半数以上、国王代理の言いなりのようになっていたわ)

 それでも残り半数はリラジェンマのためにと、真摯に働いてくれていた。
 あの国にいる血の繋がった肉親は父のみ。その父がリラジェンマを他国へ追いやった。

 しかし。

 だまし討ちのような状態で王宮を出たとはいえ、リラジェンマ自身が納得して出国したのだ。

 国民を守るために、と。

「父に未練があるわけではありません。上層部の半分はお飾りです。それでもわたくしには……あの国を、なんの罪もない国民を見捨てることは、どうしてもできない。……それだけです」

 長雨が続いて被害に遭うのは国民だ。
 国力が衰え、飢えて、一番の被害を被るのも国民だ。

『だれもかれも愛すべきわたくしの国民です』

 生前の母の言葉が脳裏をよぎる。

『いずれ女王となるあなたは国民ひとりひとりを守らなければなりません。それが上に立つ者の努めなのです。
 リラジェンマ。努々ゆめゆめそれを忘れてはなりませんよ』

 母は最期まで女王として生きた。長雨の中、大神殿へ赴きその帰りに事故にあって命を落とした。そんな彼女の生き方をリラジェンマは誇りに思う。

「やっぱりわたくしはウナグロッサの王女なのです。愛する国民を捨てられません。
 だから……ウィルフレード王太子殿下。わたくしに祭祀の方法を教えて下さい。お願い致します」

 リラジェンマはそう言いながらウィルフレードの前にひざまずいた。
 まっすぐに顔を上げ、ウィルフレードの顔を見つめる。

 場の空気がピンと張り詰め、どこか寒々しい。

 王太子の顔をしたウィルフレードは、ただ黙ってリラジェンマを見つめ返す。
 その黄水晶シトリンの瞳はいつも蕩けるようにリラジェンマを見つめていたのだが、そこから読み取れるものは――今はなにも、無かった。

(ウィルのくれた言葉の数々、嬉しかったわ)

 好きだと。
 一緒にいたいのだと。
 小さな人形にして持ち歩きたいくらいなのだと。

 彼の他愛ない言葉が嬉しかった。
 彼と一緒にいたいと思ってしまった。

 だが、自分は責任ある王女として生まれ育ったのだ。その責任を全うする義務があるのだ。
 この恋心は封印しなければならないのだ。
 彼とは結ばれず、自分は女王として生きる――

「とりあえず」

 そう言いながらウィルフレードは芝生の上――跪いたリラジェンマの正面――に腰を下ろした。

の立てた仮説、聞いてくれないかな。リラもちゃんと座って。長い話になるから」

(ん……? わたくし、わりと悲壮な覚悟で提案したのだけど)

 先ほどまでの張り詰めた空気が、いつの間にか無くなっている。
 ウィルフレードが口の右端をあげて笑う、なにか企む様な笑顔を見せたときから。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...