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49.再対面。ベリンダ②
しおりを挟むこれは早急にこの場を解散させたい。
(というか、ウィルのこの顔を見てこの場に居続けられるベリンダの神経を疑うわっ!)
リラジェンマは口を開いた。
「ウナグロッサの。誰の許しを得て着席した? 王太子殿下の御前です、名乗らずの無礼者よ。そなた、本当にウナグロッサの王女なのか?」
彼女がそう言った途端、ベリンダはうっすらと微笑んだ。だが直後、憐れな泣き顔に変化した。
「おねえさま、ひどいっ! どうしてすぐそんな侮辱するようなことばかり言うのですかっ⁈」
白魚のようなほっそりした手で顔を覆うと、大袈裟なまでに泣き声をあげた。
(わたくしも問いたいわ。どうしてすぐそんなに被害者になろうとするのかしら)
ただ事実確認をしただけにすぎないのに、とリラジェンマは思う。
(幼いころから愛らしい容姿で他者の同情を買い庇護を願う。今までそれで成功して生きてきたから、それを続けているのね)
だが、大人の女性としてコレでは駄目だろう。
まともな会話が出来ない。しかも世間一般の令嬢がもつ礼儀作法が身に付いていないなんて、王女以前の話だ。
(このような者をウナグロッサの後継だなんて認められないわ)
沸々と怒りが湧いてくる。
「礼儀も弁えない無礼者。疾くと塒へお帰り。だがわたくし、リラジェンマ・ウーナの名において、貴様の名を剥奪する。今後一切『ウーナ』を語るな。汚らわしいっ」
そう言った瞬間、ウィルフレードと繋いでいた手を中心に、何かが波紋状に広がったのを感じた。
驚いたような表情のウィルフレードと視線が合う。
(今のは、なに?)
(なんだ? 今の衝撃破は)
だが、視線を交わしたのは一瞬。
リラジェンマの一喝を聞いたベリンダが、わなわなと震えながら悲鳴のような声をあげた。
「け、けがらわしい? ……そんな、そんなこと、言われなきゃならないの? おねえさま、ヒドイっ!」
覆っていた手から顔をあげたベリンダは、視線をウィルフレードに向けて、またしてもギョッとした表情になった。
(ん? ウィル、こんどはどんな顔でこの子を見て、る……⁈)
鼻を摘まむ。
この動作をするとき、人は何を考えてするだろう。おおよそ何か臭いものが傍にあって、その匂いを嗅ぎたくないときにする仕草ではなかろうか。
それを対人で、目を見ながらやればその相手をこのうえなく馬鹿にした動作となるのではなかろうか。
ウィルフレードは、今、それをしていた。
表情を歪めたまま、左手はリラジェンマの手を固く握り、右手で自分の鼻を摘まみ。
(お前、臭いぞって態度で示しているの、ね……)
一瞬、これは意趣返しなのかと思った。
彼はリラジェンマが母国で受けた仕打ちを知っている。だからこそ、こんなありえない態度をとっているのかと思ったのだが。
(違うわ。本当に本気で嫌悪しているのだわ)
みるみるうちに顔色が悪くなり、冷や汗をかき始めている。
いつもは白皙の美青年といっても遜色のない顔をあり得ない程歪ませベリンダを睨み続けている。
「な、なによ、なんなのよっ! どうしてそんな顔でわたしを見るのよっ!」
ベリンダは悲鳴のような声をあげて抗議した。それも当然だろう。彼女を見て、こんなにあからさまに嫌がる人間に初めて会ったのだから。
しかも“臭い”と揶揄されるとは!
(女性にしたら駄目なやつよ、ウィル……あぁ、わたくしが人間だと思うなと言ったから?)
ウィルフレードのこの態度は、自分の発した言葉のせいかもしれないと思うと少なからず責任を感じるリラジェンマである。
「ウナグロッサの。王太子殿下はそなたと話すことは何もないと態度で示している。何やら世迷言をほざき、我が国に入国したようだが、これで理解しただろう」
「おねえさま」
「そなたと話すことは何もない。帰れ」
ベリンダの涙に濡れる空色の瞳をじっと睨みつけた。リラジェンマが威厳を持ってじっと見つめ続けると、ベリンダは段々顔色を変え震え始めた。
「ひどい……ほんとうに、ひどい、こんなことって……」
演技ではない、本物の涙を目に浮かべるさまは憐れを誘うが、リラジェンマにそれは通じない。
ゆっくりと席から立ち上がり、冷たく光る翠の瞳で異母妹を睥睨した。
彼女をここまでじっくり見下ろすのは初めてだった。
「一昨日のように騎士たちに運ばれたいならそうする。だが自分の足で立ち去れ。少しでも人としての矜持があるというのなら」
これは最後の慈悲。
だが、リラジェンマにとってはそうでもベリンダにとっては違ったらしい。
「ひどいっ……こんな侮辱、あり得ないっ! お、おとうさまに言いつけてやる!」
そう言い残すと、ベリンダは座っていた椅子を蹴倒し四阿を抜け出て走りだした。向かう先が迎賓館方面だったことに少しだけホッとする。
(また庭で迷子になったら面倒ごとが増えるだけだもの)
「ピア、イバルリ、レブロン。即急にアレをウナグロッサへ送り返しなさい。それなりに丁重に」
「ソレナリニ……承知っ!」「御意」「御心の侭に」
側に控えていた近衛騎士三名に指示を与えると、彼らは即座に行動に移した。揃ってベリンダのあとを追い掛けた彼らの後ろ姿に安堵の溜息をつく。
四阿の中が二人だけになった。
「リラ……」
リラジェンマの手を冷たい手で握り続けているウィルフレードが小さな声で彼女を呼ぶ。
振り返って彼を見れば、椅子の背にぐったりと凭れ涙目にまでなっている。
「何も言えなくて、ごめんね」
冷や汗なのか、ウィルフレードの金髪がしっとりと濡れている。
疲労困憊、といった様子で力なく笑った彼はどれだけの力で自分の鼻を摘まんでいたのだろう。その高い鼻が赤くなっている。
リラジェンマは思わずウィルフレードの頭をその胸に抱え込んでいた。
「ウィルが何か言っていたら、国際問題にまで発展したかも。だから今日のところはこれでいいと思うわ」
王太子は何も言っていない。
今日あったことは非公式で記録には残らず、ウナグロッサ側がなにか文句をいったところで姉妹喧嘩の延長だと言い逃れることができるだろう。
とはいえ、その『姉』をグランデヌエベ王国王太子妃として扱うとなると……、ウナグロッサとしても面倒ごとになるのは目に見えているのだが。
(真っ当な国際感覚があるのなら、“ただの姉妹喧嘩”で治めた方がラクだと思うのだけど、あの国王代理はどう出るのかしらね)
自分の顎の下にある柔らかい毛並み……いや、ウィルフレードの金髪を左手で優しく撫でながらそんなことを考えていたリラジェンマの耳に、ウィルフレードの呟きが届いた。
「……至福……」
(ん?)
リラジェンマの胸の谷間に顔を預け、うっとりと頬を染めたウィルフレードの耳を思いきり引っ張ってしまったのは仕方のないことだ。
リラジェンマは自分にそう言い聞かせた。
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