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45.「はやく、…ちゃんと、…使いたい…」……なにを?
しおりを挟む(ぅええええええ⁈ ウィル⁈ えぇ⁇ なぜ一緒の寝台にいるのっ⁇⁈)
声も出せずに驚き固まったリラジェンマの気配に気がついたのか、ウィルフレードもパチリと目を開けた。
そして顔をリラジェンマの方へ向け視線が合ったとたん、花が舞い散るような可愛い笑みを浮かべた。
(なっっっっにっっっ⁇⁈ この可愛い顔っ!)
その笑顔はリラジェンマを圧倒した。リラに会えて嬉しい、それだけで幸せ、ここに居てくれてありがとう、嬉しい嬉しい嬉しい、幸せ幸せ幸せと、ウィルフレードの心情がこれでもかと溢れ出て、息苦しいほどだ。
このように圧倒的な、もしくは暑苦しいまでの好意をリラジェンマはかつて受けたことがない。
(“可愛い”ってなに考えてるのよわたくしは! ウィルは年上男性なのよっ⁈)
頭の片隅にはちゃんと冷静な自分もいる。なのに意識のほとんどをウィルフレードが可愛い、愛しいと思う気持ちに席巻される。
(目をっ、目を逸らさないとっ)
飲み込まれてしまう。
そう危惧するのに、どうしてもウィルフレードの顔から目を逸らせなかった。
「リラ、へいき? 頭、痛いとか、ない?」
ウィルフレードがちょっと掠れた小さな声で心配そうに囁いた。途端に、重苦しかった何かがふっと抜けた。
「だい、じょうぶ。ウィル、は?」
リラジェンマも声をかけたが、自分で思っていたよりも小さな声になってしまった。
「ん。僕も……と言いたいけど、腕も上がらない」
「あ……わたくしも」
重苦しいなにかが抜けたように感じたが、それとは違う疲労感に苛まれる。身体を起こそうと試みるが力が入らないのだ。
身動きもままならないふたりを救ったのは、カーテンの隙間から顔を出したハンナだった。
寝台でぼそぼそと話しをするふたりに気がついたらしい。
「おふたりがお目覚めになりましたーーーー!!!」
喜色満面のハンナが大々的に人を呼び、部屋の中が一気に賑やかになった。
宮殿お抱えの典医が呼ばれ、何事も無いがふたりは極度の疲労状態であるという診断が下された。
昨夜の突然のこん睡状態に慌てましたよと語る老齢の典医は、消化がよく滋養のつく物を摂るようにハンナに指示を与え退出した。
身体を起こすのも一苦労したリラジェンマとウィルフレードは、沢山のクッションを背に身体を起こし、ハンナから昨夜のあらましの説明を受けた。
昨夜、王太子夫妻がふたり揃って意識不明になったせいで、近衛騎士団詰め所はとんでもない騒ぎになったらしい。
典医を呼んだが寝ているだけだという診断が下された。だが、なにより急に意識不明になったことと、ふたりが固く手を握り合っていることが気がかりで、引き離せなかった。
仕方なく騎士団の力自慢の手を借り、手を繋いだままのふたりを王太子宮の夫婦の寝室に運び込んだ。衣裳を脱がせ夜着に着せ替えてもふたりともピクリとも起きないので、仕方がないとそのまま一緒に寝かせたらしい。
(寝台……広いはずね。ここ、夫婦の部屋だわ)
おふたりが固く手を握り合って、どうにもこうにも離れなかったから仕方なくこうなりましたとハンナは説明してくれた。
そう言われて自分たちの手を見ると、やっぱり繋いだままだった。離したくともどうにも力が入らない。
「あー。うん、ごめんね。このままでいさせて」
喋ることさえ億劫そうにウィルフレードが言う。
リラジェンマの右手は今もウィルフレードに繋がれている。
「ハンナ、今はもうお昼も過ぎた頃かしら」
どうにもこうにも、身動きのままならない身体に辟易としつつハンナに呼びかける。
「リラ。お願いだから自分の部屋に帰るなんて言わないで」
クッションにぐったりと凭れたままのウィルフレードが懇願の瞳を向ける。
「リラがここに居てくれるだけで、僕はより早く回復できそうな気がするんだ」
お願いお願いとその黄水晶の瞳が訴えてくるのを無視できず不承不承頷けば、心底嬉しそうな笑顔を見せるから悪い気はしない。リラジェンマだって、すぐ傍にウィルフレードが居てくれた方が安心できるような気がする。
(何故かしら……ウィルの頭に犬の耳が視える気がする……幻? 本質のソレとも違うわ……しっぽはキツネのそれだけど)
お互い自由に動くのは首から上だけなので、お喋りする以外できることがない。大きな声が出ないそれは必然的に内緒話になってしまう。
「第一神殿でちゃんと話すけど、リラを巻き込んだ。ごめん」
第一神殿でなければ話せない“ごめん”の内容は、おそらくきっと、精霊と佑霊関係の話だろう。
あの時のウィルフレードの取り乱しようと、リラジェンマの急な貧血。二人揃っての昏倒。その前に頭の中に直接響いた知らぬ人の声。
「ちゃんと説明してくれれば、いいわ」
「ありがとう。やっぱりキミは清浄だ」
(んん? 今の会話、普通よね? わたくし、異常じゃないわよね?)
「正常って……普通に返事しているだけよ」
「うん。キミはそれでいい」
ウィルフレードの柔らかい笑みを見れば、拘るのも大人気ない気がして黙った。
(確かに、ベリンダみたいに話が通じない人間もいるものね)
そこまで考えて、やっと異母妹の存在を思い出した。
彼女に『明日会おう』などと約束した記憶がある。だが寝込んでしまっている現状では会談など到底無理だし、お見舞いと称して王太子宮に侵入されるのも全力で拒絶したい。
ウィルフレードもリラジェンマの意見に全面的に賛同してくれた。
ハンナを通してバスコ・バラデスに第二王女の接待をするよう命じる。彼ならば王太子夫妻が体調不良になったなどと言わず、巧いこと気を逸らしてくれるだろう。
アレとの会談は体調が万全になってからだ。
「ところで。王妃殿下は、お許しくださいますかね?」
「え? なにを?」
一通りの指示を与え、もう少しお休みくださいと人払いされた寝室で、眠りに意識を半分引きずられながらリラジェンマは呟いた。
「夫婦の寝室は、結婚式を終えるまで使用禁止だと……言われてます」
「あー。……いや、不可抗力だから。緊急事態発生にともなう人命救助、みたいなもの……だから」
ウィルフレードもうつらうつらしながら返事をした。
「人命救助、ですか」
「です」
「なら、仕方ないですね」
「です……」
(ハンナが仕方なくって何度も言っていたから、おかあさまは既にご存じでしょうけど)
クッションに埋もれながらウトウトとしていたウィルフレードが眠りに落ちる直前、ぽつりと呟いた。
「はやく、……ちゃんと、……使いたい……」
リラジェンマも眠りに落ちる寸前で、「なにを」と問い返せないまま意識を手放した。
そういえば、夢の中で誰かに会ったという話をしなかったなと思いながら。
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