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46.ベリンダとリラジェンマと
しおりを挟む◇ 時間を少し戻して ◇
舞踏会があった夜、ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナは迎賓館の一室に無理矢理押し込められた。
騎士ごときに両腕を摑まれ、放り出されるように。
王女である自分にそこまで無礼を働くとは思いもしなかったベリンダは、大声をあげ不満を訴えたが誰ひとり聞き入れてくれなかった。
ベリンダの身の回りの世話をするメイドを呼べば、女性騎士まで付き添ってくる。女のくせに怪力でベリンダの言うことなど一切聞かないこの女性騎士がベリンダは大嫌いだ。
「なに? わたしを監視してんの?」
この女性騎士はさも当然というようにベリンダを睨んだが何も言わなかった。
ベリンダに用意された夜着は上等なものであったが、色が気に入らなかったので取り替えさせた。
ベリンダの髪を梳かす栄誉を与えた侍女は、手際が悪く何度も髪を強く引っ張るので叱責して交代させた。
入浴の準備はさせたが、気分が乗らなかったので入らずに寝ることにした。
すべてが気に入らなかった。
ベリンダがせっかく来たというのに、あの忌々しい異母姉に阻まれ王太子に会えなかった。
あの女さえいなければ。王太子に会いさえすれば、ベリンダの思いどおりになったはずなのに。
騎士ごときにとんでもない力で握りこまれた手首には痣ができた。
いつもベリンダの髪を梳かす時に用いる専用の香油がないせいで気分がノラないし、強く引っ張られた髪の根元が痛む。ベリンダの繊細でうつくしい髪は特に気を付けて手入れしなければならないというのに。
すべてが上手くいかない。
寝台に入ったはいいが、イライラして眠れない。
気分を変えようと窓を少し開けると、眼下に警備の兵士がふたりいるのが見えた。彼らは上階にいるベリンダに気がついていない。気付かぬまま、ぼそぼそと無駄話を続けていた。
「今度こそちゃんと部屋に籠って、出てこないで貰いたいもんだな」
「まったくだ。俺らがどんだけ苦労したと思ってんだか。このお姫さん、本当に王族なのか? 普通のお姫さんが真夜中の庭園の、しかも舗装もされていない森の中に入るなんて思わねぇよ。ウナグロッサの教育はどうなってんだ?」
「いやいや、リラジェンマさまを拝見すれば解るだろう? 教育のせいじゃねぇよ、このオヒメサマが特殊なんだよ、ト・ク・ベ・ツ!」
「あー、俺、聞いたぞ。ウナグロッサの第二王女は姉姫の婚約者を寝取った性悪だってさ」
「はーあ? 俺、うちの王太子殿下の本当の花嫁は自分なんだって息巻いてきたって聞いたぞ? 姉の婚約者を寝取っておいて、また性懲りもなく結婚相手を替えろって乗り込んできたっていうのか⁈ 恥という概念はないのか?」
「あれば来ない」
「なるほど。恥知らずか」
「あぁ。たまーにいるよな、そういう恥知らず。恥は“かく”ものじゃなくて“かかされる”ものだって思ってるタイプ」
「あー、なるほど、なるほど。反省ができない輩だな。だから常に“かかされる”恥に憤怒している。低能といってもいい」
「自分で“恥かいた”って思えたら反省できるから、二度と繰り返さないようになるのに」
「学習能力がないんだよ」
「ある意味、不憫なんだな」
「そうそう」
「俺、さっきリラジェンマ妃殿下とこのオヒメサンとの会談、廊下から聞いてたんだけどさ。同じ場所にいながら違う次元の話をしているのかと錯覚を起こしたぞ」
「あぁ。俺はイバルリ小隊長からそれ聞いた。とんでもなく人の言葉を理解できない低能だって言ってたぞ」
「そういうタイプは自分の見たいものしか見ないから厄介なんだよ」
彼らは夜勤の合間の暇つぶしに他愛ない駄話をしていた。
『性悪』『恥知らず』『反省ができない輩』『低能』『学習能力がない』『不憫』『違う次元』『厄介』
自分に対する第三者の評価がこんなに酷いとは、ベリンダは夢にも思わなかった。
それもこれも全部。
異母姉リラジェンマのせいだと思った。
◇ ◆ ◇
まる一日、ほぼ寝たきり生活だった翌日。
パチリと目覚めたリラジェンマは自身の体調に驚いた。
前日までの身体中の倦怠感や疲労感が嘘のようにすっきりと解消されている。なんならそれ以上に体調が良い。
良いというか万全。むしろ漲っているような心地で、空気まで澄んで見える。驚いたことに、負傷していた踵の怪我まですっかり完治していた。
ウィルフレードとぴったり吸い付くように離れなかった手は自然と解けていた。
(妙に冴えている、というか……不思議な感覚だわ)
すっきりと目覚めたリラジェンマは、ハンナたち侍女を呼ぶと早々にベッドを抜け出し自室に戻った。
(なにかしら、この感覚。なんでもやればできると絶対確定しているような……自信が漲るような……万能感?)
特に、ウィルフレードと繋いでいた右手から感じる『何か』があって、握ったり開いたりしながらじっと見つめてしまう。
とはいえ、それが何なのか形容できずもどかしい。
侍女たちの手を借り入浴、身支度を済ませ朝食を取っているとウィルフレードも食堂に来た。
見たところ、どうやら彼も体調は万全のようでホッとする。
「リラ。僕に一言もなく部屋に戻るなんて」
「あら。伝言は残したはずですが」
実は目覚めた瞬間、彼の顔も見ることなく早急に部屋を出ていた。
体調は万全なのだ。そんな状態のときにウィルフレードのあの秀麗な寝顔など見たら、今度は確実に叫び声をあげてしまいそうな予感がしたからだ。
(昨日は疲れ果てて声すら出なかったから大丈夫だったけど)
無様な自分を見せるわけにはいかない。リラジェンマはそう考えていたのだが。
「伝言は聞いた。でも、僕は直接リラの顔が見たかった」
ウィルフレードの顔をちゃんと見れば、唇を突き出した子どものような不機嫌丸出しの不満顔。
ふと、昨日の朝見た彼の喜色満面の笑みを思い出す。
昨日の彼の、とてもとても嬉しそうな、あの。
花が乱れ飛んだように可愛かった、あの。
今朝、彼は目覚めた直後リラジェンマの不在を知り落胆したのかもしれない。
悲しんだのかもしれない。
あれだけの喜びようを表現した彼だ。悲しみも超級のものだっただろう。
(そう思うと、ちょっと悪いことをしたのかも……)
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