異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
46 / 66

46.ベリンダとリラジェンマと

しおりを挟む
 
 ◇ 時間を少し戻して ◇

 舞踏会があった夜、ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナは迎賓館の一室に無理矢理押し込められた。
 騎士ごときに両腕を摑まれ、放り出されるように。
 王女である自分にそこまで無礼を働くとは思いもしなかったベリンダは、大声をあげ不満を訴えたが誰ひとり聞き入れてくれなかった。
 ベリンダの身の回りの世話をするメイドを呼べば、女性騎士まで付き添ってくる。女のくせに怪力でベリンダの言うことなど一切聞かないこの女性騎士がベリンダは大嫌いだ。

「なに? わたしを監視してんの?」

 この女性騎士はさも当然というようにベリンダを睨んだが何も言わなかった。
 ベリンダに用意された夜着は上等なものであったが、色が気に入らなかったので取り替えさせた。
 ベリンダの髪を梳かす栄誉を与えた侍女は、手際が悪く何度も髪を強く引っ張るので叱責して交代させた。
 入浴の準備はさせたが、気分が乗らなかったので入らずに寝ることにした。

 すべてが気に入らなかった。

 ベリンダがせっかく来たというのに、あの忌々しい異母姉リラジェンマに阻まれ王太子に会えなかった。
 あの女さえいなければ。王太子に会いさえすれば、ベリンダの思いどおりになったはずなのに。
 騎士ごときにとんでもない力で握りこまれた手首には痣ができた。
 いつもベリンダの髪を梳かす時に用いる専用の香油がないせいで気分がノラないし、強く引っ張られた髪の根元が痛む。ベリンダの繊細でうつくしい髪は特に気を付けて手入れしなければならないというのに。

 すべてが上手くいかない。

 寝台に入ったはいいが、イライラして眠れない。
 気分を変えようと窓を少し開けると、眼下に警備の兵士がふたりいるのが見えた。彼らは上階にいるベリンダに気がついていない。気付かぬまま、ぼそぼそと無駄話を続けていた。

「今度こそちゃんと部屋に籠って、出てこないで貰いたいもんだな」

「まったくだ。俺らがどんだけ苦労したと思ってんだか。このお姫さん、本当に王族なのか? 普通のお姫さんが真夜中の庭園の、しかも舗装もされていない森の中に入るなんて思わねぇよ。ウナグロッサの教育はどうなってんだ?」

「いやいや、リラジェンマさまを拝見すれば解るだろう? 教育のせいじゃねぇよ、このオヒメサマが特殊なんだよ、ト・ク・ベ・ツ!」

「あー、俺、聞いたぞ。ウナグロッサの第二王女は姉姫の婚約者を寝取った性悪だってさ」

「はーあ? 俺、うちの王太子殿下の本当の花嫁は自分なんだって息巻いてきたって聞いたぞ? 姉の婚約者を寝取っておいて、また性懲りもなく結婚相手を替えろって乗り込んできたっていうのか⁈ 恥という概念はないのか?」

「あれば来ない」

「なるほど。恥知らずか」

「あぁ。たまーにいるよな、そういう恥知らず。恥は“かく”ものじゃなくて“かかされる”ものだって思ってるタイプ」

「あー、なるほど、なるほど。反省ができないやからだな。だから常に“かかされる”恥に憤怒している。低能といってもいい」

「自分で“恥かいた”って思えたら反省できるから、二度と繰り返さないようになるのに」

「学習能力がないんだよ」

「ある意味、不憫なんだな」

「そうそう」

「俺、さっきリラジェンマ妃殿下とこのオヒメサンとの会談、廊下から聞いてたんだけどさ。同じ場所にいながら違う次元の話をしているのかと錯覚を起こしたぞ」

「あぁ。俺はイバルリ小隊長からそれ聞いた。とんでもなく人の言葉を理解できない低能だって言ってたぞ」

「そういうタイプは自分の見たいものしか見ないから厄介なんだよ」

 彼らは夜勤の合間の暇つぶしに他愛ない駄話をしていた。

『性悪』『恥知らず』『反省ができないやから』『低能』『学習能力がない』『不憫』『違う次元』『厄介』

 自分に対する第三者の評価がこんなに酷いとは、ベリンダは夢にも思わなかった。

 それもこれも全部。
 異母姉リラジェンマのせいだと思った。



 ◇ ◆ ◇



 まる一日、ほぼ寝たきり生活だった翌日。
 パチリと目覚めたリラジェンマは自身の体調に驚いた。
 前日までの身体中の倦怠感や疲労感が嘘のようにすっきりと解消されている。なんならそれ以上に体調が良い。
 良いというか万全。むしろみなぎっているような心地で、空気まで澄んで見える。驚いたことに、負傷していた踵の怪我まですっかり完治していた。
 ウィルフレードとぴったり吸い付くように離れなかった手は自然と解けていた。

(妙に冴えている、というか……不思議な感覚だわ)

 すっきりと目覚めたリラジェンマは、ハンナたち侍女を呼ぶと早々にベッドを抜け出し自室に戻った。

(なにかしら、この感覚。なんでもやればできると絶対確定しているような……自信がみなぎるような……万能感?)

 特に、ウィルフレードと繋いでいた右手から感じる『何か』があって、握ったり開いたりしながらじっと見つめてしまう。
 とはいえ、それが何なのか形容できずもどかしい。

 侍女たちの手を借り入浴、身支度を済ませ朝食を取っているとウィルフレードも食堂に来た。
 見たところ、どうやら彼も体調は万全のようでホッとする。

「リラ。僕に一言もなく部屋に戻るなんて」

「あら。伝言は残したはずですが」

 実は目覚めた瞬間、彼の顔も見ることなく早急に部屋を出ていた。
 体調は万全なのだ。そんな状態のときにウィルフレードのあの秀麗な寝顔など見たら、今度は確実に叫び声をあげてしまいそうな予感がしたからだ。

(昨日は疲れ果てて声すら出なかったから大丈夫だったけど)

 無様な自分を見せるわけにはいかない。リラジェンマはそう考えていたのだが。

「伝言は聞いた。でも、僕は直接リラの顔が見たかった」

 ウィルフレードの顔をちゃんと見れば、唇を突き出した子どものような不機嫌丸出しの不満顔。
 ふと、昨日の朝見た彼の喜色満面の笑みを思い出す。

 昨日の彼の、とてもとても嬉しそうな、あの。
 花が乱れ飛んだように可愛かった、あの。

 今朝、彼は目覚めた直後リラジェンマの不在を知り落胆したのかもしれない。
 悲しんだのかもしれない。
 あれだけの喜びようを表現した彼だ。悲しみも超級のものだっただろう。

(そう思うと、ちょっと悪いことをしたのかも……)

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない

結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。 ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。 悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。 それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。 公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。 結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。 毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。 恋愛小説大賞にエントリーしました。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...