異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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44.「リラ……リラ……リラっ!」……!

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(???? いま“臭かった”と言った?)

 ウィルフレードの漏らした言葉が意外過ぎて反応出来ずにいると、彼は頭を掻きむしりつつ膝から崩れ落ちた。

「なんだ? あの女。本当にリラと血の繋がりがあるのか? なんだあの汚臭! 吐くかと思ったぞ」

「おしゅう?」

「リラは感じないのか……あぁ、ちくしょう、だれにも伝わらないとはイライラする……」

 本当に本気で気分を害したらしいウィルフレードの、その顔色の悪さにびっくりする。

「えぇ? 明日アレと会わねばならんのか? 嘘だろ? 拷問だっ」

 ウィルフレードのこの調子はいったいなんなのだろう?
 人前だというのに膝をつき、取り乱している。それに顔色も悪い。

(これ、なに?)

(ワタクシめにも、さっぱりわかりません)

 疑問符ばかりが脳内を圧倒するが、ウィルフレードの側近であるバスコ・バラデスに視線を投げて問うても、彼も困惑しきった表情で首を振りリラジェンマを見るのみだ。

「えぇと、ウィル? ちゃんと説明して? いったいどうしたの?」

 うずくまり頭を抱えるウィルフレードの前でリラジェンマも同じように跪いた。
 彼の肩に手を置き、その顔を覗き込もうとすれば。

「あ……」

 ゆっくり顔をあげたウィルフレードがリラジェンマの瞳を見つめた。
 酷く具合が悪そうに見えた顔色が徐々に元通りに……いや、頬に赤みがさし嬉しそうにリラジェンマの顔を見つめる。
 いつの間にか、その黄水晶シトリンの瞳がウルウルと涙ぐみ始め。

「リラ……リラ……リラっ!」

「!」

 しゃがんだ体勢でいるリラジェンマに、ウィルフレードが感極まったように突然抱き着いたから堪らない。
 彼の抱き着く勢いのまま、床に押し倒されてしまった。
 幸いウィルフレードの大きな手がリラジェンマの後頭部を支えていたお陰で、床に強打されるような事態は避けられた。
 だが、室内は「殿下っ!お静まりくださいっ!」という大声で埋め尽くされた。
 なにせ近衛騎士たちが周りには大勢いるのだ。

「殿下。小官の目の前で婦女子に対する乱暴、見過ごすわけには参りませんぞ」

 カバジェ団長に首根っこを掴まれリラジェンマから引きはがされたウィルフレードは

「あぁ……うん、ごめんねぇ」

 と力なく微笑んだ。

(えっと……どうしちゃったのかしら)

 ウィルフレードの行動や反応はすべてリラジェンマの理解の範疇外で、いつもいつも翻弄されるばかりであった。
 だが今日のこれはいつも以上に想定の斜め上だ。

「ウィル。ちゃんと説明して欲しいわ。“汚臭”ってベリンダに感じたの? 吐きそうになるくらい辛いものだったの?」

「リーラー」

 泣きそうに顔を歪めながらリラジェンマに手を伸ばしたウィルフレードであったが、相変わらず首根っこをカバジェ団長に掴まれ続けているせいで身動き出来ずにいる。
 彼女を求める手だけが伸ばされ弱々しく揺れる。
 仕方がないので、リラジェンマが彼の手を握った。

(なんというか……幼い子どもみたいな仕草、反応……どうしたというの?)

 リラジェンマの手を握ったことで、少しだけ安堵した表情になったウィルフレードであったが、小さな声でぶつぶつと呟いている。

「アレは嫌だ。会いたくない。臭い。キモチワルイ」

 どこか迷子になった子どものようであり、夢遊病患者のようでもあるそれは、いつものウィルフレードらしさ――すべてを超越したかのような飄々ひょうひょうとした雰囲気――がどこにもなかった。

(ウィルの持つ特殊能力のせいで、こんな風になるのかしら)

 そう思った途端、リラジェンマの脳裏に知らない男の声が反響した。

 《感覚共有。範囲:城内》

 リラジェンマとウィルフレードの繋いだ手を中心に、何かが波紋のように広がったのが分かった。

(え? 今の、だれの声? 初めて聴く男の人の声だったけど……耳からじゃなくて、いきなり頭の中に響いたのだけど)

「リ……ラ」

 目の前にあるウィルフレードが苦痛に顔を歪めた。彼にもう片方の手を伸ばそうとして、リラジェンマは急激な眩暈と血が下がる感覚を覚えた。

(え? 貧血? どうして、急に……)

 視界が狭まり、あっという間に意識が閉ざされる。

「ウィルフレード殿下! リラジェンマ妃殿下!」

 カバジェ団長を始めとする、近衛騎士たちの自分を呼ぶ声をどこか遠くに感じながら。



 ◇



 リラジェンマは『自分は夢を見ているのだ』という自覚のある夢の中にいた。
 何故なら、目の前には見知らぬ人がいる。見知らぬ人のはずなのに、やけに懐かしい心地がする。
 とはいえ、はっきりと顔が見えているわけでもなく。
 その人が――男の人? 口元だけが印象的だ――微笑みながら言った。

『一の姫よ。あの子のこと、頼んだよ』

 待ってください、あの子とはだれのことでしょうか。

『一と足すと桁が変わるでしょ。いいわよ。……、変えちゃいなさいよ』

 後ろから、別の声が――女の人?――聴こえたから振り向いた。
 そこにいたのはウィルフレード。彼の前に白く光る『何か』があった。その光から声が聴こえた。

『ふたりなら、大丈夫。思うがままに』

 ウィルフレードがこちらを見た。黄水晶シトリンの瞳が揺れる。

『……リラ』

 甘く優しい声で、ウィルフレードが自分を呼んだ――



 ◇



(ん? なんだか騒がしいわね)

 リラジェンマの意識が戻ったとき、周囲はなにやら慌ただしい人の気配が充満していた。

(いつもの侍女たちはわたくしの睡眠の邪魔にならないよう動くのに……変ね……ん? わたくし、いつ眠ったのかしら)

 意識は目覚めたが目が開かない。
 身体が動かない。昨夜はなにをした? そこまで考えて一気に記憶が蘇った。

(舞踏会! ベリンダが来て! ウィル!)

 やっと目が開いたが、身体全体が酷く重い気がする。少々、頭痛もする。視界はいつものリラジェンマの寝台からの……いや違う。微妙に違う。
 寝台に寝ている、のは確かである。天蓋とそこからカーテンが垂らされ寝台の周りを囲ういつもの風景。同じ材質、同じ作り。けれどなにかが違う。
 なにが違うのか暫く考えた。

(わかったわ。いつもの寝台ベッドよりも広さが格段に違うのね)

 いつもリラジェンマが使用している寝台よりも、幅が広いのだ。

(つまり、違う部屋で寝ているということ……どこよ、ここ)

 何気なく視線を右に向けたとき、リラジェンマはピキンと音が立つように固まった。
 そこにウィルフレードの秀麗な横顔があったから。


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