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悪いとは思った
しおりを挟むクルードを使節団に引き渡し、今回の行いを説明するととんでもないことだと理解を示してクルードを叱ってくれた。
立場は下であっても年長者として見過ごせないと言っていたので任せて大丈夫だろう。
一部始終を見ていた同僚たちは思ったより変わらなくてほっとした。
客室から戻ってきたころにはすっかりいつも通りの態度で軽口を叩けるまでになっていたし、客室でのやり取りでまだ黄色くなっていたエイルの瞳にも、理由がわかったからか嫌悪を示さず接してくれた。みんなと、ウォルドには感謝している。
特にウォルドは獣族的観点からみんなに話をしてくれたようで、騎士団内では圧倒的にクルードが悪いということになっていた。
夜勤も今日で終わる。
同僚や上司に恵まれて幸せだと口が緩む。
隊長がエイルの様子を見て夜勤に振り替えてくれたこともありがたい。
理解のある周囲がいるというのは心強いものだった。
白み始めた空の下、進めていた足を止める。
「いい加減しつこいと思うんだ」
またもエイルの前に現れたクルードに苦言を呈す。
「これで最後にするさ」
「何度来られても答えは変わらないのに?」
エイルの言葉を無視してクルードが問いかける。
「お前は最初から国に戻らないつもりだったのか?」
最初から。クルードが誘う前から。
「そうだよ。
ずっと国を出たいと思ってた」
「俺を初めての発情期の相手に選んだのもそのためか?」
「ちゃんと言ったよね、一回限りの関係だって。
しきたりに従って初めての発情期の相手は竜族から選ぶけど、誰ともパートナーになる気はないって」
エイルの生まれた国にはひとつしきたりがある。
初めての発情期を過ごす相手を同族から選ぶこと。
昔竜族の数が減り過ぎたときにできたしきたりだが、現在でも残っている。
要は伴侶を選ぶための大規模なパーティーだ。
同じ年頃の者が一堂に会す機会のため、喜んで参加する者も多い。
が、エイルはそうではなかった。
ただ年回りが同じというだけでこの中から相手を選べと言われるのも不快だったし、欲得にぎらつく目で見てくる者も嫌いだった。
クルードを相手に選んだのは消去法に過ぎない。たった一回の行為を戦果のように扱うような男でないから選んだだけで、特別な感情はなにもない。
クルード自身もエイルに声を掛けたことに意味はなさそうだった。
同じように欲だけで見てくる相手からは選びたくないんだろうなくらいにしか思わなかった。
だから、ここまで絡んでくる理由もわかっていなかった。
実家から何か言われている訳ではなさそうだったし何故なのかと。
昨日までは。
「確かにその時はそれでもいいと言った」
あの手合わせをしているときに見せた切実な瞳に、ようやく気づかされた。
「言ったけどな!
お前はその夜に逃げるように国を出やがって!
俺がどんな気持ちだったと思うんだ!」
切実に訴える色はエイルにも覚えがあるもので。
そんな想いを向けられているとは知らなかった。
エイルは国の外に出るために避けられないから行為を受け入れただけで、終わったらもう自由だとばかりにその足で国境を越えた。
「下手だったから速攻逃げられたとか言われた俺の身になれ!」
「なんていうかそれはごめん」
クルードの魂の籠もった叫びに反射的に謝る。
そんな弊害は考えたことがなかった。少し申し訳ない。
誰が誰を選んだのかが即座に噂になる環境で、相手にすぐ国を出られたクルードが好奇の目で見られたことは想像に難くない。
エイルが謝ると痛そうに顔を顰めた。
「お前には俺を選んだ意味はなかったかもしれないけどな!
俺はお前が良かった!
一回きりって言われてもそこから始めればいいと思ったからだ!」
昨日の話からそうではないかと思ったけれど改めて言われると驚く。
「ガキのころからずっと発情期の相手はお前が良いと思ってた!
それなのに誘ったらパートナーを作る気はないから一回きりだって言われて、それでもいいからって拝み倒した相手が次の日いきなり消えてるんだぞ!
納得できるかよ!!」
気持ちをぶつけられて、初めて酷い事をしたんだと気がついた。
「だからこの国に使節団を送るって聞いたときにねじ込んだんだよ。 この国にいるのは聞いてたからな。
どうしてももう一度会って話をしたかった。 納得したかった。
それをあんな貧弱そうな人族と付き合ってるとか聞いて耳を疑ったぜ」
貧弱とは失礼な。確かに細身に見えるけれど、それは身長が高いからだし意外と体つきはしっかりしている。
むっとしたエイルが文句を言う前にクルードが肩を竦める。
「だからと言ってパートナーへの嫌がらせの理由にならないのはわかってるけどな」
使節団の団長にもこってり絞られたという。
国に帰ってもしばらくは怒られそうだと笑うクルードに先程までの激情は見えなかった。
「ガキの頃の初恋にいつまでもこだわってちゃいけねえのはわかってるんだよ。
ただケリを付けないと前に進めないと思ったんだ。
まあ来てみたらお前が発情期に入ってたからチャンスあるかなとちょっと思ったけどな」
「恋人のいる竜族が発情期に他の男に靡くわけがないじゃん」
実際エイルはアルヴィス以外には全く反応していない。アルヴィスにだけ過剰反応だったとも言える。
「そうでもないぞ、別れれば可能性あるしな」
「別れないし」
否定しながらアルヴィスに避けられたのはこいつが原因だったなと思い返す。
別れさせようとまで考えていたのかは不明だけれど、ぎくしゃくすれば自分に機会が回ってくるかと思ったのか。
そう考えれば酷かったのはエイルだけじゃない。
はっきりと引導を渡すために口を開く。
「アルヴィスは、私が発情期でなくても情を交わす唯一の相手なんだ」
竜族であれば中々信じられないことだろう。クルードが目を見開く。
他の相手と情を交わしたことはないが。
発情期であってもなくても他の誰ともそういう行為をしたいとは思わない。
アルヴィスだけが特別なんだ。
「お前は……、本当に情のない奴だな。
初恋引きずって会いに来たやつにそういうこと言うか?」
引き攣った顔のクルードに笑みを返す。
「悪いとは思うけど、女の趣味が悪かったんだね」
にっこり笑うと打ちのめされたように項垂れた。
本当にすまないとは思っている。
一途に向けてくれていた想いに気づかずに何も言わず国を出たことには。
けれど同じ想いを返せないことは全く悪いと思っていない。
だって欲しいのは一人だけなんだ。
本当に、冷たい女で申し訳ない。
申し訳ない、けれど。
「情は一人にあげるって決めたんだ、悪いね」
追い打ちをかけるエイルを酷い女だと思ってくれて構わない。
事実その通りだし。
次に好きになる人はエイルとは正反対のクルードを一心に想ってくれるを選んでほしいと思う。
顔を上げたクルードは力ないものではあったけど、仕方ないと笑みを浮かべていた。
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◆◇◆◇◆◇◆
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