竜族の女騎士は自身の発情期に翻弄される

紗綺

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同族だから許せない

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紙片を畳んで引き出しへ入れる。
今日は少し瞳の色が落ち着いている。発情期が終わるのも近いのだろう。
そう思うと気持ちも落ち着いていくのがわかる。
直接アルヴィスに会ったり、怒りを覚えるようなことがなければこれ以上色が変わることはなさそうだ。
あれから何度か使節団の使っている部屋に呼び出されたがすべて断りを入れている。
クルード以外の者から控えめに呼び出しに応えてほしいと願われたが、頷くわけがない。
そのまま帰るならそれでいい。事を荒立てる必要もないし、平和な日常が戻ってくればそれでいいと思っている。
けれどまだ諦めていないような気がする。騎士団からの定型的な断り文句に痺れを切らせるかも。
そうだとしたら今日あたり来るかもしれないな。

予想は見事に当たり、クルードは訓練場まで押しかけて来た。

「なぜここにいるのかな」

「ずっと会議会議で身体が固まっちまって、少し体動かしにきたんだよ」

言い訳が適当だなと呆れる。
クルードが来たら通すように言っていたのはエイルなので理由はなんでもいいが。
事前に隊長たちにも騒がせる可能性は伝えてあった。
準備運動を始めると隣に陣取る。
近くで騒がしいのを適当に無視しながら淡々と剣を振るう。
剣を振る動きも平常時に近く、そのことに安堵した。

「せっかくだから手合せしようぜ」

どう見ても同族なのがわかるクルードとエイルの姿に同僚たちがおもしろがる顔で周りを囲んでいる。

「それが済んだら帰るなら、受けても良いよ」

邪魔だと態度で伝えながら答える。クルードが了承したのでエイルも剣を構えた。
竜族といえど普段から訓練をしている騎士とは比較にならない。
クルードの相手をするメリットがエイルには全くなかった。
すぐ終わらせたらもう一戦と言い出しそうなので何合か打ち合わせるつもりで剣を振るう。
案の定エイルは全力で打ち込んでもいないのに、クルードは剣を落としそうになった。
さらに籠める力を一段落として剣を振る。

「本当に何しにきてるの?
ちゃんと仕事しなよ」

他の使節団のメンバーが迷惑するだろうと苦言する。
本来エイルに絡んでいる暇なんてないはずだ。

「仕事は仕事でしてるよ。
空いた時間でお前に会いにきてるだけ」

「もっと生産的なことに時間を使いなよ」

帰ることはないと言ったよねと告げるけれど意に介さない。

「意味がある時間だと思ってるから会いに来てんだよ」

一瞬、クルードが強い視線を向けた。
言葉にできない想いを訴えるような真剣な瞳。
遠い昔に見た瞳を凪いだ気持ちで見返しながら剣を振るう。
結果こたえは、決まっていた。

――…!

弾いた剣が地面に落ちる。
手の中から消えた剣を見てクルードが笑う。

「手加減なしかよ」

「ちゃんと手加減はしてる。
相手になると思ってたなら驚くよ」

もうちょっと遊んでいたかったと言われても面倒だとしか思えない。
落ちた剣を拾ってクルードが近づいて来る。まだごねるようなら叩き出そう。
剣を受け取ろうとしたエイルの手を掴んで引き寄せたクルードが耳元で囁く。

「金色も似合ってるぜ。 最初から見たかった」

耳に触れそうな距離で囁く唇に目を眇める。
不快だった。
それ以上に、怒りが湧いている。

「ひとつ聞くけど……、アルヴィス私の恋人に何か言った?」

冷気を孕んだ低い声に、訓練場の空気が凍る。
ダメだ、冷静でいられない。
落ち着けと自分に言い聞かせる。
わかってたはずだ。

「お前、今発情期なんだろ?
発情期の竜族は気が立ってるからしばらく近づかない方が良いってな。
竜族を恋人にしてるのにあんまりにも無知で驚いたぜ」

にやりと笑ったクルードにぶわっと怒りが膨れ上がった。
やっぱりアルヴィスに避けられたのはこいつが原因か。
周囲の者もエイルの怒りに息を呑む。

「それだけじゃないよね。
この前からアルヴィスの様子がおかしかったのはクルードが何か吹き込んだの?」

「竜族を伴侶にしようってのにあんまり何にも知らないから俺が親切に教えてやったよ」

「……へえ?」

周囲を囲んでいる騎士たちがエイルの瞳を見て驚きに目を瞠っている。
先程よりも強く光っているのだろうか。
怒りに凍えながら冷静な頭でそう思った。

「そうだよ、国を出ることの意味からしきたりのことまで全部な!」

「……!!」

一瞬怒りで目の前が真っ赤になった。
意識がわずかに腰に佩いた剣に向き、踏み出した一歩が止まる。
目の前にいるのは他国からの客人だ。手を出すわけにはいかないと止まったエイルを煽るようにクルードが口を開いた。

「俺が迎えに来たっつったら面白い顔してたぜ?
愛されてんなあ、エイル」

「黙れ」

名前を呼ぶ声に激しい不快感が湧く。
大切にされてるのは知っている。特別な想いを向けられているのも。
アルヴィスは声高に愛を叫ぶような人柄ではないけれど、視線から、触れ方から、暖かく深い愛情を感じている。
揶揄する声音に感情が高ぶっていく。
エイルが感情を揺らすのを喜ぶようにクルードが笑みを深めた。

「その金色はあいつにも見せたのか?」

さぞ喜んでくれたんじゃないのか?
アルヴィスを避ける原因にもなった色に言及され剣の柄に手が伸びる。

「落ち着け」

柄に掛けた手を押さえるウォルドの声で冷静さを取り戻す。
瞳の色が戻っていくのを感じた。

「悪い、ウォルド」

助かった、と言って剣の柄から手を離す。
完全に冷静さを失っていた。いくらエイルが同族とはいえ、この国に仕える騎士が使節に切りかかったとなればどうなったことか。

「悪趣味だな」

エイルが発情期だと知っていて感情を煽る真似をしたことをウォルドが非難する。

「邪魔しやがって、暴力事件でクビになったら国に連れ帰る理由になったのに」

ああ、なるほど。使節へ暴力を振るった者を引き渡せと交渉するつもりだったのか。
剣を抜こうが切られるとは考えなかったという。刃を潰した剣でもあるしと。
普通にエイルが振るったら骨は確実に折れると思うけど。馬鹿なのかな。
少し落ち着いたエイルはウォルドの肩を叩いて前に出る。

「クルード。 君と私は親戚だね」

直接的な血のつながりはないにしても。
まあ、辿れば繋がってはいる。

「そして幼い頃遊んだこともある幼馴染みとも言える」

頻度は少なかったがぎりぎりそう言えないこともない。

「親戚であり幼馴染みである君が使節団の一員としてこの国を訪ねてきたこと、喜ばしいと思っているよ。
同族であればこそ話せる悩みもあるからね」

微笑みを浮かべやわらかい口調で言葉を並べる。
自分で口にしていながら芝居掛かって嘘くさい。

「同族、だからね。
も今の私の気持ちがわかると思うよ」

笑みを深めたエイルに、クルードの顔に焦りが浮かぶ。
親戚かつ幼馴染であることを強調しておく。他の使節団の者も同族なれば今回のクルードのやったことが竜族の逆鱗に触れることなのがよくわかるはずだ。
剣を近くにいた同僚に渡し、さらにクルードに近づく。

「ちょっと待てっ、……ぐふっ!」

制止を無視して近づいたエイルの拳が、クルードの肺の辺りを叩いた。
倒れ込んで痛みにもだえるクルードを見下ろして言葉を続ける。

「パートナーに対するちょっかいは知己であっても許せない。
それが竜族というものだからね」

怖ぇ……、と誰かが呟くのが聞こえた。
しょうがない。それが獣族や竜族といった存在なのだ。
特に今回発情期と知りながら手を出してきたクルードが全面的に悪い。

「さあ、戻ろう。
使節団の皆にも説明と謝罪をしなければ」

謝るのはエイルではない。勝手に抜け出して他の竜族のパートナーにちょっかいをかけていたクルードだ。
軽く握った拳だったのにまだ胸を抑えて呻いているクルードの襟を引っ掴んで引きずっていく。
顛末をしっかり説明して、今度こそ余計な行動ができないようにしてもらう。
竜族はパートナーに対する無礼を許さない。使節団の同族が顛末を知れば、クルードももう勝手はできないだろう。
それに手合わせすれば帰ると言ったのだ。そのまま国まで帰ってもらおうかと口を緩ませる。
重い荷物を引きずりながら、エイルは足取り軽く進んでいった。


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