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すれ違いの根源
しおりを挟む「アルヴィス」
クルードと別れて部屋に戻ろうとするとアルヴィスが立っていた。
こんな時間だ。残業でたまたま、は通じない。
「待っててくれたの?」
「あ、いや」
どことなく気まずそうなアルヴィスは、クルードとの会話も聞いていたんだろう。
「なんてね。 さっきの見てたんでしょ?」
「話は聞いてない。 あの男の告白は聞こえたけどな」
別に聞かれて困る話はしてないのに。
片腕を取って引っ張る。一瞬だけ驚いた顔をしたアルヴィスだけどされるがままでいた。
アルヴィスの部屋まで戻ってきてテーブルに突っ伏す。
「なんかこの数週間すごく疲れた気分だよ」
遠征に行ってた頃が懐かしくなるほど疲れた。
精神が消耗したせいかもしれない。
アルヴィスが飲み物を入れるのをぼんやり見つめる。
コーヒーの入ったカップと水の入ったグラスを机に出してくれた。
お礼を言ってグラスに口を付ける。
かすかに柑橘の香りがして口元が緩んだ。
自分の好みではないのに用意をしていてくれる細やかさがうれしい。
「好きだなぁ」
浮かんだ笑みのまま正直に言うとアルヴィスがわずかに眉根を寄せる。
紛らわしいと呟いて手にしていたカップを机に置いた。
「エイル、改めて聞くが……。
国に帰るつもりはないんだよな」
「ないよ」
この国にいる方がエイルは自由に生きられる。
「しかし竜族はほとんどが故郷から出ることなく暮らすと聞いたし、
その、発情期には同族と過ごすしきたりがあるんだろう?
初めての発情期で契りを結んだ相手以外と情を交わすのをよしとしない風習があると」
「その微妙に違う知識はクルードから聞いたのかな」
しきたりについて話したとは言っていたけど、嘘も吐いていたのかと表情が険しくなる。
「それもあるが図書室にある『竜族の生態』という本に書いてあった」
『竜族の生態』。 あの。
「あの、竜族の姫に振られた腹いせにあることないこと書いた本?
まだこの世に存在するんだ」
事実でないことを書いた侮辱的な本だとして近隣諸国には燃やすようお願いしていた本だったはずだけれど。
国交はあってもそれほど親しくないこの国までは伝わりきらず現存していたのかもしれない。
愕然とした顔のアルヴィスに違和感を覚える。
「まさかそれもクルードに聞いた?」
「ああ、あったら読んでみると良いと」
自分が率先して吹き込むより、本になった物を読む方が間違った情報でも染み込みやすいと踏んだのか。
「あいつ……」
最悪だ。遠慮なんて全くいらなかった。
むしろ足りないくらいだ。
一瞬で怒りが湧いたけど、すまなそうな顔でこちらを見る瞳に怒りが萎んでいく。
あの本に載っている有名な嘘は確かこうだ。
・竜族は初めて発情期を共にした相手と添い遂げることが決められている。
・その者以外を相手にすることは禁忌であり、どれほど別の者へ想いを寄せようとも実を結ぶことは許されない。
その禁忌を犯せば家族縁者に縁を切られ追放されることもあるほどである、とか。
発情期の衝動と本当に想いを寄せる者への裏切りに耐えられず心を壊す者もいる、とか。
事実無根だ。
初めての発情期を同族相手に済ませなければいけないと定められているのはエイルの生まれた国に限ってのことで、それを済ませないと普通に出国することができないという中々厳しいものだ。
ただ国を出るだけならそのしきたりに従わなくてもできる。ただし身分証を発行してもらえないため、出国先で困る。
両親のどちらかが別の国出身だったりしてそちらの国で身分証が発行できる者であればどうにかなるが。
あの本が書かれたのは百何十年か前の話で、その頃であれば最初の発情期を共に過ごす=婚約しているもしくは結婚した相手、しかなかったため別の者と関係を持つなんてこと自体がありえないとされた時代だ。
元になった竜族の姫にも婚約者がいて、本の作者が言い寄ってきたことを大変不快に思い、激しく非難して国から追い出したという話だ。
追放されたことを恨んでの仕業なのか、実は愛されていたが想いを遂げることは叶わなかったという妄想なのか、どちらにせよ迷惑な話だ。
一つ一つ説明していくごとにアルヴィスの肩が下がっていく。完全にクルードに騙されていたことに落ち込んでいるようだ。
ちなみに結婚していれば竜族同士でなくても構わない。なので他種族と想いを通わせている者は初めての発情期を迎える前に婚姻を結ぶことが多い。
純血主義の者はうるさいが、流石に国を挙げてのイベントで大っぴらに不貞行為を認めるわけにもいかないだろうし。
一般の国民にとってはただの出会いの場だ。
幼い頃から想い合う幼馴染が結ばれそのまま結婚することもあれば、家の関係で見合い相手を見繕われることもある。
アルヴィスには言わないけれど、そのしきたりで何人もの相手と期間中に関係を持つ者もいる。
気に入った者と恋人になる者もいれば誰とも縁を結ばず別の相手を探しに国を出る者もいた。
まあ国を出るのは少数派だけど。
だから、アルヴィスが気にすることなんてひとつもなかったはずなのに。
「避けてたのは国に帰った方が良いと思ったから?」
身を引くつもりだった、ってことなのかな。
「そうではなく、俺はお前のことをなにも知らないんだと思い知らされたというか。
他種族と関係を持つのは精神に負担だとか書いてあるのに何も聞いたことがないなとか。
何も話さないのは今だけの関係だからなのかとか色々考えてしまって……。
お前がいつか別れるつもりなら俺はどうするべきかとか、色々」
今のことしか話さない関係に躊躇して踏み込めなかったと言う。
しかも悩んでるところにクルードに私との関係を教えられて、迎えにきたと焦りを覚えたと。
話をしようと思ったらエイルも素っ気なくて、アルヴィスを避けてる様子で。
あいつ、本当に許さない。余計なことしてくれて。
申し訳なく思う必要なんて全くなかった。
エイルが発情期に入っていたのはたまたまだとしても。許せない。
「素っ気なくしたのはごめん。
あれからなんか気まずかったのもあったし、余裕なくて」
「ウォルドから少し聞いた。
体調が、その、いつもと違うって」
口にしづらいのか言葉をぼかすアルヴィス。
「この前のことは本当にごめん。
あんな、アルヴィスの気持ちを無視したことして」
感情的になっていたからってやっていいことと悪いことがある。
あれから何度も何度も思い出したけれど、その度に罪悪感に襲われた。
エイルの中であれは酷い行為でしかない。
「いや、あれはむしろ喜ばしいことだったが」
だから、アルヴィスの返答は衝撃的で、一瞬思考が止まった。
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