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訓練と助言

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 息を切らせながら訓練場を走る。
 他の人はもう走り終えている中をアミルは周回遅れで回っていた。
 あと少しとゴールを見据え足を速める。

「もう一周! 全速で!!」

 声のした方を見るとカイルが立っていた。
 いきなり現れたカイルを凝視していると「全速!」と怒鳴られる。
 ぐっと息を呑んで速度を上げた。
 肺が痛い、けれどまだ走れる。
 2度目のゴールが近づいたとき、「もう一周!」と聞こえた声に怒りが湧いた。
 副団長を睨みつけるわけにもいかずカイルを見ないように前だけ見てもう一周を走り切る。
 終わろうとした瞬間もう一周と言われた時には自分を抑えられずに睨みつけてしまった。けれど「何? 止まったらもう一周追加するよ」言われて黙って足に力を込めた。
 走り終えたときは息も絶え絶えだった。倒れ込みたいところを膝に手を当てて堪える。
 差した影に顔を上げるとカイルが見下ろしていた。
 先ほど睨みつけたことを思い出してマズイと頭をよぎる。
 姿勢を正して礼を取ると浮かべていた笑みをそのままに口を開いた「呼吸が落ち着いたら腕立てね」と。



 今度こそ倒れ込んで荒く息を吐く。限界だった。
 近くに落ちた靴音に顔を向けるとカイルがいる。身を起こそうとするとそのままでいいと手を振られた。

「アミル、手抜いてた?」

「そんなつもりは……」

「なかったか。 じゃあ自分の限界を知らないんだね」

 入団試験のときハズレだったのかと呟く。
 僕に言っているというよりは自分で納得している感じの呟き。
 視線が向いたので身を起こす。もう呼吸も落ち着いていた。
 立ち上がるとカイルが目を細める。その瞳にはおもしろがるような色があった。

「丁度いいから手合わせしようか、得物は?」

「剣です」

 そう、と言ってカイルの分も取ってくるように指示をする。
 俺のはなんでもいいからと言う言葉には自らの実力に対する揺るぎない自負が見えた。


 剣を構え対峙する。カイルが剣を構えているのをこんなに間近で見るのは初めてだ。
 討伐の時は後方支援のアミルが先陣を切ることが多いカイルの戦闘を見ることは無いし、訓練で一緒になることも少ない。
 副団長に手合わせをしてもらうほどの実力じゃないとは自覚していた。

 何度か打ち込みを繰り返しては弾かれる。
 当然当てられるなんて思ってもいない。いないはずなのにあまりにも簡単に防がれ、カイルの瞳が興味を失っていくのに苛立つ。

「……っ!」

 強めに弾かれ距離を取らされた。
 カイルが口を開く。これで終わりだと告げるのが許せなくて地面に手を付いて崩れた体勢を無理矢理立て直し駆け出す。

 真っ直ぐ向けた剣を突き出す寸前、半歩前に飛び出しカイルが剣を構えている場所よりズレた箇所へ突きを入れる。

 ――……!

 手の甲に痺れが走る。痛いと感じる前に手から剣が離れていた。
 ぴたりと首に添えられた剣先。
 つうっと汗が伝う。いつ突き付けられたのか、全く見えなかった。
 冷や汗を流すアミルにひょいと剣を引いたカイルが何でもない調子で笑う。

「ごめん、やり過ぎちゃった。
 手、骨折してないよね」

 訓練で骨折ったなんて言ったら団長に大目玉だとアミルの手を持ち上げて確かめるカイル。

「いっ……!」

 患部を指でつつかれて悲鳴を飲み込む。
 無事な手でカイルの手を払い大丈夫だと告げる。団長がカイルの治療を嫌がった理由がちょっとわかった。

「大丈夫です。 骨は折れてないみたいですから」

 ただ絶対腫れる感じの打ち身にはなっていると思う。

「ああ、やっぱりポーション案件か」

 はい、と差し出されたポーションに目を瞠る。
 打ち身に使うような代物じゃないだろうという高級感溢れるラベルには『上級』と書いてある。

「こんな物を使う程の怪我じゃないです。
 支給のポーションで充分……」

「そうしたら使用履歴に俺が訓練で怪我させたって書く必要がでるじゃない?
 団長に怒られるのはちょっとごめんだからこれで治療して。 こっちの方が痛みも少なくて済むし」

 ね?と差し出される高級ポーションに迷っていると封を開けて手に掛けられた。
 もったいない、と口に出す隙もなく治療が終わってしまう。
 一瞬で痛みも痺れもなくなった手を表裏返して確認する。強引だったけど治療をしてもらったお礼を言わなければとカイルを見ると瓶にわずかに余ったポーションを見つめている。
 傾けた瓶の底に残る分だけで幾らするんだろうと考えてしまった。
 アミルが考えることじゃないと首を振っているとカイルの視線がこっちへ向く。
 一瞬で距離を詰めたカイルが僕の顎を掴み唇を開かせる。

「……っ!」

 何をと問う間もなくポーションの瓶を突っ込まれ一口にも満たない液体が喉に落ちる。
 むせそうになる喉をもったいないの思考が留め、喉を開き飲み込んでいく。
 瓶が離され、口を押えたまま軽く咳をして唾と一緒に残滓も飲み込む。

「……何するんですか」

 恨めしい声が出たのは仕方ないことだと思う。
 訓練の終わりからカイルには好き勝手にされたしこれくらいは言ってもいいだろうと軽く睨みつけた。

「身体、楽になったでしょ?」

 言われて訓練場を周回した足の疲れも腕立てで怠くなった腕も楽になっていることに気がつく。

「上級ポーションにはそんな効果もあるんですね」

 支給されるポーションは中級が精々で上級なんて見ることもない物だ。
 そんな物をたかが打ち身に使うなんて信じられない。
 文句を言うわけにもいかないけれど疑問はあった。

「なんでそんな物持ってたんですか」

「長く討伐に出てる奴は持ってる奴も多いよ。
 最悪の事態が起こったときに備えの有無が命を救うからね」

 高いといっても普通に売ってる物だしねと言うカイルは至極当然という顔をしている。
 ふとお礼を言っていなかったことを思い出し謝意を伝える。

「俺が悪いから当然だよ」

 そう言われてはもう何も言えなかった。
 それに、もう一つ試してみたいことがあってと告げるカイルに警戒心が膨れ上がる。
 疲労が取れたとはいえ、これ以上の訓練を課されるのかと逃げたい気持ちが湧く。
 ちょっと待っててと言われ落としたままの剣を拾う。剣には異常はない。本当に自分の手だけを打ち据えたのだと思うと感嘆と畏怖が同時に襲ってきた。
 相手をしてもらって幸運だが荷が勝ちすぎている。
 冷静になったら自分がかすり傷どころか一指触れることすらできるわけがないと理解できるのに、何をムキになっていたのかと思う。
 アミルが自省をしていると何かを持ったカイルが戻ってくる。

「これ、ちょっと構えてみて」

 カイルが渡してきたのはアミルが使っている剣よりわずかに短い剣が二本。対になったようなデザインはいわゆる双剣と呼ばれる物だった。

 アミルが構えたのを見てカイルが足を踏み出す。

「薙ぎ」

 命令のような曖昧な言葉に自然に身体が動く。
 カイルの構えた剣に当てると甲高い金属音が鳴った。

「突き」

 言われるがままに攻撃を繰り出していく。
 ――軽い。

「振り下ろし」

「……っ、はあっ!!」

 同じ角度から、反対の方向から何度か打ち込む。
 刀身が短い分軽く取り回しもしやすい。
 知らず口元が上がる。カイルも同じような顔をしていた。
 何度か繰り返したところでカイルが制止を掛ける。

「自分でも手ごたえがあったみたいだけど、どうかな」

「すごく、動きやすかったです」

 自在に振えると錯覚するほどどう動けばいいのかがわかった。
 剣を握っていてこんな感覚は初めてだ。
 もちろん剣の下地があってのことなのは理解しているけれど、これほどという言葉が合う武器はないだろう。

「うん、剣も基本だから訓練は続けた方がいいけどアミルには双剣の方が合いそうだ。
 こっちでも訓練をしてみるといいよ」

「ありがとうございます」

「あと走り込みは持久力を付けるものよりも瞬発力を意識してやってみな。
 筋力は全然足りてないからもっと集中的に鍛えた方が良いね」

「……精進します」

 真っ当な助言に素直に受け入れるしかない。
 皆について行ける体力がないから鍛えないといけないと思っていたけれど足りないのはそこじゃないと気づかされた。周回遅れであろうとまだ走る余力があったことを引き出され瞬発力や速さを保つ筋力が足りないと見透かされた。
 足りないところを的確に告げられ自分がすべきことが明確になっている。
 何の気まぐれかわからないけれど素直に嬉しい。
 もう一度感謝を伝えると、アミルの感謝の言葉にカイルも楽しそうな笑みを浮かべていた。


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