蛇と鏡の誰そ彼刻

水笛流羽(みずぶえ・るう)

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恋し恋しと忍びて泣けど

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 私は何をしているのだ。歩きながら、ついまた溜息を吐いてしまう。それでも足を止めることも元来た道を戻ることもできずらケツァルコアトルは自分に呆れながら歩き続けることしかできなかった。
 この道の先にある神殿に、出向いてやる用事も理由も何もない。ましてやその中でやっと起き出した頃だろう忌まわしいあの神になど、わざわざ会いたいとも思わない。なのにどうして、自分は訪問してやろうとしているのか。
 訪ってやったところで、何も前向きな事柄は生じない。どうせ憎々しい嘲笑を向けられ、不快な言葉を浴びせられるだけだ。そしてきっとまた、その淫らな振る舞いに当てられて、寝床に引き摺り込まれるだけなのだ。それは、分かり切っていることなのに。
 だが、妙に気にかかってしまうのだ。このところさっぱり顔を見せない、あの神のことが。呼びもしないのにいつも押し掛けてきていたあの神が、近頃現れないことが。許しも得ずに我が物顔で入り込んできていたあの神が、全く姿を現さないことが。
 噂さえも耳に届かないことが、逆に気にかかってしまう。もちろんケツァルコアトルとその神の不仲は誰もが知っていることだから、わざわざ耳に入れる者も殆どない。それは自分でも分かっている。
 けれどあの神の派手で傲慢な振る舞いは、これまでは聞きたくもないのに聞こえてきてもいたのだ。尋ね回るまでもなくごく自然に耳に入ってきて、どこで何をしているのか、どこの誰に目をつけたのか、朧げに把握できていたのだ。なのにここ最近は、それさえも聞こえてこない。
 これまでの行いを恥じて自ら改めたならば、それは歓迎すべき進歩だ。何らかの不調で閉じ篭っているならば、それもこれまでの悪辣な所業からすれば当然の報いだ。だから、ケツァルコアトルが気にしてやったり、心配してやる義理はどこにもないのに。
 そうだ、心配など全くしてもいない。だがもしかしたら、あの神はまた何か悪質な企み事をしていて、そのために準備でもしているのかもしれない。また誰か不幸な獲物に狙いを定め、不幸に引きずり落とそうとしているのかもしれない。
 ならばそれは、行われる前に咎めて止めさせるべき悪事だ。自分はただ、あの悪徳の神を警戒し、見張ってやっているのだ。それが、善良な全ての民を守ることが、自分の責務なのだから。
 やっと自分の行いを筋道立てて説明することに成功し、ケツァルコアトルは少し晴れやかになった心持ちで顔を上げる。だが前方からやってくる姿を目にした途端に、一気に不快な気分に落ち込んだ。
 この道の先にあるのはもう、あの悪辣な神の神殿だけだ。だからやって来る者は、その神殿を出てきたとしか考えられない。そして気軽な足取りでこちらに向かって来るその神は、確かにそうするだろう理由を持っているのだ。
 思わず足を止めてしまったケツァルコアトルに、やって来るその神は、ショロトルは、まだ気付かないらしい。隠れるか、そこまでする理由はあるか、とケツァルコアトルは僅かに迷う。その逡巡の間に、ふと目を上げたショロトルと視線が合った。
 こちらに気付いたショロトルは、僅かな驚きを見せてから嘲笑を浮かべた。ケツァルコアトルが身構えるより先に、蔑みの籠もった口調で軽快に話し出す。
「んだよ、お前もあいつのとこ行くのか? 嫌がるかもなあ、疲れたとか言って」
 俺がしてやんのもやけに渋ってたし。まあ言うこと聞かせたけどな。その癖して始めれば乗り気だし、すげえ善がって鳴いてたし。あの分じゃ、暫くは声も出ねえかもな。
 歩みを止めないままにぽんぽんと投げかけられる言葉は、毒を含んだ卑猥な軽口は、挑発だと分かりきっている。だからケツァルコアトルは、何も言わずに聞き流した。
 努めて聞かないようにしても、胸に沸く不快感は拭えない。顔に出したつもりもないのに、妙なところで聡い邪悪な兄弟神はそれを見透かしたらしかった。嘲りの笑みを一層深めたショロトルが、また口を開く。
「まだ疲れて寝てるかもなあ。別にお前の勝手だけど、寝込み襲うのは悪趣味なんじゃねえの? あいつ生意気だから、無理矢理されんの嫌いだし」
「しない」
「どーだかな」
 鼻で笑うショロトルに、ついかっとなってまた言い返してしまいそうになる。やっとのことで怒りを飲み込んで目を逸らすと、視界の外でショロトルの声音が僅かに変わった。
「つうかあいつ、なんか最近妙なんだよな。自分からはこっち来ねえし。来てやってんのにやけに渋るし。してやってんのに、なんか上の空だし」
 思わぬ言葉に、つい視線を戻してしまう。数歩先に立ち止まって考え込んでいるショロトルは、凝視するケツァルコアトルには気づかない。記憶を手繰るように、ぽつりぽつりと独りごちる。
「何か最近、あんま食い散らかしてねえみてえだし。っつか神殿からもあんま出て来てねえみてえだし。役目のことだけしてて、遊んでねえみてえだし。他の神にやらしー目で見られてても、気付かねえのか無視してんのか。あー、あと……」
 半ば独白のように違和感らしいものを数え上げていたショロトルが、ふとケツァルコアトルの視線に気付いて口を閉じた。我に返ったというような、不意を突かれたような、自分自身に困惑するような、なんとも形容し難い表情をする。だがすぐに、邪悪な兄弟神はふてぶてしい笑みを取り戻した。
「ま、俺には関係ねえけどな。あいつが何考えてようと」
 さらりと言い放ったショロトルは、もうケツァルコアトルを苛立たせることにも飽きたらしい。未練もなさげにさっさと脇を通り過ぎていくので、ケツァルコアトルももうその存在を無視して歩みを再開した。
 だが歩きながらもつい、兄弟神の言い残していった言葉を思い返してしまう。その内容を、何度も吟味してしまう。
 ショロトルは不快で悪辣な神だが、観察眼は鋭い。あの兄弟神が言うのならば、それは確かなことなのだろう。
 向かおうとしている神殿の主神が、あの悪徳の神が、淫らな遊びを控えているというのならば、それは歓迎すべき変化だ。やっと行いを改めるというのならば、ケツァルコアトルとしては願ってもないことだ。
 だが、その変容はなぜ起こったのだろう。誰かに諭された程度で悔い改めるような殊勝な神ではない。何か大きな衝撃がその魂を根底から揺さぶって、行動を変えさせている筈なのだ。だが、その激震は誰に、何によってもたらされたのか。
 いつの間にか、その神の神殿の前に辿り着いていた。考えても分からないことは直接聞くのが良い。そう心に決めて、ケツァルコアトルはその神殿に足を踏み入れた。

 誰にも見咎められることなく辿り着いた奥の間で、その神は横になっていた。眠っているのかと思ったが、ケツァルコアトルの気配に気付いたのか億劫げに目を開ける。
 気怠げにこちらへ顔を向けたその神は、はっと目を見開いた。反射的に起き上がろうとして小さく呻いたのは、攻め立てられて間もない腰が痛んだのかもしれない。考えながら、ケツァルコアトルはひどく不快な気分になっている自分を発見した。
「ショロトルでなくて、悪かったね」
 無感動な声で吐き捨てながら歩みを進める。やっと身を起こしたその神の体を眺め渡して、不快な感情が一層膨れ上がるのを感じた。
 数えきれない歯型に彩られた、その体。噛み傷を刻まれる度にこの神が上げただろう歓喜の声が、その幻の響きが、奇妙に不愉快で耳障りだった。理由の分からない苛立ちを持て余しながら下肢にも視線を向けると、その体が僅かに竦んだ気がした。
「何の、用だ」
「別に?」
 掠れる声には、僅かに怯えのような響きが混ざっているような気がした。聞き間違いに違いないと、この不遜な神は恐れたり恥じ入ったりする筈はないと、分かり切っている。それでもその幻聴は、妙に心地良かった。
 膝を突いて、僅かに背けられていた顔をこちらに向けさせてやる。びくっと肩を震わせるその神の目を、正面から覗き込んだ。
 その瞳は確かに、隠しきれない怯えを浮かべていた。理由はケツァルコアトルには分からないし、こんな恥知らずの神の内面など窺い知りたくもない。だが、その色を眺めているのは不思議と心地良かった。
「君が私に会いたいんじゃないかと思ってね。色狂いの君が、このところ遊びを控えていると聞いたから」
「っ!」
 我知らず微笑みながら、優しい声で囁いてやる。怯えるように息を飲む音に、濃くなる怯えの色に、心地良い満足が一層胸に広がっていく。
 見開かれている目の際を指先でなぞってやると、その神がはっと体を震わせた。やっと動くことを思い出したようにケツァルコアトルの手を振り払い、顔を背けたまま吐き捨てる。
「失せろ」
 虚勢を張っているのが手に取るように分かる声音に、加虐的な喜びが一層強まる。だからケツァルコアトルは手を伸ばし、こちらに目を向けない神を組み敷いてのし掛かった。
「っ、や、めろ、退け……」
「口の聞き方がなっていないな。心配して来てあげたのに」
 抵抗を易々と押さえつけながら、一層強くのし掛かる。何故か一瞬だけ動きを止めたその神の脚の間に指を這わせると、その場所はまだ熱く濡れていた。
「っ、や、め……」
「随分とショロトルに可愛がってもらったようだね。ココに何回出されたのかな?」
「っ!」
 激しくなる抵抗になど構わず、その孔に指を潜り込ませる。嬌声を噛み殺したその神が、薄く涙を浮かべた目で睨み上げてくる。わざとにこやかに微笑んでやり、一層深くまで指を差し入れた。

「……っふ、ぁ……!」
「はは、嫌がっていた割にこれか。本当に君は淫乱だね」
 甘い声で嘲りながら、わざとぐちゅぐちゅと音を立てて指を動かす。まだ内部に残っていたショロトルの精を塗り込めるように、意図的に卑猥な音を響かせて掻き回す。もう言い返すこともできないらしいその神は、背筋を震わせて一層顔を背けた。
 きつく閉じた目の端に浮かぶ涙。強く引き結ばれた唇。必死で嬌声を噛み殺そうとするその様子に、加虐心を煽られる。
 指を一層深く潜り込ませながら、顔を寄せて耳朶に噛み付いてやった。びくっと跳ね上がる体を押さえ込み、耳孔に舌を差し入れてやる。
「ひぅ」
「本当にいやらしい体だね。こんなに絡みついてきて、物欲しそうに締め付けて」
 囁きと嘲笑を吹き込んでやり、内部で軽く指を折り曲げてやる。くぅっと息を飲んだその神が、耐え切れないというように濡れた吐息を零した。
 もうそろそろ良いだろう。ここまで来れば生意気な唇も、素直なおねだりができるだろう。そう判断して、もう一度耳朶を齧ってやって、それからこちらに顔を向けさせた。
 熱っぽく蕩けている瞳を覗き込み、にこりと笑ってやる。驚いたように小さく揺れた瞳に、優しく囁いてやった。
「もう、指じゃ足りないだろう?」
「っ……」
 優しく囁いてやると、蕩けていた瞳に僅かに光が戻る。怯え、羞恥、そして隠し切れない淫らな期待。満足しながらまた指を動かしてやると、思わずと言った様子でその唇が喘ぐ。
「もっと熱くて太いものが、欲しいだろう? この淫らな穴から溢れるほど、たくさん注がれたいだろう?」
 言えたら、欲しいだけあげようね。甘い声で促してやり、奥まった悦ぶ場所をぐりぐりと指で刺激してやる。その神は感に耐えない様子で声を漏らし、びくびくと体を震わせた。
 確かに欲しがっている。待ち望んで、待ち侘びて、待ち焦がれているのが、ケツァルコアトルには手に取るように分かる。確かに欲情して、蕩け切って、ケツァルコアトルに征服されるのを切望している。
 だというのにその神は、きゅっと唇を噛み締めて力なく顔を背けた。きつく閉じた目の端に涙を滲ませ、貝のように口を閉ざす。強情なその様子に、苛立ちよりも征服欲を煽られた。
「認めないと、何もあげないよ」
 優しく囁いてやりながら、また指を動かしてやる。悲鳴を噛み殺したその神が、背筋を震わせた。

 ふ、ぅん、んん、ぅ。必死で噛み殺される吐息が、耳に心地良い。満足しながら、ぐるりと指を動かした。また跳ねる腰を押さえ込み、優しい声で囁きかける。
「意地を張っても無駄だよ。君がきちんとおねだりするまでは何もあげないと、最初から言っているだろう?」
 噛んで含めるように教えてやっても、その神は弱々しく首を横に振るばかり。強情で聞く耳を持たない様子に呆れ返りながら、嗜虐的な喜びがまた膨れ上がるのを感じた。
「なら、ずっとこのままだね。夜が更けて、朝が来て、昼が去ってまた夜になるまで、ずっと指を咥え込んで善がっていれば良い」
 優しく言い含めてやると、快感に耐えている表情に恐れに似た色が滲む。その色に満足して、顔を寄せて涙を舐め取ってやった。
 びくっと、また震える体。涙の甘さを舌の上で転がしながら、耳元に唇を寄せてやって。
「それが嫌なら、きちんと言うんだ。何をして欲しいのか、何が欲しいのか」
 恥知らずの君なら、簡単に言えるだろう?
 甘い声で嘲ってやりながら、また指を動かす。くぅっと息を飲む声、耐えるように強張る体。宥めるように腰を撫でてやりながら、返答を待った。
 ひく、と喉の震える音。刺激を欲しがって、熱を恋しがって、待ち焦がれているのが手に取るように分かる。あと一押しかとまた口を開こうとした矢先、震える声が耳に届いた。
「っ、れ、て、いれて……!」
 はやく、と訴える声は、切なく掠れて涙に震えている。揺らぎながら必死で見上げてくる眼にも涙が盛り上がって、今にも零れんばかりで。
 深い満足を覚えて、けれどもう少しだけ虐めてやりたくて。だからケツァルコアトルは、笑顔で突き放してやることにした。
「どこに、何を挿れて欲しいのかな? 言ってくれないと分からない」
「っ……!」
 にこやかに言い捨てると、濡れた瞳が見開かれる。驚愕と萎縮の揺れる瞳から、涙が滑り落ちる。その涙も甘いのだろうかと眺めていると、怯えた顔をしたその神がふるふると首を横に振った。
「ぇな、いえな……」
「なら駄目だね」
「ひぁあ!?」
 また奥まった場所を指で抉ってやると、甘い高い悲鳴を漏らしたその神が身を震わせる。構わず同じ場所やその周りを間断なく刺激してやると、その神は苦しげな声を漏らして身を捩った。
「ちが、ぁ、やだ、ゃ、あ、ぁ、……!」
「何が違うと? 気持ち良さそうに咥え込んでるじゃないか」
 きゅうきゅう締め付けて、こんなに絡みついてきて。浅ましいね。本当にいやらしい体だ。恥ずかしくないのか、この淫乱。
 甘い声で詰りながら、わざと音を立てて中を掻き回してやる。耳朶に歯を立て、耳孔に舌を差し入れてやる。苦痛と快感の入り混じった声を漏らしたその神が、喘ぎの下から訴えた。
「ぅ、いぅ、からっ、ぁ、あ……も、やめ……!」
 泣き濡れたその声にひとまず満足して、耳をべろりと舐めてやってから顔を離した。顔を背けて身を震わせているその神の顔を、こちらに向けさせる。おずおずと開く目を覗き込んでやり、にこやかに促した。
「早く言いなさい。言えるだろう?」
「んぅ」
 少しだけ指を動かしてやると、それすらも耐えられないのか息を飲んで身を震わせる。怯えた目にもう一度微笑んでやると、その眼に諦めに似た色が過ぎった。ぎこちなく、その目が僅かに逸らされて。
「……指、じゃ、なくて……っ、それ、いれて、して……っ」
「それ、じゃ分からないな。はっきり言いなさい」
 笑顔で咎めながら、もう一度向き直らせる。怯えた瞳にぞくぞくとした快感を覚えながら、これ見よがしに微笑んでやる。わだかまる劣情に耐えきれなくなっているらしいその神は、羞恥に耐えるようにきゅっと目を閉じて拙く訴えた。
「おまえ、の、男根……いれて、っ、もぅ……」
 もうゆるしてと訴える、涙に濡れた声。羞恥に打ち震えて、はちきれんばかりの熱を持て余して、怯え縮こまる体。仕方なく与えてやろうかと思ったが、もう一言だけ言わせてやることにした。
「どこに挿れて欲しいのか、きちんと言うんだ。言われなければ分からない」
「っ……!」
 冷たく突き放すと、怯え切った瞳が見上げてくる。わざとにっこりと笑んでやり、腰を掴んでいた手を動かして震える唇をなぞってやった。
「この口でしゃぶりたいのかな? それとも、こっちのいやらしい口で、吸い付きたいのかな?」
「くぅ」
 優しく問いかけながら埋め込んだままの指を軽く動かすと、感に耐えない様子で身を震わせる。もう声もなくこくこくと頷く姿に満足しそうになるが、まだ足りない。だから優しく顔を上げさせて、蕩けた瞳に微笑んでやった。
「この淫らで浅ましい口で咥えたいなら、はっきりそう言いなさい。言えないなら、あげないよ」
「っん……!」
 もう一度ぐるりと指を動かしてやると、快感よりも苦痛に近い喘ぎを漏らす。高まるもどかしい快感にもはや何も考えられないのか、その神は泣き声で訴えた。
「み、だらで、あさましい、とこに……いれて、も、むり……っ」
 はやくと訴えながらぼろぼろと涙を零すその神。心地良い満足に浸りながら、ケツァルコアトルはその涙をまた舐め取ってやった。塩辛いそれが、妙に甘く舌に絡みつく。
「本当に、淫らで浅ましい淫売だね。とんだ色狂いだ」
「んぅ」
 指を引き抜いてやり、同じ場所に熱を押し付ける。その感触に感極まった吐息を漏らす唇を見下ろして、その呼吸を測って。そして息を吐き切ったその瞬間に、深々と腰を突き入れた。
「ひぅ、ーー!」
「はは、挿れただけでイったのか。本当にはしたない淫乱だね」
 嘲ってやっても、がくがくと身を震わせるその神にはきっと聞こえてもいない。ぐったりと脱力して虚ろな目をあらぬ方向に投げているその様子が気に入らず、ケツァルコアトルも自分の快感を追うことに決めた。
「ひぁ、ぁ、ぁ、ーーっ!」
「何だ、またイったのかい?」
 達したばかりの体には刺激が強過ぎたか。だが、構ってやるほどのことは何もない。汗に滑る腰を掴み直してまた腰を叩きつけると、組み敷いた体が壊れそうに引き攣った。

「ひぅ、あ、ぁ、ーー!」
「っ……はは、本当に、淫乱だね」
 一滴残らず搾り取ろうとするような締め付けに息を詰めながら、荒い呼吸の下から詰ってやる。それさえ聞こえていない様子で、その神は虚ろな目をして体を弛緩させている。
 ケツァルコアトルの存在さえ忘れているようなその様子に苛立って、もっと攻め立ててやろうと腰を掴み直して。だがその時、尋ねようと思っていたことをやっと思い出した。
「何の気紛れだい? 色狂いの君が、男遊びを控えるなんて」
 聞こえていないだろうと思いながら問いかけてやり、顎を掴んで顔を向けさせる。目を覗き込んでやると、微かな理性の欠片が瞳に揺れた。
「ぅ……?」
「私のところにも来ないと思ったら、食い散らかすのもやめているらしいじゃないか。色情狂の君には珍しい」
 問いを重ねてやると、やっと質問を理解したらしい色が瞳に揺れる。少しだけ理性を取り戻したらしい表情をしたその神は、だが何も言わずに目を背けた。
 その瞳にちらりと過ぎった色は、羞恥だろうか。思いがけないその色に不意を突かれた時、ふと連想した言葉があった。まさかと否定する前に、吟味する前に、その言葉はケツァルコアトルの唇から滑り出ていた。
「誰かに恋でもしてるのかな?」
「っ!?」
 弾かれたようにこちらを見上げる目の色に、ケツァルコアトルの方こそ驚く。だがその瞳にあるのは紛れもなく、驚愕と羞恥だった。確かにそれは、図星を突かれて取り繕うことさえできずにいる表情だった。
 この淫らな神は確かに特定の誰かを恋い慕い、その誰かのモノになりたいと願っているのだ。けれどそれを相手に伝える勇気を持てずに、怯えて閉じ篭っていたのだ。それを理解した瞬間にケツァルコアトルの胸を襲ったのは、憎悪に近い激しい感情だった。
 あんなにもケツァルコアトルの心を蹂躙しておいて、あんなにもケツァルコアトルの体で快楽を貪っておいて。今更、さも清純で無垢な者のような顔をして、甘い恋に胸をときめかせるつもりか。そんなことは許さない。許されるべきではない。
「君が誰かのモノになんて、なれる筈ないだろう? こんな穢らわしくて、汚らしくて、浅ましい体で」
「っぅ」
 冷たく言い捨てながらまた腰を突き上げてやると、その神が背筋を震わせて声を漏らす。怯えた目を覗き込んで、殊更優しく微笑んでやった。
「満足できる筈もないって、君だって分かってるんだろう?」
「ん、ぅ」
 わざと悦ぶ場所は避けて攻め立ててやると、もどかしげな声が上がる。自分の漏らした声にかますます怯えを濃くする目を見据え、ケツァルコアトルは優しい声で言い聞かせた。
「諦めた方が身の為だよ。君には、恋なんてできやしない」
「ゃ……!」
 怯え切った声に、眼に、堪らなく興奮して、嗜虐心を煽られて。もっと傷つけてやりたくて、もっと苦しませたくて。だから甘くさえある声で、当然の事実を教えてやった。
「君なんかを本気で愛する者なんて、居る筈がない。娼婦の代わりが関の山だよ」
 甘く甘く囁いてやった、その瞬間に。見開かれていた瞳の奥で、何かが砕け散るのを見た。
 ふっと力の抜けた四肢になど構わず、ただケツァルコアトル自身の快感を追う。声も漏らさなくなったその神が何を考えていようと、何の関わりもない。何も気にしてやるようなことはない。
 ちらりと見下ろした先で、その神は虚ろに涙を流していた。けれど、ケツァルコアトルには何の関係もないことなのだ。

 やり過ぎた、だろうか。幾度目か胸に湧き上がった声を振り払おうとしても、その声は何度でも浮かび上がりケツァルコアトルを苛もうとする。頭を振って追い払い、また溜息を吐いた。
 浮かび上がるのは、虚ろに涙を流していた瞳。絶望とでも呼ぶべき暗い感情を満たして、ケツァルコアトルを映しもしなくなったあの眼。何を言ってやっても、どんなに攻め立ててやっても、その瞳は何の反応も返さなかった。
 気を失うまで犯して、そのまま放り出してきた肢体。今頃どうしているだろう、もう目を覚ましただろうか、また泣いているだろうか。そんな考えを巡らせている自分に気づいて、ケツァルコアトルは慌てて考えを振り捨てた。
 あんな淫らで邪な神など、心配してやる道理も義理もない。悔い改めて、恥じ入って、涙も枯れるほど泣きじゃくれば良い気味だ。目玉の溶け落ちるほどに泣けば良いのだ。そう、自分に何度も言い聞かせているのに。
 言い過ぎたかもしれない。甚振りが過ぎたかもしれない。大切に抱きかかえている切ない恋心を踏みにじったりなど、すべきではなかったかもしれない。ちくちくと胸を刺す罪悪感の棘に耐えるために、やっとの思いで憤りを呼び戻した。
 ケツァルコアトルは何一つとして、間違ったことなど言っていないのだ。あの淫乱で悪辣な神に、身の程を教えてやっただけだ。あの邪悪な神の振る舞いは誰もが知っているものなのだから、どのみち恋心など実りはしない。傷つく前に教えてやったことを、感謝されても良いほどのものだ。
 自分に何度言い聞かせても、罪の意識が消えない。振り払うために強く目を閉じ、努めて全ての思考を意識の外へと追い出した。

 いくらか、眠っていたらしい。
 誰かの気配に目が覚める。目を開ける前から、そこにいる神の姿はありありと思い描けた。
「入って良いと、誰が?」
「貴様とて、許しも得ずに入り込むではないか」
 くすくすと淫らに笑うのは、やはり思い描いた通りの神だった。乏しい月と星の明かりに浮かび上がる瞳は、淫猥な期待を宿して蕩けている。
 我が物顔でケツァルコアトルの腰の上に跨っているその神を払い落としてやっても良かったが、そうする代わりに手を伸ばして腰をなぞってやった。その神はふふふと淫らに笑い、軽く身を捩って装束を振り落とした。
「あんなにしてあげたのに、まだ足りないのかい。本当に浅ましい淫乱だね」
「貴様が盛りのついた猿のように、愚鈍に腰を振っただけではないか。もっと私を満足させることだな」
 憎らしく笑う唇は、妖しい艶を浮かべる瞳は、傷ついたような色など全く浮かべていない。そのことに安堵している自分を振り払うように、ケツァルコアトルは身を起こしてその神の唇に噛み付いた。
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