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金庫人
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《ふむふむ、どうやら実験体は失敗したみたいだな。だがしかし、実験体のおかげで新しい戦力が出来たのは事実、そう思えばこの実験にも意味があったと言えるべきだろう。
‐‐‐‐さぁ、その金庫槍ムラージュムレを返してもらおう!》
現れたのは、顔が金庫の人間。いや、人間と言って良いのだろうか。
ダイヤル式の金庫の顔をしたそいつは、ゆっくりとこちらにやって来ていた。
「(金庫……?)」
「(金庫、だな)」
戦いが終わったため、ココアの介抱を引き受けたトルテッタ、そして槍について言われたのでとっさに槍をとってしまったコビー。その2人の視線が一点に、執事の恰好をしたそいつの顔、金庫に移っていた。
いや、顔だけではない。左肩と右腕、そこにも同じ大きさの金庫がそれぞれついていた。
顔のは黄金、左肩のは漆黒、そして右腕のは白銀の色、とそれぞれ色合いは違うがダイヤル式の金庫であることは一緒だ。つまり、身体に3つの金庫を取り付けているということである。
ココアが金庫のとりついた槍を振るっていたのを見た時は変わった槍だと思ったが、その人物はそれ以上。
それ以上に怪しい人物であり、なにより"恐ろしい覇気"をまとっていた。
覇気、というが、それが一番相応しいからそういう言葉で表しているだけだが。
実際には‐‐‐‐"恐怖"。絶対的な、敵わないと思われるほどの圧倒的すぎる恐怖や絶望、その塊。
金庫頭はそんな威圧感を持って話している。親しげに友好的な口調であるが、それでもコビーとトルテッタが黙っているのは、彼らがそんな状況の中に居るからである。
《対話で物事を解決へと導く、これは実に人間的な方法だと思いませんか? もう一度言います、その金庫のついた槍を渡してくれるだけで良いんです》
「…………」
《それとも‐‐‐‐》
と、金庫頭の左肩にある漆黒の金庫が淡く光ると共に、左腕から巨大な漆黒の龍が生まれていた。
漆黒の龍は大きな口を開けて、《グォォォォっ!》と唸り声をあげていた。
《‐‐‐‐人間の負の一面、戦争という非平和的手段にて解決を目指しますか?》
「それより、お前は何者だ?」
《えっ?! そうなる!?》
《うっわぁ……》と、金庫頭の人は心底意外そうな顔でこちらを見ていた。
《まぁ、そっか。そっか、そっか。
‐‐‐‐ワレの名前は【アイストーク】という。世界を適当に作りやがった神に代わって世界を統一、この世をしろしめす組織の一員なり。その金庫槍はワレらの所有物なり、故にそれを返してもらいたく見参した訳である》
「アイ……ストーク……」
《そう、その槍をちょっとだけ貸してもらえれば良い。我々としても、こんなところで争うつもりは一切ない。故に君達の身の保証は致そう》
「信用できないわね」
と、後ろからトルテッタがそう言って近寄ってくる。
「あなたは未知よ、おかしいわよ。そんなにんげ……ん、のいう事なんて信用できるわけがないでしょ」
《えっ!? そうなる?! ……仕方ない》
アイストークと名乗った金庫人はため息(?)を吐き、次の瞬間、顔の金色の金庫が淡く輝く。
輝くと共に、アイストークの姿が2人の目の前から一瞬で消えていた。
「消えた……?!」
「どこに?」
《‐‐‐‐ふむふむ、【毒にも薬にもなる】。
これには一切傷ついていないようですね。それは嬉しい限り》
と、いつの間に移動したのか、アイストークはコビーの背後にて金庫槍を左手で持ちながら、右手では花束を象ったアクセサリーを手にしていた。アクセサリーは表面には赤、裏面では紫‐‐‐‐同じ形ながら色合いが違うため、まったく違う印象を受ける。
その花束型のアクセサリーを手にしていたアイストークは左肩の漆黒の金庫を開けて、その中にアクセサリーを中に入れて閉めていた。途端、急によろりと、アイストークがその場でよろける。
《あぁ、やはりよろけてしまいますか。これは我が組織に帰ったら、すぐさま元の場所に戻さねばなりませんな。うん、そうなる、そうなる》
「いったい、どうやって俺の手から」
《えっ? 普通に人間的に取っただけですがね?》
アイストークはさも当然のことのようにそう答え、そして金庫の槍を放り投げる。
放り投げられた金庫の槍はその場で地面の下へと倒れて、そのまま音と共に地面の上に転がる。
《よし、目的のブツは回収できた。これにて、アイストークの仕事は終了ですなぁ。うんうん》
と、アイストークはそこで、ようやくコビーとトルテッタの方をじっと見る。いや、そういう感じがしただけで、金庫の顔がこちらを見ているのかは分からないのだが、2人ともなんとなくそう感じていた。
《今日はここで終わりにしましょう、だがしかしワレはこの世界をしろしめす組織の一員、いずれあなた方人間も、そしてくそったれな神をも越えさせていただきましょう。
では、近日また会う日まで、良き生を》
顔の金色の金庫がまたしても淡く光り輝いたかと思うと、アイストークの身体がぶれる。ぶれると共に、その身体が一瞬で消える。
絶望に近い狂気のオーラが消えたと感じた時、コビーとトルテッタは揃ってむせた。
呼吸も忘れ、ただ相手がどう動くか。それを頭の先からつま先まで全神経を集中させていた、2人には呼吸する暇もなかったのだ。
絶望という蓋が消え、ようやく呼吸という人間として正常な反応を思い出した、それ故の自然な反応。
「なんだったんだ、あいつは……」
コビーはいつの間にか出ていたぶわっと出ていた汗を拭きつつ、先程の生き物について考えをめぐらせる。
まずあれは自然で生まれた者ではない、それは事実だ。少なくとも金庫を持って生まれ出でる生命体が出る場合など、考える方がおかしい。
さらには金庫の中。《魔術師殺し》として操られていたココアは、槍の中に入っていた金庫1つで他を圧倒していた。それに対してあのアイストークと名乗った得体のしれない化け物の金庫は、3つ。
単純計算なら3倍、もしかしたらそれ以上の力を所持しているのかもしれない。
「あの金庫野郎、"近日また会う日まで"と言っていたわよね」
「ついでに、"良き生を"という言葉も付け加えておいてくれ」
その言葉はつまり、近日中にまた会う機会があり、なおかつその時までしか生を楽しめ、要するに殺すということだ。
「いつ襲ってくるか分からない、襲ってくるのが脅威だと感じる者。
‐‐‐‐暗殺者やココアより、厄介だよ」
とりあえず、考えていても答えは出そうになかった。
コビーはトルテッタと別れ、ココアを連れて部屋へと戻りゆく。
その最中も、あの金庫野郎にどう報いればよいかを模索しながら。
☆
メグ生徒会長が用いる魔術形式、それが五行である。
普通の魔法と言えば、【火】・【水】・【風】・【土】の4つ、さらにそれを組み合わされた【雷】・【氷】・【木】・【金】の4つ。さらには【光】と【闇】‐‐‐‐合計すると10個も属性がある。
一方で五行は、その半分の5つ。【木】・【火】・【土】・【金】・【水】、この5つは自然を構成する五大要素として五行では伝えられている。
木が燃え、燃えた灰は土へと還り、土は金属の鉱物を含み、鉱物は水を生じ、水は木を育てる。そんな自然の摂理を体現して生み出された五行、その五行を華麗に操ることが出来るナツメ・メグ生徒会長である。
この五行を自由自在に操るという事は、つまりは自然を、世界を自由自在に操作できるのと同じである。
地震も、竜巻も、大雨も、そのすべてが彼女の意のままに操ることが出来る。
「ひょいっ、とな」
生徒会長室にて、メグ生徒会長は椅子に座りながら、机の上に小さな竜巻を作って埃を飛ばしていく。
ただのちょっとした掃除にしたら過剰、かもしれないが、彼女にしてみれば自分が持てる力を使っているのにすぎない。
歩ける人間が足を使うように、魔法を使えるのに魔法を使わないのは変だろう。ただそれだけだ。
「けど、あの"ヒトタチ"。そろそろ【魔術師殺し】を捕まえた頃でしょうかね」
と、彼女は【魔術師殺し】を依頼したコビーとトルテッタのことを思い浮かべていた。
色々な情報を統合して、そろそろ【魔術師殺し】を倒している頃合いだろうと推測、いや断定していた。
実際、その通りでコビーとトルテッタはココアを倒して、ただいまアイストークとお話し中だったのだが。
「‐‐‐‐さて、そろそろね」
なにがそろそろ、なのか。
その答えはすぐさま訪れた。
《‐‐‐‐戻ったぞ、ナツメ》
「"オソ"かったね、アイ」
ごく当たり前に、その人物(?)‐‐‐‐アイストークは現れる。
ぱんぱんっ、と手を叩いて、アイストークが襟を正す。
「"ズイブン"と遅かったじゃない」
浮気して帰りが遅くなった夫をたしなめるように、メグ生徒会長がそう言うと《仕方ない》と、アイストークはさも当然のように言葉を返す。
《いや、なに。人間的に接した結果、ですよ。その分、こうして【毒にも薬にもなる】は回収できたんだから良いじゃないですか》
「良くないわ、なにせ【魔術師殺し】がやられたことになったのよ。今までみたいな事は出来ないわ。
と言う訳で、これでもう取引は中止よ」
《えっ!? そうなる?! 取引終了!?》
「そう‐‐‐‐"マジュツシ"を紹介するという取引は、あなたが派手に動いたせいで中止よ。
こっちがいくら慎重にやっていても、そっちが慎重じゃなきゃ台無しよ」
取引‐‐‐‐魔術師の情報を教える、それがメグ生徒会長が行ったアイストークの取引。
魔術師の情報を受け取って、魔術師を倒し、その後アイストークがなにをしているのかはメグ生徒会長は知らない。と言うより、興味がない。
取引がうまくっている間は、メグ生徒会長にもメリットがある。だからこその取引。
それで十分だった、だがしかしアイストークはミスを犯した。
「(【魔術師殺し】アルブレンド・ココアの"カクニン"……それが全てのミスの始まりでした)」
もともと、【魔術師殺し】たるアルブレンド・ココアが行った魔術師襲撃事件はもっと多い。軽く見積もったとしても、30件は越えているだろう。
隠れながら、慎重に行っていれば大丈夫だったはずなのに、アイストークが焦ったせいでこうして世間的に広まり、こうして退治しなければならなくなってしまったのだから。
《分かっていますよ、これはワレのミス。だからこそ別にそちらを責めてないじゃないですか》
「……どうだか。まぁ、良いですけれど。それで"いつ"、攻めるの?」
と、メグ生徒会長が聞きながら、1枚の紙をアイストークに差し出す。
そこには3日後の日付で、王子や王女を集めた若者だけの簡易首脳会談にて各国の王子や王女が集合するということが書かれていた。
「"センベツ"よ、それはあげるわ」
《……ありがたいねぇ、これが、この情報が欲しかったんですよ。この会議こそワレらが、世界をしろしめすために必要な情報だからくれて嬉しいなぁ》
「重要な"ショルイ"だとは思うわ、各国の主要人物が集うんだから。でも、それでどうすれば"セカイ"をしろしめすことが出来るのか、私には分からないわ」
《それはお楽しみ、ですよ。それにワレとナツメはただの取引相手、そこまで教える筋合いはないですよ》
「……そうね、人の事を名前ではなく、苗字で呼んでる人とは心が通った感はゼロ、ね」
《そそっ、あくまでもワレとナツメは取引相手、それで良いではないですか》
嬉しそうにそう語るアイストーク、それに対してメグ生徒会長はそんな事は不可能だろうなと思っていた。
全世界統一、そんなのは絵空事、物語の中だけの出来事。
それを馬鹿正直に成し遂げたいと語るアイストークを、だからこそバカにしているメグ生徒会長。
「(……そんなの無理に決まってるのに。確かに口にしなきゃ敵わない夢もあるのかもしれない、それは分かりますが、だからと言って"スベ"てが叶う訳じゃない。
存在自体も奇妙ですが、それはどうも夢事態にまで及んでいるみたいですね)」
《ふふっ、楽しみだ。楽しみ。もうすぐ世界はワレらの組織の力によって全世界統一、すなわちしろしめされるでしょう!》
「それは楽しみですね。まぁ、その頃には私はこの"キョウワコク"にはいませんが」
と、メグ生徒会長が"共和国に居ない"と発言したのを耳(?)にしたアイストークが、《実に勿体ない》と答える。
《それはほんとぉに、勿体ない。ワレの活躍をその目に焼き尽くすことで、ワレの偉大さを感じて、ワレの世界統一の瞬間を見てもらおうと思っていたのですが。
ナツメとは取引も重ねていますし、その上あなたはワレの‐‐‐‐》
「‐‐‐‐それ以上は言わないでくれる? それに私とアイはそんな関係ではありません。
ただの取引相手、それ以上でもありませんよね」
《えっ?! そうなる?!》
「そう、なります」
《……そう、だね。ワレとナツメ、もう以前のような関係には戻れない、のだろうな》
「‐‐‐‐だね。もう、戻れません」
断言するメグ生徒会長、そしてそれを心底残念そうに言うアイストーク。
《なら、仕方ない。
‐‐‐‐ならナツメは、感じて。ワレが世界を統一、そう、世界をしろしめすその様を》
そう言って、アイストークは顔の金庫を淡く輝かせ、そしてそのまま一瞬で消えた。
一瞬で姿がかき消えたのを見て、メグ生徒会長はもう1枚コピーしておいた書類を見る。
「3日後のこの会談にて、いったいなにが‐‐‐‐。
いえ、これ以上は詮索すべきじゃないわね。さて、次はどんな理由であのコビーくんに戦ってもらいましょうか?」
まずはそこから考えよう。
メグ生徒会長はそこから頭を悩ませることにした。
‐‐‐‐さぁ、その金庫槍ムラージュムレを返してもらおう!》
現れたのは、顔が金庫の人間。いや、人間と言って良いのだろうか。
ダイヤル式の金庫の顔をしたそいつは、ゆっくりとこちらにやって来ていた。
「(金庫……?)」
「(金庫、だな)」
戦いが終わったため、ココアの介抱を引き受けたトルテッタ、そして槍について言われたのでとっさに槍をとってしまったコビー。その2人の視線が一点に、執事の恰好をしたそいつの顔、金庫に移っていた。
いや、顔だけではない。左肩と右腕、そこにも同じ大きさの金庫がそれぞれついていた。
顔のは黄金、左肩のは漆黒、そして右腕のは白銀の色、とそれぞれ色合いは違うがダイヤル式の金庫であることは一緒だ。つまり、身体に3つの金庫を取り付けているということである。
ココアが金庫のとりついた槍を振るっていたのを見た時は変わった槍だと思ったが、その人物はそれ以上。
それ以上に怪しい人物であり、なにより"恐ろしい覇気"をまとっていた。
覇気、というが、それが一番相応しいからそういう言葉で表しているだけだが。
実際には‐‐‐‐"恐怖"。絶対的な、敵わないと思われるほどの圧倒的すぎる恐怖や絶望、その塊。
金庫頭はそんな威圧感を持って話している。親しげに友好的な口調であるが、それでもコビーとトルテッタが黙っているのは、彼らがそんな状況の中に居るからである。
《対話で物事を解決へと導く、これは実に人間的な方法だと思いませんか? もう一度言います、その金庫のついた槍を渡してくれるだけで良いんです》
「…………」
《それとも‐‐‐‐》
と、金庫頭の左肩にある漆黒の金庫が淡く光ると共に、左腕から巨大な漆黒の龍が生まれていた。
漆黒の龍は大きな口を開けて、《グォォォォっ!》と唸り声をあげていた。
《‐‐‐‐人間の負の一面、戦争という非平和的手段にて解決を目指しますか?》
「それより、お前は何者だ?」
《えっ?! そうなる!?》
《うっわぁ……》と、金庫頭の人は心底意外そうな顔でこちらを見ていた。
《まぁ、そっか。そっか、そっか。
‐‐‐‐ワレの名前は【アイストーク】という。世界を適当に作りやがった神に代わって世界を統一、この世をしろしめす組織の一員なり。その金庫槍はワレらの所有物なり、故にそれを返してもらいたく見参した訳である》
「アイ……ストーク……」
《そう、その槍をちょっとだけ貸してもらえれば良い。我々としても、こんなところで争うつもりは一切ない。故に君達の身の保証は致そう》
「信用できないわね」
と、後ろからトルテッタがそう言って近寄ってくる。
「あなたは未知よ、おかしいわよ。そんなにんげ……ん、のいう事なんて信用できるわけがないでしょ」
《えっ!? そうなる?! ……仕方ない》
アイストークと名乗った金庫人はため息(?)を吐き、次の瞬間、顔の金色の金庫が淡く輝く。
輝くと共に、アイストークの姿が2人の目の前から一瞬で消えていた。
「消えた……?!」
「どこに?」
《‐‐‐‐ふむふむ、【毒にも薬にもなる】。
これには一切傷ついていないようですね。それは嬉しい限り》
と、いつの間に移動したのか、アイストークはコビーの背後にて金庫槍を左手で持ちながら、右手では花束を象ったアクセサリーを手にしていた。アクセサリーは表面には赤、裏面では紫‐‐‐‐同じ形ながら色合いが違うため、まったく違う印象を受ける。
その花束型のアクセサリーを手にしていたアイストークは左肩の漆黒の金庫を開けて、その中にアクセサリーを中に入れて閉めていた。途端、急によろりと、アイストークがその場でよろける。
《あぁ、やはりよろけてしまいますか。これは我が組織に帰ったら、すぐさま元の場所に戻さねばなりませんな。うん、そうなる、そうなる》
「いったい、どうやって俺の手から」
《えっ? 普通に人間的に取っただけですがね?》
アイストークはさも当然のことのようにそう答え、そして金庫の槍を放り投げる。
放り投げられた金庫の槍はその場で地面の下へと倒れて、そのまま音と共に地面の上に転がる。
《よし、目的のブツは回収できた。これにて、アイストークの仕事は終了ですなぁ。うんうん》
と、アイストークはそこで、ようやくコビーとトルテッタの方をじっと見る。いや、そういう感じがしただけで、金庫の顔がこちらを見ているのかは分からないのだが、2人ともなんとなくそう感じていた。
《今日はここで終わりにしましょう、だがしかしワレはこの世界をしろしめす組織の一員、いずれあなた方人間も、そしてくそったれな神をも越えさせていただきましょう。
では、近日また会う日まで、良き生を》
顔の金色の金庫がまたしても淡く光り輝いたかと思うと、アイストークの身体がぶれる。ぶれると共に、その身体が一瞬で消える。
絶望に近い狂気のオーラが消えたと感じた時、コビーとトルテッタは揃ってむせた。
呼吸も忘れ、ただ相手がどう動くか。それを頭の先からつま先まで全神経を集中させていた、2人には呼吸する暇もなかったのだ。
絶望という蓋が消え、ようやく呼吸という人間として正常な反応を思い出した、それ故の自然な反応。
「なんだったんだ、あいつは……」
コビーはいつの間にか出ていたぶわっと出ていた汗を拭きつつ、先程の生き物について考えをめぐらせる。
まずあれは自然で生まれた者ではない、それは事実だ。少なくとも金庫を持って生まれ出でる生命体が出る場合など、考える方がおかしい。
さらには金庫の中。《魔術師殺し》として操られていたココアは、槍の中に入っていた金庫1つで他を圧倒していた。それに対してあのアイストークと名乗った得体のしれない化け物の金庫は、3つ。
単純計算なら3倍、もしかしたらそれ以上の力を所持しているのかもしれない。
「あの金庫野郎、"近日また会う日まで"と言っていたわよね」
「ついでに、"良き生を"という言葉も付け加えておいてくれ」
その言葉はつまり、近日中にまた会う機会があり、なおかつその時までしか生を楽しめ、要するに殺すということだ。
「いつ襲ってくるか分からない、襲ってくるのが脅威だと感じる者。
‐‐‐‐暗殺者やココアより、厄介だよ」
とりあえず、考えていても答えは出そうになかった。
コビーはトルテッタと別れ、ココアを連れて部屋へと戻りゆく。
その最中も、あの金庫野郎にどう報いればよいかを模索しながら。
☆
メグ生徒会長が用いる魔術形式、それが五行である。
普通の魔法と言えば、【火】・【水】・【風】・【土】の4つ、さらにそれを組み合わされた【雷】・【氷】・【木】・【金】の4つ。さらには【光】と【闇】‐‐‐‐合計すると10個も属性がある。
一方で五行は、その半分の5つ。【木】・【火】・【土】・【金】・【水】、この5つは自然を構成する五大要素として五行では伝えられている。
木が燃え、燃えた灰は土へと還り、土は金属の鉱物を含み、鉱物は水を生じ、水は木を育てる。そんな自然の摂理を体現して生み出された五行、その五行を華麗に操ることが出来るナツメ・メグ生徒会長である。
この五行を自由自在に操るという事は、つまりは自然を、世界を自由自在に操作できるのと同じである。
地震も、竜巻も、大雨も、そのすべてが彼女の意のままに操ることが出来る。
「ひょいっ、とな」
生徒会長室にて、メグ生徒会長は椅子に座りながら、机の上に小さな竜巻を作って埃を飛ばしていく。
ただのちょっとした掃除にしたら過剰、かもしれないが、彼女にしてみれば自分が持てる力を使っているのにすぎない。
歩ける人間が足を使うように、魔法を使えるのに魔法を使わないのは変だろう。ただそれだけだ。
「けど、あの"ヒトタチ"。そろそろ【魔術師殺し】を捕まえた頃でしょうかね」
と、彼女は【魔術師殺し】を依頼したコビーとトルテッタのことを思い浮かべていた。
色々な情報を統合して、そろそろ【魔術師殺し】を倒している頃合いだろうと推測、いや断定していた。
実際、その通りでコビーとトルテッタはココアを倒して、ただいまアイストークとお話し中だったのだが。
「‐‐‐‐さて、そろそろね」
なにがそろそろ、なのか。
その答えはすぐさま訪れた。
《‐‐‐‐戻ったぞ、ナツメ》
「"オソ"かったね、アイ」
ごく当たり前に、その人物(?)‐‐‐‐アイストークは現れる。
ぱんぱんっ、と手を叩いて、アイストークが襟を正す。
「"ズイブン"と遅かったじゃない」
浮気して帰りが遅くなった夫をたしなめるように、メグ生徒会長がそう言うと《仕方ない》と、アイストークはさも当然のように言葉を返す。
《いや、なに。人間的に接した結果、ですよ。その分、こうして【毒にも薬にもなる】は回収できたんだから良いじゃないですか》
「良くないわ、なにせ【魔術師殺し】がやられたことになったのよ。今までみたいな事は出来ないわ。
と言う訳で、これでもう取引は中止よ」
《えっ!? そうなる?! 取引終了!?》
「そう‐‐‐‐"マジュツシ"を紹介するという取引は、あなたが派手に動いたせいで中止よ。
こっちがいくら慎重にやっていても、そっちが慎重じゃなきゃ台無しよ」
取引‐‐‐‐魔術師の情報を教える、それがメグ生徒会長が行ったアイストークの取引。
魔術師の情報を受け取って、魔術師を倒し、その後アイストークがなにをしているのかはメグ生徒会長は知らない。と言うより、興味がない。
取引がうまくっている間は、メグ生徒会長にもメリットがある。だからこその取引。
それで十分だった、だがしかしアイストークはミスを犯した。
「(【魔術師殺し】アルブレンド・ココアの"カクニン"……それが全てのミスの始まりでした)」
もともと、【魔術師殺し】たるアルブレンド・ココアが行った魔術師襲撃事件はもっと多い。軽く見積もったとしても、30件は越えているだろう。
隠れながら、慎重に行っていれば大丈夫だったはずなのに、アイストークが焦ったせいでこうして世間的に広まり、こうして退治しなければならなくなってしまったのだから。
《分かっていますよ、これはワレのミス。だからこそ別にそちらを責めてないじゃないですか》
「……どうだか。まぁ、良いですけれど。それで"いつ"、攻めるの?」
と、メグ生徒会長が聞きながら、1枚の紙をアイストークに差し出す。
そこには3日後の日付で、王子や王女を集めた若者だけの簡易首脳会談にて各国の王子や王女が集合するということが書かれていた。
「"センベツ"よ、それはあげるわ」
《……ありがたいねぇ、これが、この情報が欲しかったんですよ。この会議こそワレらが、世界をしろしめすために必要な情報だからくれて嬉しいなぁ》
「重要な"ショルイ"だとは思うわ、各国の主要人物が集うんだから。でも、それでどうすれば"セカイ"をしろしめすことが出来るのか、私には分からないわ」
《それはお楽しみ、ですよ。それにワレとナツメはただの取引相手、そこまで教える筋合いはないですよ》
「……そうね、人の事を名前ではなく、苗字で呼んでる人とは心が通った感はゼロ、ね」
《そそっ、あくまでもワレとナツメは取引相手、それで良いではないですか》
嬉しそうにそう語るアイストーク、それに対してメグ生徒会長はそんな事は不可能だろうなと思っていた。
全世界統一、そんなのは絵空事、物語の中だけの出来事。
それを馬鹿正直に成し遂げたいと語るアイストークを、だからこそバカにしているメグ生徒会長。
「(……そんなの無理に決まってるのに。確かに口にしなきゃ敵わない夢もあるのかもしれない、それは分かりますが、だからと言って"スベ"てが叶う訳じゃない。
存在自体も奇妙ですが、それはどうも夢事態にまで及んでいるみたいですね)」
《ふふっ、楽しみだ。楽しみ。もうすぐ世界はワレらの組織の力によって全世界統一、すなわちしろしめされるでしょう!》
「それは楽しみですね。まぁ、その頃には私はこの"キョウワコク"にはいませんが」
と、メグ生徒会長が"共和国に居ない"と発言したのを耳(?)にしたアイストークが、《実に勿体ない》と答える。
《それはほんとぉに、勿体ない。ワレの活躍をその目に焼き尽くすことで、ワレの偉大さを感じて、ワレの世界統一の瞬間を見てもらおうと思っていたのですが。
ナツメとは取引も重ねていますし、その上あなたはワレの‐‐‐‐》
「‐‐‐‐それ以上は言わないでくれる? それに私とアイはそんな関係ではありません。
ただの取引相手、それ以上でもありませんよね」
《えっ?! そうなる?!》
「そう、なります」
《……そう、だね。ワレとナツメ、もう以前のような関係には戻れない、のだろうな》
「‐‐‐‐だね。もう、戻れません」
断言するメグ生徒会長、そしてそれを心底残念そうに言うアイストーク。
《なら、仕方ない。
‐‐‐‐ならナツメは、感じて。ワレが世界を統一、そう、世界をしろしめすその様を》
そう言って、アイストークは顔の金庫を淡く輝かせ、そしてそのまま一瞬で消えた。
一瞬で姿がかき消えたのを見て、メグ生徒会長はもう1枚コピーしておいた書類を見る。
「3日後のこの会談にて、いったいなにが‐‐‐‐。
いえ、これ以上は詮索すべきじゃないわね。さて、次はどんな理由であのコビーくんに戦ってもらいましょうか?」
まずはそこから考えよう。
メグ生徒会長はそこから頭を悩ませることにした。
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