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金庫槍

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 ‐‐‐‐いつの間に後ろに。

 ココアは凍らされながら言うのだが、そういうセリフは別に聞きたくなかった。
 こんなのはただの魔術の応用みたいなモノである。

「俺の魔法は基本的には【水】と【風】の複合属性たる【氷】、そしてあそこにいるのは【光】‐‐‐‐後は言われなくても分かるだろう?」
「氷で作って……光で歪ませて……」
「まっ、そういう所」

 コビーがやった行為は普通である。
 コビーが魔術で自分の形そっくりに氷で形作り、そこをあそこのトルテッタが光の魔術を歪曲させて俺そっくりに姿を見せる。トルテッタが離れたのは別に逃げたからとではなく、常に姿形を変えてバレないようにする必要があったので少し離れて集中してもらってるだけだ。

「形はこっちで、姿はあっち。遠目では本物かどうか分からない鏡像を作り上げる、"ガラス越しの偽物シンデレラ"という魔法なんだけれども、普通だったらこの方法は使えないんだけどね」
「…………」
「氷の鏡像だから感触は冷たいし、普通に触ると溶けるし、こぼれるし。氷だから」

 要するに今までトルテッタが相対していたのは、トルテッタの光で似せただけの氷の人形。
 洗脳されていなくて、普通の正気の状態だったらこんな手段なんて通用しなかっただろう。
 ‐‐‐‐洗脳などという状態異常ではなければ。

 結果として、コビーはその方法にて勝った。
 ただ、それだけの話である。ただ、本当に‐‐‐‐それだけ。

「ルーズ、ルズルズっ! まだ負けてはいません」
「その槍を離せば、それで勝てるだろ。素手でもお前、十分強いんだから」
「…………」
「その槍を手離せれば、洗脳が解けるなら別だけど」

 コビーはあの槍こそが、彼女を《魔術師殺し》たらしめていると思っている。

 ココアが魔術師を、少なからず羨んでいたのは本当だろう。
 しかし、ここまでの事をしでかすほど恨んでいるわけではない。
 あの金庫の槍の中に入っているのはその恨み憎んでいる部分を増幅させて、ここまでの凶行を決意させている。例えるなら本人が思っていた部分が1割で、残りの9割があの槍、ひいては金庫の中に入っているなにか。
 だからあの槍を手離せばとりあえず事態は好転する、そう思ってコビーは槍から手離させる戦法を取っているのだが‐‐‐‐

「槍を手離せ、それで終わるから。後は生徒会に任せれば良い」
「‐‐‐‐まだですっ! まだ終わっていないっ!」

 ココアが気概を持ってそう宣言し、すると共に金庫が淡い光を発光。それと共に槍自体も赤く色づいて発光し、彼女の身体自体も赤く発光していた。
 ばんっ、と槍を持っていない方の手で地面を割る。そして彼女は凍り付く状況から逃げ出していた。

「怪力……空を走ったり、竜巻を防いだり、色々とその槍は便利だな」

 赤い光を身体に保ったままで空高く跳んで、空に浮かんだ状態にてその場で待機していた。

「この金庫に入っているのは、【毒にも草にもなるラ・ベラドンナ】。"かける"ことに関することならなんでも出来る、不思議な魔道具。
 空を飛んで"かける"、竜巻に空気の膜を"かける"、地面を速く"かける"、そして‐‐‐‐」

 ココアがぶんっと槍を横なぎで振る、それと共に槍の斬撃の衝撃が空中で静止していた。

「‐‐‐‐空気に斬撃を"かける"ことも」

 空中に静止したままでかけられた斬撃を、ココアが槍を振るって押していた。押すと共に、それはまるで隕石のように強い衝撃と共に、コビーの前に落ちてくる。

「うおいっ!」

 魔法にて風を作り出して、竜巻の壁で斬撃を逸らす。
 逸れた斬撃はと言うと、そのまま地面に大きな斬撃の傷を作っていた。

「やっぱり素の能力は高いな、おい。
 しっかし"かける"ならば何でも出来る魔道具、ね」

 だからこそ、出来るならこういった形ではなく、絡み手で倒したかったのだ。
 普通に戦うと厄介である、それは十分承知していたから。

 そして、彼女が操られているのもやはりあの槍が原因だと理解できた。
 あらゆる"かける"ことが可能だとしたら、こうやって人間に対して《暗示を"かける"》も出来る事だろう。

「もう負けだ、潔くその槍から手を離せ。俺も謝る、同国の、同王家の者として」
「ノット、ノットノット! 私は敗けてないっ!
 なにが魔術、なにが魔力、そんな才能があるかないかでどうして人の価値が決められなければならないっ! 私は勝てる、そのための力はここにあるっ! 槍で、武術で、私はアルブレンド国に貢献して見せるっ!」
「貢献……それがお前の本心、なのか。随分と、お優しい本心だ」

 コビーには、あの国に貢献をしたいと思っていなかった。
 あの国には、自分を育ててくれたアルブレンド国には感謝している。きちんとした愛国心もある。
 でも、貢献とはまた別の問題。

 しかしココアは違うみたいである。
 あれが槍の中にある魔道具が言わせている可能性は……ないだろう。アルブレンド国の貢献と、《魔術師殺し》としての貢献はまるっきり別物だ。それを考えるだけでも、ココアのさっきの話は彼女がかねてより思っている事に違いない。

「だったら、その槍を手離せよ。国に貢献したいと思っているのなら、その槍を持ってたって国に貢献できないっ!」
「ノット、ノットノット! この槍がないと、あの方に貢献できないっ!
 ……アルブレンド国が大事。けどあの方も、だいじ?」
「あの方、か」

 恐らくはそれがこの槍の本来の持ち主であり、ココアをこうして操っている人物に違いない。
 何者なのかは、今の状況では聞けなさそうだが。

「それより、倒すっ! "空気の多重層エア・ミルフィーユ"! "斬撃流星群カッティング・スターフルーツ"!」

 槍の金庫、正確にはその中に入っている魔道具の力を用いて、ココアは素早く行動に移す。
 まずは空気を槍で切断して何層もの膜を作り出してそれを何枚も、何層も作り上げる。途中で斬撃を空中に停止ストックさせるのも忘れていない。

「‐‐‐‐"凍れ、そして侵せ"」

 一方、コビーの方も対処に移っていた。
 地面を凍らせ、そのままその氷を地面の内部、地中の奥深くへと潜らせる。

「"空気の多重層"! "斬撃流星群"!」

 彼女はその2つを、空気の膜が重なり合ったモノと空中に停止中の斬撃、それを全部槍の柄で叩いて地面へと墜落させる。
 先程、斬撃を落とした時よりもその速さは増しており、さらに斬撃の方は先程よりも鋭利に見えていた。

「"凍らせたモノよ、隆起せよ"」

 コビーもまた、それに対応すべく氷を動かす。そして地中の奥深くまで侵略していた氷は、凍らせていたもの全てを主の指示通り、地面の上へと隆起させる。
 ぼこんっ、とそれは1つの山となっていた。
 その1つの山は斬撃を防ぎ、そのあと降ってきた何重にも渡って層を作った空気の膜が圧し潰していた。

「‐‐‐‐っ」
「"風よ、鋭利な刃となりて‐‐‐‐"」

 ココアは空気の膜と斬撃を落とした直後、そのまま走ってコビーの方に空中をかけ走って来る。コビーはと言うと、空気の刃を作り出して迎え撃つ準備を開始していた。
 どちらとも攻撃の手を緩めず、さらなる攻撃を続けていた。



「(2人とも、凄い勢い……)」

 一方で、それを見ていたトルテッタはと言うと、素直に感服していた。
 もともと、彼女はコビーに対して妖精のカフェオレをかけて戦いを挑んだ身。そして一撃で決着をつけることを望んでいた。
 一撃で決着をつける、それは彼女なりの愛情、慈悲のつもりだった。
 戦いを長引かせること自体は、確かに良いのかもしれない。だがただ試すというだけで、相手を執拗に痛めつけるのはどうかと思って‐‐‐‐結果として、無残にも敗北を喫した訳だが。

「(あの2人、兄と妹、なのよね? それでここまで激しい戦闘……その余波の、彼らの戦いの熱が、ここまで伝わってくるようだわ。私は相手を気遣って戦いを一撃でつけようとしたけど、彼らのはそれとは違う。
 相手を気遣ってるからこそ、長引かせてる感じがするわ)」

 ぜんぜん、違います。
 コビーとしてはすぐさま終わらせたく思っていたのだから。
 けれども、彼女がそんな勘違いをするほど、彼らの戦いは激しかった。

 そして‐‐‐‐ココアの顔も嬉しそうだった。



「(エンジョイっ、エンジョイエンジョイっ! 楽しいっ! 楽しいっ! 楽しいっ!)」

 ココアは楽しかった。
 そう、この戦いが楽しかった。
 何故、こうなったのか。詳しくは覚えていないし、何故戦ってるのかももうどうでも良かった。
 ただ単にこの戦いが、魔術師と戦えていることが素直に嬉しかった。

 ココアにとって、魔法とは縁遠いものだ。
 王家の人間は強力な魔法使いが生まれやすくなるように、計画的に血筋を継承している……だが、ごく稀に魔法が使えない人間も生まれる。その1人がココアだった。
 蔑まれもした、憎まれもした、だがそれでも殺す事はしなかった。生かし、育ててくれた。
 だから、ココアは努力した。

 ‐‐‐‐努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、

 そうして、ココアは強さを手に入れた。
 槍を用いれば誰だって負けない、そう自他共に言えるほどの力を彼女は努力で身に着けた。
 魔法にはなかった才能モノのおかげもあったかもしれないが、それでも彼女は強さを手に入れた。

 だが、それが役立った思い出はない。
 強くなった、だが魔法なしでの話だ。

 魔法が使えるモノにとっては槍だけのココアの動きでは太刀打ちできず。
 出来たとしてもその相手には後でこう言われる、「お前が王家の人間だから手加減しただけ」だと。

 ココアは必死に努力したのに。
 ‐‐‐‐努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、努力して、いっぱいいっぱい努力して、
 その結果がこれなのだっ!

 なにが魔法っ! なにが魔術っ!
 そんなものが使えなければ、自身に価値はないとでもいうのかっ!

「(だから、私はあれを‐‐‐‐っ!)」

 その先の事は思い出せない。
 なにか、取引をしたような、しなかったような。

 だが、今はそんな事はどうだって良かった。

 だって長年の夢が叶ったのだから。

「(今、あの人は魔術師として、この私と戦っているっ! そして私もそれに近い形で戦っているっ!)」

 戦闘狂? そうではない、いや、そうでも良いっ!
 自分にはない才能の持ち主が、自分と同じ舞台ステージで戦ってくれているっ!
 才能のなかった自分が、魔術師と同じ場所ステージに立っているっ!

「(これを喜ばない人間はいないっ! ハッピー、ハッピハッピー!)」

 自然と、空をかける速さも速くなる。
 この戦い、手を抜くつもりは全然ない。

「"風よ、鋭利な刃となりて敵を斬れっ!"」

 魔術師がなにかを発射してきた。恐らくは風の刃、目的はこの槍。あるいはこの槍から手を離すこと。

「(なんのっ!)」

 ココアは槍を操作して、切っ先を前に出す。前に出した切っ先は、発射された風の刃に当たってぽっきりと折れる。
 折れただけ、まだ長い柄と、自分に力をくれる金庫まどうぐは残っているっ!
 棒さえあれば相手の喉元を突ける、金庫さえあればまだ超常的な力は使用できる。

「ファイト、ファイトファイト! まだっ、戦えるっ!」
「いーや、そろそろ終わりだ」

 魔術師はそう言うと、今度は風ではなく、水の刃を発射してくる。
 速度も、威力も、さっきと同程度。ココアでも対処可能のスピード。

「押し通るっ!」

 切っ先がなくても、ココアの対処は変わらなかった。
 槍の、棒の先端を突きつけ、水の刃を圧し通り、そのまま相手の喉元に突きつける。
 詠唱なしでも魔術を行使できるという無詠唱は出来るのかもしれないが、喉を叩けばどんなに優れた魔術師でも一旦止まる。そこをさらに槍を振るって、棒で振り叩く。それがココアの考える計画。

 そして水の刃は槍にぶつかって、そのまま刃で斬るのではなく‐‐‐‐流れるように、棒を伝い、そのまま彼女の手のところまで流れていた。
 流れてそのまま手のところで、それはいきなり膨れ上がる。

「水が絡みついてっ!?」
「水は槍に絡みつき、そして相手から槍を無理やり引きはがす」

 そのまま水はココアの手を包み込む、すると途端に槍からのエネルギーが、彼女を突き動かしていたなにかが来なくなる。

「まだ……戦いたく……」
 
 がたっ、ココアはそのまま倒れる。
 そして、水で手をしっかりと包み込んだまま、コビーは彼女の手から槍を引き離す。

「水はモノを遮断し、彼女を操る金庫からのエネルギーを潰す。
 ……うん、上手くいって良かった。良かった」

 コビーはそう自分の行動がうまくいったことに対して、ホッとしていた。

「さて、と。
 後はこの槍を‐‐‐‐って、あれ?」

 そして、槍を回収しようとして‐‐‐‐その槍がなくなっていることに気付いた。

「どこに……」
「見なさいっ! あそこよっ!」

 槍の所在を探して首を回した瞬間、トルテッタの声が聞こえる。
 そして上を見ると、屋根の上には金庫のついた槍を持った謎の執事が月明かりの中、立っていた。
 いや、あれは紳士と呼べるのだろうか?

《ふむふむ、どうやら実験体は失敗したみたいだな。だがしかし、実験体のおかげで新しい戦力が出来たのは事実、そう思えばこの実験にも意味があったと言えるべきだろう。
 ‐‐‐‐さぁ、その金庫槍【ムラージュムレ】を返してもらおう!》

 そう言って、現れたのは執事服を着た者。左手には水色の短刀を持っている。
 いきなり執事が来たのはコビーも、トルテッタもびっくりしたが、それよりも驚いたのはその執事の顔である。

 その執事の顔は‐‐‐‐金庫であった。
 ダイヤル式の、まごう事なき金庫。
 その金庫が何故か、こちらに向かって話しているのである。
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