上 下
76 / 82

上杉の介入

しおりを挟む
 浅井長政の居城、小谷城では、武田軍の侵攻に備えて徴兵が行なわれていた。

 近江各地から農民や地侍が招集される中、徳川家康もまた、武田との戦いに闘志を燃やしていた。

「織田殿は敗れ、儂も行く宛を失った……」

 一介の国衆である家康では行く宛もなく、持てるツテは限られている。

 その点、浅井長政であれば信長とは同盟の間柄だったため、そのツテを使えば再就職も望める。

 また、先の戦で武田が美濃を獲った以上、上洛を志向する武田とは近いうちに矛を交えるはずだ。

 そう踏んだからこそ、家康は浅井家に仕官することを選んだのだった。

 家康が長政と──ひいては名のある浅井家臣との目通りを希望する中、小谷城に早馬がやってきた。

「大変だ! 武田軍が佐和山城に攻めてきたぞ!」

「なんじゃと!?」





 武田軍5万が佐和山城に侵攻を開始すると、守将の遠藤直経は籠城の構えを見せた。

 武田軍が兵数に任せた力攻めを敢行する中、義信の元に小姓がやってきた。

「上杉様より、文が届きました」

「上杉から……!?」

 義信が目を通す。

 曰く、

『浅井長政は義に篤き者なれば、敵に回せば厄介だが、味方にすれば心強き男だ。公方様の家臣となれば、必ずや力になってくれることだろう。
 ここで散らすには惜しい男ゆえ、助命の上幕臣とするよう取り計らうべし』

 とのことだった。

(余計なことを……)

 謙信からの助命嘆願を断っては、今後の上杉との関係に亀裂が生じかねない上、来たる朝倉攻めで上杉が朝倉方に加わる可能性が出てしまう。

 とはいえ、謙信からの文には助命のことしか記されておらず、領地のことには触れられていない。

 裏を返せば、浅井家の領地は武田家の好きにしていいと受け取れた。

「……長政に降伏勧告を出せ。領地を差し出せば、命までは獲らぬとな」

「はっ」





 小谷城を発ち、佐和山城の目前に陣を敷いた浅井長政の元に、義信からの文が届いた。

 文には、琵琶湖西岸及び南部の割譲と引き換えに和睦を結ぶとの旨が書かれていた。

 目を通すと、案の定、浅井家臣が憤慨した。

「いずれも当家が死に物狂いで切り取った土地じゃ。それをやすやすと明け渡せとは……」

「されど、武田は織田をも飲み込み、今や日ノ本を席巻する勢い。……このまま戦ったとて、勝ち目があるかどうか……」

 家臣の意見が割れる中、長政が家臣たちを制した。

「勝ち目があるから戦うのではない。……そこに通すべき筋目があるから戦っておるのだ」

 織田信長を救援したのも、義理の兄を助けるという筋を通したまでのこと。

「……武田には、公方様の上洛という大義がある。これを拒んでは、浅井は幕府の敵になってしまうであろうな……」

「とはいったものの、やはり武田の要求を飲んで屈服するというのも、癪な話ですな……」

「第一、武田義信は己が力を得るためなら、手段は厭わぬ者です。こちらが約束を守ったとて、向こうが素直に言うことを聞くかどうか……」

 家臣たちが思案する中、浅井長政がぽつりと呟いた。

「……実はな、義信からの文のほかに、もう一通届いているのだ」

 そう言うと、長政は上杉謙信から届いた文を手にとった。

 かつて美濃で矛を交えた上杉が助け舟を出してくれるとは思わなかったが、この提案は渡りに船でもあった。

 こうして、長政は武田との和睦交渉を始めるのだった。





 武田軍と浅井軍が対陣して一月後。
 上杉謙信の仲介により、武田と浅井の和睦が成立した。

 浅井家は領地の大部分を失いながらも、娘の茶々を義信の側室とすることで、事実上義信に屈服する形で幕を下ろすのだった。



あとがき
明日の投稿はお休みして、1/14に投稿しようと思います
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...