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上杉の介入

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 浅井長政の居城、小谷城では、武田軍の侵攻に備えて徴兵が行なわれていた。

 近江各地から農民や地侍が招集される中、徳川家康もまた、武田との戦いに闘志を燃やしていた。

「織田殿は敗れ、儂も行く宛を失った……」

 一介の国衆である家康では行く宛もなく、持てるツテは限られている。

 その点、浅井長政であれば信長とは同盟の間柄だったため、そのツテを使えば再就職も望める。

 また、先の戦で武田が美濃を獲った以上、上洛を志向する武田とは近いうちに矛を交えるはずだ。

 そう踏んだからこそ、家康は浅井家に仕官することを選んだのだった。

 家康が長政と──ひいては名のある浅井家臣との目通りを希望する中、小谷城に早馬がやってきた。

「大変だ! 武田軍が佐和山城に攻めてきたぞ!」

「なんじゃと!?」





 武田軍5万が佐和山城に侵攻を開始すると、守将の遠藤直経は籠城の構えを見せた。

 武田軍が兵数に任せた力攻めを敢行する中、義信の元に小姓がやってきた。

「上杉様より、文が届きました」

「上杉から……!?」

 義信が目を通す。

 曰く、

『浅井長政は義に篤き者なれば、敵に回せば厄介だが、味方にすれば心強き男だ。公方様の家臣となれば、必ずや力になってくれることだろう。
 ここで散らすには惜しい男ゆえ、助命の上幕臣とするよう取り計らうべし』

 とのことだった。

(余計なことを……)

 謙信からの助命嘆願を断っては、今後の上杉との関係に亀裂が生じかねない上、来たる朝倉攻めで上杉が朝倉方に加わる可能性が出てしまう。

 とはいえ、謙信からの文には助命のことしか記されておらず、領地のことには触れられていない。

 裏を返せば、浅井家の領地は武田家の好きにしていいと受け取れた。

「……長政に降伏勧告を出せ。領地を差し出せば、命までは獲らぬとな」

「はっ」





 小谷城を発ち、佐和山城の目前に陣を敷いた浅井長政の元に、義信からの文が届いた。

 文には、琵琶湖西岸及び南部の割譲と引き換えに和睦を結ぶとの旨が書かれていた。

 目を通すと、案の定、浅井家臣が憤慨した。

「いずれも当家が死に物狂いで切り取った土地じゃ。それをやすやすと明け渡せとは……」

「されど、武田は織田をも飲み込み、今や日ノ本を席巻する勢い。……このまま戦ったとて、勝ち目があるかどうか……」

 家臣の意見が割れる中、長政が家臣たちを制した。

「勝ち目があるから戦うのではない。……そこに通すべき筋目があるから戦っておるのだ」

 織田信長を救援したのも、義理の兄を助けるという筋を通したまでのこと。

「……武田には、公方様の上洛という大義がある。これを拒んでは、浅井は幕府の敵になってしまうであろうな……」

「とはいったものの、やはり武田の要求を飲んで屈服するというのも、癪な話ですな……」

「第一、武田義信は己が力を得るためなら、手段は厭わぬ者です。こちらが約束を守ったとて、向こうが素直に言うことを聞くかどうか……」

 家臣たちが思案する中、浅井長政がぽつりと呟いた。

「……実はな、義信からの文のほかに、もう一通届いているのだ」

 そう言うと、長政は上杉謙信から届いた文を手にとった。

 かつて美濃で矛を交えた上杉が助け舟を出してくれるとは思わなかったが、この提案は渡りに船でもあった。

 こうして、長政は武田との和睦交渉を始めるのだった。





 武田軍と浅井軍が対陣して一月後。
 上杉謙信の仲介により、武田と浅井の和睦が成立した。

 浅井家は領地の大部分を失いながらも、娘の茶々を義信の側室とすることで、事実上義信に屈服する形で幕を下ろすのだった。



あとがき
明日の投稿はお休みして、1/14に投稿しようと思います
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