武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

文字の大きさ
上 下
77 / 82

上洛

しおりを挟む
 浅井家を屈服させると、武田家は近江の大部分を領有するに至った。

 浅井から城の引き渡しを済ませると、いよいよ上洛が射程に収まった。

「ここまで長かったな……」

 ここに至るまで、徳川、今川、織田、浅井と様々な勢力を倒し、あるいは吸収してきた。

 結果的に勝ちを収めることができたが、いずれも平坦な道のりではなかった。

「お館様、号令を」

 馬場信春に促され、義信が配下の兵を見やる。

 悲願の上洛を間近に控え、家臣たちが──雑兵たちが、義信の命令を今か今かと待ちわびていた。

 そんな彼らに向け、義信が声を張り上げる。

「遠く甲斐より天下を望み、我らは幾度となく戦い抜いてきた。しかし、それも今日まで。我らの目指す京は目前だ」

 祖父が甲斐を纏め、父が信濃を手中に収めたおかげで今の武田がある。

 親子三代に渡って続いた天下取りが、すぐそこまで迫ってきていた。

「瀬田に我らが旗を立てよ!」





 元亀2年(1571年)1月。

 義信は浅井攻めのために用意した5万の軍を京に進めると、三好勢を京から駆逐した。

 御所に入ると、足利義昭が満足そうに頷いた。

「武田殿の忠節、大儀である。よもやこうもあっさり都へ戻れるとは……。さすがは武田殿じゃ」

「なんの……すべては公方様のご威光あってのこと」

「うむうむ。謙虚なところもお主の美点じゃ。これからも頼りにしておるぞ」

「ははっ」

 義信が頭を下げる。

「……して、ここまで忠義を尽してくれた武田殿に、何か褒美を与えたい。……なんぞ、欲しいものはあるか?」

「あることはあるのですが……」

 義信が言葉を濁すと、義昭が顔をしかめた。

「なんじゃ、遠慮するでない。何でも申してみよ」

「……本当に何でもよいのですか?」

「武士に二言はない」

「そうですな……。では、一つ官位を賜りたく」

 義昭の表情が緩んだ。

 勿体ぶったかと思えば、なんてことない。
 義信は官位が欲しいのか。

 そうなれば、義信に相応しい官位を見繕ってやらなくては。

「そうじゃな……天下の武田殿に相応しき官位となれば、従二位か……いや、正二位かな……」

 義昭の言葉に、義信は静かに首を振った。

「なんじゃ、正二位では不服か? しかし、これ以上上となると……」

「あるではありませぬか。……征夷大将軍の位が」

「なっ……!」

 予想外の言葉に、足利義昭が絶句した。

 征夷大将軍は源頼朝以来の、武家の棟梁を示す位である。

 義信が征夷大将軍を欲するということは、すなわち足利義昭から征夷大将軍の位を簒奪し、自身が幕府を築かんとしていると宣言しているに他ならない。

「お主、まさか……」

「公方様もおわかりになったでしょう。『何でも』などと軽々しく口にしてはならないと」

「えっ…………あ……」

 そこまで言われて、ようやく気がついた。

 軽率なことを述べる義昭を諌めるべく、義信は嘘を言ってみせたのだ。

「まったく……冷や汗をかいたわい」

「これに懲りたら、二度と軽はずみなことを申されぬことですな」

「うむ。肝に命じよう……」

 義昭がほっと胸を撫で下ろす。

 改めて義信への褒美を考える義昭をよそに、義信が小さく呟いた。

「無理を承知で言ってみたが、さすがにダメだったか……」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

信長の秘書

にゃんこ先生
歴史・時代
右筆(ゆうひつ)。 それは、武家の秘書役を行う文官のことである。 文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。 この物語は、とある男が武家に右筆として仕官し、無自覚に主家を動かし、戦国乱世を生き抜く物語である。 などと格好つけてしまいましたが、実際はただのゆる~いお話です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

猿の内政官の息子

橋本洋一
歴史・時代
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~ の後日談です。雲之介が死んで葬儀を執り行う雨竜秀晴が主人公です。全三話です

処理中です...