278 / 306
奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第六話「至る道」前編
しおりを挟む第六話「至る道」前編
「……で、だ。俺はこの通りだ、追撃部隊はお前に任せる」
丸太の様な巨大な両腕を万歳し、胴部にぐるぐる巻きに巻かれた包帯を見せながら大男は仕事を投げる。
「…………とんだ間抜けねぇ?日限の圧殺王とまで恐れられた男が、ツインテールの可愛らしいお嬢ちゃんに後れを取るなんてぇ」
目の前で椅子に腰掛けた大怪我の大男と同じ高さの目線にて、呆れ顔で腕を組んで立った垂れ目気味の女はため息を吐く。
「それは……あれだ……そのお嬢ちゃんが強かったってだけのことだ」
垂れ目美女の蔑む様な視線と言葉にも全く意に介さずに真顔で応える大男は、臨海第三軍司令官の熊谷 住吉。
「そんなにぃ?ちょっとあり得ないって感じだけどぉ、悔しそうでもないしぃ」
気怠げにそう返すのは、長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールのやや垂れ気味の瞳の美女、宮郷 弥代である。
幾重にも巻かれた包帯の下から更に血が滲んでいるのを見ても、住吉の言う事実に納得がいかない弥代であったが、それは憖じ目前の大男が桁外れの強者だと知っているからだろう。
「別にヘコんで無いわけじゃないがな、だが現在はどう対処するかが先決だ。あの敵部隊は城部隊と合流せずに南へ向かったからな」
無類の武を誇り、そして強者との戦いを愉しむこの大男であっても、ひとたび将として戦場に立てば個人的感情より全軍の事情を優先するのは当たり前。
熊谷 住吉は、列強達が渦巻く戦乱で小国の日限を纏め上げ存続させてきた王なのだ。
「まぁな、負けるのが初めてってわけでもないしな……」
言いながらも、実は住吉には、今回の戦いでは”ちょっとした”違和感があったのだった。
――
過去において、天性の体格を持って生まれた熊谷 住吉が一騎打ちにて初めて敗北を知った相手は臨海の鈴原 最嘉であった。
小国群の国々は盟主国である天都原に良いようにこき使われる存在だった。
つまり、王として生を受けたといっても一生涯、属国扱いで使い潰されるだけの人生。
この乱世に王として、否!漢として生まれ落ちてもそんな生き方しかできない!
そんな自分の境遇に荒れていたこの時の住吉は、同類である小国群の猛者達に因縁をつけてはぶちのめし、憂さを晴らしていたのだが……
「テメェ、臨海の跡取りなんだってなぁ?未だガキだが天都原に隠れて傭兵稼業なんぞで小銭稼ぎする小賢しい鈴原はそれだけ軍事や武に自信があんだろうが、どうだ?」
そう言って挑発的に嗤った大男は、相手の背丈よりも遙かに大きい鉄の大剣を突きつけた。
「…………跡取りと言っても兄が二人居る」
既に戦場での暴れぶりから”圧殺王”と敵味方に恐れられていた熊谷 住吉を前にしても、その少年は顔色一つ変えずぶっきらぼうに答える。
「はん?そうかよ……なら兄貴二人をぶちのめしてから相手してやるよ、お子様……」
必死に顔には出さないようにしているが、怖じ気づいた末の言い逃れだと思った住吉は、全く興冷めだと興味を失い、適当にあしらおうとした時……
ガン!
その少年は自分に突きつけられた鉄塊を納刀したままの自分の刀で弾いて、真っ正面から視線を交えてきた。
――とても十代前半の子供が見せる面魂じゃねぇ……
熊谷 住吉はその態度も目も気にくわなかった。
「テメェ……」
未だ初陣前の子供だと、流石にちょっとからかうだけのつもりだった住吉は、相手の思いもよらない生意気な態度に睨み返す!
「相手しても良いけどな……アンタ、日限の熊谷 住吉だろ?なら多分……実力的に手加減出来ないと思うけど?」
――っ!?
歴戦の兵士でも固まってしまうような圧殺王の凄んだ眼光を前にして、あまりにも冷静で冷淡な受け答え……
それでいて身の程知らずの空威張りでも、空元気でも無いのがヒシヒシと伝わる自信と冷静さに満ちた目が――
「余計気にくわねぇ……なっ!」
ブオォォーーーーン!!
戦場に初参加したばかりの若造……
当時は未だ十二にもならぬ臨海領主の三男……鈴原 最嘉。
一回り以上離れた子供相手に、初陣もまだ済まぬ新兵に……
戦場で圧殺王と呼ばれ恐れられた熊谷 住吉は惨敗した。
だがその当時、敗北の事実以上に住吉は……
日限の圧殺王こと熊谷 住吉は……
後の鈴原 最嘉の隠された恐ろしい才能に背筋が凍ったのだった。
「…………」
あれから――
数々の戦場を経て、住吉とて負けたのはその一度きりでは無い。
現在では自分に匹敵する、或いは上回る強敵も在るだろうと思ってもいる!
だが……
「…………」
――あの”ツインテール嬢ちゃん”の剣……何処かで刻み込まれたことのある剣気だったような……
「スミヨシ?」
「ああ、悪いな……ちょっと考え事をしていた」
明らかに覇気を欠いた今日の住吉に弥代は再び溜息を吐いた。
「追撃部隊は良いけどぉ、敵はあからさまに南に進路を向けたのでしょう?罠なんじゃないのぉ?」
この弥代の指摘は尤もだった。
今回も、敵が巧みだったのは勿論認めるが……
手勢が僅か数百だからこそ、この戦場への接近も見落としたのだ。
そんな少数部隊が南方……つまり国境を越えて臨海領土を侵攻するなぞ、いくら尾宇美に兵を集中させ各拠点が手薄だからと可能だとは思えない。
ならこれは誘いで、追撃しようものなら、この先で伏兵部隊による奇襲がある?
そう考えるのも無理からぬことであった。
「まぁな……だが他にも部隊があって途中合流するかもしれん。いや、既に先行した軍が臨海内部の何処かに攻め込んでいるかもしれん」
「あり得るかしらぁ?」
新政・天都原侵攻にあたり臨海国の警戒は万全だったはずだ。
広大な領土であるから、蟻の子一匹とはいかないが……
脅威となるような、数千、数万の兵を見落とすなど考えにくいことだ。
「わからん。だがそうならば不味い」
熊谷 住吉の言っていることは唯の可能性の一つに過ぎない。
後は戦場で培った”勘”といえるかもしれないが……
「……」
同じく戦場で鍛えられた宮郷 弥代にとっては、後者の方がきっとシックリくるだろう。
「サイカくんに指示を仰いだ方が良くないかしらぁ?」
どちらにしても判断は難しい。
「無論だ。既に報告の兵は走らせたが、その間になにもせんワケにもいかん。だいいち、手遅れになる」
「…………わかったわ」
結果、暫く考えてから弥代は了承した。
「そうか、助かる!なら取りあえず足の速い兵を二千ほど連れて行け、その後用意が調い次第に三千の兵で追わせる」
「それだとぉ、城を落とすのが困難じゃない?既に少数だけどぉ、あの城には”雷刃”がいるのよ」
そう言った弥代の鋭い視線に含まれる意は、実際に刃を交えた故の懸念だろう。
「暫し時間がかかるのは仕方ない、よりヤバそうな匂いがする方を先に潰してからだ。後ろは心配する必要は無い、鷦鷯城は包囲してキッチリ缶詰にしておいてやる!」
それは攻城戦と同時に、追撃を頼んだ宮郷 弥代隊の後方を襲わせないためでもあった。
「そうねぇ、間抜けな巨大ミイラ男じゃぁ、魔除けの置物くらいしか役に立たないわぁ」
「言いたい放題言いやがって。大体テメェも”雷刃”にやられたくち……って、おい!?」
巨大ミイラ男の住吉が言い返す間もなく、自分の言いたいことだけ言った女は背を向けて去って行く。
「ちっ!相変わらず嫌なくらいマイペースな女だ」
その背を見送りながらも、住吉は厚い包帯越しに自分の胴体に刻まれた傷を思っていた。
「確かにこれじゃぁな……ここで睨みを効かすくらいしか役に立たん木偶だ」
第六話「至る道」前編 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる