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奈落の麗姫(うるわしひめ)編

第三話「盤天の魔女」中編

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 第三話「盤天の魔女」中編

 「うらうらうらぁぁーー!!きゃはは!どんどん斬り込んで、鈴木 燦太郎りんたろうぉ……ちがった!鈴原 最嘉さいか君の本陣まで行っちゃうぞぉっ!」

 三つ編みをなびかせながら、ご機嫌な女剣士は群がる宗三むねみつ いち隊の兵士達を蹴散らし、陣を切り裂いて突き進む!

 「うわっ!」「この女……つよ……」「ぎゃひ!」

 いかにもで、中々に肉欲的グラマラス体型スタイルの天真爛漫な狂戦士バーサーカー……

 王族特別親衛隊プリンセス・ガードが三枚目、”狂剣きょうけん”、三堂さんどう 三奈みな

 彼女と彼女の”剣風隊”が通り過ぎると同時にそこは赤に染まり、

 「どっかぁぁん!あはははっ!」

 その後には屍が山となって残る。


 ――そしてもう一つの新政・天都原あまつはら軍、突入部隊もまた……

 「落ち着いて命令実行!敵の奇襲部隊は六実むつみが追い払ってくれたから、こっちはじっくり焦らずに、分断に専念したら良いかな」

 後ろ髪をアップにまとめた赤眼鏡の少し小柄な少女の隊は丁寧に的確に、乱れた宗三むねみつ いち隊が再編を妨害するため、連携を遮断するために陣形内を奔走する!

 「そこも、っちゃっていいかな!」

 馬上から小鎚リトルメイスを振って指揮する”円盾アイギス”、十倉とくら 亜十里あとり……

 彼女は素手による古流組み打ち術を極めた闘士で、王族特別親衛隊プリンセス・ガードが十枚目であった。

 ワァァッ!
 ワァァッ!

 鈴原すずはら 真琴まことの遊撃部隊による奇襲が、六王りくおう 六実むつみの遊撃部隊による横やりで一蹴された結果……

 三堂さんどう 三奈みな十倉とくら 亜十里あとりによる左右両翼による突撃をまとに受け止める事となった宗三むねみつ いち隊は陣形を崩され、二隊に内部からかき回され続ける!

 「そろそろ……頃合いさね」

 そしてその更に二隊の後方にて――

 うなじ付近でクルクルと長い黒髪を一つにまとめた、肌理きめの細かい白い肌に細く切れ長な瞳と薄く赤い唇という容姿の実に色気漂う三十路みそじほどの女……

 全体の戦況を注視していた十一紋しもん 十一といと、彼女が率いる主力部隊が決定打となる一撃を用意して好機を計っていたのだ。

 「そろそろ行くよ、これが””さね!」

 ――まさに突入寸前!

 「っ!?て、停止っ!止まれっ!止まるんだよっ!!」

 王族特別親衛隊プリンセス・ガード、筆頭である”十一紋しもん 十一とい”は、自隊の突撃をすんでの所で急停止させていた。

 ――だが、それもそのはず……

 「あれれ……?どうなってるんだにゃぁ?」

 勢いのままに斬り廻っていた三堂さんどう 三奈みなの剣風隊はいつの間にか敵陣内を駆ける度に行き止まり、そして方向を変えてはまた阻まれる!

 「くっ!もっと的確に動かないと……う、動けない……かな!?」

 同じく十倉とくら 亜十里あとりが率いる隊もまた、敵陣内を右往左往していたのだ!

 「うっ……こっちは駄目です!?三奈みなさん!!」

 「前方!敵陣が厚すぎますっ!と、十倉とくら隊長、突破不可能ですっ!?」

 方向転換しては先回りされるように陣を厚くされ、また移動すればそこにまた厚き臨海りんかい軍の壁が……

 「三奈みなさぁぁん!」「三奈みな隊長ぉぉ!!」

 「十倉とくら隊長!駄目です!」「また囲まれ……ぎゃふ!」

 どこに移動しても阻まれ、

 前後左右から押しつぶされる!!

 どこに移動しても……

 ――いな

 まるでそれは死地しちに誘導されるかのように……

 「うにゃぁぁ!!頭がこんがらがるぅぅっ!!」

 「な!?なにがどうなってるの……かなっ!!」

 三つ編みを振り乱し奇声を上げる三堂さんどう 三奈みなと、理解出来ぬ現象に頭を抱える十倉とくら 亜十里あとり

 勿論、これは偶然の産物では無い。

 臨海りんかい軍第一軍、前衛部隊長の宗三むねみつ いちが組み立てた陣形は――

 誘い込んだ敵を内包し、そしてそのまま陣形を自在に変化させ、押しつぶす……

 ――陣中の敵を死の迷宮にいざなう凶悪な殺陣!


 「な、なんだい?ありゃぁ……あれじゃまるで巨大なけものに呑み込まれた、ぞうの中みたいじゃないさねっ!」

 その見た目通り、相手を囲い込み、うごめく胃袋で消化せんとする怪物……

 陣外から異変を察知し、トドメの突入を間一髪でとどめた十一紋しもん 十一といは、思わずそう零していた。

 ――

 「姫様、敵前衛部隊の動きが……」

 新政・天都原あまつはら軍本陣にて――

 敵軍前衛部隊にくさびとして突撃させた右翼、三堂さんどう 三奈みなと左翼、十倉とくら 亜十里あとり、二隊の困窮を報告する銀縁眼鏡をかけた秘書風美女の報告に……

 「……」

 黒髪のなる美姫は見向きもせず盤面を見つめたままだった。

 ――ロイ・デ・シュヴァリエ

 それは二つの陣営に別れた白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う盤面遊戯ゲーム

 縦十六マス、横十六マスの戦場で、ロワ騎士シュヴァリエ槍兵ランス弓兵アルク斥候エスピオン歩兵ファンタサン市民ナシオン  という七種類の駒を操り、基本的にはロワを討ち取るのが最終目的である。

 簡単に言うと白陣営ブラン黒陣営ノワルに別れたチェスのような駒取りゲームだが、色々なルールが加味されてより複雑且つ実戦重視で戦略的に仕上がっているせいか、この世界では一般市民から指揮官、将軍、王侯貴族まで広く普及していた。

 「……」

 変わらず盤面を見つめる美姫。

 腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った陶器の肌と対照的なあでやかなあかい唇は、自軍劣勢の報にも興味なさげに結ばれている。

 彼女は、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ

 大国である天都原あまつはら王弟おうてい京極きょうごく 隆章たかあきの第三子にして王位継承第六位の王族でもある。

 そして、その天都原あまつはらの王太子である藤桐ふじきり 光友みつともに政争で国外に追いやられてからは――

 若干”十八歳”にして新政・天都原あまつはらという独立国を興した類い希なる統治者だった。

 「……」

 美しい刺繍で彩られた闇黒あんこく系統の可憐な女性用軍服に身を包んだ絶世の美姫は、ただ沈黙し、戦略地図は広げずにゲームの盤面を見つめたまま。

 そう――

 戦争に必要な情報は……

 地形、敵味方の陣形に始まり、そこから予測できる両陣営の動きまで、全ては智神の如き彼女の頭脳に収められ、それをロイ・デ・シュヴァリエの盤面に反映し展開していたのだ。

 新政・天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダークビューティー”、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこの指揮はいつもこうだった。

 「……」「……」「……」

 そして――

 思考する陽子はるこの横顔に見蕩みとれほうけ、仕事をおろそかにしてしまう彼女周りを護衛する新政・天都原あまつはら軍の兵士達。

 戦場ただなかでさえ、だれかれもの心を奪う京極きょうごく 陽子はるこの美貌はそれほどに抗い難い。

 「陽子はるこさま!」

 恐ろしいまでに他人ひとを惹きつける”奈落”の双瞳ひとみの美姫は――

 ――コトリッ

 銀縁眼鏡をかけた従者による再度の呼びかけに反応し、クリスタルの澄んだ盤面上に精巧な騎士シュヴァリエの彫刻が施された駒を置いた。

 「……そうね。”あれ”が香賀かが城前平原の戦いで最嘉さいかが考案し、八月はづきに指揮させたという”めいきゅうふうさつじん”でしょうね」

 問いかけた銀縁フレーム眼鏡の……十三院じゅそういん 十三子とみこの主君は、華奢な肩を小さく揺らせてあかい唇をクスリと微笑ませた。

 どうやら大変に御満悦の様子である。

 「……」

 本来なら”なにを暢気な事を!”と諫言するのが家臣の勤めであろう。

 だが、もう何年も付き従っている古参の十三子とみこであっても、陽子はるこの隔絶された美貌は……

 特にその暗黒色の双瞳ひとみの前には、真面まともな自我を保つのさえ難しい!

 「し、しかし……八月はづきの報告にあった”めいきゅうふうさつじん”は、あらかじめ小分けにした隊を幾つも碁盤の目のように並べ、一つの軍と見せかけて敵を騙して誘い込むというものでした。今回のあれはそういう隊列でも無く、それにあの動きは……」

 ややもすれば見蕩みとれてしまいそうになる自分になんとか抗いながらも、十三子とみこは主君に釈然としない点を問う。

 「アレは”もともと”そういうモノなのでしょう。理解わからない?」

 「も、もともと?……す、すみません」

 京極きょうごく 陽子はるこは誰もが認める才媛である。

 だから、それ故に、彼女以外の者達の胸中がはかれない時が少なからずあった。

 それは天才ゆえの盲点ともいえるだろうが……

 「そうよ、香賀美かがみ領では最嘉さいかが率いた軍は自前の臨海りんかい軍では無かったわ。だから手元にあるモノであり合わせた、そもそも不完全な陣形だったのよ」

 「ふ、不完全!?……あり合わせで?……あの”旺帝おうてい八竜”の魔人、伊武いぶ 兵衛ひょうえを撃破したのですかっ!?」

 「最嘉アレならやるでしょうね、あの男の偉才……ふふ、”異才”は天下一品よ」

 「…………し、信じられません」

 十三子とみこは今さらながら、その事実に閉口する。

 「けれど現実だわ。この戦いを見越して、八月はづきに不完全な”めいきゅうふうさつじん”とやらを完成形だとわざと誤認させた可能性もあるわ」

 「そこまで……」

 十三子とみこはもう言葉も無い。

 ”香賀かが城前平原の戦い”も相当な窮地だったはずなのに、そんな状況でどこまで先を見越して策を仕込んでいたのか。

 ――この二人は、どこまでも常人の予想する天才の範囲外なのだ……と

 「それにしても、じっくりと仕込んだ自前の精鋭による陣形とはいえ、あの将の指揮は完璧だわ。流石は最嘉さいかね、ふふ、良い”手駒”を持っているわ」

 「陽子はるこ様……」

 「そうね、感心してばかりもいられないわ」

 十三子とみこにそう応えながらも、京極きょうごく 陽子はるこの美しい双眸は綺羅煌キラキラと輝き、それが愉しくて仕方が無いと物語っているようである。

 「ですが、この状況で下手に援軍を向かわせるとより混乱が……」

 「……」

 「陽子はるこ様?」

 そこで薄く、ゆっくりと陽子はるこの口端が綻ぶ。

 「”外から”だけならそうでしょう。だから……」

 ――

 一瞬、十三子とみこはその意味がわからなかったが……

 「ま、まさか!?、姫様?こ、このために……最初から部隊を小隊に分けて、各部隊を配置して……そこまで鈴原すずはら様の思考を読み解いて対応を……」

 十三子とみこの確認に暗黒の美姫はゾクリとする程の美貌で薄く微笑わらう。

 「最嘉さいかは私の所有物だもの。当然よ」

 そして、陽子はるこにとってそれは既に語るべき程の事でさえ無い。

 「備えるのは基本でしょう。私の意図していること、十三子とみこならもう理解したわよね?」

 「は、はい……」

 主の意図を完全に理解して……十三院じゅそういん 十三子とみこは静かに息を呑む。

 「人を呑み込む怪物退治という定番の神話なら、英雄はその体内から聖なる剣を用いて切り裂くと相場は決まっているわ。ふふ……」

 そう言った京極きょうごく 陽子はるこの紅い唇の端は意地悪く口角を上げ、そして至宝の黒真珠が如き魔眼ひとみは不敵に輝いていた。

 「し、承知致しました姫様、速やかにに王族特別親衛隊プリンセス・ガードの各部隊に”絶禍輪ぜっかりん”の指示を出します」

 十三子とみこは主の意を受け、なんとかそれだけ応えると直ぐさま行動へと移る。

 ――

 ”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”という不世出の天才が、それに並び立つに値する”好敵手”に対する喜び。

 そういう冷たい深淵の輝きの双瞳ひとみで――

 魔眼の姫は微笑む。

 「ふふ、私の聖域……いいえ、神域で焦がれて最嘉あなたを待つわ」

 第三話「盤天の魔女」中編 END
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