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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第三話「盤天の魔女」前編
しおりを挟む第三話「盤天の魔女」前編
鈴原 最嘉の率いる本軍は、尾宇美城前で京極 陽子が指揮する敵主力部隊、尾宇美城軍と激突していた――
「前衛部隊、宗三隊の防御陣に新政・天都原軍、二隊の突撃を確認!」
後方の本陣に座していた俺に前線報告が入る。
「敵の二隊は右翼、三堂 三奈隊と、左翼、十倉 亜十里隊です。恐らく左右の兵力を此方の正面に集中させ、二カ所から楔を打ち込んで分断するのが目的と考えられます」
俺の隣に控えて立つ参謀はアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
彼女のいつも通り的確な分析に俺も頷く。
「壱に態と隙を作らせた甲斐があったが……上手く釣れたと思うか?」
その流れで問う俺に――
他人より極めて色白な、まるで色素を忘れて生まれてきたような美女であるアルトォーヌは僅かに青みがかった瞳で遠くの砂埃を再度観察しながら応えた。
「解りません、しかし上手く誘い込めたのは事実です。ならば、現状で一番に成すことは、此方の意図を悟られずに事を運ぶことかと」
覇王姫が誇る参謀、”白き砦”と全く同意見だった俺は直ちに指示を出す。
「鈴原 真琴の遊撃隊に合図を送れ!移動が完了次第に宗三隊に食い込みつつある敵、左翼の横っ腹を叩けと!」
――
この一連の流れ。
俺は態と前衛部隊である宗三 壱に指示を送り、その陣形に隙を作らせた。
そして敵軍がその機に攻勢をかけてくるのを見越し、その宗三隊を壁にして鈴原 真琴の遊撃部隊を先んじて反時計回りに迂回させた。
それは、突撃半ばの敵側面を突く算段をしていたからだ。
半ば頭を突っ込んだ縦列形態の敵二隊は……
例えるならば、土中に潜ろうと上半身を埋もれさせた鰻の如きものだ。
つまり――
外からの攻撃に即応出来ぬ鰻を横一閃!
横っ面から貫いて串刺し、蒲焼き状態にして”いただきます!”というわけだ。
――
「暗黒女の手先……あの間抜けな横っ腹を撃ち抜くわ!我が君に勝利の魁けを!この鈴原 真琴の隊が担うのです!!」
オォォォォォォーー!!
斯くして――
鈴原 真琴の遊撃部隊は、敵左翼部隊の無防備な側面を捉える事に成功する!
ドドドドドッ!
前方の敵陣突破に感けていた新政・天都原軍左翼中央に真横から奇襲することに成功した真琴隊。
ワァァッ!
「くっ!?いつの間に!」
時既に遅し!
突き刺された鉄串は”まんま”と十倉 亜十里隊を前後に引き裂き始める。
「前方は壱に任せていいわ!それよりサッサと切れ端を潰して、次は向こう側の右翼部隊を……」
そしてそのまま、分断した後方部への攻撃に入る真琴!
ワァァッ!ワァァッ!ワァァッ!
「ぐわっ!」「このっ!」「こんな深く……は、反撃準備間に合いませんっ!!」
不意打ちに成功し、勢いに乗る真琴隊は――
「いいわ、このまま敵右翼の方も……」
真琴がそのまま標的を右翼の三堂 三奈隊に移そうとした時だった。
「突き抜けろ!我が槍は天雲をも貫く一筋の光槍なりっ!!」
十倉隊と三堂隊の間に割って入るように、謎の騎兵隊が乱入する!!
ドドドドドッ!
突如、真琴隊の前方を遮断する馬群は数こそ少数だが、その勢いは尋常で無く、
「ぎゃぁぁっ!!」「おぉぉぉっ!?」「うわぁっ!?」
攻撃目標を変更しようとしていた矢先でもあり、真琴隊は完全にその隙を突かれてしまった!
「敵の奇襲部隊は、この六王 六実の槍が完全に抑えたぞ!!亜十里、三奈!ここは引き受けるから、貴女達は正面の防御陣突破に専念しなさい!」
先ほどまで、まんまと敵陣を分断して攻勢を仕掛けていた真琴隊は、進行方向を遮られ、逆に動きを封じられてしまい、さらに隊列の前後が渋滞して陣形が大いに混乱してしまう。
「ぐはぁぁ!!」「おおぉぉっ!!」
結果、敵右翼左翼の間で真面に動けないままに突き崩され、そこには留まる真琴隊の彼方此方から悲鳴が幾重にもあがっていた!
ヒヒィィーーン!!
その元凶!突如、躍り込んできた騎影群の正体はもう言わずもがなだろう。
「順次潰していけば良いわ!足の止まった騎馬などものの数ではない!」
スラリとした長身に長い黒髪を簡単に後ろで束ねた女騎士は、騎馬を良く熟知しているが故にその弱点を絶妙に突いて来る。
ギャリィィン!
「くっ!真琴様!!これ以上は……ちっ!」
真琴隊の副官である木崎 克次は部隊維持の限界を感じ、自らも奮戦しながら上官である鈴原 真琴に伝えようとするが……
ドドドドドッ!
「う、うわっ!」
指揮系統を回復させる間を与えさせぬように、絶妙に斬り込んでくる騎馬兵!
「次はそこ!突き崩すのです!」
ドドドドドッ!
「うわぁぁっ!」「ぎゃぁっ!?」
絶妙の攻撃、脱兎の如き離脱!
これぞ、一撃離脱のお手本とも言うべき指揮ぶりは……
「もう一度、次は……」
背筋がスッと伸びて凜とした女は、簡易的な金属製の籠手と臑当という戦場ではやや役不足ではと思われる申し訳ばかりの軽装鎧姿、
――突撃騎兵の専門家!
王族特別親衛隊が六枚目にして”紫電槍”と評されし、六王 六実であった。
「おおおおおぉぉぉぉっ!」「わぁぁぁっっ!!」
押されまくる自隊を見渡したショートカットの美少女は……
自分達の不意打ちの奇襲に対し、更に外側から奇襲を重ねられた――
乱刃と血飛沫が乱れ舞う混乱渦中で、既に敵の各個撃破を断念せざるを得なくなった状況を充分に理解している。
「……ここまでね」
そう呟くと、今度は一転、声を張り上げた!
「一度退きますっ!!後方から反転退避!中段は前を支援しつつ待避準備!最前は交戦を継続しつつ、後背が空き次第に後退を開始!!」
先ほどまでの攻勢に未練を残す醜態を晒すこと無く、且つ冷静に、段階的に隊を立て直しつつ、あくまで秩序を維持しながら乱戦から離脱を指示する鈴原 真琴。
ワァァッ!!
オオォォ!!
戦場只中で敵部隊の撤退を見送る六王 六実もまた――
「整然として見事な引き際だわ……流石は”臨海三羽ガラス”の鈴原 真琴と言ったところね」
不用意な追撃は行わずに、それに合わせるようにそこから隊を退いた。
――
鈴原 真琴隊にしても、六王 六実隊にしても……
敵の意表を突き混乱に乗じてこその遊撃部隊であり、それが有耶無耶になってしまった以上は、少数である彼女達が大軍犇めく戦場で手に出来る果実は少ないと知っているのだ。
「結局、大した援護は出来なかったけど……壱、後は任せるわ」
こうして鈴原 真琴は砂煙渦巻く戦場を背に、隊を完全に撤退させたのだった。
――
―
「奇襲による敵方先鋒部隊の戦力削減は上手くいかなかったか……ち、隙無く手を打ってきやがる」
前線報告を聞き、俺は少しだけ苛立った声で独りごちた。
「確かに敵ながら素晴らしい先読みと言えますが……真琴隊の真の目的は果たせたと考えれば順調と言えます」
そんな俺に気を遣ったのか、白き美貌の参謀は本当の意味での作戦行動を口にする。
「…………そうだな、この間に壱は完全に用意を調えただろう」
俺も頷き、そして隣を見た。
「では……」
色味が薄い青い瞳と視線が交わった俺は、その問いに頷く。
「承知致しました、領王閣下!」
それを受け――
「では早速、前衛部隊に通達を……」
「ああ、任せる。で、俺はちょっと出かけてくる」
「えっ!?……と……あれ?……あの……」
気負い立った参謀の出端をアッサリと挫く俺。
そして、アルトォーヌは意外に可愛らしい反応にて俺をマジマジと見ていた。
「ちょっとな、序盤のうちに見ておきたいものがある」
その希少な反応に、内心ちょっと可笑しがりながらも俺は、サッサと馬の方へと歩いていた。
「あ、あの……全軍の指揮は?」
その背に美女参謀の明らかに焦った声がかけられるが……
「暫く任せる。じゃ、よろしく!」
そんな相手に背中越しに親指を立ててから俺は歩く。
「ちょっ!?……せ、せめて護衛を!」
そんな有無を言わせず個人行動に移行する俺の仕打ちにも、生真面目な参謀殿は気遣いを欠かさない。
結局、俺は、数人の護衛……
闇刀の花園警護隊、聖 澄玲とその数人の部下と共に本陣を暫く留守にするのだった。
――まぁ……あれだ、
こうして俺が好き勝手に動けるのも、全体指揮を任せられる有能な参謀を得たのが大きいだろうし、
まことに忌々しいが、あの偽眼鏡男が作ったこの義足のおかげとも言える。
――ともあれ……
「……」
その時の俺は既に――
多分、遙か敵本陣で意地の悪い笑みを浮かべているであろう、美しい黒髪の美姫へ想いを馳せて、不謹慎ながらもつい口元を緩めてしまっていただろう。
――お互いを大切な存在と認識しながらも、
――お互いの理想を認め合いながらも、
――それでも並び立つことの無い矜恃を抱くが故に……
俺が心を奪われた京極 陽子は、本気で鈴原 最嘉を殺そうと仕掛けて来るだろう。
たとえ俺を生かして配下に置こうという目的があったとしても、
戦場では全力で屠りにかかれる矛盾を許容できる、希有な精神を有する雲中白鶴の女。
陽子の行動原理はつまり、歴史上数多存在した偉人と同列に須く”英雄”の”それ”だ。
――両雄並び立たず!
親友だろうと、兄弟だろうと、親子だろうと、伴侶であろうと、愛人だろうと、
天から愛されし英雄が”矜恃”の前に親愛はなにも意味を成さない。
それは俺の言う”本願”とて同じ事であるだろう。
「……」
――こうしていても、心がザワザワと……
大概は不安で……だが、その泥中に浸りきって胎動する微かな愉悦が……
チリチリと焼けるような想いで俺の心を徐々に焦がし始めている。
「万人が這いずり回るだけの遊戯盤が遙か天上に君臨する全智の魔女……か」
美しいほど恐ろしいか、恐ろしいほど美しいのか、
世情は”無垢なる深淵”と、善くも喩えたものだ!
そうして俺にとっては……
”美しく気高くも、可愛らしい唯の女”の姿が、脳裏に浮かぶ。
「……」
――そう、不謹慎だろうがなんだろうが俺の口元はやっぱり緩んでいる
寸分も油断できない心地良さに……ふっと綻ぶ。
それは俺にとって唯一の感覚。
”京極 陽子”という、俺にとって唯一の感覚だった。
――
ヒヒィィン!!
そんなふうに愛馬を駆り本陣から一時、離れ行く俺の背に……
「”迷宮封殺陣”!速やかに発動の合図を!!」
我が参謀、アルトォーヌ・サレン=ロアノフが発する号令が聞こえていた。
第三話「盤天の魔女」前編 END
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