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下天の幻器(うつわ)編

第四十七話「進退維谷」

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 第四十七話「進退維谷」

 キン!キン!キン!

 放たれた複数の苦無クナイを剣で弾く波紫野はしの けん

 「よっ!はっと、物騒なモノ使うねぇ」

 ザシュ!

 そしてそのまま投擲者を鮮やかな剣技で斬り捨てる。

 複数の敵に囲まれても余裕の表情かおで対処する中性的な美形、”六神道ろくしんどう”の波紫野はしの けんと――

 「そっちはどうだい?……って、聞くまでも無いか」

 その波紫野はしの けんが向けた視線の先には、少々目つきの悪い男が同じような格好をした敵の腕を掴み、逆関節にめて地面に押し倒していた。

 「粗方片づいたな、敵の正体は……」

 ”鈴原 最嘉オレ”自身も数人の敵を打ち倒し、そして敵を”生け捕り”にした目つきの悪い男の元へと近寄りながらそう言いかけるが……

 「”山潜やまくり衆”……”句拿くな”の忍び集団らしい」

 その目つきの悪い男は此方こちらに視線も向けずに答えた。

 「相変わらず抜け目ないねぇ、さくちゃんは」

 刀を鞘に仕舞いながら、どこか他人ひとを食った余裕の表情かお波紫野はしの けんもその場に近寄って来る。

 「お前ら、全員殺してどうすんだ。正体知らずに対処する気かよ」

 誰に向けてか、目つき悪い男は不貞不貞ふてぶてしい態度で言う。

 ――そんなのは俺も解っている、可愛くない態度だ

 俺は人を斬るのを趣味にしたような”六神道ろくしんどう”の剣士と違い、ちゃんとこの目つきの悪い男……”折山おりやま 朔太郎さくたろう”が敵を一人確保したのを確認してから残りを斬り捨てたのだ。

 「それにしても”山潜やまくり衆”か。柘縞つしま 斉旭良なりあきらからの追っ手となると、急いだ方が良いな」

 俺は内心モヤモヤしたものを残しつつもそう呟き、そして後方で我が兵士達に護られた男達に目配せする。

 ――因みに”山潜やまくり衆”とは、日向ひゅうがを統一した句拿くな国がお抱えの忍び集団である

 「ま、誠にかたじけない……事は一刻を争う故……」

 そこには傷を負ったうえ疲労した青息吐息の将が部下の兵士に支えられながら立っていた。

 ――確か”鈴の槍”……

 その槍捌きの凄まじさ故に穂先に吊された鈴の音さえならぬと称えられし凄腕の槍使いと噂の、長州門ながすどの将軍である国司くにつか 基輔もとすけだったか?

 「そうか、なら詳しい事情は道中だな」

 俺の返答に国司くにつか 基輔もとすけは頷いた。

 ――

 俺達が”揣摩しませき”を目指し”比売津ひめづ”を出立してから半日も進まないうちに、ボロボロの状態で退却してくる長州門ながすど軍を見つけた。

 これは何事かと、確認のために合流しようとした途端にさっき襲ってきた謎の暗殺集団が現れたのだ。

 追撃部隊を先行して来ただろう部隊の狙いは勿論、隊の将である国司くにつか 基輔もとすけだ。

 「とはいえ、手練れを集めたとはいえ俺達は数人程度だからな、敵の追撃部隊本隊が追いついて来る前に、一度”比売津ひめづ”に戻るのが正解だろう」

 俺は恐縮する国司くにつか 基輔もとすけを見てそう言うと、直ぐにその行動へと移ることにする。

 ――しかし……

 句拿くな次花山つぐはなやま城を攻めていた長州門ながすど軍が逃げ戻り、その追撃部隊として句拿くな軍が長州門ながすど領土内の比売津ひめづ近くまで攻め寄せてくるなんて尋常な状況では無い。

 ――長州門ながすど軍は……覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの安否は……

 と、色々詳しく聞きたいのは山々だが、今はそれどころじゃ無い。

 国司くにつか隊は二千ほどの兵士が残っているみたいだが、それも負傷兵とここまでの撤退戦でボロボロであるのは一目瞭然だ。

 隊長である国司くにつか 基輔もとすけがいる本隊をこうもアッサリ暗殺部隊なんかに襲われたのが良い証拠だ。

 どちらにしても、俺たち臨海りんかいは手練れ揃いとはいえ俺を入れて八人。

 七峰しちほうの巫女姫に言われて連れてきた六神道ろくしんどうの二人を併せても十人で、軍の相手など出来るはずも無い。

 やはり今の状況での最善は……

 なんとか比売津ひめづまで戻り、そこを護る”白き砦”アルトォーヌ・サレン=ロアノフと合流するのが一番だろう。

 ――

 てなわけで、俺達と瀕死の国司くにつか隊は二日ほどかけてなんとか比売津ひめづへと逃げ帰って来たのだが……


 「こ、これは……ど、どうしたことだ」

 再び戻った比売津ひめづの城を見て国司くにつか 基輔もとすけは愕然と立ち尽くしていた。

 「…………」

 俺はゆっくりと状況を確認する。

 「う……ああ」

 「な……なん……で」

 国司くにつか 基輔もとすけだけじゃない、その末兵に至るまで……

 その光景に絶望の表情かおで立ち尽くしていたのだ。

 ワァァ!!

 ワァァ!!

 比売津ひめづの城を何重にも取り囲む軍、軍、軍……

 句拿くなの追撃部隊などお遊びだといえるほどの大軍に取り囲まれた陥落寸前の比売津ひめづ城の姿がそこには在ったのだ。

 「うわぁぁ、これは酷い状況だなぁ」

 波紫野はしの けんの軽口も、いつもに比べヤケに調子がつかない。

 「かなりヤバいな、どうする?」

 ”やる気の無い態度”があからさまに表情おもてに出た少々目つきの悪い男

 ――折山おりやま 朔太郎さくたろう

 その男の、何者にも動じない黒い瞳が俺に対応策を問う。

 「……」

 これは……全くの予想外だ。

 暗黒姫は長州門ながすどの敗北を予測していた。

 俺もそういう嫌な流れだと、感じ始めてはいたが……

 ワァァ!!

 ワァァ!!

 この比売津ひめづの城を、大地を埋め尽くすほどの大軍の旗印は……

 ――鮮やかな紅地にまるく白い太陽、そこに大らかに羽を広げた堂々たるおおとりの姿

 それは紛れもない天都原あまつはら王家の御旗、”白陽鳳凰はくようほうおう”!!

 つまりは天都原あまつはらの……藤桐ふじきり 光友みつともの軍勢だったのだ。

 ――また……してやられた……くっ!

 俺はまたも藤桐ふじきり 光友みつとも……いや、あのジジイに……

 ”元”赤目あかめの頭目、鵜貝うがい 孫六まごろく

 あの妖怪ジジイに一本取られたのだ!!

 「…………」

 「おい、鈴原 最嘉さいか、聞いているのか?どう対処する?」

 「…………」

 隣から感情の起伏の無い声で問い詰めてくる男にも、俺は直ぐに反応できずに拳を握りしめていた。

 「そうか、なら勝手に動かさせて貰う」

 ――!?

 「お、おい!」

 そして、数秒と待たずにその場をアッサリと離れようとするその男を俺は慌てて引き留めていた。

 「なんだ?策が無いなら俺は俺の思うように動くだけだ」

 そして当然のようにそう言い捨てる……折山おりやま 朔太郎さくたろう

 「お前なぁ、この状況だぞ!そんな性急に……」

 「死線の上で停止まるのは自殺と同じだ。知らないのか王覇のなんとか」

 ――うっ!確かに……

 外的要因による思考停止。

 敵味方の思惑が同時に幾重にも交錯する実時間リアルタイムの世界で、心的耗弱を理由に現実リアルれない無為で空虚な時間ときの浪費は最も愚かな選択だ!!

 「…………そう、だな」

 そう、確かにその通りだが、

 ――折山 朔太郎こいつに指摘されるとなんか妙に腹立たしい!

 「だったらサッサと策を出せよ、王覇のなんちゃら」

 ――ちっ、イチイチ嫌な呼び方を……

 俺は苛立ちながらも直ぐに思考を立て直していた。

 「兎に角、包囲した敵をくぐり抜け城内のアルトォーヌと合流する!」


 ――

 ――同時刻、比売津ひめづ城近辺の戦場


 ヒュバ!ヒュバ!

 「ぎゃぅ!」「ひぐっ!」

 黒髪の少女が両腰に携えた刀を二本同時に抜き放ち、同時に斬る!

 ヒューーヒュォン!シュヴァ!

 「がっ!」「ぐはっ!」

 そして信じられないことにその二刀を宙に置いたまま、目にもとどめられぬ速度で抜刀される新たな二刀!

 ヒューーヒュォン!

 シュバ!ヒュヒューーヒュオン!

 「ぐっ!」「ぎゃ!」「がっ!」「ぎゃひっ!」「ぐわぁぁっ!」

 斬る!斬る!斬る!斬る!

 四振りの刀刃とうじんが地に落ちること無く宙を舞い、自在に敵兵を斬り伏せるその様はまるで奇術!

 二本の腕のみで四刀を自在に、ジャグリングの如く操る彼女の手元は肉眼で確認するのは至難の業であった。

 ヒューーヒューーヒューーヒューー

 キン!キン!キン!キン!

 そして――

 大いに舞った刀刃とうじんは、少女が左右の腰に下げた複数の鞘に見事に帰還かえる。

 「……」

 ――改めて

 肩まである黒髪と白い肌、そして細い腕。

 武人というにはあまりに無縁そうな、華奢で清楚な十代半ばの少女。

 いや、儚そうな背格好云々うんぬんよりも武人らしからぬ根拠は、そもそも呪符のような、幾つもの目の如き奇妙な文様を施した黒い布を巻いて目隠しをしている姿であり、彼女は盲人であるのだ。

 「……」

 か弱そうな容姿、視力を失った少女、だが現実には……

 自らが斬り伏せた骸達の中心に独り立つ盲目の少女剣士が姿は、黒い衣装にベッタリと血化粧を装った狂った刃神とうじんそのものである。

 「まことに異な剣だ……それ以上も在るのか?」

 少女を囲む骸の輪から少し離れた位置で佇む長身で細身の引き締まった体つきの男、長めの黒髪を雑に纏めた洒落っ気の無い男は、朱に染まった少女と違って返り血どころか衣服に乱れも無く腰の武具は納刀したまま。

 両腕をだらりと無防備に下げているが、それでも危険極まりない殺気オーラを纏っていた。

 そしてそんな言葉を受けた少女の腰には右に三本、左に二本、計五振りの刀が連なって下げられている。

 ””単身ひとりの剣士”に”五振りの刀”……

 その異形故に”それ以上も在るのか”という問いだったろう。

 「私に何か御用でしょうか?阿薙あなぎ様」

 ゾクリと背筋を凍らせる男の眼光を正面から受け止めても、寸分も動じること無く応じる少女。

 視線を交わすだけの二人だが、先ほどの惨殺現場よりも余程……

 此方こちらの方が息が詰まる空気だ。

 「”天眼てんがん 深姫しき”、戦場ここは俺が受け持とう。貴殿は我が殿がお呼びだ」

 質問を受け流され、質問で返されても意にもとめずに要件を告げる男は阿薙あなぎ 忠隆ただたか

 天都原あまつはらの”十剣”にして、世に名を馳せる戦場の羅刹!鬼阿薙あなぎである。

 現在、大国天都原あまつはらを実質的に統べている王太子、藤桐ふじきり 光友みつともの側近中の側近である騎士だ。

 「閣下が?わかりました」

 盲目の少女剣士はそんな剣鬼に動じること無く、五振りの凶器を従えた革製ベルト下でスカート調になった上着の裾を貴婦人の様に摘まみ、軽く会釈してからその場を後に……

 「……そうでした、阿薙あなぎ様。私、ほんの少し前に、”天眼てんがん 深姫しき”から”天眼てんがん 深姫しき”と改名致しましたので、そのむね宜しくお願い致します」

 ――と、

 未だあどけなさの残る桃の唇を僅かに上げ、そう告げてから去ったのだった。

 第四十七話「進退維谷」 END
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