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下天の幻器(うつわ)編
第四十六話「偽りの白雪」後編
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――良し!こういう状況では聡い相手は話が早くて非常に助かるっ!!
俺は交渉相手が長州門の”智の砦”たるアルトォーヌ・サレン=ロアノフであったことに心底感謝し、そして更に続けた。
「其方がどの程度まで”魔眼の姫”や”邪眼魔獣”の情報を得ているのか知らないが、彼の者に対する姿勢は俺たちと相反するとは思えない。なら、ここは協力して事に当たるべきではないか?」
前にも言ったが、今回は駆け引きなど必要無い!
これは国家間の、人の世の理から逸脱した別次元の問題だ。
そして――
アルトォーヌにとっては"恐らく"親友たるペリカ・ルシアノ=ニトゥの安否に関わる問題で、鈴原 最嘉にとっては久井瀬 雪白に関わる問題だからだ!
そんな純粋なる申し出に白き美女は……
「それは此方も望む形です、ですが……貴方方の……特に鈴原様のご希望と、我が主君、ペリカの……いいえ、正確にはペリカが私の為に抱く感情がそれを共有できないという事もあるかもしれないのです」
――ペリカの感情?アルトォーヌの為に抱く?
いやに歯切れ悪く、困った表情で俺を見る儚げな美女。
俺は理解が追いつかない。
「それは……どういう」
俺がその疑問を素直に口にした事に対し――
白い美女は、白く折れそうなほど細い首をゆっくりと縦に振って、寂しそうに微笑んだ。
「……」
――その情景は……
すぐに消えて無くなりそうなほど、溶けて消えてしまいそうな、
儚い雪月花の様な存在だった。
「アルトォーヌ……」
思わず俺はその名を口にする。
「わかりました。ペリカが”そうである”様に、私にとってもペリカが最優先です。鈴原様に全てをお話させて頂きます」
しかし頼りなげな存在であったはずの、彼女の碧い瞳はしっかりと俺を見据えていた。
「……」
「鈴原様はペリカが所謂”魔眼の姫”……序列三位、紅玉の魔眼だと既に推測されていると思いますが、私も実は、嘗てその”魔眼”所持者だったのです」
「……」
――中々、衝撃の事実
だが俺はそのまま黙って彼女の話の続きを聞く。
「序列四位……つまり、私は”白金の魔眼”の……」
――序列四位?白金!?
――だがそれは雪白の……
「はい、ですから”嘗て”なのです。私は出来の悪い試作品……粗悪品の様であったみたいですから」
俺の表情から読み取ったのだろう、彼女は答える。
「”幾万目貫”と言いましたか?顔と素性を隠した彼の魔人は、生まれつき病弱で魔眼の育成に耐えられないと考えたのでしょう、幼少の私から強引に魔眼を奪い去りました」
「奪う?」
「はい、鈴原様もご存じの通り”魔眼”は生まれつきのものですが、それも何者か、人ならざる存在の思惑で与えられたモノかもしれません。そして魔眼の苗床として選別された女性の体内で育まれ、何らかの”鍵”を得てその真なる力を宿すようです」
”魔眼の姫”であった二人は、俺なんかよりずっと昔から色々と”それ”について調べていたようだ。
「ですが私は生まれつき病弱で、それに耐えられないと判断されたのでしょう、ある時、私たちの前に現れた正体不明の顔無しの怪人によって、私だけその魔眼を強引に除去り去られました」
「そんなことが……」
「無論、それは真にそれに相応しい本物に移すためだったのでしょうが、それにより私は色々と……なんといえばよいのか……つまり、苗床でしたから、強引な除去方により生命力のような力を多く奪われ……」
「…………」
――そうか
アルトォーヌ・サレン=ロアノフが初対面の時からこれほど希薄な存在感で、儚い印象を受けるのは全てそういう経緯が……
「現在の私は生きているのが不思議なくらい、出来の悪い試作品で粗悪品だった私は現在はその残りカスなのです」
一瞬だけ、聡明な彼女に似合わない自虐的な笑みを浮かべる白い美女。
だが、直ぐに相変わらず落ち着いた口調で続ける。
「ここに来て、今まで以上に”こういう状態”なのは、”白金の姫”になにか状態の変化があったと推測されます、つまり」
「久井瀬 雪白が”鍵”とやらを得た……」
アルトォーヌは頷く。
「魔眼を除去さられたといっても、私の場合は久井瀬様に移植されて魔眼自体は今も人中に健在ですから異質な存在です、その為か完全に関係は断ち切れていないみたいで……だから未だに命を削られ続けているのでしょう」
「……」
彼女は淡々と話すが、中々に重い内容だ。
「いいえ、現在はそんなことより」
アルトォーヌは曖昧な笑みで”自分の事はこの際どうでも良い”と、かぶりを振った。
「現在、”日向”方面からの情報は途絶えています。ペリカがどういう状況なのか……ですが私の身体にこんな変化がある以上は”魔眼”関連のトラブルがある可能性が高いと考えられます。こんな緊急事態ですから、できれば鈴原様のお力をお借りできれば良いのですが、そういった理由からペリカは純粋な協力を惜しむ可能性が高いと思われます」
病人の様な青白い顔……というより、そのものズバリであった、というか生命力を削られ続けるなんてそれ以上の状態だ。
そんな最悪の体調でもアルトォーヌは、親友の為だろう、しっかりとその根拠を答えた。
――健気な性格だ、ほんとうに
とはいえ、俺としては成る程、漸く合点がいった。
振り返れば、あの尾宇美城大包囲網戦時に行われた臨海と長州門での会合の折り、ペリカは終始不機嫌に雪白を見ていた。
一方的に雪白を知っている様子で、そして憎しみに近い視線だったが……
如何に雪白自身が与り知らぬ事であったと言っても、親友の魔眼を……生命力を奪い続けているだろう当人を前に複雑な心境だっただろう。
「ペリカに会えても雪白の事で協力は仰げないってことか……」
――というか、俺の予測では既に二人は殺し合っている可能性が高いが……
「なら、アルトォーヌ殿。我が臨海としてはあくまで”久井瀬 雪白の保護”を優先したいのだが、俺達を通して……」
そういう事情なら直ぐにどうこうは無理だろうと、俺は取りあえず”自国の将である雪白の保護”を強調し、あくまで覇王姫には敵対しないと暗に示唆して、俺達一行の通行許可だけを貰う方へ方針転換しようとしたが……
「でしたら”揣摩の関”まで、我が長州門の行軍路をお使い下さい。私が動ければ良いのですが、この様な身ですから足手まといにしかならないですし、よろしくお願い致します。」
「……」
この”白き砦”の申し出には俺も正直驚いた。
”揣摩の関”とは本州の最西端であり、海を挟んで日向を望む、長州門にとって対”句拿”への最前線だ。
今回の進軍ルート、各拠点の素通りだけで無く、率先して支援してくれるとは……
勿論それは俺にとっては大・大・好都合!
時間を大幅に短縮できるのだが、余所者である俺達をそこまで支援してくれるのは、俺個人に対する信用と言うよりは矢張り親友がそれだけ心配なのだろう。
――”よろしくお願い致します”
とは、主であるペリカの意向に反さないように配慮した、暗にそういう意味の言葉なのだ。
「解った。出来る限りの事はしよう」
俺は衰弱した状態でも力の籠もった彼女の碧い瞳にそう応え、そして一路……
魔眼の姫達が因縁の地へと急ぐのだった。
第四十六話「偽りの白雪」後編 END
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